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フォイとだおの共依存

 僕は何のために生きているのだろう?

 そう思って、溜め息を吐く。

 僕は、閉塞した環境にうんざりしていた。


 学校。

 教育の場。

 僕の行くべき場所。


 そこには友情や恋がある。

 友達もいる。

 けど、本当の自分はいなかった。


 学校という疑似社会に飲み込まれ、人に合わせる日々。

 僕らしさが表面に出てくることはない。

 いつだって、作られた偽物の僕をみんな必要としているのだから。


 僕は担任から受け取った進路希望の紙を見る。

 まだ白紙だ。

 何も書けてはいない。

 迷っていた。


 僕は一体何者になれるのだろうか?

 僕は一体何を為すべきなのか?

 まだ、よく分かっていない。


 制服のポケットに、進路希望の紙をクシャクシャにして突っ込む。

 空を見ると、丁度茜色に染まっていた。

 空は良い。

 だって、どこで見たって変わることのない姿を僕達人間に見せてくれるから。


 ここは愛咲町。

 東北の片田舎だ

 住宅がポツリポツリと立っている他は、田んぼと空き地が広がる超ど田舎。


 人口数千。

 若者が立ち寄りそうな店も殆どない。

 そんな町の公園に、僕は立っていた。


 僕は高校から帰宅する為に、毎日駅に行かなくては行けない。

 その駅と学校の丁度間にある公園だった。


 別に理由があって来たわけじゃない。

 何となくだ。

 現在の時刻は午後5時。

 家には8時までに着ければいい。


 僕だって若者だ。

 1人になる時間は欲しい。

 学校に行けば友達に囲まれ。

 家に着けば両親と妹に絡まれて。

 そうした毎日の中で、1人になれる場所と言ったら、ここじゃないのかと思ったのだ。


 夕日の景色に影響されて、少しセンチメンタルな思いで公園へ入っていく。

 ブランコがあったので座ってみた。

 ギコギコ揺れてみる。

 1人で黄昏ながら哀愁たっぷりにブランコに乗ってた様子が受けたのか、通りがかりのちびっ子2人がこっちを指差してゲラゲラ笑っていた。

 ……チッ、ガキが、と僕は思った。


 「ん?」


 その時、僕に異変が起こった。

 腹部に微かな痛みを感じる。

 腹がグルルルと獣のように唸り声を出す。


 それは1日過ごしていれば、誰もが平等に与えられる現象。

 どんな美女だろうが、イケメン野郎だろうが処理をしなければならない絶対儀式。

 僕は、ああ……と一瞬で悟った。


 「ウ◯コだ……」


 ウン◯だった。

 かつて食物であった塊が腸の中でうねっている。

 外界へその茶色の肌を露わにしようと警告を発している。

 人間の肉体という小宇宙にも等しい閉塞された世界から、解き放たれようとしているのだ。


 「うう……」


 僕は腹をさすりながら駆けた。

 行き先は1つ。

 便所だ。


 公園の隅っこには小さいながら便所が存在していた。

 公共の便所は不快臭やら犯罪臭が漂ってくるので、あんまり使いたくはないのだが、この際仕方ない。


 トイレの入り口まで無駄のないフォームで走りきり、中へ入る。

 漏らしはしない。

 僕はそんな恥ずかしいミスはしない。

 そんなことは常識だと思っていた。

 ……ここまでは。


 「あん……やあよ、ダメん」


 如何わしい声が男子トイレから響いてきていた。


 「そこ……そこはダメよぉ、たっくん」

 「ふぅ!! もう俺は止められないぜ?子猫ちゃん」


 どうやら、カップルがヤッてしまうところのようだ。

 室内はウ◯コ臭かった。

 こんな場所でよくヤルもんだ。


