七十七.ゲットバックを蹴っ飛ばす
戦いは終わり。
「リント、お疲れ様です」
「ありがとう、狸さん」
人間姿のキンヒメと、いつも通りセクシーなユーリさんが、僕を労ってくれている。
見事、僕は魔王決定戦に優勝した。
世にも珍しい、やったか!? というセリフの後に実際やっていたケースである。
ドヤア、狸ドヤア。
うん……ちょっとやってみたかっただけだよう。
世の摂理に逆らってみたいお年頃だったんだよう。そらそうだよ。ちゃんとやってるよう。血の池に沈めてやって、それでもなお、残念やってない! とかになったら、それはバトルじゃなくてホラーの展開なんだよう!
あとは、いい夢みれたかよ? とか、いつから思ってた? 的な展開かな?
ま、それはいいや。
とりあえず僕らは魔王決定戦を終えた。無差別昏倒テロの罪は全てチャラになって。たっくさんのツヨツヨスキルをゲットして。ユーリさんは望み通りに魔王になって。
全部僕らの想定通りになったワケですよ。
いやあ。
めでたしめでたし。
そんなワケで、僕はいまヘブンにいます。
死んでないよ?
この世の楽園です。
そう、ここは。
キンヒメの膝の上。
人間姿のキンヒメの膝の上に丸くなり、首から上半身はキンヒメに撫でてもらって、背中撫でから腰のトントンはユーリさんにやってもらっています。
なんという至れり尽くせり。
繰り返しますが、ここはヘブンです。
突然ですが、僕はですね。
割と腰は触られるとシャーシャーしちゃうんだけどね。
ユーリさんは違った。やべえ。
絶妙なトントン具合!
さすが! キンヒメを快楽堕ちさせられるだけはあるう。
そんな事を考えていたら読まれたのか、ちょっと腰の毛を逆撫でられた。
ぎゃあ! シャーシャーしそう!
ごめんなさあい、快楽堕ちさせられそうなのは僕ですう。
と、心の中で反省するとまた絶妙な腰トントンに戻してくれた。
そしてそして。
もちろん! キンヒメもキンヒメで最高!
いや、むしろキンヒメが最高だよう。
なんと言っても安心感が違うもんなあ。
一撫でされるたびに疲れやストレスが空中に溶け出されるようで。
はーデトックスう。
こんな感じで。
上半身は安楽で下半身は快楽なワケです。
こんな、こんな天国にいたら。
疲れた僕は。
寝てしまう。
ぐう。
◇
膝の上で眠る愛しいリントを見つめて私はふふと微笑んだ。
起こさないように、ゆっくりと、優しく、彼の毛並みを撫でる。
時に手のひらで、時に指先で、頭を、鼻先を、顎下を。
撫でる。
たまに夢の中で心地よくなっているのか、フーンと鼻が鳴る。
可愛い。
「狸さん、寝てしまったわね」
飽きる事なくリントを見つめる私へ、隣に座っている友が、ポツリと小さな声で語りかける。
「ええ、さすがのリントも疲れたのね」
私とユーちゃんは近くにいたら危険という事で離れていたけど。
きっと激しい戦闘だったのだろうと思う。
お疲れ様、リント。
私だけじゃなくて、友達まで救ってしまう、私のヒーロー。
「ねえ、キーちゃん」
「なあに?」
やけに神妙な声の友の声に。私はリントから視線を外して横を向いた。
そこには声に輪をかけて真剣な面持ちの友がいた。
「狸さんに言うと彼の負担になるから、キーちゃんにだけ伝えておくわね」
「聞くわ。どうしたの?」
短い付き合いではあるけれど心底信じた友だから。
どんな話でも聞くわ。さすがにリントの心と身体が最優先だけれど。
その次くらいにはユーちゃんが好きになっているわ。
そんな私の心の声に。
ユーちゃんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。あたしもキーちゃんの事が同じくらい好きよ。ガッちゃんには敵わないけどね」
「ふふ、お互い様ね」
