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005 アキバの音楽あれやそれ

 いやあ、殺人鬼は強敵でしたね……。

 にゃーんて。

 あの事件については、取り立ててこの日記で書くつもりはありません。

 あくまで私はあの場にいただけの背景役(モブ)に過ぎない。それは他ならぬ私自身が重々承知しています。不要ではないが、重要でもない。そういう立ち位置です。ここで微に入り細を穿つには少々役者不足と言えましょう。

 だから、それは然るべき語り手に委ねようと思います。


 何より、この日記は気楽な猫のように、がモットーですから。

 シリアスはいいんです。いつものように馬鹿馬鹿しくいきましょう。


    …


 明けましておめでとうございます。

 平均して一生涯のうちに八十回しか言う機会のない台詞。そのうち一回をまさか異世界で言うことになろうとは思いも寄りませんでした。事実は小説より奇なり。文字に起こしている時点でこれも小説ではありますが、そんなことは些細なことです。

 〈アキバ冒険斡旋所〉の年末年始の営業については色々と会議とかあったわけですが、無難に営業時間の短縮という形に落ち着きました。朝は遅く、夕方辺りには切り上げ。なんかお役所というより小売業っぽい。三が日に関しては大地人スタッフの方が多かったりします。

 かくいう私もお休みを頂いていて、久しぶりにのんびりだらけてチャット(おしゃべり)三昧。

 ……というか、殺人鬼討伐の打ち上げに現を抜かしすぎ、ゲーム時代では割と当たり前だった貫徹とか久しぶりにやらかして、生活リズムが狂いました。〈大災害〉からこっち(より正確に言えば〈円卓〉発足)、いかに健康的な生活をしてきたかということをしみじみ痛感。ああ懐かしい、この頭に血が足りない感じ。

 それでも冒険者の身体というのはやっぱり頑健で、一日ぐっすり眠ったらさっぱりするのだから風情がない……というのはやや不謹慎でしょうね。健康が第一ですね、うん。

 それにしたって、朝六時に起床して、夜の十一時頃には寝てしまうのが冒険者の平均的なライフスタイル。ネトゲに入り浸っていた現代日本人とは思えないていたらくです。いえ、健康的で非常に結構ではあるのですが、なんというか未だに違和感がなくもない、という感じ。

 ――人間は、文明によって夜の闇を取り払ってしまったのだ。

 キャー、ハズカチー。

 ……我ながら詩的センス(羞恥心への耐性とかも含む)は壊滅的ということを再認識した上で、どうしてこんな生活になるのかということを考えてみる。

 そしてそれは初めから分かっていたことで、読み返してみたらこの日記でも最初に触れていました。


 要するに、娯楽。

 足りてません、娯楽。


    …


 娯楽といえば、その後の〈三毛猫ホームズ〉の活動はどうなのかしらと顔を出すことにしてみました。忘れがちですがエリーさんはあれでもギルマスで、〈変人窟〉でカードゲームやらボードゲームやらを作っています。探偵業の再開はいつになるか全く分からないそうです。最近は麻雀流行らせるって息巻いてた気がします。

 いかにもな探偵事務所な内装。そこではだらだらとギルメン達が駄弁っており、

「え? ああ、ギルマスなら、今温泉旅行行ってますよ。ボクスルト、だから箱根の方かな。来週には戻るそうで」

 ……うわあ空気読めねえなあほんとに。こういう時にアピールしないでどうしますか。一応私、〈第8商店街〉のメンバーですよ。流通メインのギルドですよ。まったく。

 なんでも、あまりにもラブコメオーラがダダ漏れている街の雰囲気に堪えかねて脱走。同じ志の友人達と、クエストでの鬱憤晴らしを兼ねて温泉旅行に繰り出した、ということらしいです。


 ――私の他に友達いたんだ……。


 なんてことは思いませんでしたよ、ええ、全然。

 ちなみに殺人鬼事件のつい前日に出かけてしまい、〈探偵〉としては大層悔しい思いをしたんだそうな。

 何はともあれ、エリーさん、この日記で初めての欠席です。なんだかんだあの人の無駄話は嵩ましとしてはいいネタになるんですけどね。まあ、毎度毎度そればっかりでもマンネリでしょう。

