七十五.素手喧嘩で一殺よ
「ようし! こっからはステゴロじゃあ!」
ロンさんが吠える。
人の姿に変わったが、それは正しく竜の咆哮だった。
ただし、竜型の時とは違って、拡散型から変化し、指向性を持って正確に僕へと向かってきた。
たかが音の波だというのに、僕のかわいいモフっとした毛並みが根こそぎ引っこ抜かれそうになる。僕が赤むけの狸になっちゃうよう。狸なべえ。
なんてふざけているが、ここで僕は気づく。
割と本気でやらないと負ける、と。
だから、ふんどしを締め直す。
実際はしていないよ? 心のふんどしだよ?
「……僕も変化するよう」
僕の意識が変わったのを感じたのか、ロンさんは不敵な笑みを浮かべたまま、無言でうなずく。
ここまで色んな変化の対象を手に入れてきた。
変化するだけで強くなれる種族もある。
でも。
ステゴロと言うのならやっぱりベースは人型がベストだろう。
そう考えて。
僕はお馴染みの人間の姿に変化する。
なんだか、すでにもう自分の姿になったような安心感すらある。
最近はよく変化しているせいか、服もコミで変化できるようになってる。
マッハでマッパは回避なのだあ!
「ふむ、本気で暴れ回ってもいいが、これ以上街を壊すわけにはいかんな」
僕の変化を待っている間に少し冷静になって、周りの風景が見えるようになったのか、ロンさんは少し気まずそうな顔をしながら、僕に言うでもなくひとりごちるように言った。
気づくの遅う。
「いまさら気づいたの? 僕の予想だと僕らが本気で暴れ回ったらこの中央都市は壊滅すると思うよう?」
というかなんでそこに気づかないのか?
市街地戦なんてやったら街に被害が出ないわけないだろう。
「ふむ。今回の魔王決定戦は特別でな。あくまで形式的なものなのだ。だからそこまで本気でやる想定はなかったのだから仕方なかろう? お前が不確定要素すぎたのよ」
また出たよ、特別特別。
思わせぶりな事ばっかりみんな言ってさあ、肝心な話は教えてくれないんだよ。
ねえねえ。
なーに?
なんでもなーい。
これは、可愛い女の子がやっても万死に値するんだよ? そこわかってる?
「じゃあどうすんのさあ?」
こうなったら、向こうが言い出すまで、絶対聞いてあげないんだからあ。
「よし、ではここは一つ、魔族の流儀に従ってもらおうか」
魔族の流儀?
「なあにそれえ?」
僕の疑問符に、ロンさんは笑って、まあ見ていろ、とだけ答えた。
それから。
一歩ずつ。
僕の方へ近づいてくる。
その一歩ごとに。
ロンさんの力の気配が増していく。
特に右拳。
明らかになんだか熱を帯びて自然に発光している。
そして一歩ごとに、なぜかロンさんの質量が増しているようだった。それを証明するように、足元の石畳が耐えきれずに、うめくような悲鳴をあげて割れている。
歯を食いしばり、その口の端からはもうもうと白い蒸気が沸き立っている。
なにこれえ。
人間蒸気機関?
いやドラゴン蒸気機関か? 狸わかんなあい。
そんな仕上がった状態のロンさんが僕の目の前で立ち止まった。
こわあ。
「よし、化け狸……よ? いや今は人間の姿だな、お前、名は?」
「あ、初めまして、リントと言います」
ぺこり。
金髪がサラリと揺れる。
いまさらの自己紹介?
「よし、リントとやら、我らの勝負はこの、魔族に伝わる九十九決闘術の一つ、一殺遊戯でつけようではないか?」
は? いちころ? 不穏。ゴキブリ対策製品じゃないんだからさあ。
「いやあ、僕、魔族じゃないからそのイチコロとかいうののルールすら知らないんだよう?」
「ああ、大丈夫だ。ルールは簡単、本気のパンチを交互に打ち合って、膝をついた方が負けだ」
シンプルう!
「てことは、その準備万端の右腕で僕を殴ると?」
「そうだ! 初回特典で腹にしておいてやろう! 準備するが良い!」
「え? 先攻後攻の決定とかないのう!?」
明らかに先攻有利なんだけど?
「上位者優先がこの勝負のルールであるからな!」
えーずるくなあい?
あ、ずるいだって、サイロスさんみたいになっちゃった。
まあ、郷に入っては郷に従えって言うしなあ。
仕方ないなあ。
「じゃあさあ、準備するから、少しだけ待ってよう?」
僕の言葉に、ロンさんは満足そうに頷いた。
さて。
あの圧倒的にやばそうなパンチに耐えるには、っと。
色んな人が色んな流儀で持っていた身体強化。
これを体の外側に何重にも重ねて、まずは器を強化する。そうしないと多分、今から内面にこめる力に耐えきれない。人の身は器用に動かすには便利だけど、強度で言えば低いからねえ。身体強化を十重くらいに重ねがけ。
よし、っと。
これでやっと体の中に力を溢れさせる事ができる。
今から体内にこめるのは今まで僕が得てきた変化の対象の全ての概念。
ダンチンロウと一対一で戦った時には全ての変化を体外で行った。
でもあれじゃあダメだと僕はあの時に思い至った。
強いのは強いんだけれど、全部がチグハグなんだ。
そこで僕は考えた。
外に変化を発現させるのではなく。
全ての変化の対象の強さを、いわば力の概念として身体の中に内包できないだろうか、と。
数数えきれないほど得てきた変化の対象。
全ての強さを体内に内包させるんだ。
研究はしてたけど、実地で試すのは今日が初めて。
よし、当たって砕けよう。
いや、砕けたらダメえ。
さあ。
人間の世界で得た人の器に。
坩堝の森で得た獣と。
魔族の世界で得た魔を。
僕が今まで得てきたその全てを内包させる。
丁寧に丁寧に。
ようし、ここまではできた。
でも僕の体はいま、パッツンパッツンに張り詰めている。
きっと、今の僕の体を針で突いたら風船のようにパンっとはじけるかもしれない。
これじゃあだめだ。ロンさんに拳を受けただけで、口からエネルギーがえろえろえーってしちゃう。
これをさらに圧縮しないと。
一旦、体内の獣と魔と人の力を、ゆっくりと混ぜ合わせて、それを圧縮。
よしよし、いい感じ。
混ぜ合わせて、圧縮した力を体内に循環させる。
よしよし、上手いこと体を巡ってる。
けど、多分、これだけじゃあまだダメだと思う。
だから、力がみなぎる身体の姿勢をただし、さらにみなぎる身体エネルギーを、前世で得た硬気功に応用して身体強化の上に重ねがけした。
楽しくなってきたあ!
まだまだあ!
「さらにダメおし! 狸隠神流忍術! 金剛壁!」
ラクーンDZV譲りの硬化変化を狸の毛並みに適用して何枚も体外に展開、そしてそれをさらにディアマさんからもらった金剛魔法で強化!
よし! これで! 完璧! 鉄壁!
僕の準備が整ったのを確認したのか。
いつの間にか真剣な顔をしていたロンさんが一つ頷いた。
「……準備はいいか?」
「うん、いいよう!」
どんとこーい!
これが破られたら流石に僕も勝てないよう。
あとは野となれ山となれだい。
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