好美の秘密
佐治君が亡くなってから、しばらく経った。
私って、佐治君が好きだったんだなって自室でしゃがみ込みながらぼんやりと天井を見上げていた。
落雷が誰のせいでもない不幸な事故だと、佐治君の家族は判ってくれて、お通夜とお葬式にも出席を認めてもらった。
でも、今日の魂入れだけは、お寺があまり大きくないとかで同行できなかった。
魂入れっていうのは、故人の魂を位牌や墓石などに宿らせる儀式の事らしい。
「位牌なんかより、スプーンに宿ればいいのに」
佐治君が最後に曲げたスプーンを手に取って、私はベッドに寝ころんだ。部屋の壁にかけてあった自作の簡素な平棚の上には、コレクションのスプーンがズラッと並んでいた。
このスプーンには、佐治君の力が込められている。だったらこれも似たようなものなのだろうか。
「そろそろ、魂入れが始まった時間かな」
青向けになってスプーンを持つ右手を天井に向けて伸ばした私は、佐治君の魂がこもってほしいと願った。
その願いが届いたのだろうか、思ってもみない事が起こった。手の中の曲がったスプーンが、元の形に戻ったりまた曲がったりを何度も繰り返したのが。
「え?」
こんなに何度も曲がったら、普通のスプーンなら脆くなって折れてしまうはずなのに、曲がったところを強く押しても全く弱くなっていなかった。
「どういう事なの?」
壁の方から、ガタガタと棚が揺れたりキンキンとスプーン同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。コレクションたちまでが一斉に動き出したのだ。
握っていたスプーンは、激しく動いて私の手から跳び出して床に落ちた。
「何々? どうして?」
スプーンを拾おうと立ち上がると、今度はコレクションが次々に棚から落ちて、私の足元に集まってきた。
「一体、何なの?」
スプーンたちはピョンピョンはねると、窓の下に集まりだした。いや、窓から外に出たいみたいだ。窓の方向には、佐治君の家が5キロ先にある。
「行きたい所があるの?」
何故か私には、スプーンが佐治君の家に行きたがってるような気がしていた。
スポーツバッグにスプーンたちを入れて、私は佐治君の家を訪ねることにした。
このスプーンには、別に意思があるわけではないのだろう。恐らく方位磁石が磁極を向くように、念力がこもった事で何かに引き寄せられてるのだ。
どうして、佐治君が生きている時に動かなかったスプーンが今頃動き出したのかは、判らない。もしかすると、それだけ引き寄せる力がそれだけ強いのだろうか。
「強い? 佐治君よりも強い力?」
そこまで強いなんて、地球の磁極みたいに大規模な源から出ている力のように思えた。勿論、地球に念力はない。
でも、佐治君の家のどこかから力が発せられているのだ。その謎をとくカギを、見つけないと。
理由がわからないが、どうしてもそうしなければならない気がしたのだ。
◇
自転車を佐治君の家の前に止めると、前かごからバックを取り出した。
魂入れはもう終わったらしく、リビングから話し声が聞こえてきた。
「うーん、何と言えばいいんだろう?」
佐治君の家族は、勿論スプーン曲げの事を知っている。だけど、スプーンが何かに引き寄せられるように動いてるのは見せてはいけない気がしたのだ。
スプーンが行こうとしてる佐治君の部屋には、家族に事情を話さずに行かねばならなかった。
「だったら、やるしかないわね」
私には、佐治君にも秘密にしていた力があった。これを見せたら、佐治君はがっかりしそうな気がして言えなかったのだ。
人気のない小さな公園を近くで見つけた私は、肥大腕にバッグを抱えたまま右手を前に突き出した。
「佐治君の部屋に行きたい!」
私の目の前の空間が歪みだした。これが私の超能力、空間移動だ。今いる場所と行きたい場所の空間をつなげて往来できるのだ。
歪んだ空間が、丸い窓が宙に浮いてるかのように向こう側の景色を映し出した。
「え? どうなってるの?」
私の力は、行ったことがない場所にはつながらない。遊園地にタダで入ろうとしたが、つながらなかった事で判明したのだ。
佐治君の部屋にはお通夜の合間に入れてもらっていたから、つながる筈だった。しかし、今つながってるのは、見たこともない景色だった。
「ありえない。どうして?」
