俺は中二病じゃない
「美濃部琢磨」
「……」
「美濃部。来ていないのか?」
朝のホームルームでの出席確認で、美濃部と言う名前が何度も呼ばれた。
「今日は休みです」
学級委員長の田口がそう言うと、
「誰か、美濃部の休む理由を聞いていないか?」
と、生徒達に問い掛ける教師だった。だが、生徒達は顔を見合わせてはいるが、何も返事が返って来なかった。もちろん、そのクラスの中で中の下に位置する成績だった香取誠二も、隣の席の敦と顔を見合わせたまま黙っていた。
そんな中、クラスの中で美濃部と一番仲の良い日下部正一が手を挙げた。
「どうした、日下部。美濃部から何か聞いて来たのか?」
直ぐに日下部の行動に気付いた教師は、そう言って問い掛けて来た。すると日下部は、
「今日は『魔獣ハンター メガソルジャー』の変身ベルトが発売する日です。恐らく琢磨は秋葉じゃないかと」
と答えた。
「ええ、メガソルジャーだってよ」
「ガキかよ」
「そうそう、美濃部はオタクだったからな」
「日下部。そんな事言っているけど、お前も美濃部に頼んだんじゃないのか。俺にも買って来てくれって。ハハハ……」
クラス内の男子生徒が、ざわめき始めた。
教壇の上に居る担任の教師も、
「あ、秋葉だって。今日は学校に来る日だろう。勉強と、そのメガなんとかと、どっちが大事なんだ」
と、呆れた顔で怒鳴っていた。それを聞いた日下部は、
「先生。メガなんとかじゃなくて、『魔獣ハンター メガソルジャー』です。ちゃんと覚えて下さい」
と、逆に教師の言葉にキレるのだった。
その日は、美濃部の話題で持ち切りになったクラス内だった。
「そう言やさ。美濃部の奴、妙な事言っていたぜ」
「なんだよ」
「『俺には、気を溜める力があるんだ』って」
「なんだ、その『気を溜める』って?」
「俺も解んないんだけど、ほら、漫画であるやつ。気功法ってやつだよ。掌から飛び出す見えない力だよ」
「なんじゃそりゃ」
別の席でも、
「俺も聞いた。『俺は、やらなければならない使命がある』って」
「ほう、使命感の強い琢磨だこと」
「なんでも、異世界の王子だった事だとか言っていたな」
「俺も聞いたよ。それに、なんとかソードとか言って、長い剣を見せられた事があるよ」
「何それ? ゲームの世界の話じゃないんだぜ」
「だけどよ、真顔で話すんだぜ。俺、笑っちゃいけないと思ったけど、我慢しきれなくってさ」
「マジギレだったとか」
「そうそう」
そう言って笑っている生徒もいた。別の席では、女子も美濃部の事を話していた。
「チョー気持ち悪いの。だってさ、『俺は、ニュータイプだ』って、ゲームセンターで叫ぶんだもの。見かけても声掛けらんないよ」
「そんな事言って回ってんの。バッカじゃない」
「ほんでもって、毎日眼帯しているでしょ」
「それがどうかした?」
「どうかしたじゃないわよ。眼帯外したとこ、見たことある?」
「ないけど」
「私、見たんだけど。眼帯した方の眼、緑色なんだよ」
「ええっ! な、何でよ?」
「カラコン。緑のカラコン付けてんのよ」
「何でまた?」
「それが、美濃部の正体だってさ。異世界からの使者」
「なに、それ」
そんな会話が、その日のクラス内の会話だったのだ。
そして日が変わって、
「今日は、美濃部は着ているのか?」
朝の出席の確認での教師の問い掛けに、
「はい」
と答える美濃部が居た。もちろん、クラス内にはざわめきが起こっていた。
「お前、変身ベルト買って来たのか?」
「次は、戦隊モノに出て来るリストバンドでも買うのかな」
「使命は、しっかりと果さないといけないからな」
「秋葉まで行って、お前も大変な奴だな。俺、同情するよ」
そんな言葉が、クラス内を飛び交った。そして最後に、
