ここは…… 戦場だ! 前篇
陽射しが心地良い温かさを漂わせる春。長袖では少し汗ばむ事で、半袖でもよいと思い始める今日この頃である。
だが、この様な過ごし易い行楽日和でも、平日となれば話が変わる。全てが嫌味になってしまうのだ。
「はあぁ、何でこんな良い天気なのに…… 学校なんだよ…… 行きたくねえ……」
目覚まし時計をオフにして、窓の外を見ながら誠二が起き上がる。その横には、携帯が転がっている。朝早くに起きるのが苦手な誠二は、目覚まし時計が鳴る前に携帯のアラームをセットしていたのだ。それも、5分おきに二回も…… 。だが人間と言う生き物は、自分でセットしている事で、一回目のアラームが鳴っても、もう一回鳴ると解っている為に、再び寝てしまう。その為に、無意識でアラームを消していた誠二は、アラームをオフにした後、その辺に転がしていたのだ。目覚めた誠二が徐に布団を捲るが、その行動は少し前までは考えられない出来事だっだ。布団の中から出る事が、死ぬ事よりも勇気のいった数か月前の冬の朝。それに比べればと思いがちだが、春と言っても、やはりもう少し寝ておきたいのが学生だ。なんせ、クーラーもいらない、暖房なんて以ての外のこの時期に、その上、心地良い天気と来た日に…… 早起き…… いや、常人には普通の起床時間だが…… 。誠二には、やはり苦痛なのだ。
そんな誠二の下に、階段の下から久美子の声が耳を刺す。
「総一郎さーん、誠二さーん、幸子さーん、起きてくださいね」
いつもの様に優しい口調での、久美子の目覚まし。三人の部屋から…… いや、二人…… いや、誠二の部屋から声が返って来る。
「うーん、わかった。今から降りるよ」
眼を擦りながらベッドから降りると、パジャマを脱いで制服に着替える誠二だった。そして机の上に置いていた鞄を手にすると、朝から大きな足音をたてながら階段を降りる。
「ちゃんと、歯を磨いてね」
慌てて降りてくる誠二の姿に、再び久美子の声がする。その言葉を、返事もしないで洗面所に向かう誠二だった。そうこうしていると、目蓋が腫れぼったくなっている幸子の、乱暴に階段を降りる音が洗面所まで聞こえてきた。
「おらっ、早くどけよっ」
朝から機嫌が悪い幸子の声に、口の中をモゴモゴさせながら隣の浴場に入る誠二だった。そのまま、浴槽の蛇口で口を濯ぐ誠二の前に、洗面所から去って行く幸子。そのまま予め久美子が焼いておいたパンを口に咥えると、何も言わずに家を出て行った。幸子は、友達の家に置いてある校則違反の制服に着替えて学校に通っていたのだ。
その後から台所に向かった誠二は、やはりパンを咥えると、
「それじゃ、行ってきます」
そう言って、学校に向かったのである。
「いってらっしゃい」
久美子は誠二を見送ると、もう一つのパンとコーヒーの入ったカップを、何時もの様に総一郎の部屋の前に持って行った。それが香取家の朝だった。父親である政隆は、既に職場に向かっていた。
誠二は、途中で合流する敦や大樹と一緒に駅に向かう。定期券を改札機に当てると、何時ものホームに向かった誠二は、毎日の日課である缶コーヒーを買って電車に乗り込む。
誠二が通う学校までは、三つの駅を通り過ぎないといけない。二つ目の駅から昌也が乗り込み、三つ目の駅から康彦が乗り込んできた。この四人が、誠二といつも攣るんでいる友達だった。
「誠二、昨日のテレビ観たかよ」
「おお、観た観た…… 由美子ちゃん、可愛かったよな」
「何言っているんだよ、けいちゃんの方が、断然可愛いって……。
なあ、大樹」
「そうだよ。誠二、お前は何処に眼を付けているんだよ。もう、けいちゃん最高っ!」
「お前達三人は、お子ちゃまだな。そんなアイドルグループの女の子に、夢中になっちゃって…… 俺なんか、MAIだもんね。やっぱ、ロックでしょ」
後から来た康彦の言葉に、肩を押す敦が言う。
「何だって、アイドルのどこが悪いんだよ」
「そうだぜ。俺達と然程、年齢だって変わんないんだぜ」
「三十八人も居れば、どの子が良いか…… まあ、人其々だからな」
さっきまでは、好みの女の子の事で言い争っていた誠二・敦・大樹の三人だったが、ロック派の康彦の言葉を聞いて、アイドル派の三人は、同盟を結んだかの様に康彦を攻めていた。しかし…… その会話の中に入れない男が一人がいた。昌也である。昌也は俗に言う二次元のファンだったのだ。アニメやゲームに出て来るキャラクターを、こよなく愛していたのである。
「おいおい、昌也が黙り込んでいるぜ……」
「そうだった。忘れていた」
「昌也は、平面が好きだったんだよな」
「本当の…… お子ちゃまだった」
四人の言葉に、昌也は……、
「違ぁわいっ!」
その一言を言うしかなかった。