最愛の人を持った女同士小さく笑いあう。
柔らかい空気の中。
本題なんだけどね、とユーちゃんが切り出した。
◇
今夜は。
人生で初めてできた友に。
あたしの生の終わりを告げなければならない。
友の膝の中で眠るもふもふとした毛玉の塊があたしの本願を成就してくれた。
あたしは魔王になった。
だけれど。
今代の魔王は普段の魔王とは役割が異なる。
魔の王とは。
魔を統べる者である。
だけれど。
今代の魔王とは。
その王笏と成る者である。
人ではなくなる。
物となる者なのだ。
魔王には千年に一度。
そういう代がある。
代々、魔王は竜魔族がなっている。理由はシンプルで、圧倒的に強いのが竜魔族だから。たまに多種族から傑出した者が現れても、大体その一代で終わり、次代は竜魔族が継ぐ。
だから今回のような王笏になる者も、竜魔族から選ばれるのが通例である。
何も好き好んで命を無機物に投じようと考える者は少ないから。
でもあたしはそれを望んだ。
「あたしはね、王笏になってモノを言わない物になるの」
そう告げられた友の顔はキョトンとしている。
狸の時の毛並みに引けを取らないほどに美しい金色の髪と、まんまるでうるんとした綺麗な茶色の瞳、肌は白くもっちりとしていて、頬は桜色に染まっている。
サキュバスすらも魅了しそうな可愛らしい友の顔。
今日でもう見れなくなると思うと名残惜しい。
見とれたように黙ったあたしに、そのぷるんとした桜色のくちびるが花開く。
「ユーちゃん? よくわからないわ」
そうでしょうね。
わざとわかりにくく言ったわ。多分、これを伝えるのが怖いのよ。覚悟はしていたけれど。それが眼前に迫ってくるとやっぱり怖い。これだけがあたしの恋を叶える術だとわかっているけれど。
それでも、未知は怖い。
怖いけれど。
ただ一人の友にだけは。
ちゃんと説明しなくっちゃ。
「キーちゃん、『千年一年戦争物語』ってお話知ってるかしら?」
人間の世界にも、魔族の世界にも、共通して広まっている童話だ。
坩堝の森には伝わっているかしら?
「……? っあ! 昔、人間の恋物語を拾い集めてた時に一緒に拾ったかもしれない?」
「読んだ?」
「うん、確かこんなお話だった……」
と語ったキーちゃんの話は概ね合っていた。
一千年に一度。
時空に穴が開き。
そこから異世界の侵略者が大量にやってくる。
その侵略者はあたしたちの知らない力や技や技術を持っている。それを以てこの世界を侵略し、命を魔法を技術を土地を奪おうとしてくる。
それに対抗するべく。
この世界にも英雄が現れる。
人の王、魔の王、鳳の王。
彼ら三勇者と呼ばれる者らを筆頭に。
この世界の全種族が一丸となって、それに抗い、打ち破り、時空の穴を塞いで、平和を取り戻す。
そう言う勧善懲悪、子供向けの、わかりやすい話。
「……こんな感じの子供向けのお話だったと覚えているわ」
それで? これがどうしたの?
という疑問を心の中に浮かべながら、小首をかしげる可愛いあたしの友達。
「これが本当の話だって言ったらキーちゃんはどう思う?」
子供向けの寝物語が世界の真実だと言ったらどう思う?
揶揄っているのかと怒るのか? つまらない冗談として乗っかってくるのか?
どれかしら?
「冗談だと思うわ」
美しい友は答えた。
揶揄われていると怒るでもなく、つまらない冗談に乗ってくるでもなく。
ただ聞かれた事に。
キーちゃんらしい。
「そうでしょうね、でもね、これは本当の話なの……」
聞いてほしい。
願わくば信じてほしい。
唯一の友にだけは。
あたしの本当の願いを知っていてほしいから。
祈りながら、あたしはただ一人の可愛い友達に説明を続けるのだ。
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