02
「!」
ふと、重い鐘の音が辺りに響き渡った。
お城に来客を知らせる鐘の音だ。
同時に、バサバサッとセンの使い魔のコウモリ達が空に飛び立っていく。
「(これは…)」
もしかして、またあの人達が来たのだろうか。
私は慌てて近くにあった窓に駆け寄った。
ベタっと頬をガラスにくっつけてお城の入り口の方を見下ろす。と、白銀の鎧を纏った騎士たちが、紋章らしきマークの入った旗を掲げて立っているのが目に入る。
「やっぱり」
またあの人達だ。
月に一度、旗を掲げてお城にやって来る謎の人達。
最初はセンの敵かと思って、自我のない私は主である彼を守るために玄関に向かったのだが。
途中で、どこからともなく転移魔法で姿を現したセンに「アレは客だ。喰らうな」と言われてからは、近付くこともなくなった。
ゆえに、こうして彼らの姿をしっかり観察するのは初めてである。
「(見た感じ人間に見えるけど…どこに住んでる人達なんだろう?)」
残念ながら、お城を徘徊するだけだった私はこの世界についてほとんど知らない。
魔法があって、エルフや人魚、獣人など多種多様な種族の住む世界であるという事はセンに聞かされたので知っているけれど。
あまりにも住んでる場所が孤立しすぎていて、情勢も文明も何も入ってこないのだ。
「できれば、あの人達がどの辺に住んでいるのか知れたらいいんだけれど…」
はたして、ウチから近いのか、遠いのか。
…まあでも、近かったとしても、私のとがった耳を見たら人間じゃないって分かるし。
場合によっては種族差別があったりするかもしれないから、駆け込み寺になるかと言えばそうとも限らないんだけどね…。
そんなことを考えていると、ふと。
旗を掲げた人達の後ろで、紫混じりの黒い風のようなものが渦巻いたのが目に入った。
「あっ」
私は思わず声を零す。
すると、黒い風──もとい、闇元素の魔法の渦はパッと残滓を残して消え、そこに一人の男が姿を現した。
──センだ。
遠目に見てもすぐに分かった。
あれがセンだと。
それくらい、彼の姿は迫力があって、まるで見てはいけないものを見てしまったような、不気味な存在感があるのだ。
「……!?」
「!」
すると、城の入り口の方を見ていた騎士たちが一斉に後ろを振り返った。
ひどく驚いたような動きだった。
たぶん、センが何か声をかけて、それでようやく彼の存在に気付いたのだろう。
今日は満月だ。この世界の吸血鬼は、満月の夜が一番力がみなぎるという。
その証拠に、センの周りには体から溢れ出た闇元素の魔力が粒子になって漂っていた。
「完全にラスボスだわ」
思わず呟いた。
こうして、ガラス越しに第三者目線で見ると。
鎧を着た人達が討伐隊で、センがラスボスにしか見えない。
…でも、セン自身が客だって言ってたからお客さんなんだよね。あの人達。お城に入らないから、何をしに来てるのかも分からないけど。
そうしてしばらく彼らを観察していると、騎士の一人がセンに何かを差し出した。
あれは…新聞の束、かな? よく見えないけど、でもそんな感じのものに見える。
それをセンは魔法で受け取り、目線だけで一瞥するとパッと消した。たぶん、彼が書斎に使っている部屋に送ったのだろう。
「(もしかして、あの人たちの用事って新聞を届けに来ることだったのかな…)」
そう思いながら、さらに窓ガラスに顔を擦り付けて前のめりになっていると。
───ガアァァアアアァァッ!!
「!」
ふと、城門の向こうから恐ろしい咆哮が聞こえてきた。
私は思わず肩を跳ね上げる。
白銀の騎士達も、ザッと身構えると各々剣を抜いて警戒するようにセンの後ろの城門を睨み付ける。
するとその瞬間、城門を飛び越えて熊と虎を合わせたような形の大きな魔物が入ってきた。
それを見て、騎士たちが動揺したように足を引いて後ろに下がる。
あれは…ヴォルケイアの火山跡に住み着いている、毒性の魔物だ。
サーベルタイガーのような鋭い牙と紫の爪に、猛毒の魔力を纏っている。
その証拠に、魔物の足元の土はまるで腐るようにどす黒く色を変えて、ブクブクと不気味な気泡をあげていた。
(これは…まずいかもしれない)
私は冷や汗を流して身を乗り出す。
というのも、この辺りに住む魔物は汚染された魔力から身を守るために、体がとんでもなく頑丈にできているのだ。
だから、並の魔法使いの魔法は効かないし、剣も弱点である部位にしか刺さらない。
「…!」
「っ…!?」
そして恐らく、騎士たちもそれを知っているのだろう。
彼らは剣を抜いてはいたが、その体は逃げ腰だった。おそらく、あれほど大きな毒性の魔物と出くわしたのは初めてなのだろう。
死の地には毒性の蟲や魔物が多く住むが、そのサイズは大きくてもライオンくらいだ。
こんな、大型バスくらいのサイズの魔物は、魔力汚染の進んだ火山跡か谷底にしか住んでいない。
「助けないと」
私は咄嗟にそう呟いた。
幸い、食血鬼になった私には魔物と戦う術がある。
それの使い方は、人間思考になった今でも覚えている。
だから「助けられるならば、助ける」という、多くの人間に存在する心理に突き動かされて、入り口に向かおうとした。
だが、その時。
「──!」
ふと、今まで微動だにしていなかったセンが後ろを振り返った。
それは、まるで小さな物音が聞こえたから振り返ったというような、なんて事ない動作だった。
この死の地に住む生き物たちは、天敵である吸血鬼に怯えているので、センの事だけは攻撃しない。
だから私は、彼はこの場で一番安全な傍観者だと、そう思っていたのだ。
──それなのに。
センはポケットに入れていた手を抜くと、サッと手首を払うように振った。
途端、闇元素の粒子が辺りに舞って、彼の指先に黒い刃が五つ現れる。
──爪だ。
吸血鬼の武器である、ソレ。
テラミスリルよりも固い、闇の刃。
そこからは一瞬だった。
センの足が地面を蹴ったかと思えば、瞬きの間に彼の体が魔物の目の前に移動する。
魔物の硬質な体を、五つの刃が容易く穿つ。
──グャオォォォオオォォ……!!
その悲痛な悲鳴は、ガラス越しの私の耳にまで届いた。
「……」
私は無言で口を押さえ、その場を後ずさる。
騎士たちも、戦意を失ったように剣を下ろして呆然としている。
そんな中、センは倒れた魔物から軽々刃を引き抜くと、血を振り払って爪に戻した。
そして騎士たちを振り返りながら、顔に飛び散った鮮血を親指で拭いとる。
その姿は──私が先程言った、ラスボスという言葉がふさわしい、妖艶で不気味でおぞましいものだった。