002 またロデ研か
〈アキバ冒険斡旋所〉の朝は早い。
まあ好きで始めたことですから。最近は良い新人が来ないと愚痴を零した。やっぱり嬉しいのはクエスト完遂を知った後の依頼人の喜ぶ顔ですかね。この仕事やってて良かったなあ、と。
にゃーんて。
これ元ネタなんでしょうね? 私がインターネットに繋ぐようになった時には既に定番化されていて、この場でググろうにもそんな手段はありません。
知ってそうな人に聞け? 仕事中にそんな雑談で念話かけるほど、私は不真面目ではないつもりです。
そんな感じで、今日もお仕事頑張りましょう。
…
〈アキバ冒険斡旋所〉のタイムスケジュールは、基本的にはお役所仕事です。朝九時に開けて、午後五時に店じまい。まさか異世界で公務員になるとは思いもよりませんでした。
しかしてここは平和ボケした現代日本ではなく、常に命の危険が付きまとう異世界セルデシア。そんな定時制がまかり通るわけもありません。あくまで、「この時間なら確実に受け付けがいるよ」という指針程度の扱いです。
なので早朝だろうが深夜だろうが、依頼を投げ込んだりクエストを報告したりすること自体は問題ありません。こちらとしては程々にして欲しいのですが、何が起こるか分からない〈大災害〉、火急の用事は往々にして発生します。
救いは、大地人は基本的に「朝早く起きて、夜になったら寝る」という健全な生活スタイルを貫いているところでしょうか。彼らの生活スタイルに合わせての営業時間なので、大地人の依頼に関しては割とのんびり構えていられます。オンタイムであれば、ちゃんと頭が仕事用になっていますから。
つまりオフタイムにやらかすのは? 冒険者ども以外に誰がいるって言うんですか。
ゲフンゲフン、おっと失礼、冒険者の依頼やクエスト受注・報告は様々なタイミングでやってきます。元がゲーマー、さらには二四時間営業のコンビニが当たり前な現代日本人、ほんと色々無頓着。
この日もそんな感じでした。
「あきばさん、夜遅くごめん。今大丈夫?」
ギルマスから念話が飛んできたのは、今日もお仕事終わったヤッホイ、寝る前のお喋りもそこそこにさあ寝るぞってタイミングでした。腕痛い。
「……あ、はい。大丈夫ですよ」
「本当にごめんね」
私の声色から察したのでしょう。カラシンさんは実に申し訳なさそうで、逆にこっちの良心が痛みます。ギルマスがこんな感じだから〈第8商店街〉は大変居心地が良く、末永いお付き合いでありたいなと思う所存。
ああ、もちろんお友達として。
「実はロデリック殿から、ロデ研でどうしても今すぐ揃えたい物が増えてしまったっていう話を受けちゃって……。多ければ多いほどいいという話だから、冒険斡旋所で広く募集したいとのことなんだ」
「はあ……」
またロデ研か。
日夜色々な物を開発して生活に貢献するのはいいんですが、研究者というのは本当に時間に無頓着すぎる生き物ですね。月宮――エリーさんもリアルは理系女子大生らしく、丁度さっきまでそんな話をしていたところでした。何日も研究室に泊まり込みが普通とか何それ怖い。
「期限は明後日までで、出来るだけ早く貼り出して欲しいとのことで……」
消え入りそうな声になるギルマス。まあ、無茶言ってるのは分かっているんでしょうね。仕事上がり、明らかなオフタイム、下手したら寝てるまである時間に働けと言っているわけですから。これで気後れしなかったらとんだ腐れ上司です。腹ぐろ眼鏡のブラックリストに突っ込まれるがいい。
まあ色々言いたいことはありますが、ギルマスがしていることはあくまで話の仲介に過ぎません。批難するべきはその奥にいますし、ここで感情を爆発させる気にならないのは偏にカラシンさんの話術そして人徳と言えましょう。
「分かりました。ちょっと今から行ってきます」
「本当にごめんね」
「次からはもうちょっと余裕見てくださいって伝えておいてください」
「うん、改めて言っておくよ」
そんな感じで、パジャマから着替えて仕事場に向かう夜の道。ま、円卓の人たちはもっとゴリゴリ事務作業していると思えば楽な方でしょう――なんて考えてしまうのは日本人の悲しい習性なんでしょうか。
