不器用女帝
「ねぇねぇつかっちゃん〜おはよ。あのさ確かいおりんちゃんと寮の部屋一緒なんでしょ?もうすぐ学校始まるのにまだ来ないってことは欠席〜?」
私は読んでいた本を栞を挟んで閉じた。
「………………知らないわ」
(今読書中なんだから邪魔しないでよ)
森園学園の寮は一つの部屋を2人で使うルームシェアになっていてクラスの同性同士が適当に部屋を割り振られている。原則としてペアの交換は認められず1年間同じ人と生活を共にすることになっている。
一応1年間一緒に共同生活をする人への挨拶はキチンとしなければいけないと思い栗山さんをずっと待っていたのだが何時間経っても帰ってくる気配が無かったため先に寝た。
朝起きたら隣のベッドに栗山さんがすやすや眠っていた。一応身体を揺すって起こそうとしたが目を覚まさなかったからそのまま置いてきてしまったのだ。
(こんな事なら起こせばよかったわ……いや、そこまでする義理もないわね。それに昨日の今日であんな様子じゃ反省してない証拠だわ……また遅刻したらただの愚か者だわね)
「というかなんで栗山さんとルームメイトって事を知っているのよ。昨日寮で発表されたばかりなのよ?」
当たり前のように私の隣の席、つまり栗山さんの椅子に座って、栗山さんの机に肘をつき顔を手のひらに乗せている川崎 優斗に疑問が湧いた。男子は女子、女子は男子の寮には立ち入り禁止なはず。内部情報なんて彼が知れるわけがない。
すると彼は自分のブレザーのポケットからスマホを取り出しLINEの友達画面を私に見せてきた。
「クラスの女子たちから教えて貰っちゃった☆」
舌を出しても可愛くないから引っ込めて欲しい。それとも閻魔様のように伸ばして欲しいのか?
(昨日の今日でもう異性と連絡を交換し合ったの?しかも私と栗山さん以外の女子全員入ってるじゃない。この男、チャラい最低クズ男ね)
「同じ部屋なら起こしてあげても良かったんじゃんか〜今日も遅刻したらどーすんだよ」
「しようがしまいが私には関係ないわ。ほっといてよ」
「ちぇ〜つかっちゃん冷たいね〜」
「………………」
私はガン無視して閉じた本を開き読書に戻った。
「無視しないで〜辛いよ〜悲しいよ〜」
机をバンバン両手で叩きながら話しかけてくる。何度も思うけどその席栗山さんのだからね。
「ねぇ〜ねぇ〜つかっちゃん〜今日の学食何がオススメ〜?俺さ女子のみんなが噂してる野菜ディップとパスタが気になるんだよね〜」
OLか
「あとさ〜昨日は反省文が手こずっちゃって寄れなかったんだけどショッピングモールとかも行ってみたいな〜ここの敷地内なんでもあるしね。あ、いおりんちゃんと記念にプリクラでも撮ろっかな〜」
ギャルか
「そん時はもちろん、つかっちゃんも一緒だから!あ〜楽しみだわ〜♪」
オネエか
(なんなのこの人。人がこんなにも無視してるのによくペラペラ喋っていられるわね)
「貴方って変人なのね」
「あーれー?今の会話のどこを取ったらそんな結論になるんだ?」
「私に喋ってて楽しいの?散々無視してるのに」
「……何言ってんのつかっちゃ〜ん(笑)無視っていうのは関心もなく右から左に言葉が抜けることでしょ〜??つかっちゃん、ちゃんと俺の言葉聞いててツッコミも入れてんじゃん!」
(……なんでバレてるの)
「なんでバレてるのかって〜?顔に出過ぎなんだよ〜(笑)鏡で見てみ??ちょー面白いよ(笑)」
私はサッと本で鼻の下まで隠した
「あれ?顔真っ赤じゃん!照れるの〜??」
「うるさい……も、もうすぐ予鈴がなるから早く自分の席に着いたらどうなの」
「つかっちゃん可愛い〜♡」
…………
「黙れハゲ」
こんなに人に殺意を湧いたのは初めてだわ
「ハゲ!?つかっちゃん口調が荒くなったよ!?というかハゲって!!フサフサでしょ俺!!」
不愉快だわ
「将来は薄毛だから安心して」
「安心できないよ!?ねぇ!つかっちゃん!!」
……変な人──
「……育毛剤、いいのがあると良いわね」
「そんな冷めた目で見ないで〜!?あれ!?なんで急に毒舌になったんだ!?」
この気持ちは一体何?
