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魔法元素の成り立ちと世界の神について
その昔、藍の広がる海原にて。
大陸は神によって創られた。
その後、神は己を風、水、火、光、闇の五つの魔法元素に分け、その力を大陸の五つの場所に置いた。
この地を【ファイラット】と呼ぶ。
そして力を分けた五神を
風──シルフ
水──マーフィン
火──ウルファン
光──ヒュルマン
闇──ヴァンプ
そう呼んだ。
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大陸誕生より数万年。
五神は永い永い年月をかけて大地を広げ、生命を育み、世界の基盤を作りあげた。
その内、四神は愛を知り、己が眷属を増やした。
その過程で、シルフは長寿を。
マーフィンは尾鰭を。
ウルファンは獣の特徴を。
ヒュルマンは短命の変わりにたくさんの子宝を得て、数を増やしていった。
しかし、ヴァンプだけは変わらなかった。
彼は他者を愛せなかった。
ゆえに、己を愛し、孤独を愛し、変わらず【神】であり続けたのである。
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創世歴500年
ヴァンプをのぞく四神は、力を子孫に引き継ぎ、ひとつの種族となった。
とくにヒュルマンは、短命である変わりに莫大に数が増えた。種族の中で一番数の少ないシルフと比べると、その数およそ十倍である。
そして、種による個性もではじめた。
シルフは風を詠むために耳が長くなり、マーフィンはエラを使い水中で暮らし始めた。ウルファンは健朗な体を使い、険しい山々に住処を移し。
ヒュルマンはリーダーを作り、種族を群れに分け、それぞれ統治する場所を決めて法を定めた。
そんな中、異色だったのはヴァンプだ。
ヴァンプは変わらず一体のみで、夜に月をのぞめる草原に佇むだけだった。
四種族はそんな彼を“変わり者”とし、そしてヴァンプも他種族を下り者──神であることを捨てた者として、次第にどうでもいい存在と思い始めたのである。
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創世歴?年
歴史書にこのような曖昧なものを記すのは愚かであると分かっている。
しかし、いつかに確かに起こった事としてここに記す。
ある年。
草原に住むヴァンプの元に、人間の盗賊達がやって来た。
盗賊は奴隷を商いとする輩の集まりだった。
彼らは月の草原と呼ばれる場所に住むヴァンプを捕まえ、貴族に売るためにそこにやって来たのだ。
しかし、その者たちは恐慄いた。
ヴァンプの見た目はまさに【神】と呼ぶに相応しいものだったから。
脈の透けた四本の角に、ドラゴンの鱗を持った尻尾。蝙蝠のような大きな翼に、黒刃よりも鋭く長い爪。
そう、姿形を変えて力を子孫に受け継いだ他種族の神達とは違い、ヴァンプは神の姿のままだったのだ。
その後、何があったかは分からない。
私の“風より過去を視る魔法”をもってしても、その瞬間は見られなかった。
しかし、ヴァンプはその者達を喰らった。
その身に流れる血を吸ったのだ。
そして神と呼ばれた悪しきその姿───本来の姿を、喰らった人間達を元に作り替えた。
以降、ヴァンプ──吸血鬼は人間に似た姿となり、変わらず月を眺め続けているのである。
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ファイラット歴1000年
この年、永遠に語り継がれる我々の汚点。
魔法大戦がおこった。
始まりは、土地を広げたい人間と獣人の小競り合いだったとされている。
数の増えすぎた人間は、より潤沢な資源のある場所を求めて山々を開拓しはじめた。
これに怒ったのが獣人だ。彼らは自然と共に暮らす事を望んでおり、贅沢な暮らしは望んでいなかった。
また、エルフも人間の傲慢さには呆れており、人魚と吸血鬼を除く三種族の関係は冷戦状態にあった。
そんな中、光の力を受け継ぐ人間の姫、フィリレイム・メルティア・レイラットが何者かに暗殺された。
この時、人間の世界では血で血を洗うような継承者争いが多発していたが、父であるディマレイト・メルティア・レイラット王はこれを人間を疎う獣人の仕業と国に広めた。
はたして、真意は定かでない。
しかし、その言葉は戦争の【火種】となるには十分であった。
人間は獣人を敵とし、獣人はエルフと同盟を組んで人間を敵とした。
そして魔法大戦がおこった。
場所はヴァンプの住む月の草原だった。
そこが、それぞれの居住区からもっとも遠かったからだ。
大戦は一年もの間続き、多くの者が死んだ。
動物も死んだ。
魔物も死んだ。
草木も死んだ。
水も死んだ。
風も死んだ。
土も死んだ。
残されたのは、大きな虚無のみ。
人間も獣人もエルフも、何一つ得ることの無い戦だった。
その後、戦は人間からの【休戦協定】により事実上の終わりを迎えた。
これを後に【三種族魔法大戦】と呼ぶ。
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ファイラット歴1111年
この年、魔王と勇者が生まれた。
闇の王である吸血鬼と、光の力を受け継ぐ勇者の争いである。
──そう。この年、傍観者であったヴァンプが、初めて他種族に自ら関与してきたのだ。
しかし、何が火種となったのかは分からない。
吸血鬼の過去は、エルフの風を詠む魔法を持ってしても見る事が出来ず、彼の物語は彼にしか分からないものとなっているからだ。
だが、確かなことがある。
1111年。突如、吸血鬼が生者の血を吸って食屍鬼(吸血鬼の眷属である。──しかし、そこに知能はなく、また自我もない。彼らはただただ生き血を求めて人を喰らい、食屍鬼を増やすだけの魔物だ)に変え、世界を闇で覆い始めたのだ。
それを止めたのが、光の力を強く受け継ぐ【勇者】だった。
王族でも貴族でもない、平民に生まれたその少年の名をアンリ・クォーツという。
彼はエルフと人魚、獣人の仲間を集め、その光の力を使い、魔王となった吸血鬼を無力化して、彼に怒りを鎮めるよう説き伏せたのである。
神である吸血鬼は、不老不死だ。
その体を消せる者はまだこの世にいない。
だから、共存は避けられないのである。
以降、アンリは勇者として世界に伝わっている。
仲間であるエルフ、人魚、獣人は共に戦った英雄として、その名を伝えられている。
それは世界が知る歴史だ。
その後、吸血鬼は四種族と話し合い、死の地と呼ばれるようになった月の草原ヴォルケイアに城を作らせ、そこに住み始めた。
これは休戦協定を形として表した結果である。
これにより、神である吸血鬼は俗世に関与せず、また我々もあなたに危害をくわえない。
そういう契りを結んだのである。
…だが、私は思う。
“闇”は必ずまた脅威をもたらすと。
闇元素の神であり、また闇“そのもの”である吸血鬼がいる限り。
そして私達に“欲”があるかぎり。
いつか必ず、試練は訪れる。
その時まで──どうかこの本が誰かの心の片隅に残ることを祈って、ここに記す。
著︰エミュール・ラ・ピュア
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