狩る側、狩られる側
2月末とは何だったのか
その昔工場労働に従事した者たちが居住し、いつしか朽ちた住宅街跡。明かりはなく、文化を失った空間に棲むのは静寂、立っている二人の影はその静寂を破壊する他所者だ。
「さ、もう始まってるよ。キミが獲物で僕が狩人、制限時間なんてないからせいぜい簡単に狩られないようにうまく逃げ回ってくれよ」
「逃げる……てめえから……?」
両側にやや背の高い廃墟が並ぶ通りに閉じ込められたユキの挑発的な発言に、黒い影は鋭敏に反応した。沸き上がる怒りは殺意となってユキへと届く。
「逃げるのも……狩られるのも……てめえの方だ……!」
黒い影は激情に駆り立てられるように突進、標的はもちろん正面に突っ立っている敵だ。黒布を纏った巨大な拳で骨肉もろとも粉々に砕くべく地面を蹴る。
「へえ、足は速いんだっ」
ユキは高速で眼前へと迫る黒い影を連射がきかない『ピクシーナイト』で迎撃することは困難だと判断し背中にまわしていた手を腰へ、『小さき献花』を構えた。黒い影は工場廃墟に現れたのとは少し様子が違い、ユキよりもひとまわり程大きいが四肢のようなものが存在し見た目には明確に人の形をしている。だからといってまだ人間かどうかは不明であるため、ユキはとにかく多数の弾を当てて動きを止めるべく胴体を狙って散弾を放った。火薬量の多さを物語る大きな破裂音とともに『小さき献花』が跳ねる。散弾はその子弾総数の半分ほどが命中した。
「無駄弾だ……!」
黒い影は多少仰け反ったが勢いを落とすことなく突っ込んでくる。通常の生き物が受ければただではすまない量の弾は影が纏う黒い布に防がれていた。
ユキに接近した黒い影が腕を叩きつけた。地面に跡ができるほどの衝撃は、しかし彼を捉えていない。初撃を回避したユキは続けざまに繰り出される二発目、三発目の拳も左右に跳ぶように避けた。黒い影は怒りのままに四発目の拳を振り上げる。
「隙あり」
その瞬間、影の横をすり抜けるように転がり背後をとったユキは『小さき献花』を黒い影の背へと押し付け、躊躇なく引き金をひく。
「グッ……!?」
効いた。
手応えを感じたユキは『小さき献花』のポンプを引いて次の弾を薬室へ送り込み、さらに銃撃を加えるべく引き金を引にかかる指に力を込める。
次の瞬間、衝撃とともに『小さき献花』が跳ね上がった。しかし銃弾は影を捉えずに虚空を引き裂き、同時にユキの身体も吹き飛ばされていた。受け身をとって起きあがってみれば、少し小さくなった影の周りに無数の黒い布が舞っている。
「身に纏っていた布を勢いよく展開して衝撃を発生させたってとこかな。さながら爆発する装甲、器用な使い方ができるものだよ。しかも……」
黒い影を覆っていた布の層が薄くなり、胴体から深緑色の光が漏れている。その光が一瞬光った後、腕があった場所にむき出しになっていた細い棒状の物体へと黒い布が集まっていき、再び大きな腕を生み出した。影の全体も元の大きさに戻る。
「展開した布はそのまま再利用する。それを実現しているのが改造魔法だとは、すごく手がこんでいるね。あの分身たちを動かしているのもそれなら、そんな規模で出力する改造魔法なんて聞いたことがないよ」
「だからどうした……てめえが知る必要などないんだ……この痛みも冷たさも……お前には分からない……!」
ぞっ、と黒い影が蠢き布が展開した。
「捕らえる……!」
胴の緑光が強くなり、宙に舞う数多の黒い布が影のコントロールに従ってユキへと襲いかかる。彼は『小さき献花』でこれを迎撃、多数の布が地に撃ち落とされるが損害は軽微なもので生き残った布たちが四肢へと貼り付いていく。
「おっとヤバイヤバイ。とりあえず逃げよ」
ユキはもう一度発砲して包囲に穴を開けた。影に穴の修復をする暇を与えずに脱出し、朽ちた建物の中へと逃げ込んだ彼の後を黒い布が追跡していく。ユキは黒い影から完全に見えなくなったが、魔法によってコントロールされる布には微弱ながら探知追跡する機能がある。影は布が探知した敵の位置に合わせて断続的に援軍の黒い布を送り込んでいくが、敵の反応はどんどん遠ざかっていく。
「逃げるか……」
