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龍姉虎妹演義 ProtoType 第三篇 その弐

 互いに見詰め合う、瓜二つの顔。

 一方の瞳は碧く、一方の瞳は黒く。

 それぞれの瞳から相手に突き刺すような視線がぶつけ合われて、火花が散っているようだ。

(ほんとうに良く似ている)

 互いにそう思いながら、にらみ合いがずっと続くように思われた。そこからすこし離れてぶつぶつという声が聞こえる。

「店が、店が……」

 飯屋の主だ。店を滅茶苦茶に壊されてしまったものの、手練れたちが相手では弁償を要求するも怖い。どうしようもなさそうに、唖然としながらつぶやいている。

「ほれ、これで足りるかな?」

 さっと、拳大の金塊が視界に飛び込んできた。えっ、と思えばそれは、黄衣の道士の男が差し出したものだった。年は三十前後くらいであろうか、逞しげな巨躯に精悍な顔をし、目は良く光り輝き、眉は太く黒々として、それが一層精悍さを感じさせた。

 同じ黄色でも劉一味のは市井の者たちと同じ服で、色が黄色いだけだが、その男はあきらかに出家の道士の服を着ている。雰囲気もどこか穏やかそうだが、腰には剣を帯びている。

「あ、あんた何者だ……」

 おずおずと尋ねる主。金塊をくれるというのは嬉しいが、知らぬ者から突然差し出されるとかえって怖い。そんな主を見て、道士は眉をしかめ。

「金塊ではいやか。なら剣がよいかな」

 と穏やかな顔を一転させて怖い顔をして主を睨む。その変わりように主はへへっと頭を下げて金塊を受け取った。

「よしよし、これで店を完全にぶっ壊してもよいな」

 なんだそれは。主は胆をつぶし、もうなにがなにやらわからなくなって、首を横にふりふり、たたたっと駆け足で逃げてゆく。

 野次馬がその背中をぽかんと見送って、視線を店の中に戻すと、劉のお姫さまと虎碧に龍玉、そして劉家一門の者たちは、突如現れた黄衣の道士を見て。特にお姫さまや劉家一門の者たちは目を見開いて、かなり驚いた様子を見せている。

(しめた)

 その間隙を見逃さず、虎碧はとっさに右足で蹴りを飛ばす。

 劉晶ははっとして、ひらりと袖をひらめかせながら、すかさず後ろへと飛びのくも。突如現れた道士が気になって仕方がないのか、苦い顔をして虎碧と龍玉そっちのけで道士ばかり見据えている。

 そればかりか、じと、っと額から冷や汗すら流れ出しているではないか。

(一体どうしたというのだろう)

 虎碧も龍玉も呆気にとられ、道士と劉家一門の者たちを交互に眺めている。

 道士も虎碧、龍玉にお構いなく、劉家一門を睨みつけている。

 ふっと道士は笑うと、おもむろに口を開き、

「蛇女め、今日こそしとめてやる。覚悟せい!」

 と腰の剣をしゃっと抜き、劉晶に斬りかかる。させるか! と老剣士をはじめとする一門の者たちがその前に立ちふさがる。しかし道士は意に介さず、ささっと剣を繰り出しまるでススキでもなぎ倒すかのように、一門の者をあっという間に三人斬り倒してしまった。

「姫、ここは我らが食い止めまするゆえ、早く逃げられよ!」

 老剣士たちは仲間が斬られても恐れず道士に立ち向かう。その様を見、劉晶は口元を引き締め、

「すまぬ」

 と駆け出す。

 何事だ。虎碧と龍玉は剣を手にぽかんとしているが、何より道士が劉晶を「蛇女め」と呼ばわったことが不思議で仕方なかった。

 蛇女とは、腰から下が蛇の尾という女の妖怪の類だが、まさかあのお姫さまがその蛇女だというのか?

