転校生 2
「彦星様………………」
七夕、屋上で私は運命の人と出逢いました。
201☆年 7月7日
今日は朝からとっても幸せでした。
目が覚めたら天野さんがクラッカーでお祝いしれくれて、星のチャームがユラユラ揺れるブランド品のブレスレットをプレゼントしてくれました。
教室に行くと今度は川崎君が歌とともにお祝いしてくれました。4月の頃はショートボブで毛先がクルンとしていた髪も伸びた私に金色に輝く星の髪飾りをプレゼントしてくれて嬉しさのあまり私は教室で泣いてしまって……天野さんがハンカチで涙を拭いてもらっちゃった。
お昼、学食でいつもは500円の日替わりランチを頼む私は、お昼を奢ってくれると言ってくれた2人に今日の«煮魚定食»をお願いしました。
そしたら2人はそんなのダメ!と却下して1000円もするランチコース(スープ、サラダ、メイン付き)を奢ってくれました。
それだけでも嬉しかったのに更にデザートにパフェまで奢ってくれました。(食べ過ぎて胃もたれ起こしそうになったのはここだけの秘密)
私のリアクションがいちいち面白かったらしく川崎君は笑いながらスマホで沢山の写真を撮ってくれました。後で現像してphoto bookにしてくれるそうです。
放課後、クラスの皆が購買で沢山のお菓子を買ってきてくれていて私の机に高く積み上げタワーを作ってくれました。
産まれてこんなにお祝いしてくれたのは初めてだったので私はまた泣きました。
その後、3人でいつものように帰るかと思っていたら何やら用事があるようで、私は後から屋上に来て欲しいと言われました。
寮に帰って今、今日の出来事を書き表してます。
でも下手なせいか全然自分がどれだけ嬉しくて幸せなのか書き表すことができません。
そろそろ屋上に行かなきゃ…………
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「…………彦星?」
屋上で出逢った見たこともない男子。星に勝る容姿に思わず見惚れてしまっていて、無意識に“彦星様”と言ってしまった。
彼の問いかけで自分が言ったことに気が付き恥ずかしくなって頬が熱くなっていく。
「あっ……あ、……あのッ」
(頬っていうか……全身が熱い!?何この感じ!!声を出すのも緊張して言葉になってくれない……!!?)
私の様子がおかしいのかどんどん怪訝な顔になっていく男子。
(そんな顔しないで〜(泣)!!)
「いっおりんちゃ〜ん!!!!サプライズ第2弾!!」
「やっぱここで祝わないとね!!見て!ケーキ2人で作っ………………たの?」
どうしていいのか分からず涙目になってしまっている私。そんな私を怪訝な顔でどんどん後ずさっていく見知らぬ男子。
そんな中で突然ドアを開けてやってきた2人が状況を瞬時に理解出来るはずもなく2人揃って表情が固まってしまい、無言で非常にいたたまれない雰囲気になってしまった。
「…………アンタ達誰だよ」
沈黙を先に破ったのは意外にも見知らぬ男子だった。
「いや〜?それこっちのセリフだよ〜ん?屋上立ち入り禁止なんだけど〜??」
男子に便乗して話し始める川崎君。
川崎君が流れを掴みさえすれば後は大丈夫と安心感が急に込み上げてきた。
「俺は先生に屋上に行けって言われたから来たんだよ。そういうアンタらも生徒だろ。なんで屋上にいるんだよ」
「あら、奇遇ね。こっちも許可貰って居るのよ。なら何の問題もなかったわね」
バサッと髪をはらいながら天野さんも流れを掴んだみたい。(許可を貰ったっていうのは語弊があるけど)私も話さなきゃ……!!