そこは、どこかの草原に思われた。遠足やハイキングで行ったことがあるようなありふれた景色に見えたが、歩いている動物が一頭いるが、そいつがおかしかった。頭と尻に水牛の頭にあるような角が生えたハイエナに似た獣だったのだ。どう見ても日本どころか世界中のどこにもいなさそうな動物だった。
「一体どこなの?」
抱えていたバッグが、何かに引き寄せられるかのように私の腕から飛び出した。
「だめえっ!」
慌てて引っ張ろうとしたが、意外に速く飛ぶバッグを掴みそこねてしまった。空間の窓に飛び込もうとしているバッグを追いかけた私は、立ち止まった。
何か強烈な力に引き裂かれるかのように、バッグが窓の入り口でバラバラになったのだ。スプーンたちも飛び散りながら次々と砕け散った。偶然私の足元に転がった一個だけが、原型をとどめていた。
バッグが破壊された音で気づいたのか、角の生えたハイエナが私に向かって突進してきた。どうやら、向こうからもこっちが見えるらしい。
「きゃあっ!」
驚いて尻もちをついた私だったが、ハイエナは襲ってこなかった。
こっちに向かって飛び上がったハイエナは、バッグの時と同じように窓を通ろうとした瞬間に頭が破裂したのだ。私の足元に血しぶきが広がる。
首のないハイエナは窓の向こう側で転がった。どうやら、こちらと向こう側へは往来が不可能らしい。
「どうして、行けない場所とつながったの?」
向こうが見えるから、光が通る。スプーンを引き寄せた力だって、向こうから届いている。向こうに行く方法が、どこかにあるような気がしていた。
手に握った唯一のスプーンが、また動き出した。スプーンは、やっぱり佐治君の家を目指してるみたいだ。
「うーん、どうしようかな」
スプーンを逃げないように強く握りながら、私は考えた。
「よし、今度こそ」
私は、もう一度佐治君の部屋を頭に浮かべながら空間をつなげようとした。
「お願い、つながって」
私自身、誰にお願いしたのかよく判ってなかったが、今度は佐治君の部屋につながった。
手から跳び出したスプーンが、佐治君の部屋に向かった。しかし、スプーンは窓の直前ではじけてこっちに戻った。
「え?」
まさか、佐治君の部屋まで入れなくなったというの?
いや、今度は入れなかったのではない。向こう側からも何かが飛んできてスプーンと空中衝突したのだ。
その物体はスプーンより重かったらしくて、私の足元にスプーンと一緒に転がった。
「あれ、これって?」
それは、ゲームソフトのパッケージだった。どういうわけか、スプーンもパッケージに張り付いていた。二つが衝突したのは、互に引かれ合ったせいだろうか。
◇
私も対応するゲーム機を持っていたので、攻略本を本屋で買ってから家に帰った。攻略本の帯には「勇者だけで大魔王を倒せる!」とか書いてあった。
「まさか、ね」
もしかすると、佐治君はゲームの世界に転生してるのだろうか。そんな考えが頭をよぎった。
「いや、そんなわけはないか」
バカバカしいと思いながら、自室のテレビとゲーム機を繋いだ。ゲーム機の中には、何年か前に流行ったイケメンとデートするゲームが入ったままになってたので、ディスクを交換してゲームを起動させた。
「あれ? このモンスター?」
ゲームの説明書の目次には、見覚えのあるモンスターが余白に描かれていた。さっきの草原にいた角の生えたハイエナだった。
「まさか、本当にゲームの世界?」
これって、信じていいのかもしれない。
説明書を読みながらキャラメイクを始める。
「主人公は、男性のみか」
パッケージでは、男女の勇者が決めポーズをしていたのに。そう思って攻略本で確かめたら、フリーモードからは性別を選んでキャラメイクが出来るとあった。
キャラメイクが終わって私の勇者『ユーマ』が虹の橋を渡って大地に降りた瞬間、不思議な感覚を全身で感じた。
確かに私は、コントローラーを持ってゲーム画面を見ている。それと同時に、ゲームの世界の中に飛び込んユーマ自身になっている自覚もあったのだ。
「もしかして、これなら……」
私には判った。この世界と空間をつなげて跳び込めば、私の肉体は消滅する。しかし、魂だけはユーマの中で生き続けるのだと。
「でも、そんな事をする意味はあるのかしら」
それをする理由があるとすれば、勿論佐治君との再会しか考えられなかった。
この世界に佐治君がいれば、の話だけど。