 無駄足に終わりましたが、せっかく〈変人窟〉まで寄ったので、〈RP.jr(レイパーカー)〉の明太ホットサンド、できたてアツアツなど頬張りながら、アキバの街をぶらつく新年。猫舌という単語が脳裏をかすめますが、果たして大地人な猫人族の場合は如何に。

 明日からはまた仕事だし、殺人鬼のアレコレで日記はサボってたし、何か有意義な休日の過ごし方でもないかなあ、なんて不毛なことを考えながら、賀正ムードの街を練り歩きます。

 テレビのないこの世界では、正月特番など望むべくもありません。あれはあれで独特の雰囲気があって好きなのです。普段テレビ見ないから、放送スケジュールが狂っても気にならないし。

 うーん。

 なんだか無性に恋しくなってきたぞ。

 テレビとは言わずとも、ラジオなら。せめて紅白というか、歌の一つくらいは。

 そんな気分になったので、手近なライブハウスに赴くことにしました。


    …


 データどころか、CD、MD、カセットテープ、はたまたレコードすらないこの世界において、音楽鑑賞というものはちょっとした贅沢となりました。

 ライブハウスというか、ちょっとしたホールのある食堂まで赴いて、〈吟遊詩人〉の演奏を楽しむ。すべてがライブ、正しく「音を楽しむ」娯楽でしょう。

 もしお目当ての〈吟遊詩人〉がいる場合は、そのライブスケジュールまで把握していなくてはなりません。中にはスケジュールを組まない人もいますから、そうなってくるともう完全に運次第です(ストーキングはオススメしない)。音楽性の違いによる闘争もあるとかないとか、まさにロックンロール。

 もっとも私は音楽に関しては雑食なので、知っている歌が聞こえてきたらラッキー程度の感覚です。それでなくとも生演奏というものは、それ自体で楽しめるものだったりします。たまたま聞いた耳慣れない音楽が、自分の琴線にヒットすることだって珍しくないのです。

 例えばほら、このように。


「フゥーハハハ! 愚民共、今宵の狂乱の宴はここまでである!」

 えーッ! もっとやってよォーッ!

「なあにィー? 愚民風情が我が輩に意見を垂れるか! ククク、身の程知らずどもがァ!」

 キャー、魔王様ァーッ!

「グハハハ! 愚民共、しかし憂うには至らぬわ! 我が輩の混沌たる供宴がこの程度で終演を告げるとでも思うたか!」

 そこに痺れる憧れるゥ!

「またいずれ見えるであろう! 貴様らの命運さえ尽きておらねばな!」

 ドコドコドコ、地の底から鳴り響く重低音!

「さらばだ! ――闇に飲まれよ!」

 赤い煙とともにフェードアウト! 魔王様の次回作にご期待ください!


 ……とまあ。

 たまたま上手いタイミングで入店出来たので、ちょっと調子を合わせてみました。どうやらセットリストの最後だったみたいなのでそれが残念ですが、大人気の「混沌たる供宴」に巡り会えただけ僥倖としましょう。

 ヘヴィメタルなんて今まで縁がありませんでしたが、ちゃんと聞いてみるとこれがなかなか良いモノです。やはり技術がある人は、魅せるのが上手いんだなあと感心することしきり。


「というわけで突撃インタビューです」

 割と御法度、楽屋へ突撃とかかます私でした。ダイジョーブ、知り合いだから。

「何が、というわけ、なんですか」

「先日の依頼の件のこととかですかね?」

「なんで疑問系なんですか」

 バリバリのメイクはそのままに、しかしステージとは打って変わって腰の低い魔王様でありました。バッチリ決まった魔王ファッションで、突然の闖入者にも丁寧にお茶を出してくれるお人好しっぷり。壇上の姿しか見たことのないファンが見たら卒倒するやもしれぬ。

「まあ、ゆっくりしていってください。ここのお茶のフレーバーはとても好みなので」

 にこやかに語りかけてくるその様はまさに紳士。外見に対して違和感しかねえ。

 アキバの街に音楽を。アキバミュージックフェスといつしか呼ばれるようになった音楽団体の一つ。この人こそ、ヘヴィメタルバンド〈サイクロプス〉ギルドマスター、アバル閣下なのでありました。


