六十六.可愛いハナコなんだよ?いいからご覧よ!
「キンヒメえ! ユーリさあん! 勝ったよお!」
僕はキンヒメと、ついでにユーリさんに勝利を告げる。
鮮血を背景にしてぴょこんぴょこんと飛び跳ねている狸はかわいかろう?
そんな僕をみてユーリさんは焦っているようにみえる。
「ちょちょちょ! 狸さん! 待ってて! そっち行くから!」
「あいよー」
やっぱり焦ってた。慌ててるねえ。
もしかしてサイロスさんって殺しちゃダメだった?
後ろを振りかえり、防衛隊の皆さんを確認すると、若干殺気立っている。
こわ。
こんな時はそっちを見ないに限る。
うん。
空は綺麗だなあ。
そうやって狸が惚けていると、慌てた様子のユーリさんと、その胸に抱かれたキンヒメがあっという間に僕の前までやってきた。
「ちょっと! 狸さん! ほんとにサイロス殺しちゃったの?……って、ああ、これは死んでるわねー」
真っ赤な絨毯の上ですやすやと寝ているサイロスさんのカケラを見てユーリさんは大きなため息をついた。
「うん、殺そうとしてきたからねえ。殺したらダメだったあ?」
「えーっと。ダメと言えばダメだけど、まー、大丈夫っちゃあ、大丈夫かなあ?」
なんだよう、煮え切らないじゃないかあ。
「どういう事?」
「えっと、魔族は力が全てだからね、決闘で殺す事も死ぬ事も許容してるんだ」
おお、さすが武闘派。
「じゃあ大丈夫って事?」
「うん、サイロスに関しては」
そう言って、決闘を観戦していた魔族の皆様の方へと視線を投げた。
なんか含みがある感じねえ。
「ええっと、サイロスさん以外は問題ありな感じ?」
殺気立っているオーディエンスの皆さんは見ない事にしてるんだけどなあ。
知らんぷりん。
「そうね、魔族には仇討ちって言う制度があるのよ。子供や親なんかを殺した相手に復讐する権利ね」
仇討ちきたあ。もーそういう武士っぽいの嫌いい。忍者的にも狸的にも嫌いい。
「あー、そういうの知ってるよお。大概が復讐の連鎖になるヤツだよねえ」
「そう、正解ねえ、大体はどっちかの一族を根切りにするまで続くわ」
それは実にめんどくさあ。
でもさあ、よく考えてみてよ。僕は被害者だよう?
先に殺そうとしてきたのはサイロスさんだし、実際僕じゃなかったらあっさり死んでると思うよう?
ユーリさんは心を読んでるだろうから伝わってるだろうけどさ、これは周りの人間にもアピールしておくべきだと思うから言うよ! 狸もたまにはちゃんと言うよ!
「でもさ、腕試しって言いながら、先に僕を殺そうとしてきたのはサイロスさんだよう?」
僕の言葉にユーリさんは二度うなづく。その腕の中のキンヒメもニコニコと頷いている。
僕、悪くない!
僕は良い狸だよう!
「うん、そうね。サイロスが狸さんを殺そうとしてきたのは本当にごめん。あいつの気持ちがそこまで逝ってるとは思ってなかったあたしのミスよ。そうね、逆だったら狸さんがああなってたんだもんね。仕方ないか。あっちの家族はあたしがなんとか説得してみる」
そんなユーリさんの言葉に、後方で状況を伺っていたインキュバス、サキュバスの防衛隊の皆さんも、ある程度納得したような空気感になる。
うん、わかってくれて良かったよう。
僕が悪くないって思ってくれるならそれで良いよう。
じゃあ、種明かしをしようかなあ。
狸は他者を驚かしたい。
「なんてねえ、うそうそお」
じゃじゃん!