 「俺のベイべッ!! なんて可愛いんだ! 俺のプラグがキュートな差込口へインしちゃうぜ!!」

 「やぁん!! 私のusbポートにたっくんのプラグが入ってくるぅん!! メモリーが、メモリーデータが入ってくるの!!」

 「待ってな!! 俺のデーターでお前の空き容量をいっぱいにしてやるよ!!」

 「私の容量は1テラバイトよぉん!!!!」


 ……魔窟だった。

 とてもじゃないが便所に入れない。

 タイミングが悪すぎる。

 が、ここら辺りには便所はない。

 1番近い便所は、駅だった。

 駅はここから歩いて30分。

 確実に腸の中の爆弾を処理したいなら、どうしても距離的に不安要素が残る。

 ……選択肢はなかった。


 「もう1つのポートにも挿しこんじゃうぜ!!」

 「ああん!! データーがフォルダにきちんと整理されてて分かりやすいわん!!」


 僕はスニーキングミッションを開始した。

 この男子側の便所には2ヶ所和式が設置されている。

 このキチガイカップルは1カ所を独占している。

 俺は隣で時限爆弾を処理しなければいけない。

 もし、失敗して僕の存在をカップルに察知されれば、一生思い出に残る黒歴史が爆誕してしまうだろう。

 ……プレッシャーで汗が出てきていた。


 僕はクラウチングの姿勢をとった。

 奥の扉が閉まっていて、前が開いていた。

 つまり、前側の和式が僕の戦場ならぬ、洗浄地帯だ。


 音もなく僕は加速した。

 素早く僕はスルリと個室へ入り、扉を華麗に閉める。

 微かに音が出てしまったが、2人の喘ぎ声にかき消されてくれた。


 「ふっ」


 僕は勝利を確信した。

 後はこの不定形粘質型爆弾を投下し、水と一緒にグッバイするだけで良い。

 僕は鮮やかにチャックを下ろそうとする。

 だが、すぐに僕は気が付いた。

 誰もいないと思っていた個室には……男がいた。


 見た目は40歳半ばか。

 太り気味の顔に眼鏡を装着しており、いかにもオタク臭が漂っていた。

 そんな男の手にはノートパソコンがあった。

 パソコンから大音量で流れ出ている、あんあんあん!!!という喘ぎ声。

 どうやら僕は、勘違いしていたようだった。


 「……ここで何をしてるんですか?」


 僕は無表情でそう言っていた。


 「対戦だフォイ」


 男は濁った声でそう返した。

 男の表情はまるで乱れていない。


 「何のっすか」

 「通信機器擬人化対戦ゲーム」


 謎のジャンルだった。


 「擬人化されたパソコンちゃん達が、これまた擬人化されたパソコン備品を美しいボディーに抜き差しして闘うゲームだフォイ」

 「……何でトイレでゲームを?」

 「興奮するからだフォイ!」


 変態だった。

 よく見れば、男の小さい息子は綺麗にズボンにテントを作っていた。


 「あの……出てってもらえませんか?」

 「嫌だフォイ!!!」

 「えええ……何でっすか」

 「まだ対戦中だからだフォイ!!!」


 声高らかに主張。

 その瞬間、向こう側からその通りだお!!と声が聞こえた。

 僕は声のした隣の個室を見る。

 上の隙間から、ヌッタリと筋肉ムキムキ男がこちらを覗いていた。


 「うおわ!!」


 僕は驚く。

 その瞬間、腹がグルルルと音を出す。

 やばい、第一波がすぐそこまで来ているようだ。

 早くこのカオスな状況を切り抜けなければ……


 「まだ僕達は対戦中だお。ここはお引き取り願おうだお」

 「いやいやいやいや!!! ここからお引き取り願うのはこっちだっつの!!」


 余裕がなくなって、つい言葉が荒くなってしまう。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 まずはこの変態2人をどうにかしなくては!!


