七十六.普通の狸が竜を喰う
「では、いくぞ」
ロンさんはそう言って、両の拳を合わせた。
光っている右拳に気を取られて気づいていなかったが、右の光とは逆に左の拳は異常なほどに暗い。
まるで闇を纏ってるかのように。
右拳の光と。
左拳の闇が。
合わさって一つになる。
闇と光がマーブル模様を描き、まるで光と闇が炎となっているかのように見える。
ロンさんは腰を落とし、四股立ちの形で両拳を腰だめに構え。
息を軽く吸い。
「竜魔拳法! 真光深淵破壊拳!」
息とともに正拳として放たれた。
もうね、見た瞬間にわかった。
あ、これやばあ、って。
僕がダンチンロウの時に脅すために言った対消滅を起こす系だと思う!
だけど気づいた時にはもう遅いのよねえ。
驚くほどゆっくりと放たれたように見えたロンさんの右拳は、触れた時間と空間の概念を消滅させたように、いつの間にか僕の腹に着弾していた。見た目ではただ拳をゆっくりと僕の腹に当てているだけに見えるだろうけど。
でも、違う。
拳が触れた瞬間、僕の全身に電撃が疾った。
それはただの破壊だった。
破壊という概念そのものだった。
体外に何重にも施した金剛壁は瞬時に破壊され、身体強化も破壊され、僕の腹に拳は届き、破壊そのものが、拳の触れた腹から入り込み、僕の体を破壊し尽くさんと駆け巡った。
細胞が破壊される。
魔力の流れを破壊される。
これはすごい。
すごいなんてもんじゃない。
破壊したという事実が、次の対象へと伝播していく。
その力はまさに暴れ竜、そのもの。
体内に入った竜は僕の身体の中を暴れ回る。
そうして、僕の中にいる様々な変化対象の皆さんを次々と砕いていく。
鳳が。大蜘蛛が。人間が。洞窟狼が。毒蜥蜴が。屍人が。油蝙蝠が。火蜥蜴が。人間土竜が。風精霊が。 夢魔族が。六腕魔族が。吸血魔族が。金剛魔族が。
体内で具現化し、破壊の限りを尽くさんと飛び回る竜の力に喰い殺される。
そうやって。
全てが砕け散って。
最後に残ったのは小さな狸。
竜は実に楽しそうに笑って、最後に残された無力な狸をパクリと飲み込んだ。
そして満足げに僕の丹田あたりでドンっと座り込み。
ペロリと舌なめずり。
体外の僕の瞳から光が消え、今すぐに倒れ込んでもおかしくない状況。
僕の身体の中と外で竜が笑う。
決着。
◇
……そう思っただろう?
でもさ、その狸はただの狸じゃないんだよう。
リントだよ?
言うなれば、僕の本質だよう。
自分で言いたくないけどさ、化け物だからね。
そこには君が軽々と打ち砕いてきた数々の変化対象の本質が詰まっている。
そんなものを食べても大丈夫?
お腹壊すんじゃない?
ほら、お腹をご覧よ?
具現化した竜は、何もない空間の中、どこからか聞こえる僕の声に反応して腹を確認する。
そこには何かが蠢いていた。
言わんこっちゃない、暴食の限りを尽くした君の腹がボコボコと波打っているだろう。
「が、ががが」
気づいた途端に、竜がうめく。
この竜はあくまで力そのもので生きてはいない。感覚器官はない。痛覚も、脳もない。
だがそれにすら苦しみを与えるのが僕の本質。
「ほうら、もう、お腹が壊れるよ」
文字通り。
お腹が壊れた。
最初、ゆったりとした蠕動は、僕の言葉に一気に激しさを増し、竜の腹を容易に喰い破った。
「ギャアアア」
感じた事のない痛みに竜は叫ぶ。
でもね。
大丈夫だよ、痛みを感じられるのは今だけだから。
今から君は僕に食べられて、取り込まれて、僕の一部になる。
そうしたらもう何も感じなくなるよ。
色んな生き物と共生できるよ。
君がここに至るまで、楽しそうに喰い破ってきた彼ら、と一緒にさ。
僕の中の坩堝で、さ。
竜の腹から飛び出してきた一匹の狸は、眼前で苦しみのたうち回っている力の竜を、実に狸らしいアホ面で眺めている。
そうさ、これだって僕の本質だ。
そして今から君を食べようと大口開けちゃう僕も。
これまた僕の本質。
さあさ。
いらっしゃい。
そして。
いってらっしゃい。
「狸隠神流忍術! 反魂転身!」
受けた力は全部ロンさんに返そう。
◇
「ぷはあ」
天を仰いで息を吐き出すと、一緒に真っ白い煙のような力の残滓が、口からボワッと噴き出した。
ここでやっと光を失っていた僕の瞳に光が灯る。
はー、やばかったあ。
なんだようあの竜。体内で力が具現化して、それが竜になって、身体中を喰い破るなんてチートだよう!
前世の死なない体ならまだしも、今の狸の体だったら普通に死ぬからね。
シルフに変化できるようになった時にゲットした回復魔法がなかったら死んでたよう。体内でシルフを具現化させて、竜の後ろからこっそりとついて回って壊される側から治してたんだからねえ!
死ぬかと思ったあ。
助かったあ!
ま、でもこれで僕の勝利だよねえ。
目の前でパンチを僕に当てたまま固まっているロンさんへ視線を落とす。
さっきまでの僕みたいに、今度はロンさんの目から光が失われている。
ときおり身体の一部だけが不随意にピクピクと動いている。
まー仕方ないよねえ。
今頃は僕の忍術で放たれた力の奔流が身体の中を暴れ回ってるだろうしねえ。
しかも受けた力を反転させて流し込んだ上に、僕の体内で練りに練った力もそれに上乗せしてるからね。
さっきまでの僕みたいに精神世界に入り込んで、暴れまわる力を防ごうとしても、僕とロンさん、二人分の力が暴れまわるわけだ。一人の力じゃ絶対に防げないよ。
ふふん。
自慢げに鼻を鳴らしていると、ロンさんの身体がピクピクとした動きからビクンビクンとした動きに変わった。
さて。
そろそろ殺合いかな。
「お疲れ様」
その言葉と共に。
僕はロンさんの背中をパンっと叩いた。
と、同時に。
「だぶあ」
ロンさんは口から真っ赤な血のブレスを放って地面に崩れ落ちた。
そしてそのまま自らこしらえた血の池ですやすやと眠り込んだのだった。
よし!
やったか!?
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