八十四.変なおじさんガッチさん
僕が呼ぶ声にガッチさんが反応した事で、彼がまだ牢にいる事がわかり。
一安心。
「まにあ、ったあぁ」
その事実につい言葉が漏れる。
僕とキンヒメはガッチさんがまだ人間の姿だった事に安堵してため息を漏らした。
しかしガッチさんは僕らの事情なんて知らないから。
「は? なんだ間に合ったって?」
ワケがわからないといった感じのガッチさんの声。
もーほんっとに、僕らの気も知らないでのんきだなあ、狸じゃないんだからやめてよねえ。ショックを受けないように周りくどく懇切丁寧に説明してあげたい気もするけど、やっぱり王都の異変も気になるし、今は時間がもったいないからねえ。
「ガッチさんが王笏になる前に、間に合ったって事、だよ」
単刀直入にいかせてもらうよう。
「……誰にその話を聞いた? ヤンデは知らないはずだが?」
世界の秘密に踏み込んだ途端に。
一気に言葉の強みが増した。さすが王様。これが威厳か。狸ビビっちゃう。
でもねえ、今はふざけてビビってるふりする、そんな時間ももったいない。
「ユーリさんから、聞いたんだよう」
貴方に焦がれて、身を物にした魔族。
「ユーリ……サターニアか……そうか……あいつから聞いたのか。……ああ……って事は、なんだ……魔王決定戦は……アレか?」
ガッチさんは言いたいことがどうにも言葉になっていない。
言葉にしたいけど、言葉にしたくない。知りたいけれど、知りたくないけれど、でも知らなければならない。
そんな感じがする音の羅列。
でもガッチさん、本当は聞かなくてもわかっているんだろう?
ユーリさんの想いも。
ユーリさんの狙いも。
ユーリさんの逝った先も。
「うん、ユーリさんは自分のやりたいようにやったよ。そして今もここにいる。キンヒメ」
僕の隣で大事そうにユーリさんだった王笏を胸に抱いているキンヒメに声をかける。
「はい」
キンヒメは小さな声で答え、ガッチさんの牢の中へ、鉄格子の隙間から、ユーリさんを差し出した。
「それが……」
の言葉の先。
ユーリの望んだ姿か。
ユーリのなれの果てか。
ユーリの覚悟の結晶か。
ガッチさんがなんて言いたいのか。
心の中でガッチさんがなんて言葉を繋いだのだろうか。
僕はそれは聞かなかったけれど。
ガッチさんの言葉はそこで止まった。
「はい」
だから僕も詳しくは言わない。
ここに来るまでは、ユーリさんの事をちゃんと伝えようと思っていた。でもそれもなんか違うんじゃないかなって思うんだ。
そんな風に僕が無言でいると、ガッチさんは椅子から音もなく立ち上がり、鉄格子の隙間から、ユーリさんをキンヒメから受け取り、その掌中に収めた。
そしてそのまま、手の中にいるユーリさんを、ただ立ったまま無言で見つめている。
まるで会話をするように。
◇
どれくらい経っただろうか。
視線を王笏からあげたガッチさんが口を開いた。
「なあ、一日だけ待ってくれないか?」
僕に言う。
「待つって?」
僕が待ってどうなる?
「わかってるんだろう? 俺がやろうとしている事」
それはわかってる。
「ユーリさんと、同じ事……」
生を捨てて物になる事。
「そうだ。だがな、最後にユーリと話をさせてほしい」
この短い時間では足りなかったのか。
きっとユーリさんからもらった心を読む力で読めばわかるんだろうけど。
なんだかそれはしたくない。
「うん……わかった」
だから了承するよう。
これもきっと死に際の願い。
というか、そもそも僕が主導権を握っているつもりはあまりないんだよう。なんだか流されるままに流れてたらいつの間にかこんな事になっていたんだから。
「すまんな、今日はサターニアと二人にしてもらいたんだ、こいつとは長い付き合いでな。 明日また来てくれ、その時に俺も王笏になるから、それを一回ヤンデに届けてくれるか? そうすればきっと天の王冠を渡してもらえるはずだ、お前が救世主なんだろう?」
ほら、またこれだ。
「僕としてはそんな気はしてないんだけどね」
たかが狸にそんな役目を背負わせるのもどうかと思うよう?
「ま、そんなもんなんだろうさ、俺だって王をやってた時に自分が王様にふさわしいと思ってた事はないからな」
そんなもんかねえ。
「ガッチさん、そんなんだから牢獄に入れられちゃうんだよ?」
我が身につまされるけどねえ。ブーメランにならないように気をつけよう。
「違いねえな」
ガッチさんは自虐的に笑った。
僕も明日は我が身と笑った。
そんな風に男同士で馬鹿な笑いを交わした後に。
「じゃあ、僕らはまた明日くるよ」
「すまねえな、後はよろしく頼むわ」
呑気な別れの挨拶をして、僕らは牢獄を後にした。
街の異変を知ってなお、国の危機を知ってなお。
僕とキンヒメは一晩を二人きりで過ごさせるべきだと思ったから。
それは結果として失敗になるけれど。
でもやっぱり必要だったと思う。
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