本質を見抜いてあげて
それじゃあ女子の学級委員は天野 つかささんで、男子の学級委員は川崎 優斗で決定します!それでは2人は前に来て係決めの司会進行をして下さい」
「は〜い☆ほら!つかっちゃん前行こー!」
「…………えぇ」
これが現実な訳がないわッ!!(泣)
校舎案内から1ヶ月が立ちそろそろ皆新しい環境に慣れ始めてきたこの時期、6限目のHMを使い係決めが行われることになった。
最初に決めるのがやっぱり学級委員で、それまで進行役をしていた先生から私たちにバトンタッチして黒板の前に前期学級委員男女が並んだ。
学級委員なんて響きだけはカッコイイがやはり雑用に何かと使われるこの係、更にはこういう話し合いの司会進行役を良くさせられるという事で立候補者なんて私以外女子は居なくて計画通りなることが出来た…が、問題は男子だ。
「つかっちゃんって字、綺麗だよね?なら黒板に係の人が決まったら名前書いていってくれるー?」
「……えぇ」
「それじゃ、早速次の係聞いてくよー!図書委員やりたい人挙手!!」
(やっぱり受け入れられないわッ!!!!)
私は今にも黒板にチョークを叩きつけようとしている腕を抑えるのに必死だった。
(何故なのよ!!?ハゲと差をつけるためになったのにハゲまで一緒だったら意味無いじゃない!!逆にハゲの方が有利じゃない!!なんで男子他に誰も居なかったのよ!私の席の前の丸メガネで!毎回の休み時間に予習復習して勉強している所しか見たことないぐらい真面目な田中君だっていたでしょ!!なんでこんなハゲたチャラ男と一緒に仕事しなきゃいけないのよ!!)
「うおっ!?ちょwwつかっちゃん!!」
「何よッ!!わたしの名前を気安く呼ばないで!!」
「オレの事好きなのは分かったけどさ〜流石に黒板に書きすぎじゃない??」
「は?」
(どこまでハゲの頭ってお花畑なの?脳みそ本当にある?正常??)
しかし教室にいる皆が黒板を指差し笑い始めた。
「……??」
不思議に思い黒板を見ると……そこには荒々しい字で図書委員の所が沢山の«ハゲ»という文字で埋まっていた。
「はぁ!?」
「そーんな無意識で書いてくれるのは嬉しいけど〜こんな皆が見てる前でそんな積極的にされたら恥ずかちい☆…………ヒィッ!!ごめんなさい!!もう言いません!!はい!ちゃっちゃと進めよう!!ほら!図書委員やりたい人挙手!」
ハゲは私の顔を見た瞬間青ざめ瞬時に話の流れを戻した。目も若干涙目で声も裏返っていた。動揺し過ぎだハゲ。
「はい。図書委員委員立候補します」
(なんでそっちなのよ田中ぁぁぁぁぁあ!!!)
・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜
それから順調に係が決まっていき、伊織も無事文化祭委員になれた。文化祭委員は男女1名ずつのため初対面の男子に伊織は緊張と混乱をしてしまい何故か好きな食べ物について永遠と語り始めた。←ハゲが笑いながらも止めに入ってなんとか落ち着いた
今日、早速放課後に学級委員の仕事を担任から任されハゲと2人で教室に残りプリントまとめをすることになった。
1人になってしまった伊織は笑顔で
「私、今日は図書室で本を読んでるので終わったら来てくださいね」
と言ってくれた。
二つの机を向かい合わせにくっつけて黙々と作業をしているため教室内はホチキスの音が響いていた。
(……川崎 優斗、仕事なんて適当にやるのかと思ってたけれど…真面目にしてくれるのね)
それはとても意外なことだった。てっきりサボるのかと思っていたのにさっきから無言でテキパキと仕事をしてくれている。
(チャラい人かと思ったら真面目に雑用もしてくれるし、女好きかと思ったら伊織の悪口言ってた女子に冷たくあしらってたし……)
「考えれば考える程分からないわ…」
「何が?」
(あ、つい声に出しちゃったわ)
「別に、何でもないわ」
「そう?そうえばさ〜つかっちゃん、一ついい?」
川崎 優斗は作業を止めて私をじっと見た。
「な、何よ」
「つかっちゃん、いおりんちゃんの事呼び捨てにするの辞めたほうが良いよ。いおりんちゃん、多分嫌がってる」
「─────ッ」
それは、伊織の悪口を言っていた女子達に向けられた痛いくらい冷たい視線と声だった。
口調もいつもと違う。本気で言われている。
だけど、怒っているのか責めているのか、川崎 優斗が何を考えているのか全く分からない。
「な、なんでそんな事言われなきゃいけないのよ。伊織だって良いって言ってくれたじゃない」
話しながら、川崎 優斗の目を慎重に見て心理を突き止めなければこのままペースに飲み込まれてしまいそうで怖い。何を考えているのかが分からないから、真っ暗だから怖い。
「分かってないね、つかっちゃんは。ねぇ、いおりんちゃんの親友って言ってたのにさ、何も見えてないんだね。つかっちゃんってさ一点集中しかできないんだね」
川崎 優斗の瞳からどんどん色がなくなっていく。光を拒絶する漆黒の闇が彼を支配しているみたいだった。
「親友のくせに……追い詰めるんだね」
────《追い詰める》─────