「さっきからギャーギャーうるさ「ま……間に合った!?」」
ドアを勢いよく開けて予鈴とともに滑り込んできた栗山 伊織によって遮られた。
「あ、いおりんちゃ〜ん!良かったね間に合って〜」
川崎 優斗は座っていた席から立ち私と栗山 伊織の机の間に移動した。
「あ、川崎君に天野さん!おはようございます。えへへ〜朝起きたら時間ギリギリで焦りました」
頭をかきながら申し訳なさそうに言った。
「ほら〜つかっちゃんが起こさなかったからだよ〜」
むっ……
「夜遅くまで出歩いてた栗山さんの自業自得でしょ」
「うッ……あはは……本当ですね」
「本当は待ってたくせに〜」
「……っだからなんでそんなことまで!」
私は思わず本を勢いよく閉じて机をドンと両手で叩いた。
「あれ?図星だった!?」
「え……は……ハメたわね!?」
「え!待っててくれてたんですか(照)」
「そんなわけないじゃない!ぐっすり寝たわよ!」
「またまた〜つかっちゃんったら〜」
「……もう知らないわッ!!」
私はプイっとそっぽ向いた
「あれは照れ隠しだよいおりんちゃん」
う……
「天野さんってクールなイメージだったんですけど……可愛いですね川崎君」
「でしょ?俺もそう思ってたんだけどさ、少し話しただけで、分かったんだよ。“感情を人に伝えるのが苦手な不器用なタイプ”って」
やめて
「不器用さんなんですね〜……知れば知るほど可愛いですね」
やめて
「ね〜可愛い〜!!」
「わ、わ、……分かったからもうやめて!!」
2人がニヤニヤしながら私を見つめている。
「ぶ……不器用なのは別に自覚あるからいいけど照れてなんてないからね!」
「もぉ〜認めなよ〜つかっちゃん〜」
「黙れハゲ」
「だからハゲてないからッ!?」
あぁ……なんだろうこの気持ち。今まで生きてきた中でこんなにも感情的になって話すのは初めてだわ……いや、違う。こんな機会が今まで無かったんだ。
〝人形のようにしか見られてなくて感情なんて必要なかったから〟
「えぇ!!ハゲてたんですか!?オススメはリー〇22ですよ!」
「だからフッサフサだからね!?」
これが普通なのね。こんなにも……
「ふふッ」
「……あぁ!?天野さんが笑った!!」
「なんだって!?」
「失礼ね。私だって笑うわよ」
2人は目を開いて見つめてきた。けれど次の瞬間眩しすぎるくらい素敵な笑顔を見せて私たちは笑いあった。
ここが教室で、ホームルームのチャイムなんてとっくに鳴っていたことすら気にも止めず
「ほんっと可笑しいわよね〜!!ホームルームのチャイムが聞こえないぐらい耳が遠い現役高校生が3人もいるだなんて〜!!」
その一言で私達3人は一瞬にして顔が真っ青になった。栗山 伊織と川崎 優斗も固まっている。
「3人とも仲が良いのね〜!でも先生の話も多分面白いから聞いて欲しいな〜??それとも何?そんなに反省文が好きなら何10枚でも書く〜?」
声はとても陽気なのに顔が全く笑っていない。教卓からメラメラ殺気をチラつかせながら担任は言い放った。
私たちは光のスピードで席につき先生となるべく目を合わせないようにしてホームルームの時間を過ごした。
✽・:..。o¢o。..:・✽・:..。o¢o。..:・✽・:..。o¢o。..:・
高校2日目も終わり帰り支度をしていると栗山 伊織から声を掛けられた。
「天野さん!良かったら一緒に寮に行きませんか??同じ部屋ですし」
私は少し考えて断る事にした。
「ごめん。私行きたいところがあるの」
「そうですか〜それじゃあ仕方ありませんね」
シュン……とまるで子犬のように可愛い百面相を見せられた。……なんか悪いことした気分になる。でも本当にごめんね。入学する前からずっと行きたかったところがあるのよ……昨日はルームメイトである栗山 伊織に挨拶するために寄らなかったけど。
「また、明日帰りましょ」
せめてもの償いとして言うとまたさっきみたいに眩しい笑顔になった。
「はいっ!」
(……本当にコロコロ表情が変わる子なのね。見てて飽きないもの)
「あ、!じゃあいおりんちゃん俺と一緒にあそこ行かない〜?」
栗山 伊織の隣の席でクラスの女子たちから囲まれて耳障りな談笑をしていた川崎 優斗が会話に入ってきた。
「……あっ!良いですね!」
「よしっ。ならゲーセン行って時間潰そっか〜」
「……ゲーセン!!私行ってみたかったんですよ〜!!」
いやいやいや、ゲーセン行ったことないの!?というかあそこって何処よ!?貴方たち会って2日しか経ってないのにもうそんなに親しくなってるの!?今時の男女関係ってそんなに大胆なの!?