ここでぶっちして眠りこけるのが本来の猫人族らしさ、なんでしょうかねえ。
…
ゲーム時代なら、クエストはどんな時間でも受注・報告することが出来ました。というよりそういうのは夜中にやるのが当たり前でした。
そりゃそうだ。平日の昼間からネトゲ三昧出来てたまるか。仕事しろ。
しかしクエストの管理が人力に変わった今、そういう訳にはいきません。受付の人間もちゃんと寝ないと身体を壊します。いくら冒険者が強靱な肉体を持っていても、睡眠不足というのはあっという間に精神を蝕むのです。
話によると、世界で一番キツい拷問とは「寝かせない」ことなんだとか。……なんでエリーさんはそういう無駄知識が多いんだろう。
というわけで、夜中の〈アキバ冒険斡旋所〉は、「運が良ければ受付がいるかもね」という施設です。ボロボロになってクエストから帰ってきたのに門前払い、はあんまりですからね。
まあ、そういう場合はいったん休んだら日を改めて報告してくださいね、というのが定番ではあります。そのために自由に使えるティーセットなんかが常備してあったり。
逆に言えば。
夜中に受付がいる日はとても運のいい日ということでもあります。
というわけで。
「あきばさん!」「あきばさんだ!」「受付が来たぞォー!」
クエストカウンターに滑り込んだ私を確認するや否やお祭り騒ぎ。完全に酒が入っているか徹夜キメた後のテンションです。いいから寝ろ。
「やったぜ!」「成し遂げたぜ!」「流石だよな俺ら」「あきばたそー」「罵ってください!」
このブタ野郎。口に出しては言いません、ええ言いませんとも。というか私にアイドル属性を求めないで欲しい。猫人族ですよ。唯一顔のフォルムが人間じゃない種族なんですよ。お前らそれでいいんですか。
……それがいいんだよとかいう妄言が異次元から聞こえた気がしますが無視しましょう。
にゃふんにゃふん。
当然ヘビーなオタク属性を持っている方々が多い冒険者、ちょっとテンション上がるとすぐこんな感じです。スラングの選び方がちょっとお下品なのはご愛敬。
断っておきますが私が人気なのではなく、この時間にクエストカウンターが開くことへの歓声です。依頼の報告を明日に回さなくていいということですからね。
ちなみにこの時間のクエスト斡旋は基本的にしていません。なんでも「大地人が冒険者を頼る心理的ハードルを下げすぎないため」なんだそうで。なるほど確かに二四時間コンビニ感覚で冒険者が動いていたら、いずれはただの便利屋として扱われてしまうでしょう。頭いい人はそういうところまで気が回ってすごいですね。
「あー、盛り上がってるところすいませんが、先に事務処理だけさせてもらいますね」
えー、という声を無視しつつ、ロデ研から届いた依頼を確認します。
『合成用のコア素材を持てるだけ持ってきて欲しい。納品は最低三つ。余った分は報酬として持ち帰ってよし』
……頭痛い。もしかしてこの依頼書も徹夜テンションですか? お釣りは使っていいよって子供のお使いじゃねーんだぞ。
まあ、署名を見る限りギルマスのロデリック氏ではないようなので一安心。ギルマスがコレだったら〈円卓会議〉とは、と自問自答するところでした。クエスト依頼の文法に慣れていない方の仕業ですねこれは。
まったくもう。いい加減眠いので、文面修正は明日に回しましょう。
「お待たせしました。クエスト報告のある方はこちらへどうぞ」
そんな諸々の愚痴は当然笑顔で丸め込み、なだれ込んでくる酔っ払い共をあしらう作業に戻りましょう。
……深夜手当って請求したら出るかなあ。
…
……寝る前に酷く毒づいた気がしますが、私のログには何もないな。
やっぱり人間、眠気と空腹を抱えたままはいけませんね。ぐっすり眠って美味しい朝ご飯に舌鼓を打てば、メンタルコンディションもばっちりです。
単純というよりは、純粋に冒険者の身体機能でしょう。リアルだったら体調次第ではこうもいきませんから。さてさて、うにゃーんと伸びをしてお仕事お仕事。
