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From︰ファイラット。
通称フロファイと呼ばれるこのゲームは、配信当初から話題になっていたアプリゲームである。
というのも、女性向け恋愛ゲームとタイトルにある通り、ゲーム内には攻略対象のイケメン達がいて、主人公となる子がいて、物語が進むと彼らとそれなりに親密な関係になり。
さらに課金要素のあるイベントに参加すると、恋人となった彼らとの物語が読めたりするのだが。
その攻略対象の中に、なんとエルフの女性が混ざっているのだ。
その女性は、いわゆる「イケメン女子」と呼ばれるキャラクターだった。
170センチを超える高身長に、淡い若草色の髪に不思議な虹彩の瞳。中性的なボイス。
そんな彼女が攻略キャラとして発表された時は、ネットが随分とザワついたものだ。
現代の流行的に好意的な意見が多かったが、中には「女性向けなのに何で攻略対象に女いんの?」「イケメン女子好きだけどイケメンと混ぜないで欲しい…」「普通にジャンル詐欺で草」などと批判的な意見もあった。
が、しかし。
どうやらそのフロファイ。
ストーリーがとても良かったらしく、配信されてからはイベントがある度にネットニュースになったりするなど、なかなかに人気があった。
フロファイにどハマりしていた友人が言うには、ゲームをしている“プレイヤー”。
つまり、私達が選択肢を選んでキャラクターと対話するようなシステムもあるらしく、その現実世界とゲーム世界がリンクする設定も相まって、本当にキャラクターに愛着が湧くらしい。
だが、ゲームが流行った理由なそれだけでは無い。
というのも、攻略対象である【光】の力を持つ人間の第一王子と、攻略対象“外”である【闇】の力を持つ吸血鬼、セン・ファルムのBL二次創作が大流行したからである。
【闇が無ければ、光も存在しない。光は闇と共にある。──しかし決して、交わることは無い】
…この第一王子のサンプルボイスが、フロファイのメインストーリーを読んでいるとめちゃくちゃエモいらしい。
しかし私は、件の友人(センレイの民)に「これめっちゃ面白いから! できれば…できなくても…やってみてほしい!!」と布教され、アプリを入れたはいいものの、結局仕事が忙しくて入れてメインストーリーをちょっと読むだけに終わった。
だから正直、フロファイについてはほとんど知らない。
話の流れとしては、【聖掃】という文字通り聖なる掃除のスキルを持った主人公が、ファイラットという大陸に住む、人間、エルフ、人魚、獣人、吸血鬼の五種族と交流して、彼らと共に【死濁】という穢れを掃除していく物語なのだが。
私はそれを、一章までしか読んでいない。
しかも読んだのも一年前に一回きりなので、内容をほとんど覚えていない。
それ以外で覚えているのは、配信当初に吸血鬼のセン・ファルムが攻略対象じゃないということで大炎上した事と、なんか正統派美少女みたいなイケメンがいる事。
あと、最初に賛否両論あった女性エルフさんで「エンジュ様の夢女になっちゃった…」という女性が多発したという、そんな偏ったネットの知識だけである。
…あとそれで思い出したんだけど、友人に「ちょっと即売会持ってく漫画書けたんだけど、誤字脱字ないか見てくれない?」ってお願いされて、一回センと第一王子の薄い本を見たことがあるわ。
誤字脱字探しで、絵をほとんど見てなかったから忘れてたけど。感想としては、「ああ、この二人絶対メインストーリーじゃ結ばれないんだろうな…」である。
とにかくもう、幸せになってくれ…と願ってるのが伝わってくる内容だった。
閑話休題。
そんなわけで、どうやら私はフロファイの世界に転生したらしい。
しかも、主人公とか悪役令嬢ではなく、これまた創作物にありがちなモブの【センの作った食血鬼】という存在に。
……いやもう、ユニ・ファルムについてなんか全然知らないよ。
メインストーリーでも全然出てこなかったし。だからユニ・ファルムがどういう立場でどんなことをしていくのかなんて、全然分からない。
「やばい」
ここに来てまた詰んでる理由が生まれてしまった。
夢のガーデニングライフがどんどん遠ざかっていく。
…というか、記憶が確かならフロファイはまだメインストーリーが完結していなかった気がする。
配信されてからまだ1年半くらいしか経ってなかったし。
それに、今私がいるのが時間系列的にどの辺なのかも分からない。
「センは年齢不詳の吸血鬼だし…私も成長とかしないから、全然見た目が変わらないし…」
ただ、原作“前”なのは間違いないはずだ。
原作が始まってからは、主人公であるリリアン・ロットがこのお城に住み始めるから。
彼女が居ないという事は、ここが原作前なのは間違いない……はずだ。
「(確か、死濁のせいで大陸滅亡の危機が迫るんだよね。この世界)」
死濁とは黒煙のように濃い霧のことで、それに生者が触れると黒色のシミのような穢れ(よごれ)が浮かび上がり、気が狂うほどの痛みの他に、せん妄や高熱のような症状が現れはじめる。
これはいわゆる感染初期のような状態で、これが中期、後期と進むと、最後はその体が真っ黒になって霧のように消えて、夜にのみ姿を現す死未人になってしまうのだ。
死未人になれば、その人はもう死んだも同然。
人間だった頃の記憶はなく、自我もなく。ただただ死濁を撒き散らかして生者に伝染すウイルス源のような存在になってしまう。
その死濁がどうやら、メインストーリーの時には大陸の様々な場所で発生するようになっていて、各国の大きな問題となっているらしい。
で、魔法の扱いに長ける人魚が言うには、この死濁は1年後には大陸の半分まで広がり、さらに半年後には大陸の全てを飲み込んでしまうそうだ。
それはまずい。
何か──何か打開策はないのか。
死濁は闇の力なので、光の力を持つ人間の王族が魔法を使えば払う事ができる。
しかし、それは一時凌ぎにしかならない。
死濁はウイルスのようなものなので、光の届かない影に残った穢れからまたすぐに増えて広がっていく。
これでは埒が明かない。根本からどうにかしないと意味が無い。
──そんな時に現れたのが、【聖掃】のスキルを持った主人公、リリアン・ロットなのである。
「…あれ、じゃあ私別に何もしなくていいんじゃない?」
と、そこまで思い出したところでふと思った。
ユニ・ファルムは何も関係なくない? と。
だって私は、立ち絵があるだけのモブだ。
センには主人公に知識や助言を与える役割があるが、ユニ・ファルムは謎にお城を徘徊するだけの美少女ゾンビである。
まったくもって、ストーリーに関係ない。
「(たぶん、ストーリー的に死濁は主人公が攻略キャラ達とどうにかするんだろうし…お城に住んでたら顔を合わせたりはするかもしれないけど、ご近所さんみたいな関係でいれば問題ないよね?)」
このお城は広いし、私もセンもテーブルを囲んで食事を取ったりしないので、彼女と顔を合わせるような機会は少ないはず。
干渉しない。敵意も見せない。
そうすれば、普通にのんびりとガーデニングライフがおくれるんじゃないだろうか?
「うん…うん、それがいい。そうしよう。センにも好きなように生きろって言われたし」
よし、そうと決まればまずは本だ。
センが翻訳してくれたエルフが書いた本。これを読んでこの世界の知識を増やそう。
せっかく魔法のある世界に転生したなら、魔法も使えるようになりたいし。センに作られたこの体なら魔力もあるだろうし。
そう思いながら、私はいそいそと本棚の横に置かれた1人がけ用のデスクに座り、バサッと重たい本の表紙をめくったのだった。