「お前の中二病には、俺達まいっているんだよ」
の言葉に、クラス内の生徒の殆どがドッと笑った。
その時だった。いきなり机を力強く叩いた美濃部が、大きな声を張り上げて怒鳴った。
「お、俺は中二病なんかじゃない!」
その言葉に静まり返った教室内。そして、その状況を見ていた教師は、
「お、おい。美濃部が来たんなら、それでいいじゃないか。み、美濃部、席に座れ」
と、オドオドと美濃部を落ち着かせるように言った。その言葉を聞いた美濃部は、静かに席に座った。
その日の夕方、
「誠二、帰ろうぜ」
敦がそう言いながら、鞄を取って立ち上がると、
「ああ」
と誠二も席を立った。すると、
「せ、誠二くん」
と後ろから呼ぶ声がした。
「んん……」
誠二が振り返ると、そこには美濃部と日下部が立っていた。
「ああん、何で俺らがお前達と?」
敦が、威嚇気味に二人にそう言うと、
「まあ、いいじゃんかよ。こいつ等も大変だったんだ」
そう宥める様に誠二が言った。
すると、
「なら、お前が帰ってやれよ。俺はごめんだ」
そう言い放った敦は、プイッと振り返って教室を出て行った。
誠二は、そんな敦を止めようと声を掛けようとしたが、後ろに居る美濃部と日下部が気になってか、それを留めていた。
「しょうがない奴。お前達も、あんな事言われて悔しくないのかよ」
小声で、訴える様に言った誠二だったが、
「僕達の事など、ここに居る者達は解らないんだ。時間を主る『マーズ』から授かった力は、この世界の者には解らない」
と、訳の分からない事を言う美濃部だった。
その言葉を聞いた誠二は、開いた口が塞がらなかった。治療法が見つからない。そう思っていたのだ。
「まあ、敦も行っちゃったし、俺らも帰ろうぜ」
下を向いて肩を落とした誠二だった。
その帰りの道中も、
「ここでの我々の使命は、時間の割れ目から押し寄せる『メディウス』から、この世界を守る事なのだ」
そう言う美濃部だった。そして、その言葉に頷く日下部の姿があった。そんな二人に、
「お前達なぁ、そんな事言っているから勉強が」
と言いかけた誠二だったが、言葉を止めていた。なぜなら、美濃部と日下部は、学年では十位以内の成績だったからだ。
「我々の力を持ってすれば、この世界のスタディーなど容易い事だからな。お前が驚くほどでもない」
そう言って、ドヤ顔を見せる美濃部だった。
「そこまで言うなら、お前等の力を魅せて見ろ」
そう言った誠二に、二人が見合わせて頷くと、
「解った」
そう言って、右手を前に差し出した。そして、
『ジザース・インフェルノ』
そう叫んだ時だった。その瞬間…… 。
信号機の色が、瞬時に青に変わったのだった。そして、
「ふっ、ざっとこんなものだ」
そう言いきった美濃部だった。その横では、目が点になって口を開けたままの誠二が突っ立ったままだった。
誠二の頭の中では“こんな事がまかり通っていて善いものなのか”という言葉が渦巻いていた。
「ところで、誠二君の趣味は何なのだ?」
上から目線で問い掛ける美濃部に、
「ぼ、僕の趣味ですか」
と答える誠二だったが、言葉の違和感に気付いたかと思うと、
「な、何で俺がお前等に、敬語で喋らんといかんのだ」
と怒鳴っていた。そして、
「ラ、ラジコンとか、サバゲーかな」
仕方なしにそう答える誠二に、
「子供の様な遊びをしているな」
そう言った日下部だった。その後間髪入れずに、
「お前には言われたかねえわい!」
と言い返す誠二の姿があった。そして、
「やってらんねえよ」
と呟いた時、
「何か言ったか」
と問い掛ける美濃部に、
「いいえ。何でも御座いません」
と言うしかない誠二だった。
その時だった。
「くう…… ぐぐっ……」
と声を詰まらせた美濃部が、その場でしゃがみ込んで蹲ったのだ。
