003 猫人族のあれやそれ
猫キャラといえば語尾。とりあえずにゃあにゃあ言わせておけば良いという風潮。
にゃーんて。
わたくし円東あきば、猫人族ではありますが、中身は現代日本人。そんないかにもなキャラ付けとは完全に無縁です。
萌えキャラじゃあるまいし、それにしたってかなり使い古された感があります。詳しいわけではありませんが、例えば好きなアイドルがそんな路線変更をしたら、失望してファンをやめることも辞しません。
――というのはエリーさんの受け売り。
だってあの人そういうスラングも平気で使ってくるから覚えちゃうんだもの。やっぱエリーさん、根っこ男なんじゃないですかね。
さて、責任をなすったところで今日もお仕事頑張りましょう。
…
天秤祭も終わり、ほんのり冬の気配が近づいてきました。
「おはようございますー」
「おはよう、ミノリちゃん」
そして〈アキバ冒険斡旋所〉にもささやかな変化がやってきました。アルバイトが増えたのです。
栗色の髪をちいさく結ったヒューマンの女の子。〈記録の地平線〉所属の神祇官、ミノリちゃんです。なんでも天秤祭で忙殺されていたギルマスを手助けしたとかなんとかで、その縁でお手伝いに来てくれることになりました。
なりは小さいけれど、実にしっかりもので仕事が出来る期待の新人です。
「あきばさん、このクエストなんですけど、期限が明日までになってます。もう剥がしておいたほうがいいと思いますけど……」
「ああ、本当。お願いできる?」
「あ、こっちは昨日アザリンさんが依頼の納品を受け取ってました。こっちも剥がしておきますね」
「ええー。もう、アザリンったらその辺適当なんだから……ありがとうねー」
「あ、お茶葉が切れてる! 補充しておきますねー」
「あ、はーい」
「ああ、お花が萎れてます! 換えておきますねー」
むしろちょっと恐ろしいレベルである。
このように、本当によく気がつく子です。その他事務処理をやらせても、ただのアルバイトにしておくにはもったいない才女っぷりを発揮します。
何が恐ろしいって、この子どうもリアルだと中学生らしいのです。嘘だろ承太郎。お前のような中学生がいるか。そんな風に密かに疑っていますが、時折たわいもない雑談でジェネレーションギャップを感じることがあるので、年若いことは間違いありません。
……私が中学生の頃はどうだったかしら、なんて思い出したくもない。
「軽くモップがけだけしておきますねー」
「いいよいいよ、それは私がやるから」
少なくとも、こんなしっかりさとは無縁だったことは間違いありません。
それでいてませたところがちっともないのだから、なんだかそもそも人間としての性能差すら感じてしまう有様です。
いやはや。
…
〈アキバ冒険斡旋所〉には、おおざっぱに分けて受付が三つあります。
一つはクエスト受注カウンターで、もう一つは対となる報告カウンターです。
説明するまでもないと思いますが、要するに混雑時は受注と報告の窓口を二つに分けるよって話です。この方がスマートに回ることも多々ありますからね。
そしてもう一つが依頼を受け付ける窓口です。クエストの依頼方法は色々ありますが、最近は斡旋所に直接依頼を持ち込むことが一般的になってきました。こっちもだいぶノウハウを掴んできたので、短時間で適切なクエストを設定することが可能となっています。
「――はい、はい。ではこのような形でどうでしょう?」
今日のミノリちゃんは依頼受付窓口の担当でした。その様はまるで銀行員もかくやといった風で、実に堂に入ったものです。
実際、対応していた猫人族の大地人も、満足そうでした。
「おう、それじゃあそういう風にたのんます」
「はい。では依頼の完了、あるいは期限に達し次第、お知らせしますね」
そしてさらさらと書類をまとめ上げるミノリちゃん。確認する私。これでもかと言わんばかりに完璧すぎて目眩がしそう。
ミノリちゃんは〈見習い徒弟〉。中級の〈筆写師〉レベルの仕事ならさくっとこなしてしまいます。……といっても、こういうのはやはり本人の資質なので、この子は地頭がいいんでしょう。
「あきばさん、どうですか?」
「うん、完璧です。期限は一週間ね。よし、早々に貼り出しましょう」
「――――」
……?
