給料日
「お、おい!カーマイン、アッシュさんっ」
門の警備をしていたアルトゼは建物のあちこちが崩落が収まるやいなや瓦礫へと駆け寄った。敵が計算して爆破したのだろう、何年も前からそうだと言わんばかりに完膚無きまでの破壊を前に、思わずいくら能力者でも二人は助からないだろうと直感して彼はその場にへたりこんだ。哀しみの涙と嘆きがこぼれる。
「ううっ。カーマイン、こんなあっさり死ぬなんて……結構可愛い顔していたのになぁ。性格は少しハチャメチャだったかも知れないけど、怒ると下手したら殺されちゃうかも知れなかったけど俺はむしろ」
とんとん。
突然肩を叩かれたアルトゼは反射的に振り向いた。
じゅっ。
頬が焼ける音がした。微かな焼き肉のにおい。
「熱いっ!?」
「アハハハハッ!!お前こんな古典的な手に引っ掛かるの?面白いわね」
「アルトゼさん、すみません。私は止めたんですよ?本当に」
跳びあがったアルトゼを見て大笑いするリリィとアッシュがそこに居た。アルトゼは状況が理解できず、二人の顔を何度も交互に見てしまった。土ぼこりで汚れてはいるものの目立った傷は無いようだし、鱗も見られない。
「二人とも、崩落には巻き込まれなかったのか?」
ようやく疑問を口にしたアルトゼに、まだ腹を抱えて笑い転げているリリィの代わりにアッシュが返答する。
「私の能力で空間を歪めて瓦礫の雨を避けたんです。結構な集中力が要るのですが、リリィさんが溶かせるものは溶かしてくれたので助かりました」
「ああ、なるほど……」
「おかげで怪我らしい怪我は軽度の火傷くらいですかね。リリィさんに近いところで能力を使って貰ったわけですから」
優しく微笑むアッシュに心底安心したアルトゼは自分の独り言が聞こえる気がした。
二人が死んでしまうかもしれないというのはどうやら杞憂だったようだ。能力者ってのは俺が思っているよりもはるかに頑丈らしい。ユキ店長さんはこのようなことがあるだろうと予見しててただの人間の俺を門の警備に置いたんだな。
一人で納得した彼の肩をバシバシ叩きながら未だに笑っているリリィは何かを主張するが、アルトゼにはそれを理解することはできなかった。
「とにかくだ、二人が無事でよかったよ。用事はもうないだろ?ひとまず撤退しようぜ」
一旦気分を切り換えようとして場をしきり始めたアルトゼが歩き出す。が、すぐに止められた。
とんとん。
もうその手には乗るものか、と振り向かないことを決めたアルトゼの肩がほっぺの代わりに焼け始める。アルトゼはどうやらこのリリィという女は本当に容赦がないのだと諦めて、黒こげにならないうちに振り向くことを決めた。
「熱いって!振り向いてやるからって熱い熱い!?」
ぐに、とリリィの人差し指がくいこんだ頬は再び焼かれてしまった。
「じゃーん、指もまだ熱いよ」
「たち悪いなあんた!」
「はぁっ、はあっ……」
暗闇の路地を、ダイヤモンドダストのリーダーだった男は敗走していた。
手持ちの『星屑』はもうない。せっかく貰った工場も集めた仲間も、左腕も失った。原因は自分のチカラ不足と改造魔法と『星屑』があれば化物にも勝てるという慢心。
化物に負けて全て失ったあの日から積み上げたものは、再び別の化物によって失われた。
だがまだ生きている。復讐心も消えていない。
またチカラを溜めなおし、今度は絶対に殺す。
「化物どもめ」
呟いた瞬間だった。
風切り音がして、男は足音を縺れさせて転倒する。そしてすぐに膝が激痛を発し、剣に貫かれた腹部の痛みと共に脳を直撃した。
「がああああっ!だ、誰が……」
うめく男に後ろから近づく気配が三つ。
「ね、命中したでしょう。どうです『恋文』、優秀な狙撃銃なんですって」
「んー、確かに暗闇で発光を気にしなくてもいいのはアリだよな」
「正式魔法に比べて訓練の出来上がりも早そうです。最終的には魔法に劣るものの、安定した戦力として配るならこのインスタント性は評価するべきですね」
敵だ。
そう認識し、男は三人に向かって右手を構える。微かに緑光を発し、改造によって安全装置を省略された魔法が起動する。が、その発生よりも早く手の甲の眼は血に染まった。痛みに絶叫する男は同時に聞こえていた微かな破裂音に気がつかない。もはやまともに歩けないが、それでも這って逃げる男に三人の気配が追い付いた。
