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004 猫とリア充

 クリスマスは終了しました。

 にゃーんて。

 もはや定番の文言ですが、果たして真面目にクリスマスを憎みながらこれを打ち込んでいる人間は何割いるのでしょうか。少なくとも私は周りに合わせてやってますし、知り合いにもいないと思います。

 むしろ個人的には特定の相手がいようがいまいが、クリスマスの浮かれた雰囲気自体は割と好きです。思い出補正というやつでしょう。もはやプレゼントがもらえるような歳でもありませんが、そんな記憶を懐かしむだけでもそれなりにオツなものです。

 宗教をちゃんぽんにしてお祭り騒ぎにかこつける日本人の習性は、ここ異世界、セルデシアでも健在なのでありました。


    …


「リア充は爆ぜろ」

 エリーさんは言いました。万感籠もってました。異世界飛んでから、そんなことを素面で言える人に出会いました。すげえ。

「そうは思わないか、あきば?」

 ノーコメント。笑顔でやりすごす私。エリーさんも私の会話ペースを分かっているので、それ以上は追求してきません。

 ただいま十二月の中旬、仕事上がりに〈ダンステリア〉のカフェテラスでエリーさんとお茶をしているところです。アキバが誇るスイーツギルド、女子力高めの甘味処、それが〈ダンステリア〉。今日のお勧めはイチゴのショートケーキ。シロップ漬けがとても甘くてハッピーです。

 しかして今はクリスマス前。アキバの街も、お祭りの準備で賑わっています。大地人の皆様方も冒険者の不思議な風習に困惑しつつも、お祭りなら迎合しようと息巻いています。

 そしてそんな調子なら、〈ダンステリア〉の現状はどうなるかというと。


 カップル。

 カップル。

 右を向いても、左を向いてもカップル。

 爆発を願うまでもなく、勝手に熱暴走しそうな勢いでヒートしておられる。


 ……いや、まあ。もう半年以上こっちにいることになりますからね。生活基盤も安定していますし、そりゃそういうお付き合いも出来上がるでしょうよ。

 そんな中、同性のお友達同士で細々とお茶会をするのは、なんか居心地悪い気がしなくもありません。おかしいな、私達はいつも通りのはずなんだけど。

「ニトログリセリンって、どのアイテムを調合したら出来上がると思う?」

「エリーさん、ストップ。それ以上はダメです」

「前にドロップアイテムからトレハロースを作った〈錬金術師〉がいたから、ワンチャンあると思う」

「それは凄いと思いますが、やめましょう。そういう剣呑な雰囲気を出すのはやめましょう」

 ケーキがまずくなるし、衛兵が飛んでくるから。

 エリーさんはぶすーっとお餅みたいに顔をふくらませると、テーブルに突っ伏しました。

「うーあー。異世界くんだりまで来てまたこのオーラに当てられるとかあんまりだあ……」

 一体この人は過去に何があったんだろう。追求はしません、というよりしたくありません。

「ま、まあ、とりあえずケーキ食べましょうよ。甘いもの食べてリフレッシュしましょうよ」

「むー」

 もふもふとショートケーキを貪るエリーさん。普段は紳士ライクに行儀にも気を遣うのに、あんまりといえばあんまりな有様。よほどこの空気が嫌と見えます。

「そういえば、ショートケーキってどうしてショートなんでしょうね? 別に短いとかそういうわけでもないのに」

「この場合のshortは『サクサクした』って意味だ。アメリカではビスケット生地で作るケーキのことだから、サクサクケーキという訳になる。スポンジを使うのは日本人の好みに合わせてのことで、名前だけがそのままだから妙なことになってるんだ」

 おお、蘊蓄は健在だ。どんな状況でも打てば響くように返ってきます。

「ちなみにチョコレートの語源は『苦い水』という意味で」

 なんかスイッチ入ったのでしばらく聞き流します。どうしてそんなに物知りなのか以前訊ねたら、「高校時代競技クイズをやっていた。今もゲーセンのクイズゲームガチ勢」だからなんだそうです。人間は無駄な知識を得ることで快感を得ることが出来る唯一の動物である、とかそういう話ですね。

