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第二話「化け物」




──強い雨がその身を打つ。


風が渦を巻き、空へ舞う。


真由はその整った顔から涙を流し、青ざめ震えていた。


────ニコラス──ニコラスが─私を庇った…?腕、腕が…──

今にも卒倒しそうな自分の心に鞭を打って、なんとか自分を守ってくれた男の所へ這いずるように近付く。


「ねえ、ニコラス──…?ねえ、お願い死なないで…!」


真由は初めて自らの保身ではなく、他人の事を心配していた。

ニコラスは振り返らない。──まさか──死──?

自分の愚かな自尊心の為に、人が死んでしまう…それも二人も。

嫌…嫌……!!

「ニコラス!!」


真由は自分の気が触れたと思った。自分を片腕で抱えて飛び回る男の腕を難なく落とすその化け物──私が死なせてしまった「彼」に向かって飛びかかった。叫び声を上げた気がする。判らない。でももうどうでもいい。ただただ身体が動く。「彼」が再び真由にその鋭い四肢を向けようとした、───その時。


ドゥアトの四肢が一瞬止まる。

それと同時に

「いやぁ、無茶をしましたねえ。ドゥアトに生身で近寄るなど、それこそ『自殺行為』ですよ?」


先程まで真由の言葉に何の返答もしなかった男が、落ちた腕をハンカチのように拾い上げながらのんびりした語調で喋る。


「───ニコラス!」


真由の顔に希望が露わになる。しかし同時に

「ニコラス…腕、腕が…」

千切れた腕からは黒い靄が噴き出す。

しかしニコラスは平然としていた。

「ああ、大丈夫、大丈夫です。すぐ『治り』ますよ。」

「治るって…早く病院に…逃げて…!」


ニコラスはフフッと軽く笑い

「─栗流真由さん、先程までとは別人のようですね?僕のことを心配するなんて。」

真由はムッとし

「い、いいから早く逃げないと!」

話題を逸らそうとして矢継ぎ早に出た言葉だったが、その瞬間ハッとした。

これだけの会話をしている間、あの『ドゥアト』が襲ってこない…?はたとドゥアトになった彼を見つめる。

真由へと伸ばそうとした四肢は空中でピタリと止まり、まるで硬い壁に阻まれている様だった。

恐ろしい唸り声はギギ、と、そこに無い『壁』を破ろうとしていた。

「ね、ねぇ、今のうちに──」

そう言う真由にニコラスは拾った自分の腕をグイグイ無理やり繋ぎ合わせようとしながらのんびり言う。

「いいえ。彼にはここで消えていただきます。そうしないといずれ必ず貴女をまた襲う。貴女は僕が生かします。」

真由はニコラスの言葉に急に顔が熱くなった。──まぁ状況は置いておいてだが。


それはそうと真由は続ける

「でも!あんたがいくら力持ちだってあんな…!う、腕だって…!」


そう言う真由を後目に

「任せてください。───腕も『治さ』ないといけないですしね。」

「──え?」


そう言うとニコラスは動きを止められたドゥアトに無防備に近付き、千切れた腕をぐいっと押し付ける。

ドゥアトの靄が急速に膨らみ始める。

真由は

「ニコラス!逃げ──」

するとニコラスはそれを遮る様に

「大丈夫─彼はもう『僕』ですよ。」

ニコラスがそう言うのを見た真由は気が付く。彼のその深い青色の瞳が──黄昏のように紅く色付いていることを。

するとニコラスはその紅い瞳で微笑む──しかしその瞳に冷たいものを感じて真由は本能的に動きを、止める。

ニコラスはこう続ける。

「僕も──『ドゥアト』ですから。」

そう言うとドゥアトは断末魔の様な叫びを上げ、ニコラスの繋ぎ合わせた腕の『繋ぎ目』になった。


ドゥアトが消えたのを見計らったように、雨が上がり雲の切れ間から夕日が見えていた。すぐ近くの駅に電車が入る音がする。その夕日を背に、ニコラスは何事もなかったように微笑んでいた。

「大丈夫ですか?ここから離れましょう。まだ“残響”が残っていますからね。」


そう言うと真由を立ち上がらせる。視界に写る彼の瞳はまた深い青色になっていた。

真由は自分の嵐で汚泥に塗れた服装や、折角施したメイクがボロボロになっていることなど気にも留めず

「──…待ってよ…ニコラス…あんたも…『あれ』なの…?」

そう言ってニコラスの両腕を掴む。右腕のスーツの袖は破れて道路に無惨に落ちていた。

「ええ、僕達『人口管理局』は殆どドゥアトが人型を為したモノです。僕達は他のドゥアトの残響を喰らい生きている…いえ、そうしないと生きていられない──僕も貴女にすれば化け物で有ることに変わりはありません。」


そう言う彼の瞳の憂いた色に真由は言う

「──でも、助けてくれた。私を、生きてていいって…!同じ…?あんたは、生きたいんでしょ…?同じじゃない。同じじゃないよ…!」

その言葉を耳にしたからだろうか。彼の瞳が揺らいだ。そしてニコラスは出会った時のように微笑み

「ありがとうございます。─でも、僕は化け物でいいんです。それでただ生きる為にドゥアトを喰らう。そんな存在で構わないですよ。」

そう言うと真由を自宅へと送り届け、「これからは『貴女』を生きてください。」とだけ言うと、足早にその場から離れていった。



女の子って何で出来てる?

素敵な笑顔、素敵な香り、素敵な「貴方への想い」


今日も真由は素敵を纏って歩く。何時もと違うのは、バッグの中のボロボロのスーツの袖。

──まっててね。

いつかきっと貴方に似合う、本当の笑顔を見つけるまで。

私の『素敵』を育てておくから。

きっといつか──必ず。




─────end────

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