完全記憶の貴族令嬢は、魔術師に恋をした。~選択と才能と、秘めた想い~
これは、私が誰かを好きになるまでの話だ。
結末がどうであれ、私はこの期間のことを大切に思っている。
『才能があるものは、それに見合った働きをしなければいけない』
私が大好きだったお祖父様がいつも言っていたことだ。
私は両親よりも、むしろお祖父様の方が好きだった。なぜかと振り返ってみると、単純に私に厳しかったからだろうと結論づけた。甘かったからではないところが、私が私たる所以だったと思う。
特に、お祖父様は『他人に与えよ。それが貴族であるクレーデル家の役割である』ということを繰り返し繰り返し、折々に、私がお祖父様と別れるたびに年齢を感じさせないよく通る声で言った。お祖父様は貴族であることを誇りに思っていた。血によって繋がれた家族を大事にして、私たちが得るものは誰かの働きによってもたらされたものであり、それを独占してはならない、わずかばかりを自らの生活に使い、質素に暮らし、余ったものは誰かのために使うべきである、と言い続けた。
私はずっと貴族とはそうあり、またそうあるべきであると思っていた。
少なくとも、他の貴族のことを知るまでは。
お父様とお母様はまあまあ、他の貴族に比べれば豪奢な暮らしをしていなかった。それも私がいつものようにお祖父様と別れたあとお祖父様が倒れ亡くなるまでだった。お祖父様が目を光らせていただけだったのだ。お父様とお母様は普通の貴族になってしまった。中央都市に居を構え、遠くある領地のことなど考えもせず、顔も見たことがない領民から徴収した税金をただ自分たちのために使うようになった。
あっという間に私の前には贅沢な食事が並ぶようになり、私の服は生地が良くなり、動きにくいと思うほど装飾が増え、退屈な夜会に参加するようになった。
私はどんどん両親と、それから貴族そのものが嫌いになっていった。
「マリア、お前は才能がある。だからそれを活かしなさい。これは権利ではなく、貴族の義務なんだよ」
お祖父様は別れる最後にそう言って、私はそれを胸に刻み込んで生きることにした。
9歳のときだった。
私は確かに才能があった。
それにいち早く気が付いたのもお祖父様だった。
読書家だったお祖父様の部屋には大量の本があって、その中から9歳の私にもわかる範囲で本を与えてくれていた。そのときだった。数ページ読んで違和感があった私がお祖父様に言った。
「おじい様、この本は読んだことがあるわ」
「そうだったかい? 私は覚えていないが、いつくらいかね」
「うーん、一年くらい前だったと思う」
正確な日付までは思い出せなかったが、読んだということはよくわかっていた。
「そうか、それなら内容は忘れているだろう。これは人間の生き方について書かれている良い物だ。お前には少し難しかっただろう。しかし何度読んでも、それこそ暗記するくらい読み返してもいい」
「暗記? もちろんしているけど……」
このときはお祖父様はおかしいことを言うな、と私は思った。
「もちろんだって? マリア、もちろんというのは」
「もちろんはもちろんの意味よお祖父様。私はこの本の内容は『すべて』覚えているの」
お祖父様は膝を曲げ、私を正面に見据えてゆっくりと言った。
「マリア、私は嘘をつく人間がとても嫌いだ。お前は、自分の言ったことの意味を理解しているのかね」
「お祖父様、私はお祖父様が好きだけど、疑われるのはあんまりだと思うわ」
「そうか、では本を返しなさい」
私はお祖父様に本を渡し、お祖父様はパラパラと本をめくった。
「第三章の冒頭には何が書かれているかね」
「ええっと、『通常、私たちが見て見ぬ振りをしているものの中に真理があるときがある。たとえば、死だ。今では死は徐々に隠されるようになりつつあるが、死を紐解いてみれば、そこに生を見出すことができる』」