「あなたを、えーっと、諸々の現行犯で逮捕します。ブラノさん、お願いします」
「それは適当すぎるぜショット。まあいいけど……『拘束:輪枷』」
相方に文句を言いながらも、ブラノは男を拘束した。腹を剣に貫かれ、膝の皿と手の甲を『恋文』に割られていた男はこれで本当に身動きがとれなくなった。
「では、工場の破壊と主犯格の確保も済みましたし僕らの仕事はここまでということでよろしいですか?」
確認するユキに、やや複雑な表情を浮かべながらもショットが返答した。
「ええ、ひとまず今日はお疲れさまでした。後日、そちらで収集した『星屑』等の情報を受け取りに行きます。その際に報酬も渡しましょう」
「抜け目ねぇじゃねえか、ショット。やっぱお前ノリノリだったんだな。でもその様子だと、まだ納得していないようだが?」
ブラノが茶化した風に言うのに対し、ショットは極めて真剣な表情で心情を吐露する。
「ええ。今回、この地域における『星屑』の流通そのものは止められたと思うのですが、まだダイヤモンドダストとラスティ・ダイヤモンドとの繋がりがはっきりしません。そもそも、本当に奴らが黒幕なのかすらも……個人的にラスティ・ダイヤモンドはクロだと思うのですがね」
「まー俺らの出世にも関係することだし、分からねえのは確かに気持ち悪いな。だが」
ブラノは『輪枷』の効果で軽くなった主犯格の男を持ち上げた。男は気を失ってしまったようだった。
「こいつにあとでゆーっくり聞けばいい」
「それもそうですね……ユキさん」
「はい。うちの商品を採用してくれる気になりましたか?」
少し期待して見つめるユキに、ショットは少しだけ微笑んだ。普段無表情な彼の貴重な笑みだ。そんな穏やかな笑みで、彼は注文をつける。
「警察に正式採用するのはまだ検討中ですが、その『恋文』を一丁と予備の弾を個人的に購入させてください。少し用事ができたので」
「そういや『質問』はお前の趣味だったな、とんだ悪趣味だが。それを使うのか」
再び茶化した様子のブラノの問いをショットは沈黙でもって受け流した。つまり、否定しなかった。いまさらながら、ユキはこの二人がとても正義の機関に所属する人間だとは思えなかった。
「まいどありー」
ただ、儲かるので気にしないだけだ。
「というわけで、お給料日でーす」
「ぃやったー!」
処決屋事務所にて、ユキの言葉に跳び跳ねたのはアッシュだ。いつもの丁寧語も忘れ、一番前に待機する。その様子はまるで表彰式だ。
「えっと、アッシュは今回の工場襲撃で重要な役割を担いました。この依頼によって処決屋は警察とのより強い信頼関係が築けた他に、『恋文』が仮採用される快挙も成し遂げました。よってその貢献度は高く評価できるので、一番多くの取り分を受け取ってください」
「わーい、えへへ。ユキ店長!私はあなたに一生ついていきます」
「分かったからほら、リリィとアルトゼさんが待ってるし離れて……」
ユキはしがみつくアッシュを引き剥がし、リリィとアルトゼに依頼報酬をそれぞれの取り分手渡した。二人とも不満は特になく、むしろユキは恐縮するアルトゼに報酬を握らせるのに少し苦労したくらいだった。
「俺、門の見張りだったのに工場の異変にも気がつかなかったし、何も活躍できていないような……」
「なにを今更。私もアッシュも全然無傷だったし、お前は与えられた役割分はちゃんと働いていたわ。そこに自信が持てないでどーするのよ、自分の稼ぎで生きているんだからもっと貪欲でもいいくらいじゃないの?」
「そ、そうかな。分かったよ」
というやり取りがあったので、どちらかと言えば苦労したのはリリィだったが。
「さて。皆に給料が行きわたったことだし、とりあえずは解散ということで。処決屋は今日は定休日だから、アッシュもリリィも遊んでくるといいよ」
「分かりました!ユキ店長、仰せのままに遊んできます!」
ユキの掛け声と共にアッシュが消えた。その身も蓋もない行動に思わずため息が出る。
