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霊障事件解決人・伊田裕美 カミキリ禿鬼

カマキリ姫の構想を温めていたのですが、以前に同じ題材で書いたことがあるため、今回はカミキリムシを選びました。毎年、どういうわけか私の家にはカマキリやバッタ、ナナフシが訪れます。カマキリは必ず卵を産んでいき、季節の巡りを告げるようです。

私は彼らに話しかけ、ひとときの交流を楽しみます。年に一度、クロアゲハやカラスアゲハ、アゲハチョウに出会えるのも、私にとって大切な喜びのひとつです。虫たちとの邂逅が、物語の発想を育ててくれるのです。


序章 ― 麻布の寺に住む女

東京・麻布の臨済宗寺院「湯川寺」。ここに住むのは二十二歳の若き女性、伊田裕美いだ ひろみ。怪奇・超常現象専門誌『あなたの見えない世界』の記者として働きながら、日々、霊障事件の解決に奔走している。

裕美の武器は伝説の三種の神器――「たむならの剣」「たむならの鏡」「たむならの勾玉」。

• たむならの剣:司馬徽水鏡先生より授かった霊剣。邪悪を討つ使命を帯びる。

• たむならの鏡:湯川寺に安置され、危機の際には住職・村田蔵六和尚に念を送る媒介となる。

• たむならの勾玉:魔除けの力を持ち、裕美の両耳にピアスとして輝く。

戦闘時には梵字が刻まれた黒い法衣「黒梵衣」を身にまとう。これは邪霊を寄せ付けぬ衣であり、初めて禿鬼と対峙した際に村田蔵六和尚から授けられたものだ。

裕美の日常は質素だ。麻布の「ビッグA」で半額弁当を買い、「半額弁当の間」で食べるのが日課。ひれかつ弁当がお気に入りである。飲み物は一年を通して熱いラテ。冷たいものは好まず、夏でも熱いチャーシュウメンを食べる。身体を冷やすと邪霊に付け込まれるという信念を持っている。

彼女を支える人々は三人。

• 村田蔵六:五十代の陰陽師で湯川寺の住職。父のように裕美を見守る。

• 田野倉伝兵衛:雑誌編集長。裕美の取材に依存している。

• 高橋霊光:自称・怪奇現象解決人。だが役立たずで今回は登場しない。


第一章:禿鬼再生

茨城県古河市――小雨が降りしきる午後、古河公方公園の片隅で、一匹のカミキリムシがじっと雨を避けていた。濡れた葉の下、動かぬその黒い甲虫の体内で、かつて四散した怨念が蠢いていた。

「ふふふ……見つけたぞ。お前の体を、貰うぞ。ハゲ・ハゲハゲ!」

声なき声が響いた瞬間、カミキリムシの体が震え、変化が始まった。甲殻の中に人間の顔が浮かび上がる。禿頭、吊り上がった目、裂けた口。かつて伊田裕美に討たれた霊障事件の元凶――禿鬼が、昆虫の体を借りて再びこの世に姿を現したのだ。

「伊田裕美……貴様への恨み、今こそ果たす!」

その姿は、頭部が人間、胴体がカミキリムシという異形。体長わずか五センチ。だがその小ささが、禿鬼にとっては好都合だった。

古河公方公園。

虫取り網を持った少年が、雨の止み間に奇妙な虫を見つけた。

「やった!外来種のカミキリムシだ。市役所に持っていけば五百円もらえるぞ!」

少年は虫かごにその異形を収め、意気揚々と市役所へ向かった。

市役所の窓口。

「おじさん、外来種のカミキリムシを捕まえたよ!」

職員の杉村太蔵は虫かごを手に取り、目の高さまで持ち上げた。

「どれどれ……って、なんだこれは!? 頭が……人間?」

その瞬間、虫かごの中で禿鬼が動いた。甲殻を突き破り、鋭い顎が杉村の首筋に食らいつく。

「う、うああああっ!」

悲鳴とともに、職員は床に倒れた。だがすぐに立ち上がる。目は釣り上がり、口は耳元まで裂け、顔は禿鬼そのものに変貌していた。

「こんなもの、くだらん!」

怒声とともに、杉村は周囲の机や書類を投げ散らし、暴れ始めた。

そして――虫を持ち込んだ少年を両手で持ち上げ、窓へと叩きつけた。

ガラスが砕け、少年は血まみれで倒れ込む。命こそ助かったが、重傷だった。

禿鬼は、カミキリムシの体を再び操り、窓の外へと飛び出す。

向かう先は――東京、麻布。

そこにいるのは、かつて自分を滅した女、伊田裕美。

「待っていろよ……裕美。今度こそ、お前を喰らう!」


第二章:カミキリ禿鬼、都会に現れる

東京・池袋。

ネオンが雨に濡れ、街は人で溢れていた。駅前の広場には観光客や買い物客が行き交い、飲食店の呼び込みの声が飛び交う。中国語、韓国語、日本語が入り混じり、まるで世界の縮図のような喧騒だった。