だと思う、も、そのはずだ、もなかった。
現に、私はそこに書かれているものをなぞっているだけなのだから。
お祖父様は本から目を離し、私の顔を真剣なまなざしでじっと見た。
「お前は、今までの本も覚えているのかい?」
「ええ、お祖父様、私が読んだものはすべて、一字一句、図を含めて、私も言うのもなんだけど、完全に記憶しているわ」
お祖父様は長く、深く、息を吐いた。
「数学の本もかい?」
「覚えているわ。ただ公式を使えばいいだけのものなら計算もできる。応用が必要なものはちょっと難しいけど……」
「本になったものだけかい?」
「それは、どういう意味? お祖父様?」
「今の私と会話は?」
「うーん、そう、お祖父様、不思議ね、同じ言葉なのに、文字にならないものはそんなに鮮明には覚えていない。どうして覚えていないのかしら」
それにお祖父様が優しく笑った。
「マリア、そっちが普通なんだよ、人間は会話と同じく、本の内容を完全に記憶することはできない」
「そうなの?」
思い返せば、学校で級友と話がかみ合わないことがあった。私にとってはついさっき授業でやったことなのに、級友が間違った言い回しをしたのだ。人は本の内容を記憶していないとわかればそれも合点がいく。
「このことを誰かに言ったことは? お父様やお母様には?」
私は首を振った。
「ううん、今、お祖父様に言ったのが初めて」
私はそのときまで、この性質の異常性を理解していなかったのだ。
お祖父様は何度も何度も頷き、何かを考えているようだった。
「今はまだ二人には伝える必要がないな。しばらく私がお前が読むべき本を選んであげよう。それを読んで、私と会話しよう」
「わかったわ、お祖父様。でも私は、『覚えていられる』けど、『早く』読めるわけではないの」
「わかった。お前の才能はとても素晴らしいものだ。それを良きことに使えるようにしなくてはいけない」
そこから私は一年間、お祖父様が選んだ本を一度読んだあと、その内容についてお祖父様と確認してし合い、議論の真似事のようなことをした。
正直に言って、これは楽しかった。
お祖父様のおかげで、『文章を暗記していること』と『内容を理解していること』が違うことがはっきりと認識できたのだ。
お祖父様も楽しそうだった。
お祖父様は私の考えに全面的な否定はせず、別な方向から考えるとこうも捉えられる、といった風に新しい考え方を教えてくれた。
その間は私は自由だった。
そしてお祖父様が亡くなった。
私は議論の相手がいなくなった。
お祖父様が所有していた本はすべて読み切った。
私は11歳で、ただの貴族の娘に戻った。
クレーデル家を維持するためには私はいずれ誰かを婿に迎入れる必要がある。
それだけの女の子になった。
ある日私は街を歩いていた。中央都市でもとりわけ喧噪の舞台になっている両脇に種々の店が並んでいる地区だ。私は両親に言われて買い物に来ていた。買い物なんて使用人に任せればいいのだから、両親にとっては『社会経験』を積ませるためだけに私に行かせたのだ。私は両親が決めたことだけをやることにうんざりしていて、お祖父様が恋しくなっていた。
野菜と果物を入れた紙袋を抱えて、私は帰宅していた。その時だった。肩に衝撃が走り、私は派手に前に倒れてしまった。誰かが私にぶつかったのだ。紙袋の中身が飛び出して腰のポーチも落としてしまう。誰かがそれを拾った。私にぶつかってきた私と同じくらいの背丈の子供だ。簡素な薄汚れた服を着た、彼か彼女がわからない子供がポーチに入っているお金を狙って私にぶつかって倒した。
「あ、いや……」
痛みで私は声も出ない。盗人はそのまま立ち去ろうとしていた。
「契約を」
倒れた私の横で静かで落ち着いた声がした。
直後、数メートル先にいた盗人が走っているポーズのまま動きを止めた。
