平民出身の魔王様、婚約者気取りの元王子をこっぴどく振り、指南役に求婚される
「陛下。僭越ながら、一つ申し上げたいことがございます」
「なんだ?申してみよ」
第29代魔王“紅き凶星”セレナ女王の即位5周年を記念した祝賀会、宴もたけなわというところで、元第一王子ジュリアスが声を上げた。セレナが許すや否や、ジュリアスは大仰に訴えだす。
「魔王たるお方には、それに相応しい伴侶が必要です。にもかかわらず、陛下は未だ私の申し出をお受けくださらない。そればかりか、近頃では指南役殿を常にお傍に置き、夜遅くまで二人きりで過ごされているとか」
ジュリアスは女王の指南役であるエルシードを睨みつけ、さらに勢いづいて主張した。
「魔王の伴侶を選ぶにあたり、特定の男を寵愛していることは王族として看過できません。それに、平民出身である陛下のお立場を強化するのにもっとも適切な相手は私でしょう」
平民出身、をどこか嘲る響きで強調する言葉に、上級魔族たちが同意を示すように騒めいた。
勝利を確信しているようなジュリアスの主張に、どこから指摘すればいいかわからず、セレナは内心で特大の溜息をついた。噂になっているのは知っていたがまさか元王子がメイドの噂話を真に受けて公の場で糾弾してくるとは。
──そもそもなぜ平民のセレナが魔王になったのか?話は数年前に遡る。
セレナは平凡な中級魔族の商家に生まれた。16歳の大嵐の日、魔王の紋章が現れ、人生は一変した。
上級魔族の間で反乱が起こり、先代魔王が斃れたのだ。次期魔王は魔力の多い王族あるいは上級魔族から選ばれるはずが、平民のセレナが魔王の紋章をその身に宿したという。
本来なら秘密裏に処刑されていたはずだが、反乱により魔界を安定させるための魔力が不足し、魔王として認められることになったと知り、セレナは青ざめた。
即位式では貴族たちから侮蔑的な目で見られつつ、“紅き凶星”の二つ名を与えられた。
「あのような小娘──正当性が──」
「礼儀も知らぬ平民の分際で──」
「凶星とは──にお似合い──」
上級魔族たちの、隠す気のない侮辱の言葉に晒されつつセレナは嘆息した。
(髪と瞳の色に由来するんだろうけど、『凶星』とは。随分と憎まれているらしい)
実務的な政治は先代から在職する宰相や大臣により行われるので、しばらくは執務はしなくてもよいと言われたが、魔界を安定させるための冥宮への魔力供給は即座に開始された。
セレナが暗く冷たい魔王城での暮らしに馴染めず部屋に引きこもっていた時、宰相から指南役を紹介された。
「魔王様、こちらは指南役のエルシード卿です。無愛想ですが優秀な男で、必ず魔王様の役に立つでしょう」
「お初にお目にかかります。エルシードと申します。魔王様の指南役を務めさせていただきます」
「これからは彼の指導の下で魔王としての振舞いや執務について学んでください。では私はこれで」
事務的な紹介を告げて宰相が去ってしまい、残された初対面の二人には気まずい空気が流れた。
「…セレナです。よろしくお願いします」
「敬語は不要です。あなたは魔王なのだからもっと尊大に、威厳を持って話してください」
「わかりま、…わかった」
セレナは厳しい物言いに怯える気持ちを隠して、エルシードの言葉に従う。歳上の、それも上級魔族に対して遜らず接するのは難しいが、これからは必要なのだろうとセレナは思った。
「背筋を伸ばして。顔を上げて視線を合わせてください」
セレナがエルシードの言う通りにすると、理知的な蒼い瞳と目があった。
「今日から私はあなたの師です。あなたを歴代最凶の魔王に導きましょう」
「…先生、よろしく頼む」