相変わらずお金のこととなると態度が変わるし、お金遣いも荒いんだなぁ、アッシュは。
それに引き換え……と、ユキはいまだに少し迷いのある表情で報酬の袋を眺めるアルトゼを見た。
「アルトゼさんもありがとう。そのお金の使い道はもちろん自由だから、貯金なり散財なりするといい」
「ああ……なんかすまないな、俺はここで働く訳でもないのに」
「いいんだ。アルトゼさんは飲食店で働いているんでしょ?しばらくはそこに専念するといい。で、もしお金が足りなくなったら言ってくれれば仕事をあげることもできるだろう。一度背中を預けた関係、遠慮しなくていいからね」
「……分かった。ありがとう」
アルトゼもようやくきちんと納得したようだ。あとリリィはどうかな、と様子をうかがうと、こちらはこちらで困り顔だ。
「どうしたの、リリィ」
「遊びにいくって何をしたらいいのか分からなくて」
真剣に悩むリリィ。彼女には自分で得た報酬で遊びにいくという感覚はあってもかなり薄い。しかもここのところはずっと忙しかったために、何もすることが思い付かないのだ。
「ま、貯金するのもありだよ。大事に使ってね」
「うん……」
ユキのアドバイスを適当に聞き流してリリィは悩む。
欲しいものは特にないし、貯金しても結局いつまでも使わなさそうなのよね……何か、自分のためだけじゃない使い方……そうだ!
「お前、えっと、アルトゼ!」
「はいっ!」
まだ処決屋の中に居たアルトゼが先程のアッシュとは別の理由で跳び跳ねた。
「お前が働いている店はどこ。案内しなさい」
「えっ?」
「お腹が減ったわ。ご飯を食べに行かなくちゃいけないからお前が働いている店で食べてみようって思ったわけ。名案でしょ」
「ちょっ……そ、それは」
「ダメなの?」
「いや。うん……案内するよ」
「そうだ、お前も一緒に食べない?暇でしょ、どうせ」
「お、おう。少し待ってろ」
リリィとしては自分がアルトゼの店で食事をすれば店が儲かりアルトゼにもプラスになるはずだと思っての提案だったのだが、突然名前呼びされたうえ日頃自分が働いている店に二人でしかも客として行くことになったアルトゼとしては緊張どころの騒ぎではなかった。さらにこの後リリィが食事代を全部出すと言い出しひと悶着あるのだがそのことを彼はまだ知らない。
「ブラノ、あの『星屑』の件ですが」
「お、どうだった『質問』の成果は」
「それが『星屑』を自己強化に使うことができるのを知っていたのは『ダイヤモンドダスト』内では彼だけだったようです。もっとも彼自身、『星屑』は仲介人を通してしか手に入れていないそうで。生産もその仲介人の指示だそうですから、誰が上にいるのかははっきりしませんね」
「あの廃工場じゃ機械やその他の消耗品は新しいものだったんだろ、確か。ならそもそも、なぜその上にいるやつらは自分のとこで『星屑』を生産せずこんなところで仲介人まで雇って作っていたのか」
「やはり情報が足りません。もう少し『質問』してみますか」
「ほどほどにしておけよ」
「大丈夫です、絶対に殺しませんから」
「お前まさか楽しむためにわざと手加減しているんじゃないだろうな」
「……さあ。どうでしょうね」
「まあいい好きにしろ」
「しかし興味深いですね、ただの凡人に超能力を与えることができるクスリだなんて。アッシュさんの証言では物凄いプレッシャーを感じたとか」
「あのリーダーさんの左腕はもう少し調査しなきゃなんないだろうな……しかし今回の件、少し派手にやり過ぎたな。しばらくは大人しくしておこうぜ、相棒」
「そうですね。大きな組織が後ろに居るなら、刺客を送られても不思議じゃない」
「あの店長さんたちは大丈夫かな?」
「……まあどうなろうとこちらには関係のない話です。商売の関係なんですから」
「ま、それはそうだな」
無事二章が終了しました。
続きは二月後半ごろになると思います。理由は察してください。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
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よろしくお願いします。