ロデ研からの依頼は、朝のコンディションならぱぱっと捌くことができました。
適切な報酬金を設定しなおして、その旨を念話で伝えます。了承が得られたら依頼を張り出し、やってくるのを待つのみです。
クエストの受注には二パターンあり、張り出し型はメジャーなパターンです。ゲームだった頃の方式というか、冒険者が自分で受けたいクエストを選ぶ形ですね。
この場合の受付の仕事は依頼の説明も勿論ですが、対象の冒険者が適切なレベルかどうかを判断することも重要となってきます。パーティーの戦力バランスや性格相性なども比較対象です。
日々たくさんの冒険者がやってくるので、なるだけ短時間での査定が求められます。おかげさまで人を見る目と知識は随分鍛えられたかと。
ちなみにもう一つは斡旋で、依頼者があまり公にしたくない案件とか、ハイレベルダンジョンの探索とか、適正のある人以外にはお勧め出来ないクエストの類です。こういうのは円卓や大手ギルマスから直々というパターンも多いので、私のような背景役にはあんまり関わる機会はなかったりします。
それはともかく。
ロデ研の依頼は飛ぶように売れて、というより受注されて行きました。
明日まで、という触れ込みが日本人には受けるのか。はたまたお釣りは持っていっていいよというお使い方式が良かったのか、単純に初級、中級冒険者の絶対数が多いからかもしれませんが。
ともあれ、最低三つの納品だけでも満足な数は揃えられそうなパーティー数を送り出し、受付嬢としては割と修羅場をくぐり抜けた気分でした。
とりあえずカウンターをいったん閉めてのお昼休憩です。ああ、お腹空いた。
「ナカノモール……中野か。懐かしいね」
「懐かしいんですか? 中野」
たまたまエリーさんと鉢合わせたので、そんな雑談をしながらのお昼ご飯です。ちなみにメニューは肉丼(牛丼にあらず)で、リアルで女子二人だとちょっと肩身が狭いチョイスやもしれません。猫人族だからセーフ。なお普通の猫だとタマネギがアウト。……この世界だとどうなんでしょうね?
「地方民だからね。あんまり東京に出る機会がないんだよ」
「あー、そういえば大学の学年を『回生』って言ってましたもんね」
それは関西特有の言い回しだと聞いたことがあります。
ロデ研の依頼はひたすら物資集めですから、近所かつドロップ率のいい狩り場から選ぶ形となりました。で、そのうち一番選ばれたのがナカノモール、つまり中野ブロードウェイ(を模した)廃墟ということです。
「ちなみにどういうご用事で?」
「盆と年の瀬」
「ああ、はい」
それで通じてしまう悲しいオタクの性。嗚呼、親不孝者。
「あれ、でもそれだと秋葉原じゃないんですか?」
「まあ寄るっちゃ寄るけどね。でもほら、こっちだとアキバはご覧の通りホームタウンだから最近は完全に地元感覚だ。上京の夢が叶って嬉しいよ」
HAHAHA。お互い深くは追求しない方向で行きましょう。
「……そういえば。あきば、ううん、この話の流れだとややこしいなあ。君のCN、由来は一体何なんだい?」
「藪から棒ですねえ」
「だって『円』で『東』で『あきば』だろう? 『円卓のある』『ヤマトの東側』、『ホームタウンのアキバ』だ。何というか、出来過ぎな気がするんだよなあ」
「それは穿ちすぎだと思いますが」
それを狙ってやっていたら私は予知能力者ということになってしまいます。こんな状況を想定して名前付けてません。むしろ下手するとラスボスフラグですよね、それ。
「外観再決定ポーションってロデ研で量産されてなかった?」
「名前はどう足掻いても変更できないじゃないですかー」
「それもそうだった。偽装能力でもない限り無理だよなあ」
HAHAHA。何の取り柄もない一般人たる私としては、そんな超常現象とはいつまでも無縁でしょう。
「ところで中野といえばゲームセンターだよね」
「話題ぶっ飛びますねえ」
「雑談だからね」
ガールズトークのはずなのに女子らしさがカケラもない会話で申し訳ない限り。主にエリーさんが悪い。この人実はロールプレイでもなんでもなく、素でこうなんじゃないかしら。