その雑踏の中に、異形の影が紛れ込んでいた。カミキリ禿鬼――頭は人間の禿鬼、体は甲虫。小さな体でありながら、怨念の力を宿したその存在は、群衆の首筋に次々と噛みついていった。

「うっ……なんだ!?」

最初の犠牲者はスーツ姿の男性だった。首筋を押さえた瞬間、顔が変貌する。目は釣り上がり、耳は細長く伸び、口は耳まで裂けていく。次の瞬間、男はゴミ箱を掴み、通行人に向かって投げつけた。悲鳴が広がり、街は混乱に包まれる。

カミキリ禿鬼は止まらない。日本人も中国人も関係なく、次々と首筋に噛みつき、亡者へと変えていった。十数人が同時に暴れ出し、街は地獄絵図と化す。コンビニのガラスが割れ、タクシーが横転し、亡者たちは笑いながら破壊を続けた。

その様子を偶然目撃した若者が、スマートフォンを構え、SNSに投稿した。瞬く間に拡散され、炎上する。

SNS投稿

1. 「池袋で人間が化け物に!首噛まれてゾンビ化してる!#池袋地獄」

2. 「中国人も日本人も関係なく襲われてる。カミキリムシみたいな頭ハゲの怪物がいる」

3. 「亡者が十人以上暴れてる。警察来ても止められない。#カミキリ禿鬼」

4. 「池袋駅前で暴動発生。人間が次々と化け物に変わってる。動画見てくれ!」

5. 「これ映画じゃない。リアルだ。政府は何してるんだ!?」

テレビ局もすぐに報道を開始した。ニュース番組は「池袋で謎の暴動」「人間が変貌する怪異」と大きく取り上げ、SNSと同時に世間を騒がせた。

政府は慌てて緊急対策委員会を設置したが、警察が出動しても亡者たちを止めることはできなかった。噛まれた者は次々と仲間を増やし、街は破壊と恐怖に支配されていく。

カミキリ禿鬼は群衆の混乱を楽しむかのように、ビルの壁を這い、街灯に止まり、次の獲物を探した。だがその本能は、やがて一つの方向を指し示す。

――麻布。

そこにいるのは、自分を滅した女、伊田裕美。

「待っていろよ……裕美。次はお前の番だ!」

池袋の亡者たちの咆哮を背に、カミキリ禿鬼は都心を南へと進撃していった。


第三章:伊田裕美が亡者に!

東京・麻布。

湯川寺近くの銭湯「麻布温泉郷」の暖簾をくぐり、一人の女が夜気の中へと姿を現した。伊田裕美――霊障事件解決人。湯上がりの頬は赤らみ、髪からは湯気が立ちのぼっている。

