八十二.卵と覚悟
「そうか」
僕の説明を聞いたドナルドは、そう一言呟いたきり、押し黙った。
その横には奥さんのディーナさんが気遣わしげに片翼をドナルドに添えている。
そんな二人の間には大事そうに柔らかな布きれや藁に包まれている大きな白い塊があった。
あれは、そうか。
初めてみるけど、大体わかる。
きっと、ドナルドとディーナさんの子供だ。
僕が飛び込んだ部屋にはドナルドの子供もいたのか。僕の短慮は二人の子供まで危険に晒していた。それに気付いて血の気が下がる思いがした。
よかった。
取り返しのつかない事をしてしまう所だった。
「ドナルド、それは、二人の子供?」
おそるおそる、僕は問う。
「うむ、朕とディーナの息子、将来の鳳雛であるな」
「そっか、ほんとにごめん。やりすぎた」
「もうよい、リントも朕を心配してきてくれたのだろう?」
「うん」
「ありがとう、友よ。友の考えていた通りだ。朕はこの鳳雛が卵から孵り次第に、二枚の羽根へと姿を変えるつもりであった」
「って事はドナルドは、異世界からの侵略者を知っているの?」
「ああ。もちろんだ、鳳王の記憶には過去、全ての侵略戦争の記憶が残っている。我ら鳳の一族は獣の代表であり、この世界の天の代表者であるからな」
やっぱりドナルドはこの世界の秘密を知っていた。
そしてそのために自分が何をなすべきかも。
でも、あれ?
「でも二枚って? ダークさんは確か……」
言葉にするには憚られるが、一枚の羽だったはずだ。
「ああ、朕は二枚の羽になるのだ。父は天の冠になるには力が衰えていたから、一枚の霊羽になったがな。そもそも、本来は鳳の王の記憶を継ぐためだけの役割であるから一枚の羽で事足りるが、今回は天の王冠の分も必要だからな。今回のような場合は、朕のように鳳の全盛期に羽に姿を変える。そうする事で二枚の羽を残せるのだ。一枚は天の冠に、一枚は鳳の王を引き継ぐために……」
そう言って微笑むドナルドの顔は、僕には苦しんでいるように見えた。
友達だからわかる。
ユーリさんは成りたくて魔の王笏になった。
でもドナルドは違う。
大好きだったディーナさんと結ばれて、息子の卵もできて、幸せの絶頂から、物言わぬ羽にならなければならない。
でも。
間に合った。
僕は友達を羽になんてさせない。
本題を切り出す。
「ねえ、ドナルド。多分、君は羽にならなくてもいいと思う」
「リントよ! 朕が羽にならなければ世界は滅ぶ! 友といえど、朕の覚悟を穢すのは許さんぞ!?」
「もちろん、僕は友達の覚悟を穢すような愚かな狸じゃない。僕も魔族の世界で見てきた、キンヒメの持っている魔の王笏は、キンヒメの友達のユーリさんが姿を変えた物だ! 貫く意思と、堅い覚悟で、彼女は王笏へと姿を変えた」
「では! なぜ! 朕を止める! 朕の覚悟は、それに及ばぬと! 申すのかあ! 答えろお! 友よお!」
鳳の王が夜に吠える。
それはなぜか哭いているように夜を裂く。
わかってる。
友よ。
覚悟も意思も。
君にはある。
でも生きたい意思も同じくらいあるだろう。
妻がいて。
子供がいて。
及ばずながら僕という友もいる。
僕だって。
君には生きていてほしい。
だから僕は君の覚悟を、全部理解した上で、それを狸の鼻息で吹っ飛ばす。
もふーん。
「だってさ、もう、天の王冠はあるんだもん」
もふーん。
「は? なんて?」
ふふ。ドナルドの間抜け顔久しぶりに見た。
最近は鳳王になっちゃって強気で威厳のあるドナルドしか見れてなかったからさ。
うれしいな。
「天の王冠はね、僕が変化した状態で引っこ抜いた霊羽で既に人間の世界で作成されたんだよ」
「……この話はさすがに冗談ではすまんぞ、リント」
「ああ、わかってるよう。さすがの僕もこんな事は冗談では言ってないよ。説明するから聞いてくれる」
「ああ」
僕はドナルドに天の王冠の話を説明した。
人間の世界でヤンデ女王に会うために、女王が探していた鳳王の霊羽を渡すために、自分のお尻から霊羽を抜いた事。僕の変化が対象の生体情報を完璧にコピーする事。それは魂の情報までもコピーしていて、僕から抜いた霊羽は名前こそ、『鳳王の霊羽ーレプリカ』となっていたが、本当に霊羽として機能した事。それは『叡智』で確認済みである事。
伝えられる事は全て伝えた。
「リント、お主、凄いな」
僕の話が終わったタイミングで吐き出した息と一緒に、そんな感嘆がドナルドの嘴から漏れた。
ふふん。
凄いでしょう?
「でもさ、羽がレプリカってなってたのだけが心配なんだけど?」
「ああ、それは問題ない。朕が羽に姿を変えても二枚目はそういう扱いになる。二枚目は複製だ。それにしても幸運だったな。レプリカでない方を引っこ抜いてたら最悪死んでいるぞ? そもそも霊羽を引っこ抜くなんてまともな考えではできないぞ? 相当痛かっただろう?」
「うん、死ぬかと思ったよ」
「だろうな、二分の一で死ぬ可能性もあったわけじゃから、死ななかっただけ幸運じゃな」
カカ、と友達が笑う。
さっきまでの泣いたような笑いではない。
「え? てかさ、何? 僕にも本物の方も刺さってるの?」
「ああ、完全に生体情報をコピーしたのであれば本物の霊羽も刺さっているはずだ」
「へえ、そうなんだあ……って、えっ? じゃあなんで僕には鳳の全記憶がないのう? あれがあればブリッツレースでドナルドに負ける必要なんてないんだけど!」
「カカ、あの記憶は羽に宿っているわけではないからな。羽はあくまで記憶にアクセスする鍵、そしてアクセス権限があるのは一個体のみで、すでに朕に書き換え済みじゃ。残念だのう。これからも朕の圧勝じゃ」
羽根を大きく開いてのドヤ顔ですよ。
「あーそのドヤ顔むかつくわあ」
というのは言葉だけ。
その顔がこれからもずっと見られると思うと。
すごく。
うれしいよ、ドナルド。
「そうだな、これからもずっと……リントとブリッツレースができるな……」
そう言ってドナルドは羽根を広げたまま上を向くのだった。
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