「……ゲーセンは行かないのでなんともですが。中野ってそんな聖地なんですか?」
「うん、修羅の国」
しれっと何を言っているんだろうこの人は。
「その筋には格ゲーの聖地があるんだよ、中野には。大会の生中継が盛んでね。有名プレイヤーにもエルダー・テイルのプレイヤーが多かったから、コラボしないかなーなんてバカなことを言っていたものさ」
ええとそれつまりアマチュア集団ってことでしょうか? いくらF.O.Eが手広く色々やっていたからと言ってもさすがにそれは厳しいのでは。
「もちろんジョークだよ。実際にそんな話が持ち上がったら、多分反対の嵐だったろうさ。……でもたまに思うんだよね。もしそれが実装されていたら、ナカノがえらいことになっていたんじゃないかって」
「というと?」
「あの初心者ダンジョンに、修羅どころか羅刹のようなコラボモンスターがいたかもしれないと、って話」
……まあ、確かにコラボの関連でイベントクエストなんかもよくやってましたけど。
もしかしてあのモンスターとリアルでやりあえる! という人も一定数いるんでしょうかねえ?
…
日が落ちた頃には、〈アキバ冒険斡旋所〉は納品されたコア素材でごった返していました。なんというかもうカオス状態。
早く引き取りに来てくださいねとロデ研に連絡を入れて、散らかったアイテムの整理作業に取りかかります。とはいえ軽く二百は超えていて目が眩みそう。ここはリアルなので、ゲームのようにボタン一押しで整理とはいきません。そして〈筆写師〉のスキルはこういうのには向いていません。泣きたい。
ひいこら言いながらアイテムを搬送用の箱に詰めていると、ふらりとカラシンさんが現れました。
「やあ、仕事のほうは……って」
カウンターの向こうの惨状を見て固まるギルマス。すかさず斡旋所のメンバーにアイコンタクトを取る私。臨戦態勢に入った我々を見て感づいたらしいギルマスでしたが、時既に遅し。
「お願いギルマス、手伝ってください!」
「わ、わー! これからまだ仕事あるんだけどー!?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけですからー!」
囲んで逃げられないように! 男手は多い方がいいし!
そして仕方ないなあと苦笑しながら手伝ってくれる優しいギルマス。その気になればすげなく断ることも出来るはずなので、いやはやこの人の良さは見習いたいものですね。
「それにしても……」
納品されたものを見ながら、カラシンさんはぽつりと呟きました。
「……偏ってるね」
「やっぱり、そう思います?」
「うん。なんというか、これは……」
途中から薄々気づいてました。納品されたコア素材の山。千差万別のように見えて、実際のところは割と同じアイテムが被っていることに。
「依頼って確か、余った素材は持って帰っていいことになっていたんだっけ?」
「そうですね」
「……これ、ほとんどがまだはっきりしたレシピが確定してないコア素材ばっかりじゃ……」
「…………そうですね」
コア素材はユニークアイテムの合成素材になりますが、レシピが判明している(あるいはゲームの再現が出来る)のはほんの一部。まだまだ研究の余地があります。
要するに、ゴミの山。
多分、皆様すぐに使えるものはしっかりガメていきやがったんでしょうねえ。
「……ま、まあ! こういうのを研究するのがロデ研の仕事だから! ロデリック殿もバリバリ張り切ってくれることだろうさ!」
ギルマスのフォローが、なんだかとても虚しく響きました。
うーむ、依頼の報酬設定を見直すべきかもしれない……。
そんな感じで、今日の日記はここまで。
TRPGのリプレイというか、実際に行ったセッションを元にしています。
シナリオは
https://www.evernote.com/shard/s415/sh/6df07e24-c111-47b6-8f88-d077149f140d/3c9a40173dc62c957ba2c8208efa0146
こちらです。