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序章 01


ある日、私は唐突に前世の記憶を思い出した。


それは、不運な事故だった。

いつものように、薄暗いお城をウロウロと徘徊していたら、天井付近にあったランプが脳天に落ちてきたのである。


「いっ!?」


その痛みに、私は頭を押さえて蹲った。

多分、人間だったら即死で、良くても致命傷くらいの衝撃だったと思う。

しかし、今世の私は食血鬼(ヴァングール)という不老不死の存在だったため、かち割れた頭は徐々に傷が塞がり、流れた血も煙のように蒸発して消えていった。


「うっ…うう…」


だけど、痛いものは痛い。

私はしばらく患部近くを押さえてうめいていた。

そうしていると、はたと気づく。


…あれ? なんで痛いんだろう。私。


ハッとして顔をあげた。

だって、おかしいのだ。食血鬼に痛覚は存在しない。死という概念のない存在に、痛みという感覚は不要だからだ。


その証拠に、私は生み出されてから今日まで一度も痛みというものを感じていない。

というか、痛みを感じる知能というものが存在しなかった。

吸血鬼(ヴァンパイア)である父が、気まぐれで人間を模して創った“人形”だったからである。


「そうだ…そうだった」


私いまバケモノなんだ。

…イヤな気づき方だけど。


でも、今の私は間違いなく“私”だ。

その昔、ストレス社会と呼ばれる現代で社会人として働いていた私。

ある日仕事で残業が続いて、それこそゾンビのようになって階段をのぼっていたら、貧血を起こして登り切った瞬間転げ落ちた。

以降まったく記憶がないので、おそらくそれで死んでしまったのだと思う。


「(多分、記憶が戻ったから、人間だった時の感覚で脳天に直撃したランプに痛いって思ったんだろうな…)」


白く血の気のない己の手のひらを見下ろしながら、ぼんやりと考える。

…ということは、これはいわゆる転生というやつだろうか。転生したら食血鬼でした。…いや、タイトルとしてはそれっぽいけど、実際この状況ってけっこうまずくない?


だって私は、曲がりなりにも吸血鬼として今世に生まれたのだ。

人や動物の血を糧として生きる、人外のバケモノに。


…いや、生まれたと言うと語弊がある。

先にも述べたが、私は造られたのだ。

この世界にたったひとりだけ存在する吸血鬼──セン・ファルムという男に。

彼の血液をコアに、吸血鬼の劣化版──食血鬼(ヴァングール)と呼ばれる生き物として、作られたのである。

…あらためて考えると、とんでもない生き物に転生したな。私。


今の私は15歳くらいの少女だが、これは別に成長してこうなったわけではない。

センに作られた時にはもう、私はその見た目の少女だったのだ。


その時の私は、見た目が美少女なだけのバケモノだった。

喋る言葉はセンに向かって放つ淡々とした「お父さん」のみ。あとは、ゾンビのような意味をなさない音だけ。

そして、一日のほとんどを城の中を意味なく徘徊して過ごし、魔物の死体を見つけたらそれに向かって行って血を食べる。

そんな存在だったのだ。


「あれ、待って」


改めて考えると本当に詰んでない? この状況。


だってこの食血鬼の私は、生きるために血を食らわなければいけない。

しかし、吸血鬼の劣化版である食血鬼は血を吸うという高潔な行為ができない。

だから血を得るためには、生のお肉ごとかぶりついて食べないといけない。

そんなの、倫理的にも味的にも無理だ。お肉はせめてミディアムじゃないと食べれない。


だからまず、食の時点で詰んでいる。

さらに言うと、この住んでいる土地も詰んでいる。

ここはヴォルケイアという荒れた土地で、別名を死の地と呼ばれているのだ。

これはゾンビ徘徊していた頃に、同じく暇を持て余した父が気まぐれに私のところにやって来て教えてくれたのだが、どうやらここはかつて花々の咲き誇る美しい土地であったらしい。


だが、大昔に人間と他種族間で魔法大戦がおこり、人間が人為的な地殻変動をおこしたことで、大規模な火山災害が発生したそうだ。

結果、みどり豊かだった土地は枯れ果て、川は干上がり、大気中の空気と魔力は魔法戦争の影響で汚染され、住んでいるのは毒性の強い魔物と蟲と、そんな劣悪な環境でも生活できる吸血鬼のセンと私のみになってしまった。


なので、この辺りには人は住んでおらず、他に行ける場所がない。


「終わった…」


私の二度目の人生。

どう足掻いてもバッドエンド直行便である。


…いやでも、待てよ。

食に関してはどうにかなるかもしれない。

別に、食血鬼は血が吸えないだけで、吸血鬼と同じエネルギー源が血であることに違いは無いのだ。


だから、もしかしたらうまい具合に血だけもらえれば生きていけるかもしれない。

今まではその知能がなかったから、生肉ごと貪る事しかできなかったけど。

血だけなら、まだ………多分……のめる……気がしなくなくもない…気がする……。


「(まあでも、食がどうにかなってもセンだけはどうにもならんのよな…)」


そう。

食に関しては私の心の問題なので、どうにでもなるといえばどうにでもなる。

しかし、父親であるセンだけはどうにもならない。

一応私も不老不死の存在ではあるが、その存在はセンに作られたものなので、彼が消そうと思えば消せるし、鳥に変えようと思えば鳥にだって変えられる。


食血鬼に自由はない。

【──無垢なる少女は永遠に、美しい骸としてただそこに存在するだけである】


「……ん?」


あれ、待って。

なんか今、脳内に女の子の声が聞こえた気がする。

え、なに? お告げ?


……いや違う。これは前世の記憶だ。

私は今の声をどこかで聞いたことがある。

…でも、どこで聞いたんだっけ?


転生の影響か朧気になっている記憶に、うーんと頭を捻っていると。


──ゴーン…ゴーン…



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