 適当なタイミングを見つけて話の軌道修正を図ります。

「まあまあエリーさん、折角だからたまにはガールズトークらしいこともしましょうよ」

「ガールズトークって。普段からしてるだろ?」

 いや、こういうのは絶対そう呼ばない。実際のガールズトークが可愛らしいものばかりではない(というか生々しい)としても、エリーさんとの会話は確実にそういうものではない。

「いやいや、もっとこう分かりやすいので。恋バナとかあるじゃないですか」

「過酸化水素水と二酸化マンガンのどっちが左側とかそういう話か」

「アカデミックに発酵しろと誰が言った」

「いや、これ中学生レベルだから。……あーいや、二酸化マンガンは触媒だからこの喩えだと二人の仲を引きはがす悪役かな……」

 ダメだこの人。


    …


「でもそうだなあ。恋人関係か……ちょっと興味深いテーマではあるね」

 どういう思考が走ったのかは知りませんが、急にエリーさんはイキイキした表情になりました。また長い話が始まるぞ。とはいえ一方的なお喋りのはずなのに、何故か聞いていてダレないのは我ながら不思議です。もしかしてサブ職〈探偵〉の効果だったりするんでしょうか。

「何ですか藪から棒に。まさかエリーさん、浮いた話が「あるわけないだろう」

 食い気味に言われた……。カギ括弧を閉じる暇もなかった……。

「あきばもない、そうだね?」

 断定された……。言い返せないのが切ないところです。

「うんうん。言いよどんだら友情に罅が入るところだった」

 言いよどんだ時点でアウトだった! というかそんな友情は嫌すぎるので早々に破棄したい所存。エリーさん、相当にヒートしている様子。本当何があったんだろう。

「そういう恋バナをしないのなら……何の話をしたいんですか」

「そりゃ、元の世界に戻ったらどうなるかっていう考察だよ」

 エリーさんの眼鏡がきらりと光る。猫人族の頭でどうやってかけているかは永遠の謎――というわけでもなく、クリップ式なんだそうです。

 そういえばこの間、「どんなに動いてもズレない眼鏡」を開発しているギルドからの依頼を受けたことがあります。ちなみにギルドの方針は「全員眼鏡着用、コンタクトと伊達は死すべし、慈悲はない」。その眼鏡に関する情熱はどこから来るのだろう……。

 それはともかく。

「元の世界に戻ったら……まあ、リアルでもお付き合い継続なんじゃないですか?」

 周囲を見渡すと、もうそれはガソリンでもあればえらいことになりそうな熱量の嵐。今時、ネットで知り合ってそのままゴールインというのも珍しい話ではありません。

 エリーさんはチッチと指を振りました。すげえ邪悪な笑みを浮かべていらっしゃる……。

「そう簡単な話かな? 今でこそ秋葉原――アキバに集まっているけど、全員東京在住とは限らない。というより地方民がほとんどだろう。自宅なら遠距離恋愛なカップルがほとんどのはずだ」

「あー……まあ、それは」

 でもそれは、エルダー・テイルがネトゲである頃から存在する障害であり、当人達が本気であるならものともしない問題です。そのために引っ越したとかよく聞きますし。

「もちろん、それだけじゃない。今でこそ僕らは美男美女揃いだ。なんせアバターの容姿を引き継いでいるからね。――でも、果たしてリアルの肉体に戻ったら、どうなるかな?」

「うわあ」

 うわあ……。さらりとものすごく酷いこと言ったよこの人……。

「元々ゲームオタクの集まりだ。容姿なんて気にかけないだろ?」

「それ偏見ですよ……」

「いざ会ってみたら幻滅しました、コミュ抜けますなんて日常茶飯事じゃないか!」

「それも偏見ですって……」

 エリーさん本当に大丈夫? いつもの紳士スタイルはどうしたの? 心なしか笑い方が「フヒヒ」ってなってませんか?

