九十.猫吸いもたぬ吸いも酸いも甘いも
僕は説明する。
もはや有能女王の面影も、苛烈女王の面差しも、なにもかも失ってただ呆けている女王、ヤンデ・ローズに。
僕が狸である事。キンヒメもまたそうである事。なぜ僕がハニガンの姿をしているか、なぜその姿でヤンデと出会う必要があったのかを僕が死に際の言葉に逆らえない事を交えながら、ここまでの経緯を事細かに説明した。
はじめは呆けているだけのヤンデだったが、さすが国家のトップだけはある。あっという間に僕の状況を認識して、僕が狸である事を納得してくれた。
「なるほどな、それはハニガンと全く違っているはずじゃ。中身が別であったのだな」
「そうだよう。騙すみたいになっててごめんね。僕の事をきらいになっても狸の事は嫌いにならないでねえ」
相変わらずヤンデに持たれたまま、のびーんとした体勢でお送りしております。
狸キョンシーだよう。
ねえ、降ろしてくれても良いのよう?
「なるわけがないじゃろう。わらわが惚れたのはリントじゃ、ハニガンではないからな。ハニガンそのものはむしろ処刑台に上らせる腹積りじゃったしなあ」
目が赤く光る。
うわこわあ。
女王こわあ。
久しぶりに怖いヤンデを見たよう。
「でもまあ、そういった意味ではハニガンはすでに処刑台に落ちてるしねえ」
「ダンジョンで縦穴に身を落とすとは……ヤツらしい」
「ま、ヤンデが狸の僕でも良いってのなら、これからも仲良くしてね。キンヒメもヤンデの事を見守るって決めたらしいから、僕もヤンデを守っていこうと思うよ」
「狸、良いぞ。むしろ良いのじゃ。ふかふかのもふもふじゃなあ。のう? 吸っていいか? あ、キンヒメさまもお願いしたいのじゃ」
そう言って僕を高々と持ち上げるとお腹のやらかい部分に顔を埋めて、ハスハスしている。
ふむ。
許可していないのにすでにやっているじゃないか。まあ、キンヒメが怒ってないから良いけどさあ。キンヒメだけ、様づけされて許してるのかなあ。とキンヒメに視線を送るととても優しい目をしている。
お母さんモードになってらっしゃる。
◇
「相変わらず、狸はのんきよなあ」
僕とヤンデのやりとりに横からロンさんが呆れた声をかけてきた。
あ、忘れてた。
「そうだ! 今はバチバチ戦争中だったっけ!」
「はあ! そうじゃった!」
我に返った僕の言葉と同時に、腹肉に顔を埋めたヤンデも我に返った。
大丈夫だ、僕らは正気に戻った。
話を戻さなきゃ。
「ロンさんが来てるって事は、魔族軍も来てるのう?」
「おう、やっと詳しい話ができるのう。なんだ、景気付けで扉を壊した仕返しか?」
「違う違うよう。なんていうか、性分?」
「性分なら仕方ないのう」
なんという物分かりの良さ。
さすが魔王様。個性の塊みたいな魔族をまとめているだけの事はあるよう。
「じゃあ軽く状況を説明するぞ」
ロンさんが真面目な顔で話し始めた。
現状では魔族と、坩堝の森の獣の大群が、坩堝の森とこの王都の間あたりの草原に待機しているらしい。そこでロンさんが人間の世界から応援を要請し、王都の内と外から侵略者との戦争状態に移行するつもりであったらしい。どうやら王都の外から見ると、すでに王都が何者かに占拠させており、都市として機能していないという評価であるという。魔族の皆さんが周辺の都市に調査員を送った結果だと言うので間違いないのだろう。
僕が評価したように。
「そっか、僕もこの国はすでに戦争に負けていると思っているけれど、ロンさんも同じ感じ?」
「そうだな。我の見立てではそろそろ隠れていた異世界の戦闘員が蜂起する頃だぞ……ってほれ、外を見てみろ、言わんこっちゃない」
と言う言葉に外へ視線を向ければ。
その言葉通りにどこかで見覚えのある黒づくめの人間が複数、王城の庭を走っているのが見えた。
「敵じゃ! 誰ぞ!」
いつもの癖で騎士や従者を呼ぶヤンデ。
しかし今この城にはその言葉に応える人間は誰もいない。
言ってからそれに気づいたのか。
ハッとした後に、肩を落とす。
そんなヤンデの肩をキンヒメが優しく抱いた。それを確認して僕はキンヒメに声をかける。
「キンヒメ、一旦逃げるよう! そのままヤンデをこっちに連れてきて!」
僕はそう言いながら、執務室の窓を大きく開け放ち、バルコニーへと駆け出て、姿を狸から鳳へと変える。
それに一歩遅れて、肩を落としたヤンデをキンヒメが連れて出てきた。
「キンヒメ、乗って! ロンさんは自分で飛べるよね?」
「もちろんだ」
いつの間にか竜の姿に戻っていたロンさんの口が真っ赤に割れる。
「じゃあ! 行くよう!」
逃げるは狸の生存戦略。
まずは逃げるよう!
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