「わ、……私達ッ!毎日ここで夜空を観てるんです!」
「……先約みたいだから帰る」
勇気を出した言葉を呆気なくスルーされ、ドアの目の前に立っていた天野さんと川崎君の間をすり抜け屋上のドアノブを回し帰っていった。
「何よアレ。無愛想ね」
「いやいや。つかっちゃんにそっくりだよ」
「えっ……そんな。最近はかなり感情出すの頑張ってるつもりなんだけど」
「まあ確かにね〜初めて会った時なんか血も涙も無さそうだったもん〜(笑)」
「酷すぎるわッ!!ねぇ!伊織はそんな風に思ってないわよね!?」
「……………………」
「……伊織??」
「……………………」
「??お〜い。いおりんちゃ〜ん?」
「……ッ!?うわぁ!!!」
川崎君の顔が目と鼻の先にあってビックリして思わず突き飛ばしてしまった。
「痛てぇ……」
「あわわわ……ごめんなさい!!」
尻餅をついてしまった川崎君の腕を引っ張り立たせる。
「伊織?ぼーっとしてたけど大丈夫?心無しか顔も赤いわよ?……熱でも出たの?」
私の様子がおかしかったせいで天野さんが物凄く心配そうな顔をしている。私に近づき手を自分と私のおデコに当て熱を測ってくれた。
「熱は無いみたいね……まさか、アイツに何かされたの!?」
天野さんの目がギラリと鋭くなった。
そして鬼の形相で川崎君を睨み振り返った。
「川崎 優斗のせいだわっ!!貴方がケーキのデコレーション、失敗したからよ!!」
「お、俺〜!!?」
予想していなかった怒りの矛先の先が自分に向いて心底驚く川崎君。
「ちょっと待てよ!確かに俺失敗したけど!つかっちゃんだってスポンジ焼いた時萎んだよね!!」
「黙りなさい!!貴方が失敗しなきゃ間に合ってたわ!」
「理不尽だ!!!」
また2人の言い争いが始まっちゃった(汗)
…………ん?
「あの……さっきからケーキがどうとか言ってますけど…??」
私の問いかけにさっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返り2人が固まった。
カタカタと油の切れたロボットのような鈍い動きでゆっくりと私の目を見てきた2人。
あまりの挙動不審さに私の頭にはクエスチョンマークが大量生産されている。
やがて、川崎君が隠し持っていた白い、ケーキが入った箱を私に差し出してくれた。
「は、はっぴばーすで…………」
目線を逸らしかなり歯切れが悪そう。
天野さんなんて何故か涙目になっている。
「もっと素敵でロマンチックなサプライズにするつもりだったのに……伊織……ごめん」
「……えっ」
川崎君からケーキの箱を受け取り開けた。
中には私の大好きな生クリームたっぷりのシフォンケーキ、その上にはチョコプレートで“happybirthday いおり”とガタガタな文字がチョコペンで書かれていた。
驚きと感動のあまり思わずケーキを落としそうになってしまった。涙が無意識にポロポロと流れていく。
「いおりんちゃん!?」
心配した川崎君が私の肩に手を置き顔を覗き込んだ。
「ケーキ遅れてごめんって〜!」
違うの
「泣くほど辛いことアイツにされたのね!?」
違う
「……本当に?…………いおりんちゃん傷つける奴は許さないよ」
「……違います〜っ。嬉し涙ですっ!!」
「「嬉し涙ぁ?」」
2人が拍子抜けした表情と声を出した。
私は未だ止まらない涙を片手で目を擦りなんとか止めようとしていた。
ただでさえ今日1日という日が幸せ過ぎたのに最後の最後でコレは反則だ。サプライズになれてない人間なんだよ?……部屋からバスタオル持ってこれば良かった…………
「ほらっ!3人でケーキ食べましょ!」
私達は星空の下、2人がケースに入れて持ってきてくれた包丁と紙皿、紙コップにジュースで今日だけ夜更かしして日付が変わるまで誕生日会をした。
川崎君が自分の部屋からギターを持ってきていて弾き語りで誕生日の歌を歌ってくれて、
『こんな遅くまで屋上にいるのが先生達にバレたら流石にヤバイでしょ!!!』と怒りながらも一緒に歌ってくれた天野さん。
3人で笑いながらいつもよりもちょっと特別な夜を過ごせて私はとっても幸せ者で…………ずっと続けばいいのにな。
次の日、案の定寝坊した私は天野さんの怒号で目が覚めた。あの天野さんの鬼に変わる瞬間はいつになっても慣れないから変な汗を朝から大量にかいた。
「次寝坊したら……どうなるのかしらね?」
あの黒い微笑みが脳裏に焼き付き登校中も天野さんが私に話しかける度ビクビクしてしまう。……逆にどうしてあんな時間までパーティーをしていて朝普通に起きてられるのですか。体内時計が正確すぎですよ。ロボットですか。「私実は人型ロボットなの」ってカミングアウトされてももう驚きませんよ。言うなら早くカミングアウトしてね。待ってるから……
高校の校舎に入り1年の教室に向かう。ガラリと後ろのドアを開ければいつも川崎君が「いおりんちゃ〜ん!つかっちゃ〜ん!」
と両手を広げて凄い笑顔で来てくれるのに今日は流石に寝不足なのかまだ来ていなかった。
(入学初日以来遅刻してないのに……もうすぐチャイムがなるけど間に合うのかな?)