「あの、エリーさん」

「そう、そうに決まってる……。ここのリア充どももいずれは破滅する運命……。そう、そう考えれば、うふ、うふふ」

「エリーさん」

「そう、どうせ容姿、容姿なのよ。ただしイケメンに限る、ただし美女に限る、世の中そんなものなのよ。うふ、うふふ、ふひ」

「いい加減にしろォーッ!」

「おぷばっ!?」

 ちょっぷ! ちょっぷちょっぷ! 大丈夫、これはツッコミ! この程度なら衛兵は飛んでこない!

 思いの外勢いが付いてしまったのか、クリームの残るお皿に顔から突っ込んでしまうエリーさんでありました。


    …


「こほん、失礼。取り乱しました」

 顔に付いたクリームを拭いながら、襟元を正すエリーさん。少し気まずそうで、口調が女性っぽいものに変化しています。なにげに始めて聞きました。

「いつものアレ、本当にロールプレイだったんですね」

「……当たり前でしょう。私だって中身は一応ちゃんとした女子大生です。まさか根っからあの性格だとでも思ってた……?」

 割と思ってました。

「ま、まあいいわ――じゃない。まあいいだろ、話を戻そう」

「次暴走したら今度はケーキに顔突っ込ませますよ」

「……流石に出禁は怖いな、善処する。――でまあ、容姿のことの続きなんだけど」

 エリーさんはそっと、一つのカップルを指さしました。そこにはヒューマンの女の子と、猫人族の男の子の微笑ましいカップルが一組。割と珍しい組み合わせです。

「僕ら、猫人族のプレイヤーについてはどうなんだろうと思うんだ」

「ああ、確かに」

 そう言われればそうですね。私達猫人族は、「頭のフォルムが猫」です。もし外見に惚れてしまうパターンがあるとすれば、一般的な感覚からすればちょっとズレていると言わざるを得ません。

「外見で関係が成立していたとしたら、そいつは異常性癖(ケモナー)ってことになるからなあ」

「ものすごい直裁に言いましたね……」

 誤魔化したのに。

「いいじゃないか、別に人の好みは自由だ。僕だってそのケがあるから猫人族なんだし」

 なんかしれっとカミングアウトしたけど聞き流しましょう。

 いえ、なんというかゲーム時代、行きすぎた猫人族プレイヤーへの呼称というか蔑称というか、そういうものがあったというだけの話です。

「ともあれ、第一印象で躓く分、猫人族プレイヤーが恋愛関係まで持っていくのはなかなか頑張らないと難しいよなあって思うわけだよ」

「いわゆる、内面に惚れるってやつですか」

「そうそう」

 そういえばアキバの有名な猫人族、にゃん太班長に嬉々としてついて回る女の子もいましたね。傍から見れば恋愛感情はバレバレで、しかし親子に見えるところまで含めて微笑ましい限りです。

「つまり僕らは最後までぼっちだ。そうだろうあきば」

「私を巻き込まないでくださいますか」

 いや、確かにそういうお話とはまだご縁がありませんが、ありませんが! 貪欲に求めてはいないにしろ、諦めてもいないから! そもそも容姿の話をするなら、冒険者は軒並み美化されてるから、本人の顔そのものでないのは全員承知の上でしょう!?

「しかしあきばは気立てがいいからな。悪い虫がついてしまわないか心配なのだよ僕は」

「あなたは私の何なんでしょうね?」

「心の友」

「この流れで言われても、むしろ絶交まであるんですが」

「知らなかったのか? 〈探偵〉からは逃げられない」

「サブ職〈魔王〉は別にありますよ?」

「いっそ僕が奪ってやろうか」

「え」


 ……えー。

 …………それは、えー。


 ………………ないわー。


「……あ、いや、ちょっと。リアルで距離を離さないで。隣の席まで引いていかないで。無駄に改行と三点リーダを入れないで。ごめん、ジョーク、冗談、流石に傷つくからやめて」