 「ここはゲームする場所じゃない!! 栄養の搾りかすとアディオスする場所だ!」

 「そんなこと僕達は知らんフォイ! ここで性欲を満たしながら、スポーティーな闘いに身を投じることの方が重要だフォイ!」


 そうだお!と上からも声援が届く。


 「僕はお腹が痛いんだぞ? ここでトイレ出来なかったら、絶対に漏らす」

 「じゃあ、ここでやればいいフォイ」

 「……は?」

 「僕達は対戦を邪魔されなきゃいいフォイ。だから、隣でブリブリやってればいいフォイ」

 「出来るか!! このデブ!!」


 僕の言葉にムッときたのか、フォイフォイうるさい男が言い返す。


 「人の身体的特徴を貶すなんて、いい度胸してるんだフォイ! もう怒ったフォイ! ここで絶対にウン◯はさせないフォイ!」


 男は和式の上に覆いかぶさった。

 うつ伏せの状態でパソコンをいじりだす。

 これはやばい。

 どう足掻いても時間がかかりそうだ。


 「同志よ、加勢するお!!」


 もう1人の変態男が、こちらへやってくる。

 その男は相撲のように僕へ張り手を繰り出してきた。


 「ドスコイドスコイだお!!」


 猛打だった。

 無駄に苛烈な攻撃が僕を襲う。


 僕は抵抗しようとした。

 が、その瞬間、腸に稲妻が駆ける。

 僕のデリケートな菊門からこんにちわ! と挨拶を交わそうとする茶色の運子さんが出口までやってきていた。

 第1波だ。


 いつもなら、僕はスマートに敵の攻撃を回避するだろう。

 流麗に、蝶のように。

 だけど、今は……今だけは無理だ!!

 蝶の動きが、腸によって妨害されている!!


 やむおえず僕は後退する。

 肛門括約筋を振り絞り、バックステップで変態2人から距離をとる。

 僕は、外へ退避した。


 その時、ドンッと背中に何かが当たる。

 後ろに障害物なんてなかった筈だ。

 ……何故?

 僕は後ろを向いた。

 そこには、おまわりさんがいた。


 「喘ぎ声が聞こえると思ってきてみれば……」

 「まさかの国家権力!!!」


 おまわりさんは怒っていた。

 その顔は正義感に溢れている。

 そしてその正義感は、間違いなく全て僕に注がれていた。


 「ちっ違うんです!!」

 「何を映画の脇役兼悪役みたいなことを言っているんだ」


 おまわりさんの言う通りだった。


 「僕は、僕はただトイレをしようと思ってただけで!!」

 「何事だお!」


 最悪のタイミングで変態1人がトイレから出てくる。

 まだこいつは力士の如く突っ張りをしていた。


 「ほう、2人組みか」

 「誤解です!!」

 「僕達の聖域ならぬ性域から出て行くんだフォイ!!」


 必死の弁解虚しく、もう1人がトイレから堂々と出てきた。


 「まさか……3Pだと?」


 まさかまさかのゲ◯疑惑だった。


 「◯イじゃありません!!」

 「そうだお!! 僕達はロリコンなだけの紳士だお!!」

 「いらんこと言うな、この馬鹿!!」

 「ロリータコンプレックスなんだお!!」

 「言い直しても駄目だ!!」


 それを聞いて、ますますおまわりさんが表情を鬼のように歪ませる。

 正義の鉄槌が、間もなく降り下ろされようとしていた。


 「お前達3人、署まで来てもらうぞ!!」

 「3人!!! 嘘でしょ!!」

 「嘘なわけあるか! 変態どもが!!」


 おまわりさんはペッと唾を吐き捨てた。

 その唾は主に、フォイフォイ男の顔へシャワーのように浴びせられた。


 「ま、待ってください!! 僕は被害者です!!」

 「何を言うんだお! 僕達は便所の臭い臭い個室を共にした仲じゃないかだお!!」

 「誤解を招くようなことを言うな! しかも個室に一緒にいたのは数十秒だけだ!!」

 「それでも愛を語らうには十分だお!!」

 「変態の愛なんか語ってない!! 理解も出来ない!!」

 「ああ、その言葉攻め、ちょっといいかもだお」


 どうやら、だおだお言ってる痛い男はMのようだった。


 「今の言葉攻め、ちょっと嫉妬しちゃったフォイ」


 フォイの男は勝手に悔しがっていた。

 もはや、手に負えない変態レベルだった。


 「やはり臭い臭い便所の個室で3Pをしていたようだな。そこの変態ども、3Pの容疑で、署まで連行する!」


 国家権力者はジャスティスを宣言してしまった!!


 「だからおまわりさん!! 誤解だって言ってるじゃないですか! 話を……!?」


 ここで僕の腹が、絶妙なタイミングで悲鳴をあげた。

 この痛み……下痢か!?