彼女はいつものように、銭湯帰りにビッグAへ立ち寄った。棚には半額シールの貼られた弁当がずらりと並んでいる。

「半額弁当の数がこんなに多いなんて……日本の経済も駄目ね」

裕美は豆腐と長ネギのインスタント味噌汁を手に取り、弁当を吟味する。

「私はヒレカツ弁当、蔵六さんにはロースカツ弁当ね」

レジに立つ若い店員、さりなちゃんが笑顔で言った。

「お客さんは半額弁当好きですね。そしていつも運が良いですね」

「そうなのよ」裕美は軽く笑い返した。

その夜、湯川寺。

裕美は「半額弁当の間」で食事をしていた。テレビからは池袋での暴徒騒ぎのニュースが流れている。

「蔵六さん、これって変じゃない?」

「何が。季節の変わり目には頭のおかしいやつが出るんじゃよ」

裕美はスマホを手に取り、SNSを確認した。そこに映っていたのは――禿鬼の顔。

「あっ、これ……この間退治した禿鬼だわ」

「禿鬼は粉砕したではないか?」

「いや、私がビームで粉砕したあと、怨念は飛び散ったの。死んでいなかったのよ」

「そうか……奴の執念は恐ろしいものじゃ」

裕美は編集長・田野倉伝兵衛に電話をかけ、秋田取材の中止を伝えた。

「これは特ダネじゃぞ。ひひひ、儲かるぞ」

編集長の声は浮かれていたが、裕美の胸には不安が広がっていた。

深夜。

湯川寺の窓に、ぼんやりと禿鬼の顔が浮かび上がった。

「しめしめ……寝ているな」

だが寺はセキュリティに守られている。侵入は容易ではない。禿鬼は窓の外でじっと待ち続けた。

翌朝。

蔵六が窓を開け、朝食の支度を始めたその隙に、禿鬼は寝室へ忍び込んだ。裕美はまだ眠っている。両耳には「たむならの勾玉」が輝いていたが、戦闘時にまとう黒梵衣は着ていない。

次の瞬間――。

「うぁぁー!」

裕美の叫びが寺を震わせた。彼女はうずくまり、顔が変貌していく。目は釣り上がり、耳は細長く伸び、口は耳まで裂けた。

「どうした!裕美!」

蔵六が駆け寄ると、裕美は突如暴れ出し、本堂の仏具を次々と投げ散らした。

「裕美!しっかりせい!」

だが、彼女の肩には禿鬼の影がまとわりついていた。

「こいつめ……!」

蔵六は必死に近づこうとするが、裕美の暴走は止まらない。仏具に足を取られた蔵六は、咄嗟に縄を掴み、裕美を柱に縛り付けた。

「ほどけ!ほどけ!自由にしろ!」

裕美の声はもはや人間のものではなく、亡者の咆哮だった。

蔵六は汗を流しながら縄を締め上げた。

「これが……裕美とは思えない」

本堂に響くのは、亡者と化した裕美の叫び。

「手の施しようがない……」

寺の静寂は破られ、禿鬼の怨念がついに裕美を支配したのだった。


第四章:伊田裕美対カミキリ禿鬼

蔵六は息を切らしながら戻ってきた。肩にはスズメバチ対策会社から借りてきた防護スーツが掛かっている。

「これなら、奴に噛まれる心配はない」

彼はそう呟き、柱の周囲に円陣を描いた。墨の匂いが漂い、結界のように空気が張り詰める。

裕美の身体に酢を噴霧すると、禿鬼はたまらず呻き声を上げ、黒い影となって飛び去った。

その瞬間、本堂では和尚が正座し、低く響く読経を続けていた。経文の響きが空間を浄化し、裕美の顔色は徐々に人間らしさを取り戻していく。

「これで正気に戻るだろう」

和尚は上島珈琲店のラテを差し出した。湯気と甘い香りが漂い、裕美ははっと我に返る。

「蔵六さん、あたし……どうしていたの?」

「禿鬼に噛まれたんじゃ」

蔵六は黒梵衣を差し出す。

「着替えてくれ。着替えたら、たむならの勾玉で奴を呼び出すんじゃ」

黒梵衣に身を包んだ裕美は、両耳の勾玉ピアスに触れた。

「たみうならの勾玉よ、カミキリ禿鬼を呼び出して!」

ピアスが眩しく光り、空気が震える。

「来るわよ……禿鬼が」

その言葉通り、禿鬼は姿を現した。しかし、予想外のことが起きる。奴は自ら噛み、亡者に変えた人々を引き連れていたのだ。

湯川寺の駐車場は亡者で埋め尽くされ、呻き声が夜気を震わせる。

「これは大変じゃ……」蔵六は顔をしかめ、本堂へ引き返す。

禿鬼は亡者たちを振り返り、怒声を放った。

「かかれ!殺してしまえ!」

裕美は剣を呼び出す。

「たむならの剣!」

右手に現れた剣は光を放ち、禿鬼を睨み据える。

だが、亡者はかつて人間だった。斬ることはできない。裕美は回し蹴りで応戦するが、数は減らない。

その時、蔵六が再び現れた。スズメバチ退治用の噴霧器に酢を満たし、次々と亡者に吹きかける。

「これでもくらえ!」

亡者たちは顔を押さえ、怯み、後退する。

その隙を突き、裕美は禿鬼へと突進した。

光り輝く剣を構え、彼女は叫ぶ。

「ここで決着をつける!」

――裕美と禿鬼、一対一の対決が始まった。


第五章:カミキリ禿鬼の奥の手 ― 巨大ナナフシ禿鬼登場

「ふふふ、これで済むと思うなよ」

闇の中から響いた禿鬼の声。次の瞬間、奴はどこからともなく横笛を取り出し、低く不気味な音色を奏で始めた。

湯川寺の奥、山裾に広がる墓地の地面が震える。土が裂け、そこから現れたのは――高さ十メートルにも及ぶ巨大なナナフシ。だがその頭部は人の形をしており、禿鬼の顔が貼り付いていた。まさに「ナナフシ禿鬼」。

