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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

それでも君たちは、社会を優しいと言うのか。

掲載日:2026/04/02


 ……妻と娘が、死んだ。


 いいや、殺されたのだ。


 交通事故、だったらしい。

 あぁ、思い出したくない、苦しい、嫌だ、なんで……なんて、幾度、思ったことか。


 犯人の男は、逃げなかった。逃げられなかった。


 街中の、出来事だったらしい。

 民衆が、それを見逃さなかったのだ。


 ……それも全て、聞いた話。


 俺は、俺は……ッ。


 妻がッ、娘がッ……死ぬ瞬間にすら、立ち寄れなかった……ッ。


 後悔が、苦しみが、悔やみが……そして恨みが。


 押し寄せて、止まらない。

 どす黒い感情が渦巻いて、あぁ……ッ!


 食事が、喉を通らない。

 食事を持ち上げる腕すらも、動こうとしない。


 …………。


 ……わかっているさ。


 動こうとしない、のではなく、動かしていない、なんてことは。


 妻が死んでも、娘が死んでも、身体は意のままに動いた。感情のまま動く、なんて、そんなことはなかった。


 ただ、胸の奥に、ぽっかりと、穴が空く。


 空虚だ。

 家には、俺しかいない。もう、俺しかいないのだ。


 妻の声が聞きたい。娘の笑顔が見たい。

 何度、そう思ったか。


──もう、それが叶うことはない。



◇◆◇



 犯人の男が、憎かった。


 自分の手で、屈辱と陵辱に塗れさせ、この世の全てに絶望を抱かせ、最期まで死にたくないと喚かせたまま、殺してやりたかった。


 社会は、俺の"味方"だった。

 社会は、犯人の"敵"だった。


 交通事故による、殺人。

 それも、2人。


 現場に居合わせた民衆は、確固たる証拠となり、裁判の日は近い。


 犯人は、社会という敵によって、裁かれる。


 裁判までのやり取りは、全て弁護士を通して行った。


 直接会う、なんてことをすれば、自分がどうなるのか、想像もできなかったからだ。


 テレビには、事件の内容が、次々と映る。

 大々的に、民衆へ行き渡らせるように。


 俺以外、誰もいない、広い家。

 そこに、チャイムが鳴り響く。


 ……あぁ、記者の人たちか。


 俺の顔には、黒ずんだ隈が出来ていた。



◇◆◇



 音が、嫌になる。

 静かな空間が、欲しい。


 頭の中に響くのは、記者の声、民衆の声、誰かも知らない、赤の他人の声。


 全員が、口々に言うのは、事件の事、ただ一つ、ソレのみ。


 その声が響く度に、胸の奥が、ほじくり返される。


 彼らは、彼女らは、俺に問う。


 妻のこと、娘のこと、今の心情、犯人への思い、過去のこと、裁判のこと。


 そいつらの思いは、千差万別。


 俺のことを、心配する者。

 興味のある者、聞き出す者、好く者、嫌う者。


 そいつらは、俺に目を向ける。俺に口を開く。


 あぁ……ッ、あぁッ!


 気が狂う、おかしくなる、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで──




──俺の中に、たしかにある、妻と娘との記憶が、なんで、お前らに……。


 汚される。


 今日は、裁判の日だ。



◇◆◇



 裁判が行われる、少し前のことだった。


 犯人と、顔を合わせた。

 そこは、静かな場所だった。


 あれほどまでに恨んで、憎んで、殺意を抱いていたはずなのに、今の彼を見ても、そんなことは思わなかった。


 ……いいや、思えなかった。


 そこには、鏡があった。


 俺と、俺の妻と娘を殺した犯人が、そこに映る。


 酷い隈に、やつれた顔が、二つ。


 …………。


 ……あぁ。



◇◆◇



 フラッシュが、続く。

 群衆が、ざわめく。


 ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと。

 

 裁判は、滞りなく続いた。


 俺と、犯人。

 ほとんど、口を開くことはなかった。


 観覧席の、民衆の声がうるさい。


 裁判長が、判決を言い渡した。

 法律に則って、法律の取り決め通りの、そんな、判決。


 犯人は、罪を認めた。

 彼は、刑罰を受け入れた。


 ……民衆が、騒ぎ喚く。


 犯人は、小さく呟いた。

 もう、疲れた、と。


 俺の中に、何かが生まれた。



◇◆◇



 暗く、広く、静かな部屋。

 以前の姿は、跡だけを残して、もうどこにもない。


 涙が出ない。出てくれない。

 もう、枯れ果てたとでも言うように。


 いつまでも、朝が来ない。



◇◆◇



 犯人が、自殺したらしい。


 テレビには、そう描かれていた。


 社会は、俺の妻が、娘が死んだことを、食い物にする。


 記者の声がうるさい。

 誰の家に、誰の許可を得て、入ってきているのだろうか。


 汚される。



◇◆◇



 妻と娘が殺された日。

 とある政治家の汚職が判明したらしい。


 小さく、そう書いてあるのを、偶然見つけた。


 ……あぁ、そうだよな。


 テレビでは、あの日から毎日のように、事件についての報道が為されている。


 犯人の自殺も、それに拍車をかけただけ。


 ネットは、民衆は、社会は、熱を失わない。


 ほじくり返される。

 俺の、妻の死が、娘の死が。


 汚される。

 俺の記憶が、思い出が、幸せだったその全てが。


 あぁ……ッ、あ、あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!


 広い、部屋の中、血が飛び散る。


 社会が憎い、民衆が憎い、俺を食い物にする奴らが、俺たち家族の記憶を、思い出を食い物にする奴らが憎い!


 血が、散る。


 なんでなんだ。なんでこうなるんだ。


 犯人も死んだ。妻も娘も死んだ。


 社会だけが生きている。


 奴らだけが、俺の全てを食い物にする奴らだけが、のうのうと生き残っている……ッ。


 社会が、憎い。


 暗く、広い部屋の中。


 土足で踏み入れられたような跡の上には、赤黒い血溜まりが、出来ていた。



──あとがき──



まずは、この作品を読んでくださったことに、感謝を。


主観が、どこの誰であるか。

それによって、善悪の定義や、物の見方、その全ては、簡単に変わるのだろう。


それを理解した、その上で、君たちに聞きたい。


この作品を読んでくださった、読者の皆様に問う。


君たちは、何を持ってして、『優しさ』と言う?



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