だが逃がしてやる理由はない。地の果てまでも追い回して殺さなくては気が済まない。やり場のなくなった怒りに内側から殺されるのは嫌だ。あの憎き他人を、自覚なくすべてをぶち壊しにした奴を絶命させなくては。他の誰でもない被験体が報われないのだ。
胸に渦巻く憎悪を叩きつけるべく黒い影が通りに沿って移動を開始した、その瞬間だった。
視界の先の方、通りの先の方に何かが飛び出してきた。影がそれを敵だと認識する頃にはもう彼の射撃準備は済んでいる。布の防護をしなおそうとするが多くの布が敵を追ってしまっていて間に合わない。
ドッ。
ボルトアクション式ライフル『ピクシーナイト』から放たれた銃弾は発砲音とほぼ同時に影の胸部へ着弾、布の装甲に阻まれて貫通こそしなかったがその衝撃力をもってして怪物に膝をつかせた。
「カッ……!?」
苦しそうに胸を押さえる黒い影。遠方からそれを見たユキは布を操っている本体が少なくとも呼吸をする生き物であると推測する。とはいえあれだけお喋りなのだから人間でほぼ間違いない。
結局どこかで自分に恨みを抱いた人間か、戦いやすくなったけどすこし残念だな。
「『ピクシーナイト』は大型の動物を狩猟するための銃、当然かなりパワーのある弾が撃てる。そんなのを防御の薄いとこで受けたんじゃあさすがにキミでも耐えられないよね」
ドッ、ドッ。
ユキは影の足や腹を狙って次々に弾丸を撃ち込んでいくが、黒い影はすでに厚い布の装甲を取り戻していたため初弾ほどのダメージは無い。それでも彼自身や弾丸に対する警戒心を植え付けるのには十分な効果があった。
「てめえ……まともな死に方ができると思うな……!」
叫び、黒い影がユキに向かって走り出す。最初に仕掛けたような接近戦を試みるつもりだろうが、弾丸に対する警戒心が足かせとなりどこか全力を出せていない。
「へぇ、同じ攻撃が僕に通用すると思っているのかい」
『ピクシーナイト』で牽制射撃を行いつつ、影が十分に接近して腕を振りかぶった瞬間にユキは再び影の後ろをとるように飛び込んだ。だが、当然黒い影も無策に突撃してきたわけではない。
「見えているんだよ……!」
ぞわっ、と蠢いた布がユキの飛び込んだ方向へ群がる。そこに彼はいなかったが、少し離れた場所で『ピクシーナイト』を構えているのを蠢く布の群れが探知、一瞬で彼に襲いかかり身動きを封じた。
「死ね……!」
黒い影は振り向き様に巨大化した腕を薙ぎ、布に封印していた敵の横っ腹を殴りつけた。確かな手応えと共に布に包まれていた物体が廃墟化した建物の一階へ突っ込み、砂ぼこりが路上に舞う。敵はわざと最初と同じ側に周り込んだ。そして布の装甲を展開させるのを待ち、できた隙間からあの長い銃で撃つつもりだったのだ。遠距離からでは威力不十分と判断した弾丸を至近距離から叩き込むために。
大方こんなところか。
「あとは奴隷一号と二号だな……」
黒い影は自身が送り込んだ布人形が敵の仲間をちゃんと殺しているかを確認するべく、路地を離れようとした。
そのとき。
嫌な予感、そう言うよりもより具体的な感覚に気がついた。飛ばしていた黒い布はダメになっていない分はすべて回収したつもりだったのだが、どこかにまだ未回収分が残っているようだった。そしてその布が一瞬だけ動く敵の気配を捉えていた。
「しぶといゴミめ……」
どうやら敵を仕留め損ねたようだ。おそらくただでは済んでいないだろうが、目的が殺害である以上この『手』で葬り去らなくては気が済まない。あのような狡猾な奴を相手するのに見通しのよくない建物内に入るのは危険だと分かっていたが、先程布を操って追撃した際に不意打ちを受けたばかりだった。
「次は確実に息の根を止めてやる……」
黒い影は防御力を失わない程度の布を分離して身体をひとまわり小さくリサイズし、敵の気配を追っていまだに砂ぼこりが舞っている廃墟の中へと入った。分離した布に少し先を偵察させつつ、慎重に建物内の捜索を始める。
どうやらこの建物は何かしらの違法薬物……おそらくは『星屑』の小規模な製造工場だったらしい。古びた机が散乱する部屋のいたるところに薬品の試験器具や薬の調合材料と思われる液体が入った大きなタンクが放置されたままになっている。一階で堂々と行われていた違法行為の痕跡がこれだけ残っているとは、このあたりの建物には一度警察が踏み込んでいるはずなのに随分とずさんだ。
