七十九.愛され抱かれ別れ去られ
「最後まで聞いてね。キーちゃん」
そう言ってから。
これからあたしに起こる事を友に語り始める。
◇
あたしは今日の夜を境に。
魔の王笏へと姿を変えるの。
生ある者から意志なき物へと変わるのよ。
今代の魔王決定戦王は、魔王を決める戦いではなく、魔の王笏になる者を決める戦いだった。
これは世界を護るために絶対に必要な事なんだけど。
でもね。
誰だって世界を救うためだからと言って命を捨てるのは嫌でしょう?
だからその役目は歴代魔王を務めて、特権を享受している竜魔族が負うはずだったわ。
でもあたしがその役目を横から掻っ攫ったの。
なぜって思うでしょう? 普通そんな役目、頼まれても欲しくないわよね。
でもあたしは欲しかったの。
なぜなら。
ガッちゃんが人の王笏になるから。
キーちゃんは知っていると思うけれど。
あたしはガッちゃんを愛している。
人間の世界に命からがらたどり着いた時にあたしを助けてくれたあの日から。
ずっと恋をしている。ずっと愛している。
生まれてからずっと憧れ続けた恋愛をしているの。
なぜか彼にはサキュバスの能力が届かなったわ。
人間の王族というのは精神感応耐性があるのかもしれないわね。でもねそれもあたしにとっては都合がよかった。誰も彼も魅了してしまいがちなサキュバスにとっては能力外の他者というのは稀有な存在だから。
安心して恋する事ができた。
そこから三十年。
ガッちゃんは王太子から王になって。
王族の務めとして妻を娶り、二児をもうけ、妻を喪い、男手でその子供たちが立派に成長させた。その頃からガッちゃんは意図的に放蕩に振る舞い、無能な王を演じた。そして立派に育ちすぎた娘にクーデターを起こされ、キーちゃんも知っての通り、今は牢獄に繋がれている。
全て彼の計画通りに。
うん、そうよ、計画通り。彼の計画は国家運営に支障をきたさずに王が人の王笏になる事だから。
だからね、全てを失くした様に見えるガッちゃんの手の中にはただ一つ残された物があるのよ。
それは。
人の王笏になるための固有魔法。
これだけは絶対に娘に渡さなかった。
彼は国の運営を全て娘に任せ、来るべき戦争に備えるために国を富ませ、自分は世界を護る装置になると決めていた。そしてそれは見事に成功した。
その間、あたしはずっとガッちゃんの側にいたわ。
王太子行きつけのバーの女主人、王妃の側仕え、王女の侍女、女王の侍女。
立場を変えながらもずっとガッちゃんの側に居続けて見続けた。
あたしは三十年間。
王都の恋を見守りながら、王都で恋を育て続けていたのよ。
粋でしょう?
それもこれも、全部、あたしが魔の王笏になるために。
このタイミングで、魔王決定戦に優勝し、魔の王笏になるための固有魔法を手に入れ、魔の王笏となり、ガッちゃんの成れの果て、人の王笏と一つになるために。あたしの恋を成就するために。あたしの愛をガッちゃんに刻むと決めていた。
そしてそれは、狸さんのお陰で、見事に成功したわ。
「あたしはガッちゃんと。一つになる。人魔の王笏になるのよ」
これが人と魔が結ばれる唯一の方法なの。
「これであたしの話はおしまい。色々と狸さんを利用しちゃったけど、許してね、キーちゃん」
あたしは笑顔で言葉を締め括った。
気持ちを全て吐き出せた。
唯一の友人にあたしが今まで秘めてきたモノを全て吐き出せた。
生涯最後の日に、こんな幸せな事があるだろうか。
ああ、満足だ。
珍しくあたしの鼻から、むふうと息が漏れた。
あら、狸さんの癖がうつったかしら。
なんて狸さんじみたアホな事を考えていると、胸の辺りにドスンと柔らかい衝撃があった。
「ダメよ! 絶対にダメ!」
あたしの胸に抱きついてそう叫ぶ美少女。
あらあら、せっかくの可愛い顔が涙で台無しじゃない。なんなら、あたしの話中、ずっと泣きっぱなしよ。
でもうれしいわ。
馬鹿なあたしを思って。
泣いて。
怒ってくれる。
それだけであたしも……
こぼれる雫を誤魔化す為に。
泣いて怒る友を、あたしは優しく抱きしめた。
気づけばいつの間にキーちゃんの膝の上から狸さんがいなくなっていた。
ふふ、気の利く狸さんよね。
「キーちゃん、あたしのために、ありがとう」
泣きじゃくる友を、柔らかい金色の髪ごと、胸の中に抱きしめた。
いやいやと胸の中で顔を振るキーちゃんが可愛い。
「ぷはっ! ありがとうなんて言ってもだまされないわ! ダメよ、ユーちゃん!」
胸の間から息を吐き出しながら上気した可愛らしい顔がこんにちわ。
ダメよ。
あたしの泣き顔は見ないでほしい。
コツン、とあたしのおでこをキーちゃんのおでこに合わせた。
「でも、キーちゃんは、あたしを応援してくれると約束したじゃない?」
意地悪を言ってみる。
あの月夜の約束ではキーちゃんになんの情報も与えていなかったのだから、友達を応援するという行為は至極当たり前の事なのだけれど。蓋を開ければこうなっていたのだから。
まるで詐欺よね。
「応援するって言ったけど、これは、でも、これは違うじゃない」
そう、キーちゃんのいう通り。
あたしは意図して隠していたわ。
「違わないの。これはあたしが恋を叶える為に唯一の方法なの。それだけ種族の壁は厚いのよ」
三十年間。
ずっと実感してきた。
時間の違い。感覚の違い。常識の違い。
全部擦り合わせようとしている間に人間は死んでしまう。
「それは、あたしもわかるけど、でも、そんな、そんなのって」
キーちゃんも狸さんと寿命を合わせるために化け狸になったのだもの。
そこはきっとわかってくれるでしょう?