狸は嘘をついてましたあ。
「は? 嘘ってなに、が?」
急におどけた僕の態度にユーリさんは戸惑い怪訝な表情。
その腕の中にいるキンヒメも不思議そうな顔をしている。
「ああ、嘘ってのは違うか。このままほっとけば、確かにサイロスさんは死ぬんだけど、ユーリさんが殺さないで欲しいって言うなら治せるよ」
「は? これを? 治す? だって死んでるわよ?」
僕の背後に転がっているサイロスさんのカケラたち。
明らかに死んでるし、これを治すってのは普通に考えれば死者蘇生だし、それ以外ならただのエンバーミングにしかならないだろう。それは治すじゃなくて、直すだしね。
でも僕は治す。
と言っても、さすがに僕でも死者蘇生はできないよう。
でも、今回は特別。
「カマイタチのつけた傷だからねえ。治るよ」
だってカマイタチだもん。
「ちょっと何いってるかわからないわ」
ま、そうだろうねえ。
前世での概念だしね。その概念は僕にしかない。
「もーさ、ぐちゃぐちゃ言っててもしょうがないし、論より証拠ってね。やってみせるよ?」
「え、ええ」
ユーリさんは戸惑いながらもこくこくと首肯する。
生き返るのならばなんであれ歓迎って事だろう。ほんとにい? ペットセメタリーみたいになっても知らないよう? 生き返った相手が凶暴化してそれに食われるの怖いよう?
と、考えている僕の心を読んだのか、目線でそれは本当かと訴えてくる。
むふふ、冗談だよう。と心の中で否定してあげると、ユーリさんはふう、とため息をついて呆れ顔をしながら、さっさとやるならやれみたいな感じにあごで僕に指示を出した。
もーちょっとくらい付き合ってほしいなあ。
ま、いいか。混乱しながらも納得してくれたみたいだし。
後ろで立ち並んでいる防衛隊の皆さんはよく話が聞こえてないのかざわざわと戸惑っている。あの辺は後でユーリさんに説明してもらおう。
そんな混乱の中。
キンヒメだけは安心した表情で僕を見ている。
どこまでも僕を信頼してくれている。
この存在が僕を真っ直ぐ立たせてくれる。
要は。
妻かわええ。って事。
よしよし! それなら、その信頼に応えて! かっこいいとこ見せよう!
「狸隠神流忍術! 風遁カマイタチ!」
僕の言葉に。
風がイタチを形づくる。
今度のは、可愛いタロウでも、怖いジロウでもない。
風遁カマイタチの最後の子は女の子。
優しい末娘のハナコ。
彼女は転ばせもしないし、切り刻みもしない。
切った傷を治すカマイタチ。
カマイタチが切った傷しか治せないけれど、逆にカマイタチが切った傷なら何でも治せる。
風魔法を忍術の枠にはめて、それにカマイタチの概念を与えて、形作ったらこうなった。
腕試しには便利だからとても使いやすい。
殺す殺さないの選択が容易だからだ。
桃色の風の化身。
それはまるで春の風のよう。
小柄なカマイタチのハナコは、きゅるきゅる鳴きながら、可愛らしく僕の周りを回って命令を待っている。
ヨシ、やるか。
「疾り、癒せ」
僕の言葉を聞いたハナコは嬉しそうにキューンと鳴いてから、兄二人の匂いのついたサイロスさんへと向かう。ゆっくりと空中を滑るように移動し、サイロスさんのカケラたちまで辿り着いて。
その上をくるくると回った。
桃色の風は回転の軌跡となり、段々と桃色の輪のようになる。
そしてその色のついた風の輪から、サイロスさんの上へとキラキラと光が降り注ぐ。
ハナコの回った軌跡は、奇跡となって、光を降らせ、その光が傷を癒すのだ。
降り注ぐ光は降り積り、サイロスさんの全てを包む。
そうやって包みおわったタイミングで、光の中に変化が起こる。
鮮血の絨毯はサイロスさんのカケラの中に吸い込まれ、サイロスさんのカケラ同士はお互いを求め合うように手を結び、あっという間に元々のサイロスさんを形づくる。
それはまるで時を戻しているように見える。
そうやってサイロスさんの傷を癒したハナコは、サイロスさんの全てが元に戻った位のタイミングで、二匹の兄と同じように自然の大気へと返った。
風も、光も、血も。
何もかも消えて。
あとに残されたのは。
地面に横たわっているサイロスさんと。
呆然と立ち尽くしているユーリさんと。
満足げに笑う僕とキンヒメの夫婦だった。
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