「ど、どうした。何かあったのか?」
驚いた誠二は、美濃部の身体を掴んでそう叫んだ。その時の美濃部は、何故か右目を抑えていた。そして、
「メディウスの輩が、時の割れ目から襲って来る」
そう言って周りを見渡した美濃部は、近くにあった公衆トイレに駆け込んでいった。それを見た誠二は、
「なんだよ。腹が痛いんならそう言えよ」
そう言って呆れていた。だが、美濃部は直ぐに戻って来た。それも、右目には眼帯を嵌めていた。その時、誠二の脳裏にあの会話が飛び込んできた。そう、クラスの女子が話していたあの会話が。
「ど、どうしたんだ、その右目」
返ってくる言葉が解っていた誠二だったが、何故か問い掛けるのだった。そして、その解っていた答えが返って来た。
「闇を見極める『聖眼』が私に主っている」
そう言った美濃部は、眼帯を外して誠二に右目を見せるのだった。
目の前の誠二も、次の出来事が解っていたものの、そのまま美濃部の眼を見ていた。そして、
「こっ、こ、これは、まさに聖眼」
と、わざとらしく驚いて見せたのだった。もちろん、美濃部の瞳は緑色だった。そして、白目の所が少し充血していた。
「お前、目が充血してっから、早く眼医者に行った方がいいぞ」
肩を落としてそう言った誠二は、
「お前達なぁ、そんな事してっと、彼女が出来ないぞ」
そう言い放った誠二だった。それを聞いた美濃部と日下部は、何故か驚いた顔で見合うと、
「わ、我々には、そんな暇など、な、ないのだ」
と言い返していた。だが、明らかに動揺を隠しきれない言い方だった。言葉を詰まらせていたからだ。
その後も、意味不明の言葉を発する美濃部と日下部だった。
「結界が破られる時。それが我々の最後の時なのだ」
「そう、それまでは戦いを止めない」
「だから、我々が同盟を結ぶ魔女が現れない限り、在り得ないと言う訳だ」
「今日は喋り過ぎた。くうう…… 魔力が弱まっている。ここでさらばだ」
そして二人とは、そこから別れて帰った誠二だったのである。
翌日、何時もの様に始まる一日…… の筈だったのだが。
「みんな、今日からこのクラスに来る事になった転入生だ」
そう叫んだ教師の横には、
「今日からお世話になります。前田理沙といいます」
と挨拶をする女子生徒の姿があった。
ここの制服がチェックのミニスカートに白いブラウスと黒いブレザーだった事が功を称したのか、更にショートカットで低い身長だったのがプラスされた事で、まえだの様相が可愛く見える。
その前田に、
「それじゃ、廊下側の一番後ろに居る男子。その横が空いているから、そこが前田の席だ」
そう言って指差した教師だった。その指の先には、あの美濃部の姿があった。
その時だった。
美濃部の、あの行動が始まった。
そう、右目の聖眼。それが現れる仕草だ。
「ぐ…… ぐぐうう……」
それを見た前田は、
「そ、それは……」
そう言って、右目を抑える美濃部の所に駆け寄ると、
「し、真眼の力が開かれる時、闇の力が解放される」
そう呟いた。
それを聞いた美濃部の身体が、一瞬だけピクリと反応した。
そして、
「き、君は知っていたのか。真眼の事を」
そう呟いた。その言葉を聞いた周りの生徒達は、
「出た、出た。真眼だってよ」
「また始まったよ、美濃部の中二病が」
と呆れていたが、誠二は違っていた。
「せ、聖眼…… じゃなかったのかよ」
と呟いていたのだ。
まさに『中二病も言葉を誤る』の姿だった。
だが、その後の前田と美濃部が交際を始める事になった時、周りの生徒達はこう言った。
「こいつ等、お似合いかもな」
「いんじゃねぇ。同じ趣味で」
だが彼女が居ない誠二にとっては、悲惨極まりない出来事だった。
「お、俺も中二病になりてぇっ!」