Dream #01 『眼に写る世界』
「ねえ、写真を撮りましょう」
「ええっ、またかい? 今日これで何回目だっけ」
「いいじゃないの、今日が来るのをずっと楽しみにしてきたんだから」
「はいはい、それも今日何度聞いたっけな~」
レイはシャッターリモコンをヒロコに預けると、自分はカメラを三脚にセットし構図を決めました。
彼がヒロコの家にやってきたのは約二週間前。今はヒロコの家族とともにひとつ屋根の下に暮らしています。
もっとも、最近のヒロコは仕事に追われるばかりで、彼と二人で過ごす時間もほとんどありませんでしたから、いうなれば今回が初デート。それだけにヒロコはこの日を心待ちにしていたのです。
「じゃ、撮るわよ~」
数回のシャッター音の後、レイはカメラを確認に行きました。
「あれぇ?」
「どうしたの?」
「ねぇヒロコ、今撮ったうちの一枚に、変なモノが写っちゃったみたいなんだけど……」
「え? 何?」
レイが差し出すカメラのディスプレイをヒロコは覗き込みました。
すると、たった今写した二人の姿の背後にもう一人、上半身だけの見知らぬ人が写っているではありませんか。
「何よこれー!?」
ヒロコは即座にディスプレイから目をそらしました。
「あ、ごめん。怖かった?」
「当たり前じゃないの!」
「ごめんごめん、写らないように気を付けて構図を決めたつもりだったんだけどな、やっぱり入ってきちゃったんだ」
「……って、あなたにはこれが見えてたの!?」
「うん、一応」
やはり噂は本当だったようです。アンドロイドには霊が見えるという噂。
今や簡単には人間との区別が付かない次元にまで到達したアンドロイド工学ですが、レイはその中でも最も先進の技術を駆使して作られた最高級モデルなのです。
「人間には見えない紫外線や赤外線が僕には見えるし、高周波や低周波まで聞き取れるからね」
もとはといえば、なるべく早く危険を察知し、事前に人間を危機から回避させるために備え付けられた能力なのですが、思わぬ副産物が生み出され、実は開発メーカーでも困惑しているのでした。
「この人、何か言いたかったのかな?」
「ううん、特に何も。何をしているのか見に来ていただけみたいだったよ」
「そんなことまでわかるの?」
「大抵はそうだよ、もともとはみんな普通の人だから。誰かの気配を感じると『なんだろう?』って近寄ってきたりするんだけど、すぐにス~ッと消えちゃう」
「へぇ、いつも見えてるわけじゃないんだ。じゃあ、話したりはできないの?」
「滅多にはできないけど、みんな、どうしよう、どうしようって悩み続けてる」
「悩み続けてるって、何を?」
「死ぬ前に悩んでいた事とか、家族の事とか……」
「…………」
「何らかの事情で命を絶ったり、失ったりしてるんだけど、彼らの時計は死ぬ直前のままで止まってる感じ。自分が既に死んでいるとは気付いていないみたいなんだ」
「あなた、教えてあげられないの?」
「みんな自分の事は話すけど、僕の言うことは聞いてくれないんだよ」
「なぜ?」
「僕がアンドロイドだからかな」
レイはそれが人間とアンドロイドとの差なのではないかとヒロコに語りました。
人間が言葉で会話するように、魂でも会話ができるのではないかと言うのです。アンドロイドである自分にはそれがないから話を聞いてもらえないのではないかと。
「魂で語りかければ、彼らにも行くべき道が見えてくるに違いないと思うんだけどね」
レイがハンドルを握り、二人はすでに次の目的地へと向かっていたのですが、その車中においてもこの話題は続いていました。
いくらデート中とはいえ、一度別の流れに乗っかってしまうと、もとの雰囲気に戻すというのは、なかなか難しいものです。
そんな気分を変えようと、助手席のヒロコがオーディオに手を伸ばした時のことでした。車線オーバーした対向車が突然こちらめがけて突っ込んできたのです。
どちらの車も大破、ヒロコと対向車の二人は意識不明の重体でした。
ただ、レイだけは両手両足の皮膚に大きな欠損を生じたものの、それ以外に損傷はまったくありません。
負傷した三人はみな病院へ搬送されましたが、その間にレイは警察へ出向き、事故調査のために記憶データを提出していました。
所有者のプライバシー保護のためデータの提出はヒロコの親族同席のもとで行われます。今回は父親でした。こんな時アンドロイドの記憶装置は何よりの証拠ともなり得るのです。
その後レイは点検のために開発メーカーへ戻され、二日間に渡る動作テストと簡単な修理が行われました。
レイがヒロコのもとに返されたのは、事故から三日経った後のこと。ヒロコは病院の集中治療室にいました。いまだ意識は戻っていません。
事故以来、両親はずっと付き添ったままでした。
かなり憔悴した二人の様子を見て、レイが交代を申し出ましたが、二人とも聞き入れようとはしません。結局、レイも加わり三人でヒロコの意識が回復するのを待つことにしたのでした。
しばらくして、レイはヒロコが集中治療室の前に立っているのを見つけました。
「ヒロコ」
その声を聞き両親は振り返りましたが、そこにはレイがいるだけです。
「どうしたの?」
母親がレイに尋ねますが、レイはその問いには答えません。
「うん、うん」
レイは頷いているばかりです。
母親はもう一度レイに尋ねました。レイは母親の方に振り返り、今度はちゃんと答えます。
「今、ヒロコはここにいます。ずっとここにいて、お二人に話しかけているようなんですが、パパもママも一向に気付いてくれないと言ってます」