「大きい工場の方で悪事の証拠が全部揃ったら他はどうでもいいと……相変わらず胸糞悪い正義サマなことだ……」
黒い影は怒りを燃やすが、現在は隠れている敵を見つけ出すことが優先である。社会の腐敗など今更どうでもよいことだ。黒布の探知機能で室内を走査していく。隅の方、無造作に転がされた何かのタンクの向こうに敵の反応があった。陰に隠れて奇襲の機会でも伺っているのか。だがこちらが見つけた以上その小細工には意味がない。
逃げる間もなく殺す。
殺意のままに両腕に力を込め、偵察していた黒布で左右の逃げ道をふさいだ。さらにもし初撃を避けられても追撃できるように片腕ずつ攻撃のタイミングをずらす用意、これで袋のネズミだ。
「……!」
黒い影は無言で右腕を引き、踏み込んで周辺もろとも叩き潰そうとした。
そのとき。
影の足元でガシャッ、という音が鳴った。
ふと見ると左足に金属製の輪が挟まっている。影自身が踏みつけたために作動した山岳で獣を拘束する罠だ。大型の獣用とはいえ布に防護された黒い影にとってはなんの障害にもならない。
ほんの一瞬で確認を終え、影は攻撃を続行するべく視線を戻した。
そうだ。
瞬きの間の寸刻、目を離していた。
「よそ見厳禁だよ?」
目の前には、その一瞬で銃口が出現していた。
ユキが引き金を引き『小さき献花』の銃口から散弾が発射される。
「ガッ……」
黒い影は咄嗟に頭を振るも避けきることができず、半分ほどの子弾が頭部に直撃した。布で防ぎきれない衝撃が黒い影の意識をぐらつかせるが、なんとか持ちこたえた。敵はまだ目の前にいる。
「げっ、今のに耐えきれたのか」
「このっ……!」
ユキは迫る黒い影の右腕に装填したばかりの『小さき献花』を撃った。腕の軌道にズレが生じ、散乱していたタンクが叩き潰される。タンクから吹き出た薬品が気化し、霧となって黒い影の視界を奪った。
「もっと近距離で撃たせてもらうよ」
ユキは影が戻す前に大きな右腕に乗って跳躍し、肩を飛び越しつつ頭を狙う。
ジャコッ。
薬室へ弾が送り込まれる音は影の耳に届き、その恐怖心を呼び起こした。
「やめろ……!」
ユキが引き金を引く瞬間、影の右腕を構成していた布が塊となって彼を押し流した。だが影の背後の床に落とされたユキは攻撃の機会を諦めてなどいない。『ピクシーナイト』へと切り替えて影の頭部に直接狙いを定める。
「させるものかっ……!」
影の左右に待機していた黒い布が射線を遮るように展開し、同時にユキ自身を拘束するべく襲いかかった。
「面倒なことをしてくれるよまったく」
射撃を諦めそれらに対応しようとするユキ。
「面倒なのはてめえだっ……!」
それを影が振り向き様に放った拳が捉える。敵を再び吹っ飛ばした影は束の間安堵し、そして自身の失敗に気がついた。
吹き飛ばされた敵は通りに叩きつけられた。だがすぐさま起き上がり向かいの建物の中へと消えたかと思うと、その二階から次々に狙撃弾が撃ち込まれてくるではないか。
「ちっ……!なんなんだ……」
黒い影はようやく気がつく。
「なんだっていうんだ……化物め……!」
自分が思い描いていた敵よりも、敵はずっと化物だということに。
黒い影は風切り音と共に飛来する衝撃を前面に集中させた布の防壁で防ぎつつ通りに出て、敵のいる建物二階へと直接ジャンプして侵入を試みる。布を纏った体は防壁に割いた分だけ軽くなっており、さらに残りの布で自身を押し上げることで高さを得た。目論み通りに二階へ侵入すると同時に布を纏い直し、待ち構えている敵に撃たれないように左腕で頭部をかばう。しかしそんな黒い影の対処を見透かしていたかのように敵は足や胴体に一発ずつ撃ち込むと、窓を破って隣の建物へと逃げた。
「逃げるな……化物……!」
黒い影は建物の壁を破壊しながら逃げた敵を追った。影にとってはもう奇襲されること自体が恐怖になりつつあったからだ。しかし追っても追っても敵は同じように数発銃弾を放っては隣へ逃げることを繰り返す。次第に黒い影の中には怒りとはまた違う苛立ちが募り始めた。
