04
知識とは、何物にも勝る宝である。
いつかにそんな言葉を聞いたことがある。
確かに、知識が宝であるなら、この吹き抜けを突き抜けてお城の3階まで伸びる本棚に収められた本は宝の山だろう。
驚くことに、ここを宝物庫だと言ったのはセンだった。
以前、私がお城を徘徊してこの部屋にたどり着いた時に「気になるか?」と。ただ、たまたまこの部屋に入っただけの知能も感情もない私に、こう語ったのだ。
「ここは僕の宝物庫だ。歴史書に自伝、寓話、学書、様々な物が揃っている。まァ、知性のないお前には無用の長物だがな」と。
ほぼゾンビだった私にお宝自慢してきたのである。
「わぁ─…」
しかし、人間思考になった今なら分かる。
彼の宝物庫が、如何に尊く素晴らしい場所であるか。
いやぁ…これは圧巻だわ。
よくまあ、これだけたくさんの本を集めたものである。
ざっと見るだけでも、十万冊はあるだろう。
先にも言ったが、この図書室の本棚は壁に沿うように作られていて、吹き抜けを突き抜けて3階まで到達している。
そこに、ギッチリと本が詰まっているのだ。もうギッチリと。なんなら、2階にも図書館で見るような本棚が均等にズラッと並べられていて、そこにもギッチギチに本が詰め込まれている。
しかも、ちゃんと分類分けされていて、近くに【医学書】やら【教科書】と書かれた看板を持ったコウモリがぶら下がっている。
いやはや…これはすごい。
私は口を開けてその光景を見つめた。
出来ればこの壮観に、もうちょっと童心に戻ってはしゃいだりしたかったが。
残念ながら、部屋の中心にある大きなデスクに腰掛ける人物のせいで、羽目を外すことは出来そうにない。
「(…書斎に行ったのかなって思ってたけど、図書室に来てたんだ)」
そのデスクにはセンが座っていた。
下手な鈍器よりも凶器になりそうな大きな本を宙に浮かせながら、指先に風を起こしてページをめくっている。
(ていうか、椅子の座り方エグいな。この人)
完全にヤンキーの座り方だ。
大きなロッキングチェアを後ろに倒して、長い脚をデスクの上に乗せて組んでいる。
もう、行儀が悪いなんてレベルじゃない。
ここが図書館なら出禁で警察を呼ばれるレベルだ。
…多分、本は大切にしてるけどデスクはどうでもいいんだろうな。あのひと。
そう思って半目でその光景を見ていると、不意にセンの赤い目が私の方を見やった。
「!」
「…ユニ・ファルムか」
「あ…はい」
「何をしに来た」
「え、えっと…本を、読みに」
「本?」
「歴史書を読みたいんです。その…この世界についての」
抑揚の無い声で問われ、おずおずと答える。
…どうしよう。これで「お前に読ませる本は無い」って言われたら。あとでこっそり忍び込んでみる? 見つかったら消されそうだけど。
そんな事を考えていると、無表情でこちらを見ていたセンがおもむろに後ろを向いた。
そして、指先を軽く振るう。
すると、2階と3階の境目付近にあった一冊の本がスポッと抜け出し、鳥のように羽ばたいてものすごい勢いでこちらに向かって来た。
「えっ、わっ、わっ」
「魔法元素の成り立ちと世界の神について」
「…え?」
「歴史書ならばそれが一級品だ。数百年前に、長寿種族のエルフが書いた。──まァ、内容の多くは仮説と持論で構成されているがな」
「は、はあ…」
「しかし、解釈は面白い。この本は数百年を生きた彼女がたどり着いた結論と言えるだろう」
言って、センはわずかに口角を上げる。
同時に、私の手の中にドサッと本が落ちてくる。
「うっ 」
「著者エミュール・ラ・ピュア。今も世界に名を残す、偉大な学者の一人だ」
え、それはすごい。
私は「はえ」と気の抜けた声を発して受け取った本を見下ろした。
………………。
………。
いや待って。
(これは何文字?)
日本語じゃない。英語でもないぞ。
真っ直ぐ線を書こうとしたらくしゃみして歪んだみたいな感じの一本線が、紙に描かれている。
え、これって読めるの? 本当に?
「………」
「どうした」
「…あ、あの」
「?」
「…文字、読めません。お父さん」