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処決屋ユキの出入帳  作者: 揚旗 二箱
ガンショップの明日はどっちだ
2/81

超能力者と日陰者たち

 旧市街地の外れ。大陸中央の荒野に近い、古い街の廃墟。その昔中心にあった協会は見る影もなく、遺跡としての価値はもはや残ってはいない。あるのは崩れかけの建物に囲まれた空っぽの広場と、堂々と太陽の下を歩けないような無法者たちの巣だ。


 現在、広場には高等学校の制服を着た少女と各々武器を手にした男たちがいる。この光景を見て少女が脅されているとするのは全員を健常者として見た場合である。

 つまり事実は違う。

 高等学校制服にしては攻撃的な赤を基調とした生地、明らかに丈の短いスカートとそこからはみ出すレギンス。金髪の上には制服同様に赤く旧い造形の学生帽をかぶり、同じく旧い男子学生用の制服を外套のように羽織る。


 改造制服に身を包み不良のような出で立ちをした彼女の名はリリィ・カーマイン。

 不治の病に侵された者、超能力者(スケイルド)


 彼女も、彼女に向かい合う男たちも、余裕の表情を浮かべている。


「よお、ちゃんと一人なんだな。悪いがこっちは見ての通り複数人だ」

「まあいーっしょ?俺たちは健康な一般市民で、ソッチはビョーキなんだからさ!」

「『決闘』の条件を指定しなかったのはお前だ。後悔しても遅いぜ?」


 へらへらと笑う男たち。誰かと喧嘩するのなら、複数人で囲んでしまうのが吉。それは相手が超能力者になっても最良の選択肢であり続ける。

 もちろん「最良」だからといって、それが超能力者に対抗しうるとも限らないのだが。

 リリィはせせら笑う。

 なんて愚かな男たちなのだろう。


「そんなことはどうでもいい。私はさっさと始めたいだけなのよ。私をいつまで待たせるつもり?」

「待たせる……?」

「だから、追加のお友達はまだ?と言ったのよ。あんたたちなんかじゃ私の前じゃいてもいなくても同じ。そうねぇ、あと二百人くらいいたら炭くらいは残してあげられるかもね」


 相手を心底侮蔑した声は自信の表れだ。そこには作戦もなく、ただ思ったことを口に出しているだけである。


「てめぇっ!!」

「おい、落ち着け。こいつみたいな能力者どもが調子に乗ってるのはわかってたろ?」

「そしてそれを屈服させるのが楽しいんでしょうが」


 一人の男が激昂したのを周囲の群れがなだめる。


「その様子じゃ、本当にあんたらはそれだけしかいないみたいね。じゃあもうそろそろ始めてもらおうかな?約束通り、あんたらが勝ったら私を好きにしてくれて構わない。私が勝ったらその代わり……とかはナシ。まあそうは言っても私の勝利条件はあんたら社会のゴミ共の全滅だからお願いすることなんて何もないんだけどね」


 退屈だと言わんばかりに金髪を指で弄びつつ、リリィは明らかに見下した目で愚か者どもを眺める。勿論その言わんとしていることは、仮にも『ラスティ・ダイヤモンド』として生きている日陰者たちへと鋭敏に届く。


 両者間に人間としての明確な優劣は存在しない。存在し得ない。

 それでも超能力という『病気』を患った「だけ」で何かと人々の注目を集める彼女のような存在は、日陰者たちにとってはある種の羨望の対象であり嫉妬の対象であるが、同時に利用価値のある存在である。そして見出されたその利用価値もまた根源には、自らには成し得ないことを平然とやってのける超能力者を意のままにしたいという支配欲、自己防衛の裏返しの感情がある。

 一方、超能力者もまた、自分の特別な能力(チカラ)を持て余し、周囲と違うことを当たり前に生きてきた。群れからはぐれ、どれだけ時間をかけても普通に迎合できない存在。超能力者の孤独が理解されることはなく、彼らの心は傷付き歪み、いつしか生きる意味を求めて超能力へと執着する。例外はなく、リリィの場合で言えば自己の名誉を求めつつも、自尊心の内側に侵入されることを極端に嫌う歪な自己顕示欲がそれだ。

