俺と勇者
西洋風のボロッちい居酒屋の窓側の席で、俺は右手に握ったスプーンを凝視した。
「曲がれ!」
左手をスプーンにかざすと、銀色のスプーンは首を傾げたように曲がった。
俺と同じテーブルを囲んで座っていた3人の男たちは、それを見て呆れた顔をしていた。男たちは、皮の鎧や黒いローブといった、いかにも西洋風のファンタジーな格好をしている。
「お前の能力? それだけ?」
「スプーンを曲げてどうするの?」
「それなら俺にも出来るから」
黒ローブの男が開いた右手を俺に向けて何か呟くと、曲がったスプーンが元の形に戻った。
「いや、それは魔術だろ? 俺の能力はスプーン曲げだから」
「なおさら意味ないわ!」
男たちは一斉に立ち上がって、冒険者ギルドのサロンを兼ねている酒場から出て行った。
今回も俺は、自分を売り込むことに失敗した。
俺の名はサジ。前世は日本の高校生だ。
雷の直撃で死んだ俺は、気が付くと西洋っぽいファンタジーな世界に転生していた。
転生した俺が勇者や騎士だったら嬉しかったのだが、残念ながらただの村人だった。
それでも諦めきれずに冒険者をやっているのだが、やってる事は迷子の猫探しばかりだった(俺がいる町ソーサーは、猫の町の異名があるくらい飼い猫が多くて、毎日迷子の猫を探す依頼が冒険者ギルドに舞い込んでくるのだ)。
他の冒険者のパーティーに入れてもらおうと、しょっちゅう自分を売り込んでいるのだが、結果は御覧の通りだった。
「せっかく、前世の能力がスキルとして残ったというのになあ」
この世界では、生まれながらにスキルと呼ばれる特殊能力を持つ者がたまにいる。冒険者には怪力や魔術といった戦闘で役に立つスキルを持つ者が多い。俺のスキルはスプーン曲げ。前世からの特技だ。
俺の自慢のスキル『スプーン曲げ』は、残念ながら冒険者たちは全く評価してくれないのだ。
勿論、剣術等の修行も独学で毎日励んでいるが、成果が出るのはまだ先になる。第一それらは、全ての冒険者が当たり前のようにやってる事だ。
椅子の背もたれに寄っ掛かりながら、俺は今日は何をしようか考えていた。
周囲の人たちが、ヒソヒソと言いあったりクスクスと笑ってる。俺の事を馬鹿にしてるんだろう。まあ、いつもの事だ。
猫探しだけは無茶苦茶上手くなったので、午後から依頼が余っていないか聞いてみるか。そんな事を考えていると、大きな音を立てて酒場のドアがけ破られた。さっき店から出て行った3人が、血相をかえて戻ってきたのだ。
「おーいっ! 勇者がこのまちに来たぞーっ!!」
勇者と聞いて、酒場中がざわついた。そりゃそうだろう。勇者というのは複数のスキルを所有する選ばれた存在だ。戦う相手も竜とか魔王といった大物ばかりで、こんな地方の町に用があるはずがない。
店内どころか、店の外のざわつきも聞こえてきた。どうやら本当に勇者がこの近くまで来たらしい。勇者の姿を一目拝もうと、店にいた人たちは店員までも次々に駆け出して行った。
俺はそこまで勇者に興味がないので、鎧戸を開けた窓から人だかりを眺めていた。勇者をここから見るのは無理な話なので、俺の興味はすぐに手元のスプーンに移った。
「曲がれ!」
さっき魔術師に戻されたスプーンが、再び折れ曲がった。しかしこのスプーンは店の物だ。曲げたままだと叱られてしまう。
「戻れ!」
俺が念じると、スプーンが元に戻った。
町中の歓声が、ひと際大きくなった。どうしたのかと人だかりに目を向けると、群衆たちが左右に分かれだした。
群衆たちの奥に、金の装飾をあしらった銀色の鎧に身を包んだ青年が見えた。恐らく、彼こそが勇者だろう。仲間を同伴していないところを見ると、単独行動専門なのかもしれない。
勇者は、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。
「え? こっちに向かって」
精悍な顔に笑みをたたえた勇者は、店の窓越しに俺の手にしたスプーンを注視した。
「今、曲がれと叫んでたのが聞こえたようだが?」
「え? ああ、これの事かい。曲がれ!」
俺は、得意のスプーン曲げを披露した。
「これが俺のスキル、スプーン曲げだ」
町の冒険者たちだけでなく勇者にまで馬鹿にされるのかと思ったが、俺は自分の唯一の特技をやめるつもりはなかった。
しかし、勇者の反応は違っていた。何度も頷き感心しているのだ。
「素敵な能力じゃないか。俺は君のようなスキルの持ち主を探していたんだ」
そして、俺が今まで待ち続けていた言葉を、勇者は口にした。
「俺と一緒に、冒険をしよう」
周囲の野次馬たちが驚いてる中で、俺は勇者の差し出した右手を掴んだ。
◇
画面がにじんでよく見えない。
手にしてるコントローラーも、滴り落ちた涙で濡れていた。
「そうか、そこにいたんだね。佐治君。ゲームの世界でもスプーン曲げをしてるから、すぐ判ったよ」
曲がったスプーンンのコレクションに導かれ、私は死んだはずの彼と再会した。
「今は、勇者をプレイしてるけど、もうすぐそこに行くからね」
私には、そっちに行く手段があった。しかし、まだ早い。
涙を拭いた私は、気を取り直してコントローラーを手に取った。