「ッ、さっきから何言ってるのよ!!言いたいことがあるのならはっきり言いなさいよ!!」
思わず声を荒あげてしまった。
心臓が激しく動いている。鼓動が大きくなっていく。
(はしたないことをしてしまったわ……落ち着かなきゃ…感情的になってはダメだよ……落ち着いて私)
深呼吸をして何とか落ち着こうとしている私を尻目に川崎 優斗は不敵に笑った。
「ハッ、じゃあ言うよ。いおりんちゃん……多分名前で呼ばれるのトラウマだよ」
「《トラウマ》……?」
「俺ってさ、基本的に人の事情なんて興味無いし面倒臭いから踏み込みたくないんだよ。だから詳しくなんて知らないけどさ〜流石に毎回つかっちゃんに《伊織》って呼び捨てされる度泣きそうな目をされちゃったら無視出来ないよね〜」
口調が少し戻ったけれどそれでも彼の目は色を失っている。
「泣きそう……って、どういう事よ。全然そんな素振り見せなかったわよ」
「いおりんちゃんさ、つかっちゃんに名前呼ばれる度肩が小さくビクって震えてるんだよ。目も不安になってる。酷い時は身体が小刻みに震えてるんだよ。小さい頃になんかあったんじゃないかな」
「そんなリアクションしてたの!?もっと早く言いなさいよ!」
「つかっちゃん、いおりんちゃんにベッタリじゃんか。いつ言うんだよ〜。いおりんちゃんの前でなんて口が裂けても言わないよ」
「それも……そうね」
「とにかくさ、そういう事だから呼び名、考え直した方がいいよ」
「……それもそうね。親友だなんて言ってたのに、、知らなかったわ。私、知らない間に傷つけてたのね」
(悔しい。私って本当に一点にしか集中できなくて……いつも重要な事を見逃してしまうのね。《あの時》から何も成長できてない)
唇をギュッと噛み締めた。
「教えてくれてありがとう。……その、助かったわ」
「………………あッ。ごめん!!」
川崎 優斗はさっきまでの雰囲気と一変し突然両手を顔の前に合わせて謝ってきた。
「今キツすぎた!!本当ごめん!!」
「……は?」
色がスッと戻った瞳、いつものようなチャラい雰囲気が戻っていた。
「いや〜!ちょっと昔に友達関係でトラブっちゃった事があってさ〜!それからこういう事敏感になっちゃったんだよ〜。いおりんちゃんにはいつも笑わさせてもらってるし、つかっちゃんとも仲良くさせて貰ってるしさ、だから2人の友情関係上手くいって欲しくて暴走しちゃった☆」
「……はぁ!?」
「いおりんちゃん、多分つかっちゃんの事気にしてないと思うから呼び名変える必要ないよ〜。というか他に呼び名無いしね!つかっちゃんがあだ名で呼ぶのなんて想像できないし!」
拍子抜けとかこの事だろう。何だったんださっきまでの空気。こんなハゲに動揺して、自分の性格の悪い部分を見抜かれてしまった。
考えれば考える程……
恥ずかしすぎる
「……やっぱり私アンタ何考えてるか分かんないから嫌いだわッ!!急に雰囲気変えてきて何なのよ!!お陰で作業遅れたでしょ!?」
「いや〜ん、許して〜。2人のことを思って言っただけじゃんか〜」
「だったら普通に言えば良いじゃない!あんな雰囲気じゃなくたって良かったじゃない!!……もう良いわ!私伊織と先に屋上に行くから後やっておきなさいよ!!」
私はカバンを肩にかけ勢いよく机を叩き立ち上がった。
「このハゲっ!!!」
川崎 優斗を置いて走って図書室に向かう。
《親友のくせに……追い詰めるんだね》
追い詰める
その言葉が頭から離れてくれない。
嫌よ。私はまた失敗するの?
そんなの絶対嫌よ。
「伊織!」
図書室に着くと伊織の姿を見つけ飛びついた。
本棚で本を探していた伊織はビックリして小さく「キャッ」と声を出した。
「ど、どうしたんですか?天野さん?」
伊織が質問してきたけれど私の耳には入ってこなかった。力強く伊織を抱きしめひたすら安心を求めているのに必死だった。
離したくない。離れて欲しくない。
もう……失いたくない
「い、伊織は……呼び名で呼ばれる事嫌い?」
抱きしめたまま聞いたため伊織の表情を見る事はできなかったけれど、僅かにびくりと身体が震えた。
(あぁ……本当なんだ。嫌だったんだ)
「そんな事無いですよ」
嫌だって分かってるのに、伊織はいつもの癒し声で答えた。
この子は自分が嫌だってことが素直に言えない性格だと今更分かった。
「その、私達親友なんですよね??だから全然大丈夫ですし、苗字で呼ばれると距離を感じますから」
焦っているのだろう。距離を感じるのならば何故私のことは名前で呼んでくれないのか。必死で隠そうとしている。
「そうよね。ごめん。急に取り乱して」
きっとまだ踏み込んではいけないのだ。
まだ出逢って1ヶ月程しか経っていないのだから焦ってはいけない
そして、きっと川崎 優斗にも何かあったのだろう。あの冷ややかな瞳の奥に何かが映されていたのだろう。
(私だってまだ2人には言えないもの)
この3年間できっと分かるのだろう。そう信じて私は抱きしめた腕を解いた。
「あ、仕事終わったんですか??……川崎君が居ませんが??」
「あぁ、あのハゲなら置いてきたわ」
「えぇ!?」
ほんの少しだけ悪いと思ってるしむしろ感謝すべきだわ。
けどね
私を怯えさせた罰よ、ハゲ