「どこまで……逃げるつもりだ……?それとも延命しているつもりか……小賢しい……」
「延命じゃない、これは狩りなんだから。それよりもむしろいいのかい。これだって僕の作戦のうちかもしれないんだぜ」
しかしいくつの建物を渡ったかどうかも分からないほどの追跡劇は、あっけない形で幕を閉じる。
ガチッ。
「ありゃ」
ユキは構えた『ピクシーナイト』の引き金を引いたが、弾丸が発射されない。
弾切れ。
それは黒い影にも分かる明確な隙だった。最初と同じような建物の、最初と同じような二階のフロア。だがもう隣に建物はない。敵の一瞬の隙を逃さぬようにと、黒い影は何を言うこともなく両腕を叩きつけた。轟音。床の一部が崩れ、ギリギリ直撃を免れた敵が窓側へと転がる。
「ゴホッ……ちょっとまずいな、これは」
敵はすぐに起き上がり、銃で殴り付けて窓を割って外へと逃げようとした。だがそのくらい黒い影には予想できている。
「終わりだ……!」
背中を全力で追撃し、崩れた壁ごと敵が外へと放り出される。未だ空中にいるその敵を、影は落下と同時に追撃するべく自らもまた空中へと飛び出した。
影はそのときに気づくことはなかった。
背中から見ていたのだから当然とも言えるが。
窓へ向いた敵の表情は。
焦りではなく、恐怖でもなく。
笑み。
轟音と共に水飛沫が舞った。ユキと黒い影は地面ではなく、水中へと落下する。暗い夜に溶け込む水は、その冷たさは、落下の衝撃を平等にやわらげ両者の身体を深淵へと引きずり込もうとする。
「……ぶっは!泳ぐのなんて久しぶりだ」
ユキはもはや使えなくなった『ピクシーナイト』を水中へ置き去りにして、人工的にできた水溜まりの端まで泳いだ。身体を地に上げ、水を吸って重くなった服を捨てる。腰に下げた『小さき献花』と隠し持っていたナイフは無事だ。
「よっと」
敷地を囲っているボロボロの金網の穴をくぐって通りに出る。もうそろそろ黒い影が出てくる頃だ。ユキがそう思ったのとほぼ同時に、水から何かが飛び出したかと思うと金網を突き破り、一番最初のようにユキと向かい合って立った。
だが、そのシルエットは、最初とはまったく違うものになっていた。
「それが本体だね」
黒い布に覆われた身体はもはや最初ほど大きくない。いや、むしろ黒い布が極端に減り、本当の大きさに近くなったのだ。はっきりとした輪郭は未だ布に覆われながらも、それが人間であることを示している。包帯のように全身に巻かれた布の隙間からは人の肌が覗き、黒い目もまた人のもの。だがその姿には手がなく、代わりに肘から先は布と同様に紫黒い硬質な尖端になっている。
そして全身に纏う殺意は、腹に浮かび上がった深緑色の目の輝きは、もはや人のものとは思えなかった。
「あの水溜まりは貯水槽というやつだ。つい最近までここらでは薬物の密造が行われていたでしょ?当然各工程に水が必要だし、仮にも人がいるのだから火事だってそれなりにあった。廃棄された街で昔からある消防設備が使い回されるのはよくある話というわけ」
ユキは一言も発しない人影に続ける。
「キミが纏っていた布はそんなに丈夫じゃなかった、散弾に撃ち落とされる程度にはね。だからいくら魔法の力を帯びていてもきっと水くらいなら吸ってくれると思ったし、キミ自身が溺れないために棄ててくれると思った。そして予想は当たった」
おかげで僕も一丁捨てなくちゃならなかったんだけどね。おどけたようにユキは言う。言って、また更に続けた。
「さ、これで決着になりそうだね。僕は狩る側、キミの頭に散弾をぶちこむことを望む側だ。キミは狩られる側、僕から生き延びることを望む側だ。一応礼儀として聞いてみるけど、用意はいい?」
「……」
ユキの言葉に人影は反応を示さない。いや、ユキの距離からはそう見えないだけだ。
「狩られる側だと……?」
静かなる怒り。
「偉そうなことを……」
見えざる怒り。
「何も知らずに……他人の人生を荒らしておいて……」
静かなる、見えざる被害者の怒りが燃え上がる。
「だからてめえらだけは……知った風に偉そうに何も知らないてめえらだけは許せないんだよ……!