その後、電車を降りた五人は、駅から学校までの距離を歩いて行く。徒歩で二十分ほど掛かる道のりの中、やはり、他愛も無い会話で盛り上がっている。そんな中、康彦の携帯が鳴った。
「おお、信也。どうしたんだ、今頃から電話なんか寄こして……」
相手は、康彦の中学の同級生かららしい。四人から離れた康彦は、後ろを歩きながら電話をしている。それを他所に、四人の会話は弾んでいた。だが…… その後の康彦の言葉から、全てがそれを中心に事が廻り始めるのである。
「よしっ、わかったよ。人数を揃えておくからな。それじゃ……」
康彦が電話を終えると、四人の下に走ってきた。
「ごめん、ごめん…… ちょっと長話になったよ」
「いいさ、同級の友達だろ」
「俺達には、関係ないだろうからな」
そんな昌也の一言に、康彦が言い放った。
「それが…… そうでもないんだよ」
その言葉に、四人が立ち止った。そして、いきなり敦が康彦と肩を組んで、ニヤケ顔で言った。
「…… 彼女でも、紹介してくれんの……」
「いいや、そうじゃないんだ」
素っ気無い康彦の軽い返事に、敦が押し退けて離れると、その横を歩いていた誠二が問い掛けてきた。
「何だよっ! 勿体付けんなよ」
「何も、勿体付けてなんかいねえよ。勝手にお前らが想像しただけじゃんかよ。とにかく、教室に着いたら話すよ」
康彦はそう言って、走り出した。
「ちょっと待てよ。一体、何だったんだよ」
いきなり走りだす康彦を追い駆ける昌也の後ろから、顔を見合わせながら他の三人も走りだした。
教室に辿り着いた五人は、鞄を置くと急いで屋上に向かった。
「あけみっ、俺達、遅刻でいいよ」
敦が、学級委員の佐野朱美にそう叫んでいた。
五人が屋上に着くと、敦が康彦に話を切り出した。
「さっきの電話、何だったんだよ?」
「おお、それがさ、俺の友達が……」
そう話し始めたかと思うと、いきなり声が小さくなった康彦だった。それを見ていた敦が、
「何だよっ! 早く言えよぉ」
と言葉を荒立たせて叫んだ。すると、
「変な趣味をやっててな……」
康彦は屋上から下を見ながら、再びそう言って中々話そうとしなかった。それには訳があったのだ。
「わかったよ。ほれ、これやるよ」
昌也がそう言いながら、徐にズボンの裾を捲り上げた。そこには、膨らんだ靴下が見えていた。
昌也は静かにしゃがみ込むと、靴下を捲って何かを手にした。
「そう来ないとな。向うで吸おうぜ」
「ホント、現金な奴だぜ」
昌也が取り出した物は…… タバコだった。五人は、そんなに目立った不良でもなかったが、去年の夏休みくらいから、誠二の妹の影響もあった事からタバコを吸うようになっていた。まあ、吹かす程度だったが…… 。
昌也の言葉で、屋上の隅に移動した五人は、タバコを吹かしながら、その場に座って話を始めたのである。
「康彦、その趣味って何だよ?」
「それがな…… 俺の友達って、俺の通っていた中学の先輩とサバイバルゲームをやっていてさ。それで…… 俺にメンバーを集めて、対戦しようって言って来たんだよ」
康彦の突然の言葉に、四人は顔を見合わせて息を呑んでいたが、
「へえぇ…… 面白そうじゃん。やったろうじゃねえの」
勝気の敦が、そう言って拳を握っていた。それを見た昌也と大樹も、ノリノリの態度だった。もちろん、我らが誠二も、
「いいんじゃねえぇ。俺ん家の兄貴、ライフル持ってるし、俺も短銃持ってるし、やったろうじゃん」
そう言って興奮していた。しかし、その後の康彦の言葉に、四人は闘志を失ってしまうのである。
「それがさ…… 八人だと。八人。俺ら五人しか居ないじゃん。残りの三人、どうするよ…… 。
それに向うは…… サバゲーの全国レベルらしいんだよ」
「何ぃ、ぜ…… 全国、レベルだって……」
「それに、三人……」
康彦の言葉を聞いた四人。完全に勝機の無い誘いに、四人は無気力な態度で、下を向いたままタバコを揉み消していたのである。誠二は、力無い声で言った。
「それで…… お前、なんて言ったの?」
「そりゃ…… もちろん……」
康彦は、中々言葉を出せずにいたが、敦の一言で言い放った。
「お前なっ、早く言えよ」
「わかったよ。相手には…… OKしたよ……」
次第に小さくなる康彦の一言で、そこに居た四人は一気に項垂れてしまったのだ。瞬き一つしなくなった四人は、みんなで顔を見合わせると、一気に力を失くしてしまったのである。
「どうするよ……」
「完全に、俺達鴨られてるよな」
「全国レベルだぜ…… 勝てっこねえよな」
「それに…… 残りの三人どうするよ……」
四人は、そんな事を呟き合っていた。そこに康彦の一言が、その場の雰囲気を一気に変えるのである。
「俺さぁ…… 考えたんだけど、誠二の妹を誘ってはどうかな?