エルシードは丁寧に指導してくれた。セレナは彼から振る舞いや執務だけでなく、魔力の扱い方も教わった。これまでセレナは平凡な魔力しか持っていなかったので、知っているのは生活に必要な魔術具の使い方くらいだった。しかし今は魔王に相応しい魔力を宿しており、その力を正しく使う方法を知る必要があった。
エルシードの指導によりセレナは魔力の扱いがめきめきと上達し、宮廷魔術師にも引けを取らぬ実力を手に入れた。冥宮に繋がれ魔力を流すだけの弱い存在を脱したのである。
セレナはエルシードからたくさんのことを教わった。上級魔族の息抜きの方法、魔王城の秘密の部屋、魔都の夜景の美しさ、他者の魔力に触れる心地よさ、眠れない夜の特別なまじない…。
味方が少ない上級魔族の社会で、エルシードは常にセレナを守り育ててくれた。
自分がエルシードに惹かれていると気がついたのは、セレナが成人になる頃だった。
今日は御前会議の日で、セレナは疲れ果てて会議室から脱出してきた。不甲斐ないことだが、即位から5年経っても王の資質を認められず、セレナは今日も大臣たちから冷たくあしらわれていた。
宰相は冷徹な態度のわりに公平に見てくれるが、これも試練だと思っているのか干渉しない。あまりにも不敬が目に余る時は助け舟を出してくれるが、ごくまれだ。
(それに、今日は旧王族派の大臣が元王子との婚約を勧めてくるし……)
旧王族とその派閥がセレナに元第一王子ジュリアスとの婚約を勧めてくるのは1回や2回ではない。セレナの即位によって魔王城を追われ、婚姻により立場を取り戻したいのだろうが、知ったことではなかった。
ジュリアスも機嫌伺いなどと称して魔王城を訪ねてはセレナに求婚し、夜会では隙あらば近づこうとしてくる。悪人ではないのだが、セレナは野心家な彼の下心が苦手だった。
セレナが疲れ切ってダラダラと自室に戻ろうとしていると、近くで声が聞こえて慌てて背筋を伸ばした。
(魔王たるもの常に威厳ある姿を見せるべし、だ!)
声のした方向を振り返るとメイドたちが噂話に興じているようだ。随分と楽しげな様子で、セレナは興味を惹かれて柱の影から耳を澄ました。
「それで、セレナ様はどちらを選ばれるのかしら?」
「もちろんエルシード様でしょう! 擁立されたばかりでお立場の弱い魔王様が、強く導いてくれた師に恋心を抱かれたんだわ」
「でも、エルシード様は愛人でしょう? 高貴な血は入っておられるけど傍系だし、婚約者には元王族のジュリアス様が選ばれるのではなくて?」
(は?)
メイドの言葉が理解できずセレナの思考が止まった。エルシードがセレナの愛人だなんて事実は存在しない。2人はただの師弟だし、何よりセレナの気持ちを知っている人は誰もいないはずだ。
「わかってないわね、禁断の恋の方が燃えると言うでしょう?」
少しませたメイドが訳知り顔で反論し、周囲もなるほどと納得し始める。
「それにね、魔王様の部屋付きのメイドが目撃してるのよ。魔王様がご自分の部屋にエルシード様を引き入れて仲良く談笑していらっしゃるのを!」
「なんですって!?」
「おまけに、2人の影が重なる姿を見た子もいるらしいの!」
きゃあっと華やかな声が上がるが、セレナは衝撃の噂に絶句するばかりだ。
セレナがエルシードに思いを寄せているのは確かだが、この気持ちを伝えたことはないし、愛人などもってのほかだ。その上キスをしただって?
(何かの見間違えなんじゃないのか?)
セレナが衝撃で固まっていたところ、反対側から別のメイドが現れ、話でも盛り上がっていた者たちを叱責しにきた。
「あなたたち! 噂話はそこまでです。仕事に戻りなさい」
「も、申し訳ありません!」
「すぐに戻ります!」
メイドたちがこちらに来る気配を察して、セレナは慌ててその場から逃げ出した。魔王が噂話に耳を立てているなんて知られてはまずい──しかもそれが自分の恋路についてなんて!