声の主は盗人に歩み寄り、持っていた私のポーチを盗人から取り、踵を返して私に向かってきて、腰を屈めてポーチを持っていない右手を差し出した。
「立てる?」
「うん」
彼は銀色の少しくせっ毛で、青みがかった瞳で私に微笑んでいた。私は彼の手を取って、立ち上がった。
「さて」
彼は盗人を見た。盗人は身体を動かそうともがいてはいるが、何かの力で押さえつけられているかのように固まったままだった。買い物客が足を止めて私たちの様子をうかがっている。
もう一度私を見る。
「君はたいして怪我もしていないようだね。年齢は君と変わらない。見たところ、孤児か救護院の子供だろう。君はどうしたい?」
「どう、したい?」
「警邏隊に引き渡してもいい。そうなればそれ相応の罰を受けるだろう。あるいは、このまま不問にすることもできる。君が被害者であると言わなければそれでいい」
「それは……」
「君が決めるべきだ。君の選択に私は従う」
これが、私が国家魔術師のアランと会った初めての場面だ。
私とアランは並んでベンチに座っていた。
「これで、よかったのかな」
「よいかどうかは、君の中にある」
私はアランからポーチを受け取り、盗人を解放することをアランに頼んだ。盗人は感謝も言わず、そのまま走り去っていった。地面に散らばっていたものはアランと私でかき集めた。
「そうだね、彼はここでは許されたが、また同じことをするかもしれない。そのときは、もっと酷いこと、彼か被害者かはわからないけど、酷いことになるかもしれない。であれば、今軽い罰を受けた方が彼のためになったかもしれない。未来のことはわからない、ただ、君は選択をした。それだけだ。それに君に責任はないしね」
持って回ったような言い方で彼は言った。
「さっきのは、『魔術』?」
「ああ、うん、物体操作の魔術だね。物を動かすことができるなら、止めることも同じことだ」
「初めて見た」
「そう? まあ、中央都市では魔術師は多い方だけど、わざわざ街中で使うことはないしね。あの程度なら事後報告も必要ないだろうし。ああ、この街では、きちんとした魔術を魔術師が使った場合は、報告書が必要になるんだ。君みたいな貴族のみなさんが不利益を被らないように、そういうことになっている」
彼は私の格好を見て、私を貴族だと判断したのだろう。
「あなたは、国家魔術師?」
「そう」
彼と同じ、青いシャツと黒いロードケープを着た人間を遠目に見たことがある。そのときお祖父様は彼らのことを『自由意志のために生きている』と言っていた。お祖父様の言い方には敬意も込められていた感じがしていた。
「私が見た国家魔術師は、お爺さんだったけど」
「はは、そうだね、私は若い部類に入る。国家魔術師にも成り立てだ」
「いくつ?」
「いくつに見えるかな。いや、冗談だよ。私は16歳だ。君は……」
「私は11歳」
「そう、私がこの街に来たときと同じだね」
「ここの人じゃないの」
「昔はね、もっと小さな街からだ」
「私なんてここから出たことがないから」
「悪いことではない。さっきみたいのはあるけど、他の街よりずっと安全だ」
彼は顔を上げて空を見た。
「どうして、魔術師になったの?」
私は単なる興味心から彼に聞いた。
彼はちょっと困ったような顔をして、苦笑いをした。
「そうだな、どうだったろう、私が魔術師になろうと思ったのは君と同じ年齢のときだ。特に何かあったわけじゃない。私に才能があったから、それだけかもしれない」
それが、彼にとって嘘だというくらいは私にもわかった。
「改めて言語化するのは難しいな。そう、私は世界を良くしたかったんだろう」
「世界を、良くしたかった」
「貧しき者が飢えないように、正しき者がその正しさでもって糾弾されないように、私はほんのちょっとだけ、世界を良くしたかった。そんなところかな」
「そう……」
「それは、魔術師であればできることなの?」
彼が頭を掻いた。