突進。幾度となく繰り出された人影の常套手段。ユキはそれが怒りに任せてやみくもに出力された暴力だと見抜いていた。だが今回は、スピードが段違いだ。
「うわっ!?」
「死ねよっ……!」
ユキが『小さき献花』を構えている暇は無い。深緑色の目がより輝き、一気に距離を詰めた人影は瞬間的に作り出した拳で顔面を捉えて彼を地面に殴り叩きつけた。続けて蹴り飛ばし、追いかけて掴み、持ち上げてぶん回し壁に叩きつけた。
「なあ……どうなってるんだよ……」
壁の一部がパラパラと崩れる。
「何度も……何度も殴っているのに……」
通常耐えられるような攻撃ではない。
「なぜ、まだ生きている……!?」
だが敵は平気で立ち上がってきた。
「なぜだと思う?よく見ていれば分かるよ」
ユキは『小さき献花』を構えた。
「そして、よく見ていないと死んじゃうよ!」
『小さき献花』が散弾を放つ。
距離があるために人影に当たった子弾は威力を発揮できずに残っている布に防がれた。しかし人影が射撃に怯んだ隙にユキは駆け出している。人影の近くまで踏み込み引き金を引くが、人影の右腕に弾かれた銃口は狙いをはずす。
「貰った……!」
脇があいた敵を人影は見逃さない。尖端と化している左腕を脇腹に突き込む。服を脱いでいる彼の肌を守るものは何一つ無かった。
が。
「何っ……?」
人影の左腕がユキの内蔵をかき回すことはなく、ギャリギャリギャリ!と金属どうしを擦りあわせるような音と共に矛先が滑った。
その軌跡に一瞬残ったのは呪われた黒鱗。
「てめえまさかっ……!」
ユキからの返事はない。驚いた目をしている人影の首へ肘鉄を入れ、その背中に銃口を押しあてる。敵が引き金を引く前に人影は体当たりをして姿勢を崩させ、布で再び手を作り出して彼の足を掴んだ。敵が肩口に発砲し、布で防ぎきれなかった衝撃で腕がしびれるが人工の手には関係のないこと、そのまま持ち上げて地面へ引きずり倒し、その眉間へと尖端を突き刺した。
だがこれにも手応えはない。
今度は眉間に出現した鱗が突きを防いでいた。
「ほらどいてよ」
ドッ。ユキは自分の上にいた人影の腹に『小さき献花』を押し付けて発砲。本来ならぐちゃぐちゃになった筋肉と内臓でできた鮮血の薔薇が咲くはずが、黒布の防御は固い。だがこれまで通りある程度の衝撃は通っているようで、すぐに飛び退いた人影は腹を押さえて膝を突き苦痛に喘いでいる。
「て、めえ……」
息も絶え絶え、しかしまだ殺意の消えない人影を見てユキは笑った。いつものような、作り物のにやけ顔で。
「いい光景だね、これが力量差というものだよ。キミは物理的に銃弾を防ぐ。でも僕の防御はその法則には則らない、あり得ないはずの方法で防ぐ。ズルに思えるかもしれないけど、これは呪いだ。だから僕とキミの間の差は埋まらないし、狩る、狩られるの関係性は揺るがない」
ユキは人影に向かって歩く。狩猟を終わらせるために、獲物に最後の一撃を。
「なめる……なぁ……!」
無防備に近づいてきた敵に人影は最後の力を振り絞って形成した拳を叩き込む。
が、敵は倒れない。
「嘘だ……」
顔を捉えた破壊の一撃は瞬間的に発生した呪いの鱗に防がれ、ほんの一瞬彼の意識を奪ったのみだった。少しふらつきながらも、十分余裕を持った敵の右腕が人影の顔に銃口を突きつけた。
「これが現実、これが呪鱗の力だよ。魔法使いさん」
深夜の廃墟街に銃声が鳴り響いた。
人影の身体が力を失って倒れる。
とっくの昔に音を失っていたはずの廃墟は狂奔の夜を終えて、とうとう本来の寂しさを取り戻したのだった。
「これでおしまい、と」
疲れてはいたが、店長たるユキがこんなところで休んでいては店の明日の経営がどうなるか分からない。他の場所で戦っていたはずの店員たちのことも気がかりだ。
「……さて、おカネはどこに置いてきたっけな」
そして本来の目的もまた、忘れる前に回収せねばなるまい。