小走りで廊下を駆けていくセレナの姿を見て下働きの者たちが怪訝な顔をしていたが、セレナは全く気が付かなかった。
(すぐに先生に相談しなくては!)
セレナはいてもたってもいられず、大慌てでエルシードの執務室に突撃した。
その日、エルシードは魔王城内の自分の執務室で、一人静かに書類に目を通していた。一区切りした頃、静かな執務室にバタバタとした足音が近づいてきてきて、勢いよく開けられた扉から慌てた様子のセレナが飛び込んできた。
「先生! 一大事だ!!」
「魔王様、いかがなさいましたか? 魔王たるもの、威厳のある言動を心がけていただくよう常々お伝えしておりますが」
エルシードはいつも通り涼やかな顔で、しかし不出来な生徒を咎める眼差しでセレナの行動を注意をした。
「良いだろう? ここには2人しかいないぞ」
「はあ……仕方ありません。ここだけですよ」
エルシードはこめかみを抑えつつ、セレナに話の続きを促した。
「それどころではなかった!メイドたちが先生を私の愛人だなんて噂しているんだ!」
「おや、魔王様はご存知なかったのですか?」
何くわぬ顔で返すエルシードにセレナは食ってかかる。
「先生は知っていたのか!?」
「少し前から城内で流行っている噂です。魔王様が元王族からの求婚を断って、指南役を自室に引き入れているとなればそのように受け取られるのも仕方ないでしょう」
「そんなぁ……」
とんでもない新事実を知らされ、セレナは頭を抱えた。
「すまない、私の迂闊な行動で先生の名誉を汚してしまった」
「いえ、私にとっては都合のいい噂なので、訂正は必要ありません」
「え?」
セレナはエルシードの言葉に目を瞬いた。エルシードは気にするなとばかりに手をひらりと振る。
「こちらの話です。しかしメイドたちはおしゃべりがすぎますね。メイド長から注意するよう申し付けましょうか」
「いや、それには及ばない。やはり私は城内の者に侮られているのだろうか」
常日頃からセレナが気にしていることだ。セレナは平民出身で、それ自体に恥じいることはないのだが、魔王城で魔王が侮られるわけにはいかなかった。
「おそらくメイドたちに悪意はないでしょう。表立って言う者は少ないですが、皆あなたを慕っています」
「そうだろうか?私は不甲斐ない主だぞ」
「あなたは心根が優しい。下々に心を配る魔王など過去におりません。己の美点を誇ってください」
「……ありがとう、先生」
二人はしばらく話していたが、エルシードがふと時間に気づいてセレナに帰るよう促した。
「魔王様、そろそろ部屋にお戻りください。メイドたちが首を長くして待っているはずですよ」
「ああ、そうだったな。今夜は祝賀会だった」
今夜は魔王城で大規模な夜会が催される。当代魔王即位5周年記念の祝いの席だ。セレナは魔王として正装して臨まねばならない。メイド数人がかりで着付けられるゴテゴテしたお仕着せを思い出してセレナはうんざりした。
「夜会でもう一度お伝えしますが、即位5周年おめでとうございます」
「ありがとう。では後でまた会おう」
その夜の祝賀会は当代魔王の即位周年を祝うにふさわしく、魔都中の上級魔族たちが集まり、華々しく行われた。セレナは大勢の魔族たちに祝いを述べられ、礼を言ったり一触即発になったりと忙しくしていた。
「陛下。僭越ながら、一つ申し上げたいことがございます」
「なんだ? 申してみよ」
宴もたけなわというところで、ジュリアスが声を上げた。セレナが許すや否や、ジュリアスは大仰に訴えだす。
「魔王たるお方には、それに相応しい伴侶が必要です。にもかかわらず、陛下は未だ私の申し出をお受けくださらない。そればかりか、近頃では指南役殿を常にお傍に置き、夜遅くまで二人きりで過ごされているとか」
ジュリアスは少し離れたところに座るエルシードを睨みつけ、さらに勢いづいて語りだす。セレナはジュリアスの主張したいところを察してげんなりした。
