七十四.凶暴な竜の咆哮
竜の咆哮。
それは大気を震わせ、その衝撃だけで、街に立ち並ぶ建物を破壊する。
窓ガラスは容易に砕け散り、外壁のレンガはボロボロと粉と化し、屋根板を止める釘ははずれ、葺かれた屋根が吹き飛んでいく。
「ふわあ、ドラゴン怒りの咆哮だなあ」
そのあまりのうるささに、僕は耳をパタンと折りたたんで、音をシャットダウンしてぽつりとつぶやいた。前世で見た映画のタイトルじみているその呟きも、かきけされて音として僕の耳に届くことはない。
そんなおおげさな咆哮はしばらく続き、音の衝撃波に中央広場に面している建物は、その姿を止める事はできず、まるで戦争でも起こったかのようにボロボロと崩壊した。
僕は思う。
咆哮ながあい、と。
長いのよう! もーいい加減飽きちゃうよう!
耳も閉じてるから僕はノーダメで、どれだけこれを続けても無駄だし、いつまでも吠えてなくていいのにさあ。
あ、キンヒメは無事かなあ?
ほんと、ユーリさん頼むよう。探った気配だとだいぶ遠くにいるから大丈夫だとは思うけどさあ、キンヒメが怪我でもしてたら、目の前のドラゴンは殺さなきゃならなくなるんだよう。
キンヒメの気配のする方へキョロキョロとしはじめた僕を見て、やっと竜の咆哮が止まった。
やっと終わったあと安堵しながら目の前の竜を見つめていると。
ぎらりとした巨大な宝玉のような瞳で、僕を睥睨して言う。
「魔族の王たる竜魔族に対しての侮辱! 死ぬぞケダモノ風情が!」
……死ぬぞ、って。いまさら?
ふーん、この竜、呑気だなあ。
散々、吠えた挙句に、死ぬぞって……能書きはいいからさっさと始めればいいのになあ。
あなた、僕の挑発に怒ってるんだよねえ? ほんとに怒ってる? 怒ってるふりじゃない?
「……だってえ、あのままほっといたら、ロンさん、いつ降りてくるかわからなかったからさあ」
僕はさ、もうさっさとしてほしかったんだよう。
狸は飽き性なんだよう。
「様子を見るのは当たり前であろうが! よくわからんケダモノがダイアゴン、ノスフェラ、ディアマを倒しておるのだ! 警戒しないわけがなかろう!」
あらまあ、最強魔族にしては慎重ですこと。
「あー、見てたんですねえ。へー、戦いもせずにねー」
芋ってたワケですねえ。
「現魔王の竜魔族はシードである! 予選には出場しないのだ。我は最後に残った候補者と戦うのみ! ここに至ってまだ無礼を重ねるか!」
あ、そういう仕組み?
芋引いて引きこもってたわけじゃないんですねえ。
ま、どうであれ。
「そうですか。じゃあここで現魔王のロンさんを倒せば、ユーリさんが魔王になれますねえ」
それで終わり。
僕はロンさんの生体情報を取得して新しい忍術の開発に移りたいの。
ノリで忍術の名前をフットウシソウダヨウとかにしちゃったのを直したいのよ?
「は? 狸風情が、本気で我を倒す気か?」
は? ってなにさあ?
本気以外ないよ?
「そうですけど」
なにか?
僕の言葉に目の前のロンさんは怒りと言うより理解が及ばないという顔をした。
順当に考えれば、たかが狸が竜魔族を倒すと言っているのを馬鹿にしている言葉になるんだろうけど、ロンさんの雰囲気は少し違っていて。
なんだか思っていたのと違う流れに至った事を、心底不思議に感じている表情だった。
「元々、二位を狙っていたわけではないのか?」
ん?
言っている意味がわからない。
初めから二位を狙って動き出したら、そこまですら至れないのは必定だよう。
そんな事を言ったのはどこの馬鹿だ?
「誰が、僕が二位を目指すと言ったの?」
忿懣やる方なし!
前世からコミュ障だったけど、何かを成すのに失敗を想定する事はあっても、失敗前提で動く事なんてなかったんだよう!
