裸の使者達
馬の背に揺られながら自問した。
何故、私はこんなトコロにいるのだろう?
と。
だが、自分に問うても出る答えなどない。
出ない答えを求めても仕方がないが、やはり求めてしまう。
何故、こんな目に合っているのだろう?
***
一月前の事だ。
仕事を終え、真直ぐ家に帰った私が玄関のドアを開けると何故か既に灯りが点いていた。
電気点けっぱなしで出たかしら?
いや、話し声も聞こえる。
まさかドロ棒?
武器としては心許無いが、傘を握り締めて部屋に入った。
「……ぶほっ!」
そして思いっきり噴いた。
何せ部屋にいるのは、ドロ棒ではなく全裸の男四人。
ヘンタイが家にいる。
さすがにヘンタイ四人は私の手に負えない。警察を呼ばねば。
鞄に手を突っ込み携帯を漁っていると明朗な声が聞こえた。
「あれ? 君、誰?」
それはコッチのセリフだ!
人ん家で何全裸になってやがる!
「いえ、あの……」
私は小心者。
例えヘンタイでも直に突っ込みが入れられない程の小心者。
なので、突っ込みは全て心の中で行っている。
それどころではない。
必死で携帯を漁っていると一人が近付いてきた。
「ここで何をしている? どこから入った?」
「え、あの……」
いや! 来ないで!
……全裸で寄って来ないでー!
自主規制が入るのは漫画やTVだけなのよー!
***
「じゃあ、君はここの世界の人間じゃないんだ?」
「え、ええ……何かそんな感じが……」
っていうか、そうであって欲しい。切実に。
それにしても、ここの世界の人って服着ないのかしら?
「我々はこれから魔王の城へ向うのだが」
「……全裸で?」
何、ソレ?
ビックリさせた隙にやっつけちゃおうってヤツ?
スコットランド人のスカート戦術?
ちょっと待て。
四人とも戦士みたいなマッチョなんだけど……戦士×四人?
後方支援なくて大丈夫!?
「時間が押しているから道々説明する。行くぞ」
「え? 私も行くの!?」
「うん。魔王に頼めば元の世界に返してくれると思うよ?」
「出来れば別行動で……」
「遠慮は無用だ! さあ行くぞ!」
「ちょっ! サンダルは履くの!?」
「え? だって、足の裏痛くなるじゃん」
***
「きゃーーーっ!」
「イヤーー!」
ですよね……。
四人の猛者達が全裸のまま馬に跨り街を闊歩すると、お嬢さん方は顔を手で覆いながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
普通の反応に安心した。
が、たまに指の隙間からガン見しているお嬢さんもいるけど。
そんなこんなで恥辱の旅が始まった。
***
どうやら、彼等は魔王が治める国へ国交を開くための使者として赴くらしい。
「魔族は非常に懐疑的で用心深い種族なのだ」
へぇ……で?
「こちらに敵意はなく、武器の所持もしていないという事を示すのが重要課題なんだ」
あぁ、それで全裸……
って、敵意はなくてもチガウ物があると思われるだけじゃないの?
「それで、誰が行くかで揉めたけどね」
「でしょうね……」
「候補者が多くて……最終的にくじ引きで勝った、私達四人になったのですよ」
「……」
***
「使者団が来たぞー!」
「子供と年頃の娘は家に入れーー!」
「使者様だ! 失礼のないように持成せ!」
行く村、行く町の人々は扱いに困ったみたい。
一応、魔王と交渉する使者だから無碍に扱えないんだろうけど、全裸だから。
「うわぁー! ハダカだー!」
「ハダカで馬に乗ってるー! カッコイイー!」
でも、何故か子供たちは大喜び。
地面を転げまわって、キャッキャキャッキャと大笑いして喜んでいる。
*
半月過ぎた頃かな。
「きゃーっ! 何あのプリケツ! ステキー!!」
「兄ちゃん良いカラダしてるわねー!!」
キャーと言う妙齢のいじらしい悲鳴が、野太い物や掠れた物に変わって行った。
でも、オバちゃんやオネエに囲まれて、お捻りを貰いながらの旅は路銀に事欠かなかった。
のに……何故野宿?