他の魔族たちの好奇心の目が集中して、ジュリアスは同意を得たように自信に満ちた顔をした。
「魔王の伴侶を選ぶにあたり、特定の男を寵愛していることは王族として看過できません。それに、平民出身である陛下のお立場を強化するのにもっとも適切な相手は私でしょう」
平民出身、をどこか嘲る響きで強調する言葉に、上級魔族たちが同意を示すように騒めいた。勝利を確信しているようなジュリアスの主張に、どこから指摘すればいいかわからず、セレナは内心で特大の溜息をついた。腐っても元王族、まさかジュリアスがメイドの噂話を真に受けて公の場で糾弾してくるとは。
「では、尋ねよう」
セレナは静かに言った。
「私が誰を愛しているか。それは、そなたに何か関係があるか?」
「あります! 私は王族で──」
「元王族だ。今のそなたは魔界の第一王子ではない」
セレナはぴしゃりと言い切る。
「ジュリアス、そなたは私の婚約者ではない。それに、私は愛人など設けていないが?何か思い違いをしているようだ」
「言い逃れをしても無駄です。それにこちらには証拠があります」
「証拠?」
自信満々なジュリアスの様子に、まさかでっちあげではないかとセレナはヒヤリとする。
「昨夜も指南役殿が陛下の私室から出てくるところを、複数の者が目撃しております!」
「……それが、私が彼を愛人として囲っている証拠だと?」
「そうです!それに私的な贈り物もされたとか」
ジュリアスは噂の一部を耳にしていなかったようでセレナは安心した。もしこの場所で影が重なる云々と言い出そうものなら、問答無用で口を閉じさせる魔法を使っていた。
「……では、確認しよう。私が彼と二人きりで政務をしていたこと。それから、彼に礼を贈ったこと。それが証拠なのだな?」
「そうです!」
意気揚々と答えるジュリアスに、セレナは厳しい目を向け、静かに反論する。
「ならば私は、臣下に仕事をさせ、働いてくれた臣下に礼をしただけだ」
「しかし──」
「それ以上の証拠は?」
「……」
ジュリアスはセレナの問いかけに黙りこくった。元王子の風向きが悪いと見て一部の魔族たちが気まずげに咳払いをした。
「ないのであろう?」
「ですが陛下、私はあなたを思って──」
「ジュリアス様、それ以上は、陛下への侮辱となります」
静かに成り行きを見ていたエルシードが毅然としてジュリアスを諌めるが、ジュリアスは逆上した。
「黙れ!貴様が陛下をたぶらかしているのだろう!」
「なるほど。ジュリアス様の主張ももっともです。では、噂を真実にして差し上げましょう」
エルシードが自席から立ち上がり玉座の前へと近づいてくる。
「エルシード?何を…」
「陛下。──恐れながら、皆様の前で申し上げたいことがございます」
エルシードはセレナの前に跪いた。ただならぬ雰囲気に夜会のざわめきが止まる。
「私はこれまで、陛下の指南役としてお仕えしてまいりました。しかし今は、臣下としてではなく、一人の男として陛下に願い申し上げたく存じます。陛下。どうか私を、あなた様の伴侶とすることをお許しいただけないでしょうか」
エルシードの熱く燃えるような瞳に射抜かれて、セレナは動けなくなっていた。喉がカラカラになって、一度だけぎこちなく唾を飲み込む。
「この先の生涯を、陛下のお傍でお支えすることをお許しください。謹んで、婚姻を申し込みます」
エルシードの求婚の言葉に、一度静まり返っていた会場が騒然とし始める。ジュリアスが慌ててセレナへ手を伸ばした。
「なりません!魔王様の伴侶には相応しい者が選ばれるべきです!」
「私の伴侶を私自身が選んで、何が悪いのか?」
セレナは熱に浮かされたように呟き、ジュリアスの手をすり抜けて玉座から腰を上げた。そしてエルシードのそばに近づいて、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「……そんなことをこんな場所で言うなんて、ずるいではないか」
