表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき愛の博物誌 ―剥落する鱗の記憶―  作者: 水前寺鯉太郎
銀鱗の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/26

第6話:胸いっぱいのこの愛を誰より君に

健一がこの世を去ってから、一年が経った。

初夏の風が吹く日、八歳になったハルは、母の佳織とともに海が見える丘に立っていた。

ハルの手には、あの日父が何度も読み聞かせてくれた、古びた図鑑が握られている。

「ねえ、ママ。パパは今も、あの魚みたいに僕を見てくれているのかな」

佳織は、ハルの少し逞しくなった肩を抱き寄せ、穏やかに微笑んだ。

「ええ、きっと。でもね、ハル。パパはもう、飲まず食わずで戦う必要はないのよ。だってパパの分まで、あなたがこうして力強く生きているんだもの」

ハルは図鑑を開き、アイナメのページをなぞった。

そこにはかつて父が流した涙の跡が、小さな染みとなって残っている。

「……僕、忘れないよ」

ハルは知っている。

自分の体温が温かいのは、自分の心臓が力強く動いているのは、かつて自分のためにすべてを削り、バトンを繋いでくれた「魚」がいたからだということを。

空はどこまでも青く、海はどこまでも深い。

ハルは図鑑を閉じると、前を向いた。

父が命を懸けて守り抜いた「未来」という名の海を、彼はこれから、自分の鰭で泳いでいく。


自然界における「父性」は、時として残酷なまでの自己犠牲を伴う。

しかし、それは死による断絶ではない。

自らの骨髄を、時間を、そして愛を注ぎ込み、次世代を「孵化」させる行為は、生命が獲得した最も美しい生存戦略の一つである。

この物語の父・健一は、最後にアイナメと同じ景色を見たに違いない。

それは、自分がいなくなった後の世界で、光り輝きながら泳ぎ去る、我が子の背中という絶景である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