「いや、誰も言っておらん。我の想像だ。なにぶん、今回の魔王決定戦は特別であるからな。二位が実質の優勝だからな。だから我はお主らが棄権するものだと思って、咆哮の時間を長く取ったりして様子を見ていたのだ」
あ、あの長い咆哮は僕が棄権する間をくれてたのね。
納得。
でもね納得できない事も多い。
「んー? 僕は優勝するようにとしか聞いていませんが?」
ユーリさんも、ロンさんも言っていた。
特別な魔王決定戦という言葉。
どいつもこいつも特別特別ってさあ、なんなんだよう。
もー、ユーリさん、なんか隠してるなあ?
「……そうか、我はてっきり夢魔族が小賢しくも魔族の実権を握りに来たのかと思っておったが、あの小娘、本気で王笏を目指しておるのか」
全部が腑に落ちた顔。
なんだかさっきまでの小物感がスッと抜け落ちた感じがある。あれはわざと僕を棄権させようと無理してたのかも知れないなあ。こうやって改めて見ると威厳があるし、正しく魔族の王っていう雰囲気を纏っている。
それにしても。
「王笏?」
また新しい言葉だ。
王笏。
どっかで聞いたなその名詞。
なんだっけ?
僕がどこでそれを聞いたのか思い出そうと首を左右に捻っているが、反面、ロンさんは全てに納得がいったようにすっきりした顔で口を開いた。
「まあ、良い! そちらがそのつもりなのであれば! 我も竜魔族の誇りを持って戦うのみだ!」
え? 一人ですっきりしないで。僕の疑問に答えて。
「待ってよう! 僕だって事情が知りたいよう!」
僕は不満げにぴょんぴょん跳ねる。
狸だってやんのかステップくらい踏めるんだぞ?
「カッ! 魔族の誇りを知りたくば! まずは我を倒すが良い! つまりは永劫、知れぬという事だ!」
ぎゃ。
絶対答えてくれなさそう。すげえすっきりした顔でバトルモードに入ってる。
「ふーん。そういう事言うんだ。だったら簡単だよう」
そっちがそのつもりなら僕だってやってやんよう!
元々こっちがその気だったのを、そっちが削いだ癖に、勝手にやる気出してるような奴はやってやるのだよ!
臨戦体制で。
殺気ではなく。
闘気を放つ。
今回はなんだかそれがふさわしいと思った。
僕の闘気にあてられて、一瞬言葉を失ったロンさん、それでも流石にすぐに僕の闘気の意味を察して、その大きい口で真っ赤な三日月を描く。
「狸の分際で! 生意気を! 分を思い知らせてやるわあ!」
言葉そのものとは異なって、雰囲気も、表情も、ロンさんの全てが清々しく笑っている。
正面きってこういう風に言われる事がないから嬉しいって感情が感じられる。
「ふむ! 狸の勇気に免じて、今回は趣向を変えよう!」
趣向とは?
なんて疑問を口にする暇もなく。
ロンさんの巨体全身からカッと閃光が放たれた。
え、目潰し?
な、ワケないか。
目潰しだったとしても、僕は気配を探れるから意味はないけどね。でもあんなに楽しそうだったロンさんがそんな搦手でくるワケないよねえ。
そう考えて僕は閃光がおさまるのを待つ。
閃光がおさまったロンさんを見ると、そこに竜の巨体はなく、鱗の生えた人型の魔族が立っていた。
「ロン、さん?」
うん、多分ロンさん。
巨体に内包されていた力が、目の前の小さな体に凝縮されているのを感じる。
「ああ、我である。あの巨体で戦っては街を無駄に壊すでな。狸程度、この姿で問題あるまい。カカカカ」
笑いながら、パンっと拳で手のひらを鳴らしているけど、ロンさん?
あなたの後ろをみてみて?
そこには。
すでに破壊された街並みと、壊れた噴水から無尽蔵に噴き出る水があり。
そんな事に気付きすらもせずに、竜魔族のロンさんは高笑いをあげながら、戦闘態勢をとっている。
後ろに目がないって罪だよね。
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