サチって、気が強いし、運動神経も頭も良いし、仲間も多いじゃん」
康彦の提案に、今まで下を向いていた四人の内の三人が頭を上げた。そして、その三人と康彦の目線が、一気に誠二へと向けられていたのだ。
「おお、良いね。名案じゃねぇ」
「サチの友達、裕子に友理奈なんか良いかも……」
「そうだよな。なあ、誠二。頼んでみて貰えないかな」
康彦の言葉を聞いた三人が、そう言って誠二の肩に手を当てると、
「ええぇ、サチかよ…… 」
誠二は、腕を組んだまま考え込んでいる。
その時、再びの康彦の一言が、誠二のやる気を倍増させてしまった。
「せーいちゃん。この前あのゲームが欲しいって言ってたよな。この話、受けてくれるんだったら…… そのゲームソフト、お前にやるんだけどな」
すると、誠二の顔が一気に変わった。
「本当かよ」
誠二の前に座っている康彦が、微笑んで頷く。
「わかった。頼んでやるよ。その代り、絶対だからな。あのゲームくれよな」
「解ったから…… サチの方は任せたぜ」
「おうっ! いいとも」
誠二の言葉に、五人は肩を組んでいた。
その日の夕方。学校帰りに約束する五人の姿があった。
「それじゃ、頼んだからな。サチに、しっかりと言うんだぜ」
「わ、わかったよ。お前の方こそ…… ゲーム、忘れんなよな」
誠二の言葉に、親指を立てる康彦が電車を降りて行った。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「サバゲーの約束日は、来週の日曜日だぜ」
「そうだよ。集会で、行けないって言ったって、シャレになんないぜ」
残りの三人は、誠二を心配している。特に敦と大樹は、誠二とは幼馴染だったせいもあって、幼い時から幸子を知っていた。
「おお、任せておけ。俺に、名案があるからよ」
別に何も無いくせに、強がる誠二の姿があった。その後、昌也が電車を降りていった。駅を出た後、敦と大樹とも別れた誠二は、一人で家路に向かっていた。
丁度そこへ、タイミングよく幸子が通りかかる。誠二の後ろから、改造スクーターの爆音が聞こえてきたのだ。
「えっ、サチのバイクの音じゃねぇ」
誠二が振り返ると、口に風船ガムを膨らませながら、然程スピードを出していない幸子のバイクが迫って来ている。それを見た誠二が、徐に手を上げた。
「よおっ! サチッ、サチってば……」
「なんだよ、危ねぇなぁっ!」
いきなりの誠二の行動に、驚いた幸子が急ブレーキをかけて止まると、誠二を睨みつけている。
「今…… 帰りか…… 兄ちゃんも乗せて…… くんねぇかな」
「もう、うぜぇなあぁ。ほら、乗れよ」
誠二が恐る恐るそう言うと、嫌悪感を剥き出しにした幸子が、仕方なしに誠二の言う事を聞く。そして、二人乗りをした誠二と幸子は家路に向かった。その間誠二は、幸子に話を切り出すタイミングを計っていた。四人にはああ言ってはいたが、タイミング次第で全てが水の泡になりかねないのだ。家に辿り着いた誠二は、先ず幸子の予定を聞いてみた。
「あ、ありがとう。ところで、サチ。今度の土・日は、集会やるのか?」
誠二のいきなりの問い掛けに、呆気に取られている幸子だったが、
「ああっ、何言ってんのお前。何か、関係あんのかよ。まあ…… 土曜はやんけど…… 日曜は、仲間の予定が合わねぇから、やんねぇけど…… 何か文句でもあんの?」
幸子の思い掛けない返事に、チャンスとばかりに笑みを浮かべる誠二だった。しかし、ここは慎重に話を進めないと、気を緩める事で、話を切り出した時点で幸子の怒りを買うかもしれない。
「ああ、いや…… ああ、お前、喉乾かないか? ジュ、ジュースでも、買ってこようか? ここまで、送ってくれたお礼に……」
誠二は、物で幸子の機嫌を取ろうと考えた。