「痛いところを突くね。それは、わからない。だけど、私は魔術師になるという選択をした。それは、覆せない。目的が決まれば、あとは前に進むだけだ。だとしたら私は目的が欲しかったのかもしれない。私が生きるに足る目的が、この世界にあることを知りたかった」
彼は照れくさそうに言った。
「お祖父様は魔術師を『自由意志のために生きている』って」
「ははは、まあ、そうだね、他の人よりは重要視しているかもね。全員じゃないかもしれないけど」
「ふうん」
「いずれにしても、選択をする生き物だよ、魔術師は。君のお祖父様の言うように、自由意志に従っていると言ってもいい」
彼が真っ直ぐな瞳で私を見た。私はそれを受けて、胸が高鳴るのを感じた。
「お祖父様は、『才能があるものは、それに見合った働きをしなければいけない』とも言っていた」
アランはそれを聞いて、ゆっくりと目を閉じた。考え事をしているようだ。
「それは……、難しい問題だ。決して間違いではない。そういう考え方もある。だが、働きは、才能のあるなしだけで決めるわけではない。それを成し遂げようとする意志の問題だ」
「そうなの?」
「そうだよ。君は?」
「え」
「君は、何になりたい? 才能のあるなしにかかわらず、君が望むものだ」
「私は……」
「まだ若すぎるかな。それに、この国では貴族というのは重い身分だ」
「でも、あなたが選んだときと同じ歳だから」
「そうだね」
「私は、選ばないと」
「そう、手札がどれだけ少なくても、いや、手札が少ないと思うのであれば、手持ちの手札以外に何があるかを考えて、自分で選ぶことが大切なんだ」
「それが、魔術師?」
「私は魔術師だけじゃなくて、人間そのものがそうであることを願っているよ、ええと……」
「マリア、私はマリア=クレーデル」
「そう、マリア。私はアラン、アラン=ウェーバーだ。私はもう行かないと、師匠の食事の準備があるからね」
そう言った彼は私から見ても16歳という年相応の青年に見えた。
「また会える?」
「君が望めば。私はこの街にいるからね」
私が彼に聞いたことの意味は、彼には伝わっていないようだった。
「いけません!」
お母様の怒号が部屋に響いた。
「マリア、私はそのようにお前を育てたわけではない」
続いて、お父様も冷たい声で私に告げた。
「本当、だからお義父様とマリアを会わせるのに私は反対したのよ。こんなことも、お義父様が吹き込んだことなんだわ」
「ううん、私が決めたことなの」
「マリア、わかっているのか」
「わかってる、つもり」
「何もわかってない! わざわざクレーデル家の身分を捨てるなど」
「ああ、もうどういうことなの」
お母様が天を仰いだ。
私はアランと出会い、数日考え込んで、私が何を選択すればいいのか決めたのだ。
私は、魔術師になる、と。
そして、世界をより良くしようと。
それが、お祖父様の言う、私の才能を使う場所なのだと。
当然、両親は怒った。
この国で魔術師になるということは何を指すのか私も調べていくうちに知ったことだ。魔術師を束ねている魔術師協会は貴族を束ねる貴族院と半ば敵対関係にある。協力関係では決してない。だから、魔術師、それも国家魔術師になり、魔術師協会に属せば貴族としてのあらゆる恩恵を失うことになる。魔術師協会の意志決定に貴族が入り込む余地をなくしたいのだ。それが国での決まりだ。
「叔父様の方がクレーデルを継げばいいんだわ。叔父様がクレーデルの財産を欲しがっていたのはみんなも知っていたし、それでいいでしょ。私は魔術師になる、そう決めたの」
「お前は……、それに魔術師になるには条件があるんだぞ」
「それも私は調べてもらった。そんなに多くはないけど、魔術学校に通えるくらいには魔力があるらしいの。それに、クレーデルの家にもかつて魔術師になった人がいたのも調べたわ、お祖父様のお父様が、魔術師になったのね。きっと、お祖父様にも才能があったのだわ、もしかしたら、お父様にだって……」