「これがあたしの幸せなの。ガッちゃんには役目があって。彼はそのためだけに生きている。あたしはそんな彼にずっと寄り添いたいの。それは人にはできない。あたしにしかできない事なの。幸せでしょう?」
あたしはあの使命に忠実なガッちゃんが大好き。
自分のなすべき事を定めて、その為には手段を問わずに徹底的に結果を求める。
そこの過程で自分が犠牲になろうとも。
そういう所はおひいさまにそっくりだったわね。それを言ったら二人とも嫌がるだろうけれど。
「ふえええ、そう聞くと幸せに聞こえてくるのよ。でも私はユーちゃんと離れたくないの。せっかくお友達になれたのよお」
ふふ、駄々っ子キーちゃん可愛いわあ。
普段は大人っぽくしてるけれど。やっぱりまだ若いのね。
もう少し狸さんにもこういう面を見せてあげればもっとメロメロにできるのにね。惜しいわ。
証拠に。
あたしはメロメロだもの。
そうよ、あたしだって離れたくないわ。
でも。
「あたしにとっても初めての友達よ。生の涯てでキーちゃんに会えたのはほんとに幸運だったわ。狸さんに感謝しなきゃ。彼もそろそろきっと彼の役割を察し始めているわ。キーちゃん、彼を支えてあげてね」
「リント!? リントもいなくなっちゃうの!? いや! いやよ?」
叫んだ友の顔はさっきよりも一層悲壮感が増した。
あら、妬けちゃう。
でも安心して。
「大丈夫よ。彼は物にはならないわ。彼はきっと救世主だから」
そう。
彼は世界の救世主。
世界に愛されて、世界から呼ばれてきた、異世界の住人。
この世界が自分の身を守るために呼び出した存在。
時空の裂け目からやってくるのは侵略者だけじゃないのよ。
「いとしご?」
「そう、『千年一年戦争物語』には出てこない英雄。それが世界の救世主よ。彼が天の王冠を頭に、人魔の王笏を手にして、侵略者を排除して、時空の裂け目を閉じるの。あたしはそう思ってる」
心が読めるあたしが側にいるっていうのに、狸さんはずっとあけすけに前世とか異世界の事を考えていた。
キーちゃんにはまだ自分が異世界からの転生者だって伝えていないようだけれど。
そろそろ伝えどきよ。
あたしがきっかけになってあげるから観念なさい。
きっとこの思考も読んでいるでしょう?
ねえ、狸さん。
「リントが? 英雄? あれ、いない?」
狸さんの話になり、少し冷静さを取り戻したキーちゃんはその不在に気づいてキョロキョロと辺りを見やった。
「ふふ、さっき気を利かせて部屋から出ていったわ。さすがよね。そうね、彼が望むと望まないと関係なく、彼はあの感じで飄々と世界を救うんだと思うわ」
きっと彼がいれば大丈夫。
安心してガッちゃんとあたしの身体を預けられる。
「ねえ、ユーちゃん! 教えて! これからこの世界で何が起こるの? リントは何をするの? なんでリントなの?」
「キーちゃん、あたしも教えてあげたいけれど。あたしからは言えないわ。きっとあたしが言ったら狸さんに怒られる。狸さんが何者かは、本人がきっと教えてくれるわ。あれだけキーちゃんを愛しているんだから」
狸さんを信じてあげて。
それがきっと彼の力になるから。
「……愛されているのはわかってるわ。いつもリントは私を愛してくれる。私もリントを愛している」
言いながら頬を朱に染める。
なんと可愛い友だろうか。
「それなら大丈夫よ。あなた達はきっと大丈夫」
金色の髪を優しく撫でる。
「うん」
毛並みを撫でられた時と同じようにキーちゃんはスッと落ち着いた。
「ねえ、キーちゃん。あたしの最後の夜に、一緒に寝てくれるかしら?」
最後はあなたと眠りたいわ。
「うん」
そう言ってくれると思った。
「ありがとう」
大好きよ。
腰掛けていたベッドへと二人で寝そべって。
ポツリ。
ポツリ。
と。
最後の言葉を交わす。
たまに思い出したようにくすんくすんと啜り泣く友を抱きしめてその髪を撫でながら。
こっそりと。
魔の王笏に変化する固有魔法を発動して。
ひっそりと。
眠りについた。
ありがとう。
キーちゃん。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
魔王決定戦が終了しました。
次回から世界を救う物語へと移行します。
人間の世界でリントが異世界からの侵略者とバトルしますのでお楽しみいただけると幸いです。
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