 だからこそ、この場は成り立っている。


「十秒数えたら始めるぞ」


 一人の男が言う。


「十秒ね、それでいいわ。じゃあ今から私が目を十秒間閉じていてあげる。もし怖じ気づいたのならこの間に逃げることね。私が目を開けたらスタート。分かった?」

「てめぇが仕切ってんじゃねえぞクソが!」


 どこからか聞こえた罵声を無視してリリィは目を閉じる。


「十、九、八」


 リリィが声に出してカウントダウンを始めてからの男たちの行動は素早かった。

 リリィの周囲にいた連中は素早く散った。逃げたわけではなく、味方に巻き込まれないようにするためだ。そして、街の廃墟の奥から脆くなった石材を踏みつぶしながら広場に突っ込む車両が一台。通常の都会で走っている乗用車よりも二回りは大きく、硬い装甲に包まれたそれは魔法が普及するよりも前の時代、戦争を目的としない正義の暴力が行使するために設計されたものだ。

 暴徒鎮圧用特殊装甲車。

 正式な型番で呼ぶ者は当時からおらず、それを使役していた部隊の役割にちなんで『洗浄車』と呼ばれていた。

 内部にいくらかの人員を格納することができ、備え付けられている砲塔から飛び出すのは砲弾ではなく高圧の水。状況によっては、この水を液体催涙ガス等他のものに入れ替えることも可能だが、『ラスティ・ダイヤモンド』の端くれでしかない彼らにはそんなものを入手している余裕はない。

 だが裏を返せば、人を一人行動不能にするのに水以上のものは必要ないのだ。


「四、三、二……」


 リリィはまだ目をつぶって数えている。


「やれっ!!」


 合図とともに、高圧で押し出された激流がリリィのいた場所を直撃する。本来暴徒への威嚇やその転倒を目的とする水が、たった一人の人間を殺めるために暴れる。

 辺りからは歓声が沸き起こった。バカめ、正直に数えていやがったぞと。余裕ぶっこいて目なんかつぶっているからだと。利用価値など二の次、元来より生かしておくつもりはなかった。ただいちゃもんをつけて喧嘩を吹っ掛け、巣を荒らす目障りな超能力者をこの世から消し去りたかっただけである。


 興奮は最高潮。

 だから彼らは気づくのが遅れた。

 高水圧で超能力者(リリィ)が吹き飛ばされたなら、目の前にはじける水は存在し得ないということに。

 水は当たって砕けただけでは水蒸気とはならないということに。

 液体として地面に落ちる水が一滴も存在しないことに。


 全て放水し終わった。


「ねえ、あんたらさ、ふざけてるの?」


 そして揺らぐ水蒸気のカーテンの向こうから、変わらず超能力者の声が聞こえたことで、ようやく彼らは気が付いた。

 白い霧の向こうのその影に放水攻撃は通用しなかったのだと。

 自分たちが喧嘩をしている相手は超能力者。その中でも尋常じゃない部類だと。

 そして自分たちの頬を伝って流れる汗は、辺りの気温上昇によってもたらされているのだと。


「いやあ、あんたらがルールを守るような奴らじゃないっていうのは分かってたつもりだし、だから細かい条件は最初から付けなかったんだけどさ、まさかこうして命を守るチャンスを与えてやったのをフイにしてまで、しかもさっき作ったばかりのルールを破りたがっていたとは知らなかったよ」