 にわかには信じられないことだった。妖怪や幽鬼のことはよく耳にするが、いまだ見たことはなく、迷信だとばかり思っていたのだが……。

 いやそれよりも、虎碧は自分と瓜二つの少女が蛇女と呼ばれ道士に狙われているのことが、何よりも驚きであった。また気になって仕方がない。龍玉も同じようで、互いに目配せして、

「うん」

 とうなずき合うと、だっと駆け出し劉晶を追った。

 これを道士と老剣士たちが見逃すわけもなかった。

「余計な手出しは無用だ!」 

 降りかかる火の粉よろしく繰り出される剣を払い、だっと駆け出す道士。またそれを追いかける老剣士たち。

 野次馬たちや通行人の間をすいすいとすり抜け、劉晶は街を出て緑野を駆け抜ける。その走法すぐれたもので、まるで空を飛ぶようでいて、少しも疲れた様子もなく、突き進む。しかし虎碧と龍玉も負けていない。こちらも江湖を旅する剣客義姉妹、それなりに心得はあるもので、追いつけないまでも引き離されることなく、しっかりと劉晶を追いかけている。

 その後ろから道士に老剣士たち。なにやらわめきながら、走っている。よく聞こえないが、待て、などといった類の言葉なのは容易に想像できる。

 その声から逃げるように劉晶は駆けつづけている。一体どこまで逃げるのか、というより、道士は地の果てまでも追うつもりだろう。それを思えば、今逃げ切れてもまた後でばったり出くわすことも考えられる。事実、蒼天の街でばったり出くわしてしまったではないか、ということは、道士は執拗に付け狙っていたということだ。

(どういう事情があるのかは知らないけれど、あの人は悪い人には思えない)

 駆けながら虎碧は考えた。

(さっきだってあたしをしとめようと思えばしとめられたのに、そうしなかった。ほんとうに性悪な人なら、わたしの命はもうなかったでしょうね。なのに『蛇女』なんて変な因縁をつけられて狙われているなんて、あの道士の方こそ怪しいわ)

 そう考えると、急に足を止めたかと思うと、途端に回れ右をして道士に剣を振るって立ち向かう。いきなりのことに驚いた龍玉だったが、以心伝心、同じ事を考えていたようで、心得たりと虎碧とともに道士に立ち向かう。

「やっ!」

 突然に女ふたりが斬りかかって来るのを見て、道士は慌てて止まって己の剣で繰り出される剣を受け止める。

 またたく間に数条の剣光がひらめき、道士と虎碧、龍玉は十数合渡り合った。

「え?」

 これに驚いた劉晶と老剣士たちは足を止め、一瞬戸惑ったが、ふたりが加勢してくれたことを知った。しかし、同時にふたりを案じるのであった。

(理由はともかく、加勢してくれるのは嬉しいけれど、道士の剣の腕はかなりのもの。はたしてあのふたりで渡り合えるかしら)

 案じたことは現実となり、虎碧と龍玉はふたりがかりであるにもかかわらず、さらに数合渡り合ううちに、道士の剣に翻弄されてしまっていた。ふたりの動きを封じた劉晶でさえ、恐れをなして逃げ出すほどなのに、あまりにも無謀だ。

「どうしたどうした、たわいもない。余計なことに首を突っ込むな、今なら見逃してやるぞ」

 あっという間に劣勢に立たされ剣をかわすのが精一杯な虎碧と龍玉に、道士の恫喝がぶつけられる。だがそれでひるむふたりではなかった。

「どういう事情があるか知らないけど、大の男が娘に血まなこになって襲い掛かるなんて、みっともないと思わないのかい!」

 剣をかわしながら龍玉が叫ぶ。虎碧もそれに続く。

「そうよ。そうでなくても、問答無用で三人も斬り殺すなんてひどいじゃない! 話し合いで解決できないの、出家の身なのに」

「たわけ。話し合いで済むことなら、とっくに済ませとるわ」

「そんな。ほんとに出家なの?」

 道士のものの言い様に、剣をかわしながら虎碧は呆れる思いだった。そこへ直情型の龍玉、

「ふん、破戒僧ならぬ破戒道士だね。不戒真人さまとお呼びすればいいのかしら?」

 という、お得意の減らず口が飛ぶ。

「黙れ、さもなくばその顔に……」

 言いかけて、虎碧の顔を見て道士は驚愕の表情を浮かべ、一瞬動きを止めた。

(な、なに、この娘、なんで蛇女と瓜二つなのだ!?)