自分の席に座りケータイをスカートのポケットから取り出す。タップして連絡先から《川崎 優斗》を探して電話をかけた。
プルルル……プルルル……プルッガチャッ
数回のコールが鳴り響き電話が繋がった。
『…………にょ……』
にょって何ですか
『あれ〜いおりんちゃんから電話なんて珍しいぃ……ふぁ〜』
ふぁ〜って……まさか
「……まさか寝てました?」
私の簡単かつシンプルな質問に少し間が開き
『…………ギャ──────!!!?』
と叫び声に耳を刺激された。何なんですか朝から。お化けでも見たかのようなリアクションしちゃって……そんな悲鳴を聞きつけた天野さんにケータイを貸してと言われ渡すと物凄く低く冷たい声で
「遅刻したら……どうなるか分かるわね?昨日あれだけ遊んだんだから遅刻なんて…………許さないわよ」
と言い放ち川崎君の返答を聞く前にピッと通話を切った。
「はい、伊織ケータイありがとう」
「いいんですよいいんですよ!なんならあげます〜!!!」
その後私に向けられた笑顔でさらに怖さが倍増になった。
キーンコーンカーンコーン
結局川崎君は間に合わずそのままHRが始まってしまった。先生が教室に入ってきて教卓で出席簿を取り出し生徒の確認を始めた。
「今日の遅刻欠席は誰かいる?」
「川崎 優斗が寝坊です」
天野さんが死んだ目で先生に報告した。
「珍しい……初日以来無遅刻無欠席だったのに。ま、残念だね。…………よし、それじゃあ今日は皆に嬉しいお知らせがあるよ!なんと!転校生がうちのクラスに来ることになりました!」
先生の発言によりクラスメイト達はザワザワし始めた。
「え〜!この時期に??変だよね」
「男かな?女かな!?」
「あ、ちなみに男子ね」
「キャー!イケメン!?先生イケメンですか!?」
「ちぇ、なんだよ男かよ〜」
まだ見ぬ転校生に皆が興味津々になっていた。
「まさかと思うけど昨日のアイツとかないわよね」
天野さんが私にコソコソ話をし始めた。
「でもあの人何も言ってませんでしたよ?そもそも同じ学年なのかも分かりませんし……」
(名前も分からないけどココの生徒だって事は間違いないし……)
「しーずーかーにー!それでは紹介するわよ!ほら入って入って!」
先生の指示により前のドアがガラリと開く。ローファーのコツんという音とともに転校生が入ってきた────
あ、
「あぁぁぁぁぁぁあ!!!」
転校生の顔が現れた瞬間、あの天野さんが勢いよく立ち上がり大声で叫んだ。普段は冷静沈着な彼女が急に感情的になったから教室にいる全ての人が驚き目を丸くした。
叫ぶのも無理はない。だって本当に彼だったんだ。昨日出逢った彼が立っていたのだ。
「……うるさい」
気だるけにそう言い放った彼は教卓まで歩き正面を向く。
今にも消えてしまいそうな儚げな色をした肌。前髪から覗く神秘に満ちた黒い瞳。全く上がらない口角。彼の全ての容姿からミステリアスなオーラを醸し出してクラスメイトの誰もが彼に釘付けになっていた。
天野さんもそんな彼のオーラに押されたのかヨロヨロと椅子に座った。
やがて女子達の黄色い声援と、拍手が教室を包んだ。
ガラッ
「あ〜あ遅刻しちゃった〜……ってあれ?なんで皆拍手してんの?」
そんな中盛大な遅刻で登校してきた川崎君が前のドアから入ってきた。寝坊のはずなのに今日も髪はバッチリ決まっているから……かなりマイペースで登校した事が分かる。川崎君は拍手に疑問を持っていたがやがて教卓に立つ転校生の姿を見て目を見開いた。
「おっ……お前あの時の!?」
「はいはい遅刻のだらしな男君は早く着席して下さ〜い。ほら!皆も静かにして!」
先生の誘導により渋々何か言いたげな顔をしながら席に着く川崎君。一方先生は転校生の名前を黒板に書き始めた。
「ということで!今日から転校生してきた彦原 奏君です!ほら自己紹介して!」
「……よろしく」
物凄い仏頂面で一言言って無言になった。
「本当は皆と同じく入学式から来るはずだったんだけどとある事情によりこんな時期に転校する事になったの。とりあえず皆仲良くしてあげてね〜!それじゃ席は…………あのだらしな男の隣の席空いてるからそこに座ってね」
「だらしな男ってなんですか先生!!?」
