第一話 聖職者の戦い
崩れた礼拝堂は長い年月を経て、柱の多くが折れ、ひび割れ、苔に覆われていた。
かつて多くの信者が祈った場所。
だが今、この礼拝堂にいるのは、
祈れない者たちだけだ。
軍靴の音が森に響く。
部隊の緊張が、状況の悪さを物語っていた。
「気をつけろ……ここで何人もの兵士が消えている」
部隊長の声は低い。
その言葉だけで、兵士たちの肩が強張った。
その時だった。
一人の兵士が鼻を鳴らす。
「……何か臭くねぇか?」
腐臭。
肉が腐ったような臭いが、森の奥から流れてくる。
次の瞬間。
木の影から何かが飛び出した。
「ヴァァァァ!!」
兵士が一人、影に飲み込まれる。
血が飛び散った。
「グールウルフだ!総員盾を使え!足を止めた時を狙え!」
兵士たちは即座に盾を構える。
命令は短く、迷いがない。
それだけで、十分だった。
しかし。
「速ぇぇ!」
怪物は速すぎた。
肉が腐り落ちた狼。
骨が露出した四肢。
それでもなお、獲物を求めて動く。
新兵がまた一人、餌になる。
その前に。
一人の聖職者が前へ出た。
黒を基調とした聖職者衣装。
そして、撲殺する意思をまったく隠していない、重厚なメイス。
「カイラム神官!お下がりください!」
部隊長の声より早く。
グールウルフが牙を剥いた。
聖職者は、静かに言う。
「祈っていては間に合いませんね」
メイスが振り下ろされる。
空気が唸る。
次の瞬間。
骨が爆ぜた。
グールウルフの身体が地面に叩きつけられる。
土煙が舞い上がった。
「カイラム神官!」
煙が晴れ、そこにあったのは。
頭蓋を叩き潰されたグールウルフの死体だった。
聖職者は淡々と語る。
「グールウルフ。肉が削ぎ落ちてもなお肉を喰らう魔物。肉が削げている分、動きは速い」
メイスを肩に担ぐ。
「だが、動きは直線的です」
その名は、カイラム・ヴァルグレイ。
それからは、作業だった。
メイスが振るわれるたび、骨が砕ける。
獣の死体が増えていく。
腐臭が森に満ちる。
兵士たちは唖然とそれを見ていた。
だが、その時。
森の奥から重い足音が響いていた。
現れたのは、
「ヴァァァァァ!!」
現れたのは。
通常の個体の三倍はあろう巨体。
グールウルフの王だった。
部隊長が叫ぶ。
「退け!カイラム神官!」
だが、カイラムは前に出た。
先程までの作業とは違う。
純粋な闘争。
巨大な狼が地面を蹴り、黒い風となり、迫る。
だが、カイラムはすでに懐へ潜り込んでいた。
メイスが振り抜かれる。
ばぎゃり、と音が響く。
前脚が砕け、倒れ込む巨体。
その前に、カイラムはメイスを上空へ投げた。
全身の力を込めた拳が突き上げられる。
顎が砕けた。
巨体が苦鳴を漏らし、頭を仰け反らせる。
カイラムは落ちてきたメイスを空いた手で掴み取った。
そして、ためらいなく振り下ろす。
骨が爆ぜた。
頭蓋が砕け、巨体はそのまま地に崩れ落ちる。
二度と起き上がることはなかった。
一目で絶命していると分かった。
兵士の一人が呟く。
「本当に……神官なのか……?」
その声はカイラムには届かない。
彼はただ、怪物の死体を見つめていた。
流れる血。
砕いた骨。
そして。
自分に向けられていた、喰らうための殺意。
カイラムは呟く。
「怪物は純粋だ」
ふと、思った。
人はなぜ、怪物になるのだろう。