「ないわー」

「今、全国の百合好きを敵に回してるから保身のためにもやめよう、あきば」

「マジないわー」

 あー、あー、びっくりした。ほんとびっくりした。

 何が怖いって、この人だったらマジであり得そうだと納得してしまったことが。

 にゃふんにゃふん。

「ジョークにも節度ってものはありますよ」

「ごめんなさい……」

 あ、なんかマジ凹みしてる……。レア表情が多い日ですね。それだけ情緒不安定なんでしょうか。

 あ、一応弁明しておくと、私は別にそういう作品は嫌いじゃありません。が、特別好きというわけでもありません。そして私自身にそっちのケはありません。


    …


 〈ダンステリア〉の集客率が普段よりいいのは間違いないでしょう。カフェテラスも満席になって、駄弁るだけの奴は帰れよというムードが漂ってきたので、私達はいつもより早めにお茶会を切り上げました。

 エリーさんはよほど街の浮かれた雰囲気がイヤなのか、そそくさと自分のギルドハウスへと駆け込むように逃げていきました。〈三毛猫ホームズ〉は〈変人窟〉に構えています。なんでも〈変人窟〉は(マイペースな変人達の)通常運転らしいので、居心地が良いのだとか。ギルマスがあの調子で、果たしてプレゼント交換会は行われるのでしょうか。


 一方の私は〈紅葉の寝床亭〉での宿住まい。特にやることもなし、さっさと帰ってもいいんですが、折角の空いた時間なのでなんとなく街をそぞろ歩くことにしました。

 さっきまでそういう話をしていたからか、おのずとカップルが視界に入ります。不夜城めいたアキバの街、元が廃墟とは思えないデコレーション、厚着をして歩く男女はまるで元の世界をそのまま投射したかのよう。

 ――別に羨ましいとも思いませんけどねー。

 強がりかどうかはこの際置いておきましょう。実際、〈第8商店街〉はアットホームなギルドですから、相手がいないことをネタにすることはあれど、孤独を感じることはありません。

 スノウフェルのプレゼント交換会だって大規模なものです。クリスマスシーズンのお祭りのことをこの世界、というかエルダー・テイルではスノウフェルと呼び、アイテムを交換しあうのが一般的な習慣となっています。

 そういえば私はクエストに出かけなくなって久しいので、何かそれらしいプレゼントを調達しておかないといけません。

 ゲーム時代ではあり得なかった発想。有用だったりネタだったりするアイテムではなく、ちゃんとしたプレゼントを物色。これはセンスが問われます。女子力と言ってもいいでしょう。

 今回はどのような交換方式になるのか分かりませんが、男女混合でプレゼントを回す可能性もあります。であれば出来るだけユニセックスな物品を選ぶのが気遣いというものです。

 日用品、家具、ぬいぐるみ――今なんか邪神像みたいなスライムめいた冒涜的な何かが見えた気がしますが思考から外して――色々と店を見て回ります。

「おや」

 その時、ふと同じ店にいたカップルに目が留まりました。二人は鉢植え(なんかこの店、プリザーブドフラワーっぽいものを扱ってました。高い)を物色していたのですが、不思議な点が一つ。


 冒険者と、大地人のカップルだったのです。雰囲気はとてもほのぼのとしていて初々しく、まるでリリカルな少女漫画のよう。

 ふと、胸を突くものがありました。


 いつか私達が元の世界に帰れる時が来たとして。

 それまで育まれた大地人との絆は、果たしてどういう末路を迎えるのかと。

 あくまで「帰れる手段が見つかったら」という希望的観測に基づいた話ではあるのですが。

 異世界モノの締めとしては鉄板ですよね。原住民との別れって。


    …


 それはそれとして。

 何の因果か、この数日後、私はクリスマスを楽しむどころか、殺人鬼討伐なんていう大それたことに首を突っ込むこととなるのでありました。

 それについてはまたいずれ、気が向いたら。


 そんな感じで、今日の日記はここまで。

 トレハロースの〈錬金術師〉は実際にセッションで起こった出来事だったりします。

 セッションしたい。PLしたい。

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