    …


「新年一発目の『供宴』だったんですけど、いかがでした?」

「すみません……滑り込みになっちゃって、最後の一曲だけしか」

「ありゃ、それは残念。新年にちなんだコンセプトでセットリストを組んだんですが」

 お茶でほっと一息。アップルとカモミール(っぽい何か)の優しい香り。

「具体的には?」

「魔王の再臨」

「穏やかじゃないですね……」

「まあ、うちはそういうコンセプトでやってますからね。それに魔王と言っても、成長した堕天使、要するに根っこは善人ってやつです。他の魔王を狩る魔王、という世界観ですね」

「ああ、いわゆる『勘違いするな、お前のためじゃない』的ツンデレですか」

「身も蓋もないなあ。まあ、その通りなんですが」

 からからと朗らかに笑う魔王様。この人はオフタイムではこういう芸風なので、他のアーティストの方々とも衝突しないそうです。危険な見た目で勘違いしてしまう分、ギャップがずるいと密かに人気があるとかないとか。

「……あー、堕天使。だから撤収の挨拶がアレだったんですか? ネタ分かる人限られますよ?」

「いいんですよ、分かる人だけ笑ってもらえれば。それに〈大災害〉からこっち、彼女には会えていませんからね。たまにはぶっこみたくなるんです」

 分からない人はスルーしてよし。データのアイドルの話です。多分エリーさんと話が合うと思う。重ねて言いますが私はネタしか知りません。

「それで、今日は何か用事でも?」

「ああ、そうですね。折角だからちょっとこの間の話の続きでもしましょう」

「つまりノープランだったわけですね」

 だって休日だもん。うにゃん。

「それじゃあ、こっちの事情をかいつまんでお話しするとしましょうか。近いうちにクエストに出来ればいいんですけどね」


    …


 そもそも音楽に「ライブ」という概念が生まれたのは、ラジオやレコードの発明がきっかけでしょう。録音出来るメディアの登場により、ご家庭でも音楽を満喫できるようになったのです。

 ならそれまではどうしていたのかと言えば、そもそも「音楽とはライブ」であり、演奏者がいるところに行かないと、人工的な音楽というものには触れることが出来ませんでした。

 そして現在のこの世界において、音楽文明はそこまで退化しています。吟遊詩人の能力によって音源こそ最新のシンセサイザーですが、この辺もチグハグといえばチグハグです。

「それに食事と違って手軽に持ち運んだり、誰でも出来るわけではないですから」

 そしてこんな状況だと需要と供給が釣り合わないのです。食事と違って単純に『ただの娯楽』である以上、優先順位が若干低くなるのは否めません。

「なかなかデカいハコも貸してもらえませんからねえ……。〈海洋機構〉さんの倉庫を借りる案もあったのですが、あんまり色よい返事はもらえませんでした」

 狭いアキバの街、中小ギルドに扱えるのは、せいぜい食堂の広さが関の山。武道館サイズなど望むべくもありません。

「大地人の施設を借りるにしても、宮廷音楽でない以上は場違いもいいところですからね。そもそもマイハマまで向かう時点で趣旨がずれてしまいます。まずはアキバに音楽を普及させたい、というのが大方の音楽ギルドの方針ですからね」

 のーみゅーじっく、のーらいふ。

 ここに音楽を愛する人たちの、ささやかな葛藤がありました。


    …


「でも、ロデ研には話を通してあるんでしょう? そっちはどうなんですか?」

 とはいえ、全く足がかりが無いと言われればそうでもありません。こんな時のみんなの味方、〈ロデリック商会〉。とりあえずロデ研に話を投げておけばいいや感あります。

「うーん、進捗はそこそこ、とは聞いていますけどね……。やっぱり他に研究しないといけないことがたくさんありますから、優先順位はあんまり高くないみたいです」

 あはは、と苦笑する閣下。うーむ、やっぱりなんだかんだ円卓の一席、真面目に仕事してるんだなあ。

 CDの代用品みたいなものを研究できないか、と持ちかけたのが二ヶ月くらい前の話なんだそうです。フレーバーテキストの洗い出しをして、それっぽい素材を探してくるクエストを先月受注して公開しました。そう、先月です。