 最初は劉晶ばかり気にかけていたので、虎碧の顔を見るゆとりはなかったが、今こうしてその顔を見て、戸惑いを隠せなかった。しかも眼が碧い。ということは、異民族との混血なのか。それでまた驚きを増す。

「破っ!」

 道士が動きを止めたのを見逃さず、好機と虎碧と龍玉は左右双方から剣を突き出す。だが道士もさるもの、咄嗟に身をかがめ剣をかわすと、さっと後ろに飛び退く。

 が、それを逃がす虎碧と龍玉ではなかった。一瞬の隙を突き、守勢から攻勢に立ったのだ。ここで攻め続けなければ、また逆転されかねない。連綿と虎碧と龍玉の剣は道士に向かって突き出され、その動きとどまることを知らず、道士に攻め手に転じる隙を与えない。

 腕の差はもとより承知の上で立ち向かったのだ、我ながら無謀と思いつつも、胸に湧き上がった義侠心はおさえがたかった。それだけに、少ない好機は存分に生かさねば。

「わたしたちもいきますよ!」

 何を思ってなのかわからないが、助太刀をしてくれるふたりを捨て置けず、劉晶は勇を鼓して道士に立ち向かった。

 無手で、掌を繰り出し、時には虎碧と龍玉にしたように指を突き出す。その動き変幻自在、素早くも軽やかで、舞を舞うような優雅ささえあった。しかし、にもかかわらず、ことごとくかわされてしまう。

 さすがお姫さまを恐れさせるだけはあった、ということか。虎碧、龍玉の剣もかすりもしせず、攻勢に立ちながらもあせりを禁じえない。

「多勢でひとりを攻めるか。そっちこそ卑怯千万。まさに蛇女じゃわい」

 道士は悪態をつきながら、かっはっはと豪快に笑う。老剣士たちも加わったが、状況は変わらなかった。

(な、なんてやつなんだ!)

 思わず龍玉の柳眉がしかめられる。多勢にもかかわらず、この手こずりよう。道士は面白そうに笑みさえ浮かべ、まるで剣を麦に見立てて、風で麦の揺れる麦畑で遊ぶ子供を演じているようだ。

 とそのとき、

「うっ……」

 とうめき声がした。一瞬の隙を突き、道士の剣が老剣士の腹を貫いていた。赤い血が剣をつたって、地面にしたたり落ちる。

亜父ヤフ!」

 悲痛な劉晶の叫び。老剣士は彼女にとって父に次いで尊敬するひとだった、それが道士の剣を受けて傷ついてしまった。不幸中の幸い、老剣士は命まで取られることはなかったものの、苦しそうにうずくまり身動きがとれず話す事もできない。

「いけない!」

 虎碧の咄嗟の呼びかけ。亜父を傷つけられて、劉晶の動きが止まる。道士はそれを見逃さず、さっと彼女の裾をつかむと、力を込めて引っ張った。

「この卑劣漢!」

 出家の身でありながら、娘の衣服を引き裂こうなど。龍玉はすぐさま剣を繰り出すも道士はひらりと身をかわしながら、劉晶の裾を引き裂いた。

 びりっ!

 という耳障りな音がし、闘いの最中だというのに道士を除く男たちは慌てて顔を背け、傷を負った老剣士すら苦しみながらも目を閉じた。

「ああっ!」

 不覚を取った劉晶は恥じらいを覚え慌てて手で足を隠す。虎碧と龍玉は、その足を見て目を見開き、驚きのあまり動きが止まる。

 それを道士は面白おかしそうに眺めていた。

「いや、見ないで……」

 消え入るような劉晶の声。まるで自分自身が剣を受け傷ついたように顔は悲痛に満ち、目には涙が溢れていた。


第三篇 その参に続く

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