何故か私をじっと見るミノリちゃん。
「どうしたの?」
「あ、いえ。すみません。ちょっと考え事を」
「何か気になることでもあった? お姉さんに言ってみなさい」
にゃーんて、ちょっと気取りすぎでしたかね。とはいえレベルも低い私――ミノリちゃんより低いのはこの際目を瞑るとして、実戦経験、実戦経験――このくらいの茶目っ気なら許されるでしょう。
「ああ、えっと……その……」
言うか言うまいか、まごまごするミノリちゃん。その様はいかにも行儀のいい年下って感じで実にナイス。この子は仕事量が並外れているだけで、中身はちゃんと中学生、うん。
悩んだ挙げ句、ミノリちゃんはこんなことを言いました。
「その……猫人族って、語尾に『にゃ』を付けるものじゃないんですか?」
…
ああ、そういえばそうだった。そういえばミノリちゃんはそうでした。
〈記録の地平線〉所属でしたね。
「うーん、私はロールプレイヤーじゃないからなあ……。気合の入った人なら多分付けてるんじゃない……かなあ」
仕事終わり、〈ダンステリア〉でミノリちゃんとお茶会をしながら話の続き。
「そうですよね……。シロエさんは、にゃん太さんは昔からずっとあの口調だったって言ってましたし……」
にゃん太さん。通称班長。ご隠居凄腕コックでも可。
このアキバ、ひいてはヤマトの国に「味」という名の革命をもたらした超重要人物。そして〈記録の地平線〉のサブマス(ではないそうなのですが、部外者の認識としてはそうです)。
ダンディな猫人族のおじさまであり、一人称「我が輩」、語尾が「にゃ」という徹底したロールプレイヤーでもあります。何度か話したことはありますが、あの美声であの猫語尾は聞いてて腰が砕ける。
「公式設定ってにゃん太さんも言ってました」
「そうなんだ……。私はその辺すごい疎いからなあ」
なんせチャッターですからね。適当なレベル上げに飽きを感じてきた頃、〈第8商店街〉に誘われて、後はひたすら長電話、そんなゲームライフを送っていた人種です。攻略知識は推して知るべし、フレーバーについては言わずもがな。
……エリーさんはそれなりに詳しかった記憶がありますが、彼女と話すコツは適当に聞き流すことなので。かつてアレコレ並べ立てられた蘊蓄の八割方を理解出来ていません。浅学ですいません、はい。
「でも、今日の大地人さんも語尾が普通だったんですよね……」
「ああ、そういえば」
言われてみればそうですね。冒険者なら「うわあキャラ作ってるよこの人」となる猫語尾でも、大地人ならむしろ自然でしょう。公式設定なら尚更です。
「うーん、そういえば私もその語尾の大地人に当たったことがないなあ……」
「え、そうなんですか?」
確かに、思い返せば一度もありません。記憶にないだけかもしれませんが、そんな印象的なものをそうそう忘れられるものかと自問自答。
「ああ。そういえば前に、テンパったら『にゃ』が出る冒険者ならいたわ」
「テンパったら、って……」
「そこも含めてキャラ作りなのかは議論の余地があるわよね」
本来は素が出るもののはずなのに、そこでの「にゃ」。元の生活から猫語尾を習慣づける生活をしていた(うわあ……)とか、あるいは「中身がキャラに引っ張られる」可能性があるのか。いずれにせよ色々デンジャラスな事例と言えましょう。
「でも……そうね。私も猫人族の大地人とは結構関わってきたと思うけど、うーん……いないかなあ。語尾が猫仕様は」
「そうなんですか……」
うーん、と唸る私達。とりあえずお茶を飲んで一息吐いて、何か話題を切り替えるのもアリかなあなんて思っていると、
「なんだい、面白そうな話をしてるじゃないか。僕も混ぜてよ」
話題とは違う方向で口調がおかしい猫人族、乱入。
…
「猫人族の大地人は商人が多い。こういうことなんじゃない?」
エリーさんは私達の話を聞くと、そんな分かったようなことを言いました。
「といいますと?」
ミノリちゃんが首を傾げます。私も腑に落ちません。
確かにクエストを依頼してくる猫人族の大地人は、そのほとんどが行商人です。次いで旅芸人が多いかしら。
「商人ってのは交渉技術を求められる職業だからさ。確か猫人族は劣等種として差別を受けている扱いのはずだからね。少なくともイースタルでは猫人族の地位って高くないはずだ。貴族と渡り合うには、せめて口調くらいは整えておかないと」
「ええと、それは――」
ミノリちゃんが一瞬考え、すぐに顔を上げました。
「つまり、変に語尾を強調すると、他の種族に見下される要素になる?」
「そういうことなんじゃないかと思う」
うんうんと頷くエリーさん。その間でえ? え? と首を傾げる私。
「つまりさ、あきば。猫語尾はいわゆる『方言』みたいな扱いなんじゃないかってことさ。真面目なビジネス会話の中で方言バリバリっていうのは、なんていうかノーマナーだろう? こいつ学のねえ田舎者だなーって思われるかも、ってことさ」
「交渉のマイナス要素……ってことですか?」
「そういうこと。君は飲み込みが早いなあ」
ミノリちゃん、本当に中学生? その歳で交渉がどうとか理解出来るものなの?
とはいえ、なんとなく言いたいことは分かってきました。
「つまり、ビジネスマナーとして猫語尾は矯正している。そういう教育が敷かれている、ってことですか?」
「そんな推論を立ててみたよ。確か猫人族はナインテイルが本場だ。設定では確か実力主義の国らしいから、たたき上げの猫語尾商人とかもゴロゴロいそうだよね。確認してみたいな。都市間トランスポートが機能していない以上は無理だけどね」
ああ、そういえばあった気がする。猫と戯れられるダンジョンが。
ナインテイルは九州だったはずで、ここから行くには随分骨です。物見遊山で行ける距離ではないですね。
「……まあ、何にせよ推測に過ぎないからね。適当な猫人族の大地人でも捕まえて聞いてみたら? 案外しょうもない答えが返ってくるかもだぜ」
エリーさんはシニカルに笑って、ミルクレープに舌鼓を打つのでありました。
…
オチ。
なんだかんだ今回の話題を忘れていた私達でしたが、話のきっかけとなった大地人が〈アキバ冒険斡旋所〉にやってきたのを機に、思い切って訊ねてみることにしました。
「え、語尾に『にゃ』? いやいや、そういう偏見はやめてくださいよ冒険者さん。もうそんなのは、今時地元の爺さん婆さんとか、年端もいかないガキしか使いません。私ももういい歳ですからねえ。アキバくんだりまで来て、そんな恥ずかしい真似はできません」
からからと笑う大地人さんでありました。
「――――」
「…………」
「――しょうもなかったね」
「……ですね」
「にゃん太さんには……」
「言えませんね……」
プライドをもってあのロールプレイを貫いている人には絶対言えない。
このことは二人の秘密にしよう、というか忘れよう。
さあ仕事仕事、今日も忙しくなりそうです。
という感じで、今日の日記はここまで。
言わずもがな、自己解釈です。
いや、サプリメントとかでも語尾が猫仕様の猫人族NPCがいなかったんでこんな感じになりました。