跪いたエルシードが、誰にも見えないところで笑みを浮かべた気配がした。
「──謹んで、お受けいたします」
セレナは厳かに答えた。そして、周囲を見渡して宣誓する。
「私は魔王だ。この玉座に座る者として、これからも魔界のために尽くすことを誓おう」
セレナの力強い宣言に、上級魔族たちが目を見張るのがわかった。
「そして、私が魔王である限り──誰を伴侶とするかを決める権利も、私自身にあると考えている」
セレナは跪くエルシードへ手を差し伸べた。
「ゆえに、私はこの者を選ぶ」
エルシードがセレナの手をとり立ち上がる。
「皆様には、どうかこの婚姻をお認めいただきたい」
セレナの高らかな宣誓に、会場からちらほらと拍手が上がる。その数は増えていき、次第に万雷の拍手となった。
「魔王様、どうかお考え直しを──」
ジュリアスはなおも言い募ったが、セレナはそれを一蹴した。
「控えよ。我は魔界を統べる者、第29代魔王“紅き凶星”のセレナ!私の道は私が決める。そなたの言いなりにはならない」
冷ややかに言い放ったセレナの瞳に、魔力の昂りで真紅の光が過る。それだけでジュリアスは喉元に刃を突きつけられたように口を噤み、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
誰もジュリアスを庇わない。上級魔族たちの視線が、静かに、しかし確実に彼から離れていった。
祝賀会が騒然としたままお開きになり、セレナとエルシードは退場して魔王城の一角にあるバルコニーに逃げてきた。一息ついたのちエルシードがセレナに真意を尋ねる。
「本当に私でよろしいのですか?魔王様」
「それはこちらの言葉だ。というより先生はいつから私のことを、その、恋愛的な意味で好きだったんだ?」
「魔王様が私に好意を抱かれた時期と同じくらいでしょうか」
予想だにしない返答にセレナはわかりやすく動揺した。
「な、な、なぜ知っている!?」
「魔王様はわかりやすいですから。それに、私は勝てない勝負はしない主義です」
「うぅ……なんだかすべて先生の手のひらの上のような気がしてきた」
セレナが恥ずかしいような悔しいような気持ちで顔を覆っていると、エルシードが少し期待するように問いかける。
「……婚約式はまだ先のことですが、我々は婚約者となったのですから、名前で呼んでいただけませんか?」
真剣な蒼の瞳を向けられ、セレナはおずおずと名前を口にする。
「え、エルシード……」
「はい、なんでしょう」
「そちらも名前で呼ばなければ不公平ではないか?」
「魔王様は魔王様ですよ」
煙に巻くようなエルシードの態度に、セレナは口を尖らせる。
「……今回は見逃してやる。次までに練習しておくように」
「善処いたします」
『魔界王朝史・第十二巻 女王セレナの治世』
第29代魔王であるセレナ女王は、歴代の魔王の中でも異例の出自を持つ。
平民として生まれ、王族との血縁を一切持たなかったにもかかわらず、魔王の紋章を宿したことで即位した。
即位当初は「仮初めの魔王」「平民魔王」などと呼ばれ、王族派からの反発も強かった。
中でも旧王族の第一王子は、女王への求婚を繰り返し──
後世の歴史家の間では、彼が女王の寵臣であったエルシード卿を「愛人」と公然と非難した事件が、彼の政治生命を決定的に失わせた出来事として知られている。
女王はこの疑惑について、
「私の伴侶を私自身が選んで、何が悪いのか?」
と答えたと記録されている。
その翌年、女王は正式にエルシード卿と婚姻した。
後世の歴史書には、女王はその身に宿す莫大な魔力と、あらゆる種族への慈愛により魔界を掌握せしめたと記されている。その傍には常に夫が侍り、その治世を支えたという。
彼女の治世下で魔界は安定し、その後三百年にわたる繁栄の基礎が築かれた。
──『魔界王朝史』より