「私は、クレーデルのために」
お父様が苦々しい声で言った。お父様にも魔術師としての才があり、それを知っていてなお、家のためにそれを選択しなかったのだ。
「私は選択をした。それを後悔したこともない」
「それなら私も、選択をするわ。お父様、私たちには『選択』の意味がわかっている」
お父様は半ば私を睨むように強いまなざしで私を見据える。
「変えるつもりはないんだな」
「ありません、お父様」
お父様が溜め息をついた。
「……まずは魔術学校に合格をしなさい。そして卒業までの五年間のうちに結果を出しなさい。そこまでの金銭はこちらで用意する。結果が出なければ、クレーデル家の人間としての役目を果たすように戻りなさい」
「結果が出れば?」
「そこからは好きにしなさい」
「あなた! そんなこと!」
「いや、マリアは十分に育った。父はマリアを尊重した。それを私も尊重する」
「ありがとう、お父様」
私は、深々とお辞儀をした。
魔術学校にはほとんど楽に合格することができた。基礎的な知識があればそれでよく、本を完全に記憶できる私には造作もないことだった。
反対に入学してからの方が大変だった。周りは魔術師の家系の人間ばかりで、それまでにすでに訓練をしている。その時点で差が開いていた。更に、私が持っている魔力は彼らに到底及ばない、前提としての魔術師の才能が私にはほとんどなかった。
それでも私は食らいついた。
魔術書は一度読めば何を書いているのは暗記できるし、いつでも記憶として呼び出せる。お祖父様とのやり取りで、文章から意味を理解する訓練もしている。筆記試験は常に満点だった。
だから、あとはひたすら基礎をやり続けてた。それでも何とか平均的な成績にしかならなかった。私はいつしか前代未聞のアンバランスな魔術師候補の生徒という評価を得ていた。
基礎訓練で挫けそうなときは、アランのあの青い瞳と優しげで、それでいて芯のある顔を思い出すことにしていた。その時だけは、私には勇気の灯がほんの少しだけ灯っていた。
アランには頻繁ではないものの、数ヶ月に一度は街中で偶然に会った。
最初は私が魔術学校の制服を着ているのを見て、大いに驚いていた。
「君がそれを選択するとはね。貴族のままでいられれば、生活に困ることもないだろうに。魔術師なんて、貴族の身分を捨ててまでするような大層な職業ではない」
「魔術師は職業ではなく生き方そのもの、そうでしょ?」
「そう、そうだね、それがわかっていればそれでいい」
アランが右手で私の頬に触れた。温かな熱が伝わっていて、それに反応して私の顔が熱くなっていくのがわかって、それを悟られないように呼吸を整えた。
「君は、自分のことをよくわかっているんだね」
アランが言っているのは、私の魔力量のことだろう。
「私は、私はそれほど才能がないってことくらいわかっているわ」
「そうか、それでも選択をしたんだね」
アランが手を離した。
「私はあなたの次に、世界を良くするための魔術師になるわ」
「それは頼もしい」
アランは微笑んでいた。
それからちょっとした魔術のコツを教えてもらったり、理論書の解説をしてもらったりした。そのたび、彼に近づいているようで嬉しくもあり、彼の本来の才能との違いに悲しくなったり、中性的ではありつつもそれでも男性的な精悍な顔つきになっていく彼にドキリとしていた。
私も11歳から16歳になる間にそれなりに成長をしたつもりだけど、身長だけはほとんど変わらなかった。アランからの扱いもあまり変わっていなかっただろう。
12歳のときには目指す目標として憧れがあった。13歳のときには才能の差に嫉妬があった。14歳のときには尊敬に変わり、そして、15歳のときには、明確に、私は恋心を持っていた。