基本は野宿。
お金があっても野宿。
何故、全裸の男四人で体育座りで焚き火を囲む!?
おい! ゴルァッ! そこのマッチョ!
胡坐をかくなー!
「ユイちゃん?」
うわっ!
コッチ見るなーー!
「ユイちゃんもコッチおいでよ」
「え、イエ、私は……」
「火の周りの方が安全だよ?」
そこの美少年!
全裸で可愛く首を傾げるな!
今更だけど、全員美形なのよ。
一人はいかにも騎士やってます、みたいなストイックな顔立ちの美丈夫。
もう一人は美少年。
金髪の巻き毛が天使っぽいかな。
もう一人はタレ目の色っぽい美人。顔立ちだけならその辺の美女より美女。
もう一人は王子様。
長い金髪を緩く編んで、柔和に微笑む優男。
で、全員ガチムチマッチョ。
そして顔より先ず、チガウところに目がいってしまう全裸。
これって、男の人が女性の谷間に目がいっちゃう仕組みと同じ?
んなワケあるかぁっ!
***
私の(心が)荒んだ旅も漸く終わりだ。
魔王の城が見えたときには凄くこう、何ていうか……うん。
城にはすんなり入れて貰えた。
って言うか、魔族の人達も全裸の男をウロつかせるわけにいかないから、さっさと入れよ、みたいな。ね。
*
「うん。そう。国交開きたいのね……うん。え? 条件? うん。ウチの国に入るときに服着てきてくれればそれで良いよ、うん」
何か疲れた感じの中間管理職っぽいオッサンが魔王だった。
でも、ガッカリしてないから。
ちゃんと服着てるし。
「いえ! これは敵意なしという我々の誠意でありますぞ! 閣下!」
「いや、うん。敵意ないの分かったから。むしろ敵意より剥き出しにしちゃいけないモノ剥き出しだから、君達……っていうか、ホント服着てよ。僕が怒られちゃうじゃない」
どうやら、この魔王様は魔界の人間界営業所所長? 雇われ店長みたいな感じらしい。
「我々の誠意を受け取っていただけましたか!? 閣下!」
「うん、受け取るから。あんまり興奮しないで……ホラ、あんまり興奮すると剥き出しのキミが……」
……もう、何も言うまい。
あ、危うく自分の用件を忘れるところだったわ。
「あ、あの……」
「ん? 君は?」
四人の全裸のガチムチに混ざっている女性(私)が涙目で魔王を見詰めれば、話を聞かない訳にいかないだろう。
「どうしたのかな? 何でも言ってごらん」
ムヒョヒョヒョ、と鼻の下を伸ばしているのにあまり嫌悪感が湧かない。
私も旅の間に随分変わってしまった。
「あの、私、実は――」
*
「あぁ~。それはそれは……君も苦労したねぇ」
取り合えず、事情を説明したら凄く同情の篭った目で労ってくれた。
ありがとう、魔王様。
漸く苦労が報われ――
「でも、悪いんだけど。異次元に転送は出来ないんだよね。ほら、僕、所詮雇われだから」
なかったーー!
この役立たずがぁっ!
***
こうして、四人は無事に使者としての勤めを果たした。
しかもかなり良い条件で国交を開けた彼らはご満悦で帰路に着いた。
そして、ここにいても仕方がない私も彼らの国に向うことになった。
「気を落とすな。俺が面倒を見てやる」
「何なら、僕の家に来る? 家付き土地付きババァなしだよ」
「それより、私の屋敷に来なさい。贅沢させたげるわ」
「私の嫁(王太子妃)の座なら空いてますが?」
四人とも口々に慰めてくれる。
ありがとう……皆。
でも――
何で帰りも全裸なんだーっ!?
※注 スコットランド人のキルトの下はノーパンが正式です。
戦争のときにキルトをバサッと捲り相手を怯ませます。
本当にすみません。
でも、どうしても書いてみたかったんです。