 水蒸気の中から超能力者が姿を現す。

 そこにいたのは不良風な少女ではなく。

 背中から首を通って左目の下まで、顔の半分ほどを紅い鱗に覆われた化物(スケイルド)だった。


「あんたらが設定した十秒よりも前に攻撃したのは明らか。ルール破りには厳格に対処するべきだよねぇ?」


 化物が笑う。いや、口角は上がっているが、目は違った。

 怒り。殺意。

 化物から差し向けられた感情に対して無法者たちに共有された感情は、少なくとも最初は同一のものだった。

 しかし、それをどう解釈するかは個人の裁量にゆだねられた。

 化物が一歩踏み出す。


「お、おおおおおおおおおおおおおお!!」


 それを合図に、一番近くにいた男が動いた。化物へ向けて走る彼の手には鉄パイプ。改造魔法や拳銃を持たない彼にとって一番手っ取り早く、一番手慣れた武器である。

 彼が、自身の抱いた感情をどのように解釈したかは分からない。

 彼自身でさえも。

 だがそれは、端的に言ってしまえば間違いであった。

 こちらをチラリと見た化物へ、渾身の力で鉄パイプを振り下ろす。


「おや」


 陽炎が揺らぎ。

 ずるっ、と。

 振り下ろした鉄パイプに手ごたえはない。

 当たり前だ。


「はあああああああああああああ!?」


 溶けて液体と化した鉄に、手ごたえなどあるはずが無かった。

 悲鳴を上げて転がる彼に溶けた鉄が絡みつき、その身を焼き焦がしていく。


「何しに来たのあんた。もしかして私のスカートの中を覗こうとしているのかしら?やだー、変態。こっち見ないでよねー」


 足元で転がる男の頬を、リリィは踏みつけて固定した。


「あああっ!あああっつうううううううううう!!」


 男の顔から焦げ臭い煙がのぼりはじめる。男は必死にその足をどかそうとするが、足へとぺたぺた触れる手からは指紋が消え、皮膚が消え、肉が焦げていく。


「足触ってくるとかキモすぎ。それに少しうるさいから黙ってて」


 足元の男をいじめるのに飽きたリリィは男を黙らせた。何のことはない。口の中で空気を爆破してのどを焼き、歯を吹き飛ばしただけで男は黙った。おとなしくなった男を蹴って脇に除ける。


「さて次は……っと?」


 ぴちゃっ、と頬に何かが当たった。リリィがそれをぬぐってみると、溶けた金属だ。


「そういえばさっき火薬の音がしたような……あら、そこのあんたかな?」


 リリィの見つめる先には、震える手で拳銃を構える男が一人。その背後には恐怖で硬直した者がいくらか残っていたが、半分くらいは逃げてしまったようだった。


「な、なななんっ、なんでっ!?」

「ああ、その拳銃ね。教えてあげるからもう一回撃ってみてよ」


 男は化物の話など聞かずに、無我夢中で乱射する。全十四発。武器屋からまんまとせしめたまま昨日まで一発も使っていなかった銃弾を、もう何発撃ったか覚えていない。

 そして撃った銃弾のうち、二発だけが化物の胸とわき腹に当たった。

 しかしその二発の銃弾でさえ、命中時点ですでに銃弾ではなくなっていた。

 服に付着した液体金属を見て、化物は顔をしかめる。


「はい、正解は『私にそんなものは効かない』でしたーって、なんで服の方に当てちゃうかな。液体金属なんて乾いちゃったら洗うの大変なんだぞ。ちゃんと肌の方に当ててくれなきゃ。ああ、シミになったらどうしよう?」

「あっ、あっ、あっ」


 引き金を引くも、カチカチカチカチと微かに聞こえるだけで銃弾が発射されない。弾切れか、弾詰まりか。男にそれを判断する余裕はない。不気味な笑顔のままこちらを見る化物の視線に耐えられなくなり、手にしている銃を投げつける。その銃は男の手を離れるか、離れないかの段階で爆散し、男の右人差し指と意識を奪った。


 それを見ていた男の仲間たちはいっせいに逃げ出した。

 駄目だ。これでは敵わない。一瞬でも勝てると思っていた自分たちが愚かだったのだ。

 建物の中へ、路地へ、散り散りになっていく男たち。


 リリィはあっさり仲間を見捨てて逃げていく日陰者たちを見て、まあそんなものだろうとは思いつつも、少し腹立たしくなった。せっかく勇気をもって私に勝てないことを示してくれた二名の仲間(バカ)を助けようともしないで逃げていくなど、いくら社会のゴミでも捨てていいものと悪いものがあるだろうに。


「でも路地の奥に行っちゃったのは仕方がないから……よし」


 リリィは広場を囲む建物に目を向ける。日陰者たちの何割かが逃げていった建物だ。


「柱を溶かせば一網打尽、かな」

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