アランは私を一人の魔術師候補として接してくれていた。もどかしい気持ちもあったけど、それが心地よくもあって、私はそれなりに満足をしていた。いや、関係を進めようとする自分に怯えていたのかもしれない。
五年間の魔術学校を経て、私は16歳になり、国家魔術師への登用試験の受験資格を得た。国家魔術師試験は卒業者のうち上位にしか受験資格が与えられない。私の成績はかなり歪であり、受験資格を与えるかで慎重な判断があったらしいが、私自身が強く希望したことでなんとか受験することだけは認めてもらった。
試験の最終結果を見た。
合格だった。
あとで開示された情報によると、実技は不安があったがなんとか及第点、筆記は確認するまでもなく、あとは面接で、面接官の一人だった長身のエチカという女性の国家魔術師が私を面白がって推してくれたらしい。年齢が若すぎることに対して他の国家魔術師が懸念を持っていたところに、彼女は「とっとと研究に回した方がいい人材だ。誰も引き取らなければ私が面倒を見る」とまで言ってくれたらしい。
合格後、家に戻ってお父様とお母様に報告をした。
二人とも喜びはしなかったが、お父様だけは、
「これで、お前はクレーデルの人間ではなくなる。それがお前の選択なのだろう?」
と言った。
「はい。お父様、お母様、今までありがとうございました。これからは一人の魔術師として生きていきます」
「まあ、家の門をくぐるなとまでは言われないだろうから、たまには帰ってきなさい。貴族ではなくても、誇りある私たちの娘だ」
「はい」
後日、魔術師協会に国家魔術師としての登録をした。
国家魔術師は誰か一人の国家魔術師を師匠として指定しなければいけない。魔術を行使することに難があり、また魔術師の家系でもない私を勧誘する国家魔術師はいなかった。元々貴族であるということも、彼らに嫌がられたのだろう。
だけど、私は気にしなかった。
国家魔術師の師弟関係は弟子が選択していい制度になっている。
だから、私が誰を師匠とするかは決まっているようなものなのだ。
「お、ちゃんと受かったようだね」
魔術師協会本部、国家魔術師の多くが在籍している建物、通称『塔』の廊下を歩いているとき、私は私を推した国家魔術師のエチカに会った。
「師匠は決めたかい?」
「あの、それが、なんですけど」
「私は取らないよ。聞いたかもしれないが、面接会議で言ったのは方便さ。というより私より適任がいる。私の弟子で、ちょうどそろそろ弟子の一人でも取らなくちゃいけないと思っていたところだ。どうだ、私たちの元で研究をしないか? どうせ他の魔術師連中はあんたの価値を理解していないだろう? ああ、いや、私はあんたの『選択』を重視するよ」
私はこのときにはエチカの弟子が誰かを知っていたから、渡りに船だった。
「はい、私は私の選択をします。よろしくお願いいたします」
「ま、よろしくするのは私の方じゃない。早速だ、これから会いに行こう」
私はエチカの後ろについて彼女の研究室に入った。
そこには彼がいた。
彼は何か書き物をしている手を止めて、私を見て意外そうな顔をした。
「マリア……、君はちゃんと国家魔術師になったんだね」
「そう、私はあなたと会って、私は行くべき道を決めた。」
「なるほど」
「あなたのおかげで、あなたのせいだけど、あなたの言葉だけじゃない。私は私の意志で『選択』をした」
そして、なるべくであれば、あなたと長く一緒にいられるように。
この想いは秘めておく。
そのときが来るまで。
国家魔術師の正装のスカートの裾を掴んで、頭を下げる。
「これからよろしくね、アラン師匠」
そして、これから私たちの短くて長い五年間の物語が始まる。
読んでくださってありがとうございます!
もしよければコミカライズもされているメインストーリーの「およそ100年幽閉されていた魔術師夫婦は世界を巡る」の方もお読みください!