 僕は確信した。

 ゲリラのように体内を奇襲する存在の正体。

 まさに、下痢だった。

 僕はケツの部分を手で押さえて、前かがみになる。


 「ふん、そうやって仮病で言い逃れを出来ると思うなよ!」

 「……ちょ、本当に痛いんですって」

 「それはそうだろうな! ケツにプラグインしていたら、当然負担も出てくるだろうさ!!」


 全くもって見当はずれだった。

 僕はもう、変態紳士3号としておまわりさんの脳内にインプットされているようだ。


 「ちぃ、何さっきから変態変態って僕達のことを侮辱してるんだお! 許すまじだお!」

 「そうだフォイ!! 擬人化されたロリなパソコンちゃんではぁはぁして何が悪いんだフォイ! これで変態だったら、◯◯◯ロはもっとやばいんだフォイ!」

 「ス◯◯◯は犯罪級だ!!」


 僕は思わず痛みを無視して、ツッコミをいれていた。


 「ス◯◯◯だとぉ!?」


 おまわりさんの怒りが、頂点を迎えたようだった。


 「逮捕だ!!」

 「警察官が、紳士的結束力で結びついた僕達3人を捕まえられるかフォイ?」


 デブが無駄におまわりさんを挑発していた。

 もう、紳士が3人だってのにはつっこまない。


 「喰らえだフォイ! スライム召喚!!」


 デブがポケットから何かを取り出し、おまわりさんの目の前へ踊りだす。

 刹那、デブの手から透明な粘液が射出された!!!


 「ぐああああああ!!! 目が、目がヌルヌルするうぅ!!!」


 おまわりさんの眼球に粘液がジャストミートした。


 「おま、何やってんだ!!」

 「ロー◯ョンを憎き敵畜生の目にぶっかけただけだフォイ」

 「さも当然そうに言うな!!」

 「紳士を馬鹿にするからこうなるんだフォイ」


 駄目だ。

 こいつら2人、頭がパッパラパーだ。

 クレイジーだ。


 「今だお!! 逃げるお!!」


 変態紳士を名乗る2人が、僕を見ながらそう言った。


 「僕は行かないぞ! 警察にきちんと事情を話して、トイレへ行くんだ!」

 「ハッ!! そんなの無理だお」


 変態が僕を見下していた。

 元々歪んでいた顔が豚のようにさらに歪んでいる。


 「警察官は確実に事細かく事情を話さないと、君を解放してくれないお」

 「なら、納得してくれるまで話すだけだ」

 「その長い事情説明の間、君は君の創り出した濁流を抑え込めるかお?」

 「……!?」


 こ、こいつ!!

 僕のせき止めている存在が、固体の運子さんではなく、液体の運子さんだということを見抜いている!!


 「僕達なら、その鬼畜警官殿を振り切って、濁流を流すことの出来るオアシスへと案内することが出来るんだお!!」

 「でも、でも……」

 「漏らすのかお?」


 漏らす。

 その言葉が、僕の頭の奥にガツンと入ってくる。


 「もし漏らしたら、プンプンとウン◯の香しいスメルをそこいらの女の子に嗅がせながら、変態チックに帰宅することになるんだお」

 「お、女の子に……」

 「そうだお。しかも、この町は狭いお。あっという間に噂は広がるんだお。その名は、ブラウンスメルマンだお!!」

 「う・・・うああああああ!!??」


 いやだ!

 そんなのは地獄だ!!

 運子さんの進撃を抑えられなかったら、僕の社会的な立場は地の底へ失墜するだろう。

 僕は……僕は……!!!


 「同志として、大人しく僕の背中に乗っておくことをお勧めするお」


 何故なんだ?

 僕はついさっきまで、平和に暮らしていた筈だ。

 なのに、何故だ?

 何故こんな騒動になっているのか。


 考える時間があれば良かった。

 けど、そんな時間はない。

 僕の腸の耐久度は徐々に失われている。


 ……迷っている暇はなかった。


 「うおおおおお!!」


 僕はだおだお男の背中に飛びついた。

 ケツを庇いながら。


 「よく決心したお!!」

 「これぞまさしく、ワンフォアオール、オールフォアワンだフォイ!!」

 「全然全くこれっぽっちも結束なんかしてない!!」

 「そのツッコミ、ワンダフォイ!!」

 「それを言うならワンダフォーだろ!!」


 僕を乗せて2人の変態は走り出す。

 気分はそう、犯罪者のようだ。


 「くっ!!容疑者3名が逃走しました。公務執行妨害です!!至急、応援をお願いします!!」


 後ろでは、ローショ◯で目を充血させたおまわりさんが、俺達を呪うように睨みながら応援を要請していた。

 もはや犯罪者気分ではなく、僕は犯罪者そのものだった。


 「ちっくしょおおおおおお!!」


 こうして僕は、自分のウ◯コを処理する為の逃走劇を開始したのだった。

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