 そうしたら見事に殺人鬼事件のアレコレと被ってしまい、娯楽の話は後回し、というより漂う中小ギルドや変人窟ガンバ感。協力してくれているロデ研メンバーも、なかなか割く時間が無いらしいです。

「ちなみにあのクエスト、色々集めてきましたけど、一番確率がありそうな素材とか分かりました?」

 それでもまあ音楽好きの冒険者も多いもので、協力者もそれなりにいました。色んなところへ行ってもらって、それっぽい素材アイテムをとにかく回収。壊れたオルゴールとか五線譜ノートとか、色々。

「ええ、どうやら《音響水晶(エコー・クォーツ)》が一番望みありみたいですよ」

「あ、やっぱりそうでしたか。うーん、いかにもファンタジーですね」

 《音響水晶(エコー・クォーツ)》。特定のダンジョンで採集出来る鉱石で、主に〈吟遊詩人〉の楽器作成に使われる素材アイテムです。

 音を吸い込んで一定時間記憶、反射する特性を持つ水晶、というフレーバー。まさにあつらえたような素材です。

「ただ、やっぱり使い捨てになる問題がクリア出来ないと厳しい、という話でしたね。水晶単独だとどうしても長時間維持出来ないみたいで、五分くらいの曲でも一日持たせられるか、というレベルだそうで」

「それは……ちょっと売り物には出来ませんね」

 そう、問題はあくまで中級素材アイテムだということ。楽器として合成してしまえば普通に機能するのですが、水晶単品ではとても脆いんだそうです。昔のゲームのセーブデータのように、気づいたらパッと音が霧散している。しかも使い捨てなので、失敗したらまた取りに行かないといけない。なんとまあ非効率。

「そうなんですよねえ……。私達はああいう研究のことは分かりませんから、あんまりせっつくわけにもいかないし。なかなか難しいですね」

 魔王メイクで、実に謙虚なことを仰るアバル閣下。その見た目で脅せばもう少し頑張ってくれるだろうに、そんなことは考えもしないみたいな。いや、それやったらアキバを追放されるオチが待っているんでしょうけど。

 うーん。一介の受付嬢としてはなんとも言えないところです。


    …


「あれ、あきばさん。珍しいですね、こんなところで」

 帰り道、ミノリちゃんと出会いました。

「ちょっと野暮用がね。ミノリちゃんは?」

「私はこれから五十鈴さん……ギルドメンバーの演奏会のお手伝いに行くんです」

「ああ、例のリュートの子」

 前に話を聞いたのですが、ミノリちゃんたち〈記録の地平線〉のメンバーは、ライブハウスでセッションを時々するらしいのです。主に年少チームで組んでいて、初々しくて可愛らしいと閣下は評していました。いえ、変な意味は全くありません。

「そっかー、ミノリちゃん、音楽は好きなの?」

「そうですね、好きです。みんなで演奏するのって楽しいですから」

 ううん、即答。まっすぐな答えが実にいじらしい。リスナーではなくプレイヤーとして好きと言っちゃえる辺りがなんか眩しい。元気にこの世界を生きてるなあ。

「あ、そうだ。もしお時間がよかったら、あきばさんも聴きに来ませんか? 五十鈴さん、歌とっても上手いんですよ」

 ……うーむ、キラキラしておる。だらけた正月気分が一気に灼かれていく感覚。もうちょっと頑張ろう、私。

「うん、じゃあそうしようかな。どんな歌が聞けるか、楽しみにしてるね」

「はい! 早速行きましょう!」

 ミノリちゃんの満面の笑みで溶けそうになる。

 そして手を引かれて潜り込む音楽の世界。ちょっと稚拙だけど、それでもエネルギッシュな感情の嵐。

 とりあえず、今年のお正月は満足行くものになりましたとさ。


 さて、明日からお仕事頑張りましょう。

 そんな感じで、今日の日記はここまで。

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