「君、ヒロコの霊体が見えるのかね?」
今度は父親がレイに尋ねました。
「はい、しかも会話ができるみたいです」
「何という……、で、ヒロコは何と言っているんだい?」
レイは人間には何も見えない空中に意識を集中しているように見えました。
「僕が気付いてくれて嬉しいと、……うん、君は事故にあって今は動けない状態なんだ……うん、うん、……わかった。聞いてみるよ」
「何て?」
「自分が今どうなっているのか確かめたいって言っています。ただ、そこまで案内しようにも僕自身は集中治療室には入れませんから、今から看護士さんにお願いしてみようかと思います」
「そうだな。それでヒロコが納得するのなら、それでいいかもしれない。私が頼んでみよう」
看護士の案内によりレイと父親は防護服を身に付けて、職員以外立ち入り禁止の集中治療室へと通されました。
「ごらん、ヒロコ。これが今の君の状態なんだ。…………。うん、安心した?それは良かった」
レイはまた誰もいない空間に向かって頷いたり、父親の方に振り返ったりを繰り返しながら、今のヒロコの様子を語りました。
ところが「えっ?」とひと言発した瞬間からレイの表情はどんどん険しくなっていったのです。
あまりに急な変り様というべきか、とにかくその異常な様子は不安となって父親にもしっかり伝わっていました。
「何? 何を言っているんだ、ヒロコ。光? 優しい光が君を包もうとしているって?……!? 違う! それはただの光じゃない、そっちに行っちゃダメだ!!」
突然部屋に響き渡ったレイの叫び声に、別の患者の容態をみていた医師と看護士が一斉に振り返りました。
「レイ、どうしたんだ」
父親も動揺を隠せません。
「何を騒いでいるんだ、君たち。ここは集中治療室だ、静かにしたまえ!」
今度は若者の非常識な叫び声に対し怒りをあらわにした医師の怒声も響き渡ります。
ここまで案内してきてくれた看護士は医師のアイコンタクトを受け二人を連れ出そうとしましたが、アンドロイドであるレイの力は強く簡単には押し負けたりはしません。
「ダメだ、僕が君の代わりに行くから、今は行けないってハッキリ言うんだ!」
レイの口調に加え、空中を見つめる視線や身振りにまでも激しさが加わっていきます。
「先生! 患者の容態が急激に悪化しています」
「血圧、呼吸ともに下がっていきます」
部屋中にアラームが響き渡る中、レイは空中の一点を凝視したまま、時折ダメだと言うばかりになっていました。
「心肺が停止しました」
「心臓マッサージ、AED準備。それと二人を早く連れ出せ!」
そうこうしているうちにレイは複数人に引っ張られ、ベッドからは大きく離されてしまいましたが、それでもまだ何事かを喚いています。
集中治療室だけあってその間にもいろいろな準備があっと言う間に整っていきました。
「ダメだ! ヒロコの代わりに僕が行きますから、ヒロコの魂の代わりに、僕の、僕の魂を連れていって下さい!」
「AED準備、整いました」
「みんな手を離せ。いくぞ、さん、に、いち」
電気ショックによる大きな振動音の直後、レイはその場に足から崩れるようにして倒れてしまいました。
「脈拍、自発呼吸ともに戻りました」
「安定しているようです」
「よし、このままの状態でいてくれよ。で、人騒がせなそいつはどうなった?」
「……先生……」
「どうした、まさか!?」
「それが……彼、アンドロイドなんです」
レイは再び開発メーカーへと送られました。この度はオーバーホールも兼ねて総チェックまで行われたということです。
とはいえ、ほとんど新品同様ですからどこにも不具合らしきところは見つかりません。修理担当者も原因がわからず、首を捻ってばかりだったということです。
二週間以上掛かったチェックの末に出された結論は、電気ショックをすぐ脇で受けたのが原因で起こった誤作動。それによる機能停止ということ。
結局わずかなメンテナンスを受けただけでレイはヒロコの待つ病院へと戻されたのでした。
ヒロコはこの二週間の間に完全に回復していました。あとは怪我の治療に専念するだけ。入院期間も三ヶ月と決まったのでした。
「あっ、レイ! 来てくれたのね。待ってたのよ、ホントに」
レイがベッド脇に来ると、ヒロコは持ってきてくれた花束を受け取るより先に、上半身だけでレイに飛びついてきました。
その時のびっくりした表情ときたら、彼がアンドロイドであるとはとても思えません。
「あなたが私を助けてくれたんでしょ? 聞いたわよ」
「どうなんだろう。確かに僕は魂を差し出すと言ったんだけど、僕に魂なんてあったのかな。今でもこうしてピンピンしているし」
「きっと今頃、死神が悔しがってると思うわよ」
レイはヒロコが心の底から嬉しそうに笑う顔を見て、今まで経験したことのない感情が自分の中に湧きあがってくるのをとても不思議に思っていました。
命をかけて彼女を守りたい、喜ばせたい、いつまでも一緒に気持ちを共有していたい……。
(なんだろうこの感覚は、まるで自分に魂があるみたいだ……)
これも彼の頭脳に組み込まれた、ただのプログラムなのでしょうか?
おわり
第一話目から何ですが、この話のみ他作品のオマージュだったりします。
『世にも不思議なアメージングストーリー』という海外オムニバスドラマの『二人だけの霊界』という作品なのですが、頭の隅の記憶を頼りにネット検索しましたところ、原案はスピルバーグ監督でした。
なお、本作とは設定や主題、結末はまったく異なっています。