「ああ…… じゃ、俺はファンタでいいよ。それも、グレープね」
「わ、わかった。じゃ、家で待ってな。そこの自販機で買って来るから」
バイクを降りて、そそくさと家の中に入る幸子を横目に、直ぐ側の自販機まで走る誠二だった。
「ようし…… ここまでは、順調だな。家に帰って話を切り出すか。母ちゃんは、別に何も言わないだろうからな。リビングで話そう」
ジュースを買って帰る誠二は、そう呟いていた。
玄関の扉を開けて家に入った誠二は、鞄を持ったままリビングに入ってきた。
「お帰り誠二さん。そろそろ帰る頃だと思って、ピザを焼いておいたからね。幸子さんと一緒に食べるといいわよ」
誠二の姿を見た久美子は、待ち兼ねていたかの様にそう言った。それを聞いた誠二は、
「へえ、ピザか。良いね…… ありがとう。サチも食うって言ってたの?」
「さっちゃんも、食べるって言っていたわよ」
普段は、家に帰ると、そのまま直ぐに出て行く幸子だった。だが、久美子の返事に、こんな事もあるんだと驚いていた誠二だった。そこへ、幸子が二階から降りてきた。
「くう、腹減ったよ。ババァッ、ピザはまだかよ」
「そこのテーブルに置いているでしょ、もう、口が悪いんだから」
「うるっせぇなぁ、いちいち。まあ、今日はピザを作っているから許してやんよ」
相変わらず威張っている幸子だが、久美子は、そんな幸子に優しく笑みを浮かべながら対応していた。そんな二人の会話を聞いて、幸子の機嫌の良い事を知った誠二は、ここぞとばかりに幸子に話を切り出した。
「おお、サチ。ところで、兄ちゃんから頼みがあるんだけど……」
「ああ……」
誠二の言葉に、ピザを咥えたまま誠二を睨みつける幸子。だが、ここで引く訳にはいかない誠二は、
「あ、いやね…… 今度の日曜日さぁ……」
「ああ…… 日曜がなんだよ」
「うん……」
とは言うものの、中々言葉にできない誠二だった。それを聞いた幸子が、痺れを切らして大声を出した。
「早く言えよ、俺ぁ忙しいんだからよ。これ食ったら、直ぐに友理奈ん家に行かなきゃいけねえんだから」
「ああ、解った。言うよ。今度の日曜日に、俺らで……」
「ああ……」
「そのぉ…… サバゲーを……」
恐る恐る小声でそう言った誠二だった。
「なにっ、サバゲー?」
「そうそう、サバゲー。サバイバルゲーム」
「サバゲーって…… 何だよ?」
幸子は、サバゲーを知らなかった。すると、
「サバイバルゲームって、林の中や建物の中で、ライフルや銃を使って…… まあ、戦争をやるんだよ」
と、簡単に説明をする誠二だった。
「ああ…… 戦争っ! またぁ…… そんなの、何処が面白いんだよ」
「ハハ…… だけどさ、相手がさ…… 物凄く強くってさ……」
「それで……」
「それでさ、人数が…… 三人ほど足んなくってさ」
上目使いでそう言った誠二だった。
「……」
幸子は、暫く黙っていた。
「駄目かな…… その友理奈とか、裕子とか誘って、ちょっと……」
半分諦めた面持ちで誠二がピザを食べながらそう言うと、幸子が思い掛けない言葉を返してきたのである。
「ああ…… サバゲーね…… 面白そうじゃん。丁度、日曜も暇だったし…… ライフルで撃ち捲くっても……」
その言葉に、誠二は心の中でガッツポーズをとっていた。そして、
「いいのかっ! 兄ちゃん、友達に返事するぞ」
と、焦る気持ちを押し殺しながらそう言った。
ここで、早く事を進めておかないと、直ぐに気が変わる幸子の性格を知っている誠二は、焦りを見せていたのだ。
「おお、いいよ。俺も、友理奈達に話しておくよ」
「よっしゃぁっ! じゃあ、兄ちゃんは、友達に電話するね」