川崎君のツッコミを華麗に無視し先生は黒板の文字を消し始めた。転校生の彦原君は教卓から1番後ろの川崎君の隣の席、つまり後ろのドア側の列に座った。
HRも終わり転校生の周りに女子達が集まり質問攻めが始まった。
席が隣の川崎君の席まで占領されてしまい私達3人は窓際に避難した。
「まさか転校生だったなんてね〜どうりで見たことない訳だよ」
「あの男……結局なんで屋上にいたのかしら?伊織、何も聞いてないの?」
「……」
「いおりんちゃ〜ん?」
「えっ!?あ、ごめんなさい!聞いてませんでした!」
「伊織、昨日からおかしいわよ?昨日寮に帰った後も手帳眺めながら溜息ばかり吐いてたし…元気ないの?」
「いえいえ!大丈夫です」
昨日、屋上でケーキを食べ終わり寮に戻った後もずっとあの人の顔が忘れられずにいた。何故自分で『彦星様』なんて言ったのかは全く分からなかったがとにかく気になって仕方なかったのだ。……出逢った時、綺麗さに驚いたと同時に何故か無性に《懐かしさ》を感じていた。まるで逢いたくて逢いたくて仕方がなくてやっと逢えたような感じが……
「にしても苗字珍しいってか聞いたことないよな〜彦原って」
「彦って……なんか彦星みたいね」
ドキッ
「それなら、いおりんちゃんもじゃない?ほら名前に『伊織』で織姫」
「あ、でも私お母さんがそれ小さい時教えてくれましたよ。私の名前の《織》は織姫から取ったって。誕生日が七夕なので」
「え!そうだったの伊織!そのお母さん素敵ね!星座の魅力をよく分かっているわ!星座から名前を取ったなんて素敵……」
「おーい、つかっちゃ〜ん、帰ってこーい」
3人でいつものように他愛の無い話をしていたら突然ドンッ!!!と机を叩く大きな音が教室に響いた。
「……さっきからうるさい。どっか行けよ。ウザイ」
ぞわっと鳥肌が全身を襲った。あまりの低く怒りがこもった声に教室の全員が固まってしまった。天野さんと川崎君でさえ目を点にして驚いていた。やがて彦原君は立ち上がり教室を出ていってしまった。
彦原君の周りに群がっていた女子達の中にはあまりの怖さに泣き出してしまう子もいた。
「……って、もうすぐ授業始まりますよね!?私呼んできます!」
流石に転校初日のサボリはやばい。というか1時限目の先生は、サボリなんて見つかってしまったら反省文で日が落ちるまで教室に監禁され書かなければいけなくなるほど《鬼》としての異名が名高い先生だった。
何故か彼のことが放っておけず私は追いかけるため教室を出た。すぐに彦原君の姿を見つけたがどれだけ声をかけても無視され仕方なくついていくしかなくなってしまった。
歩き続けると屋上に着いた。彦原君は後ろから追っていた私を一瞥しフェンスに持たれかかれしゃがみこんだ。
何やら様子がおかしい。何故か胸を抑え息苦しそうに見える。
「……どっか行けよ」
さっきと変わらない低く怖い声のトーンなのにとても苦しそうに聞こえた。私は彼に近づき顔を覗き込むため目線を合わせた。雪のように白い肌にはうっすら汗が張り付いていた。
「大丈夫……ですか?」
「どっか行けって聞こえないのかよ」
「でも、辛そうです……」
その時1時限目を告げるチャイムが鳴り響いた。
「……ちっ。ほら見ろ。行かないからお前サボリになったぞ」
「え……」
もしかして私の事を思って冷たく言ったのだろうか。……よくよく考えればさっき女子達に怒った時も女子達の声に彦原君の前の席の人が読書をしていて迷惑そうにしていた気が……
「……ふふっ。彦原君って優しいですね」
「は?頭おかしいんじゃない」
思わず笑ってしまうと冷たい目をされたが頬はほんのり赤くなっていた。川崎君の言ったとおり。天野さんと似ているんだ。感情を出すのが苦手な不器用な人で、本当は凄く優しい人だったんだ───
「昨日も会いましたが改めまして、初めまして。栗山 伊織って言います。よろしくお願いします!」
手を差し伸べると彼は一瞬迷ったそうだが握ってくれた。
「…………よろしく」
手から伝わる彼の熱。それが私にも伝染してどんどん顔が熱くなっていく。さっきまでの息苦しさもどうやら収まったようで顔色が良くなっていた。
彼のことが頭から離れなかったり、声を聞きたいと思ったり、放っておけないの思ったり、私はとにかく彼のことが気になって仕方がなかった。この気持ちの名前を私はまだ知らずにいた──