「なによ……あの子。優くんと随分親しそうじゃない?」
「昨日だって2人で遅刻してたし、放課後とかも結構遅くまで2人で居たらしいよ〜?」
「ぶりっ子なのよ。嫌いだわ〜」
ヒソヒソとわざと聞こえるか聞こえないかの音量で陰口を言ってくる川崎 優斗の取り巻き達。
(まぁ、そう思われても仕方ないわよね。話した感じそんな風には見えないけど…)
私には関係ないわ
「それじゃあ、さようなら」
どれだけいい人そうでもね、相手に伝わらなかったら意味が無いのよ。冷たい人間だなんて思われたっていいわよ。だって────
カバンを肩にかけ教室を出ようとした。
「聞こえてんだけど〜?」
冷えきったその声に身体が強ばり足が止まった。
「ねぇねぇ〜?俺悪口言う女子って嫌いなんだよね〜……さっさと帰れよ」
低すぎて冷たすぎるその声に思わず振り返ると、さっきからは想像もできないほど冷たい視線を女子達に川崎 優斗が注いでいた。
「いおりんちゃんの悪口言ったら、次覚えといてね〜?」
口調はいつも通り軽いのにトーンが、目が、怖い。栗山 伊織は聞こえていなかったらしいのかキョトンとしている。
「バイバイ〜」
栗山 伊織の手を引き強引に教室を出た2人を口をポカンと開けて呆然としている女子達と私。
(……やっぱり変な人)
あの後、女子達は「き、嫌われちゃったのかな」とボロボロ泣き出した。もちろん私には全く関係の無いことだったからスルーして私は校舎のとある場所に来た。教師や生徒達にバレないようにコッソリと移動して、とある扉の前で止まる。
(やっと見れるのね……)
慎重に扉を開けた。
「……わぁっ!!」
そこは屋上だった。
まだ日が落ちてなくて綺麗なオレンジ色に染まった空。私意外誰もいない事を確認するとフェンスに手をかけ空を見渡す。
「夜空じゃなくても、こんなに綺麗なのね…」
昔から空を眺めるのが大好きだった。
辛い時、悲しい時、独りぼっちの時に空を見ると全てをスッポリ包み込んでくれてる感じがして安心できるから。でもそれ以上に……
「こんなに見渡しが良いのならきっと綺麗に見えるわね」
星座が大好きなのだ。この学校に来た理由の一つがそれだった。満天な星空達が紡ぐ素敵なストーリーが堪らなく好き。ちっぽけな点にしか見えない星でも繋ぎ合わさることによって繰り出されるロマンチックなお話。私はそれに夢中になった。
「……誰にも言えないけどね。こんな恥ずかしい事」
こんな外見をしてて頭の中お花畑だなんて見た目詐欺師にも程があるし受け入れてもらえない。別に何を言われようが痛くも痒くもないけどこれだけは言われてしまったら傷つく。
「……早く日が落ちないかな」
ワクワクしながら夜になるのを待ち焦がれた
川崎 優斗がさっき言っていた《あそこ》が《屋上》だとも知らずに……
誰でも良いです。どうかネーミングセンス0の私の代わりにピッタリなサブタイトルを付けてくださいm(_ _)m