横笛の旋律に操られ、ナナフシ禿鬼は長い足を振り下ろす。

ドン、と地面に突き刺さるたびに穴が開き、墓石が砕け散る。

裕美は必死に身を翻し、回避する。だが、四方から伸びる足が逃げ場を塞ぐ。

「くっ……!」

裕美はたむならの剣を構え、迫り来る一本の足を斬り払った。鋭い光が走り、巨大な足が地面に落ちる。ナナフシ禿鬼は苦悶の声を上げたが、なおも笛の調べに合わせて襲いかかる。

裕美は一瞬の隙を突き、跳躍した。夜空に舞い上がり、剣を振り下ろす。

「これで終わりよ!」

剣閃が首を断ち切り、ナナフシ禿鬼の巨体は崩れ落ちた。

「役に立たない、ナナフシめ……」禿鬼は吐き捨てるように言った。

裕美は冷笑を浮かべ、左手を高く掲げる。

「あなたがペットを使うなら、あたしも使うわ」

その声に応えるように、黒い影が夜空を舞った。

「かあー、かあー!」

湯川寺で飼われているカラス――団九郎が舞い降りる。

禿鬼の目が怯えに揺れる。カミキリムシはカラスにとってただの餌。

「団九郎、行きなさい!禿鬼を食べておしまい!」

団九郎は鋭い羽音を響かせ、一直線に禿鬼へ突進した。嘴が閃き、一口で禿鬼を呑み込む。

和尚が目を細め、静かに呟いた。

「……やはり、団九郎はただのカラスではなかったか」

湯川寺の古い記録に残されている伝承――この寺には代々、黒き守護者が棲み、邪悪を喰らうと語られていた。

それが団九郎だった。

夜空に舞うその姿は、ただの鳥ではなく、湯川寺を守る霊的な存在。

闇に響く最後の悲鳴が消え、湯川寺に静寂が戻った。


エピローグ

麻布のスターバックス。窓際の席に腰掛けた裕美は、キャラメルマキアートを贅沢に味わっていた。

「ふう……今回は、本当に大変だったわね」

カップを見つめながら、彼女は小さく呟く。あの戦いの余韻がまだ身体に残っている。油断すれば、再び禿鬼に囚われてしまう――その恐怖を思い返す。

「これからは黒梵衣を、いつも身につけていたほうがいいわね」

そう言いながら、ノートパソコンを開き、記事を編集長・伝兵衛へ送信する。雑誌のタイトルは《あなたの見えない世界》。

画面に映る文字を見つめながら、裕美は思い出す。

「この間、禿鬼を退治したとき、確か4つに分裂したわね……。残りの3つは、どこかで転生しようとしているはず」

キャラメルの甘さが口に広がる。最後のひとくちを飲み干す直前、裕美はカップを掲げるようにして呟いた。

「負けないわよ。いつでもかかってらっしゃい!禿鬼」

その声は、麻布の街のざわめきに溶けていった。

だが、彼女の瞳には次なる戦いへの決意が宿っていた。

(完)

私の好きな怪物のひとつに、禿鬼があります。物語の中で一度きりの登場に終わらせてしまうのは惜しく、これからも何度も姿を現してほしい存在です。禿鬼はもともと人間社会の中で苦しみ、パワハラによって命を落とした哀れな存在でもあります。その悲しみが憎しみへと変わり、強大な力となって人間に牙を剥く――そこに私は強い物語性を感じています。

今回の作品で描いたように、禿鬼はただの怪物ではなく、人間の闇を映す鏡でもあります。だからこそ、繰り返し登場させることで、彼らの持つ「憎悪」と「哀しみ」をより深く描いていきたいと思います。

そして次回は、ゴーレムのような魔神が登場する物語を構想しています。禿鬼とは異なる形で、人間の欲望や社会の歪みを象徴する存在になるでしょう。怪物たちを通じて、人間の弱さや強さを描き続けたい――それが私の創作の原動力です。

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