幸子の返事に、誠二はそう叫んで自分の部屋に向かった。台所では、二人の様子を見ていた久美子だったが、この様な事は滅多にない事だった為に、何も言わずに黙っていた。
誠二は、部屋に入るなり携帯を弄り始めた。そして、
「おい、バッチリだぜ」
いきなりそう叫んでいた。
「本当かよ。じゃあ、先方に言っとくぜ」
電話の相手は、もちろん康彦だった。
「おお、頼むな」
普段では、在り得ないスピードの会話だ。誠二の慌て様は尋常ではなかった。既に、戦争は始まっていたのである。そして、直ぐに電話を切った誠二の次の任務は…… 。
総一郎からライフルを調達する事だった。
総一郎はライフルどころか、トルネードや双眼鏡、コンパスにナイフと言ったミリタリーグッズを沢山持っていたのだ。色々な面でオタクだった事で、コレクションが多い総一郎なのである。だがそう言った人は、中々、自分の持っている物を、貸してはくれないのも事実だった。ここでも、慎重に事を進める誠二の姿があった。
「総兄は、貸してくれるかな…… M16何かは、大事にしてっかんな……」
そう言いながら、総一郎の部屋の前に立つ誠二だった。深呼吸を二回すると、ノックをする誠二。
「総兄、ちょっと頼みがあるんだけど……」
「……」
相変わらず返事が返って来ない。
「今度の…… 日曜日にさ…… 友達同士で…… サバゲーをやる事になったんだけど……」
「……」
扉の横で独り言の様に話す誠二。だが、止めることは無かった。
「その…… 総兄の持っている……」
「……」
「ライフルを…… 貸してくれないかな」
その言葉を口にした時、部屋の中から床を叩く大きな音が聞こえてきた。それは、総一郎からのノーと言う合図だった。顔を抑えて渋い表情を浮かべる誠二だったが、ここで名案を思い付いた。それは、オタクという精神的な面を突くメンタル攻略法だ。総一郎程のオタクになると、サバゲーのチームに詳しい筈だ。相手チームが全国レベルだと知ったら…… 。そこに、焦点を置いた誠二は、再び話を始めた。
「ねえ総兄。相手チームなんだけど…… 」
「……」
「話に聞くと、どうも全国レベルのチームらしいんだよね」
その言葉に、部屋の中が少しざわめいた。どうも本を捲っている様だ。恐らく、誠二の言葉でサバゲーの本を観ているらしい。誠二は、ここぞとばかりに話を進めた。
「その、相手チームの名前なんだけど…… 『コール・イレブン』って言うらしく……」
誠二が相手のチーム名を言った途端、部屋の中で本を叩く音が聞こえた。すると、ゴソゴソと這う音とともに、足音までもが聞こえてきた。そして金属やプラスチックの擦れる音が聞こえてきたのである。そう、全ての道具を箱に詰めている音だった。
その時誠二は、扉の向うで親指を立てていた。暫くすると、ゆっくりと扉が開いた。そして誠二の眼の前には、大きな箱に入ったライフルや他のグッズが運ばれてきたのだ。その上には『サバゲーマガジン』と言う本が置かれ、途中のページには付箋紙が貼られていたのである。そこには『コール・イレブン』の情報が載っていた。誠二がそれを受け取ると、再び、部屋の扉が閉まった。
「あ、ありがとう。総兄…… 大事に使うから……」
誠二は、ニヤケ面で有頂天のまま、部屋に戻った。そして、全ての事を敦や康彦に電話で知らせたのである。
そして、翌日から厳しい練習が始まった。何せ、相手チームは全国6位のチームだ。イレブンと言うくらいだから十一人だと普通は思うだろうが、構成員は二十人も居た。その中の十一人は、個人レベルでも全国のベスト30に入っているのだ。一番上手い奴は、ベスト5に入っている者も居たのである。かなりの…… いや、先ず、勝ち目は無い。だが、誠二達五人は頑張って練習をやった。近くの林に向かうと、ゴーグルを付け、様々な合図を考え行動したのだ。