六十四.泣き虫サイロス、自信ありすぎ
僕はいま、見目麗しいインキュバスのサイロスさんと相対している。
「どうも、初めまして」
僕は化け狸らしく二足で立ち、対戦相手のサイロスさんにペコリと頭を下げた。
「ほう、礼儀の真似事が良く出来たケダモノだ。なんだ? ユーリに仕込まれたのか? 気に入らんが、まあ、良い。私からも君に礼を言わせてもらおう」
僕の礼儀は元々出来てるよう。
仕込まれたって、なんだよう、感じ悪いなあ。
「礼って?」
なんのお礼か知らないけど、お礼はお前のスキルでいいよう?
「ユーリを簡単に手に入れられる事への礼だよ。狸にはわからんと思うが、ユーリのスキルは厄介だ。この私でもアレに勝利するのは手間がかかる。私の妻となるのだ。それ位強いのは当然なのだが……私はそんなに手間はかけたくないのだ。だが、な。狸に勝つ程度なら手間はかからん。実に私は幸運だ。その、礼だよ」
ほーん。そういう事かあ。
要はユーリさんに勝てないから愛は伝えられなかったけど、狸相手ならなんぼでもイキれるから、よっしゃよっしゃ、うっへっへっへっ、て事ね?
はあ?
「うーん、そんな感じに狸ごときにしかイキれないレベルだから、ユーリさんに泣き虫サイロスって呼ばれるんだよう? 過去、ユーリさんに一回も勝った事ないんじゃなあい?」
成長しても本質は変わってないのねえ?
「ば、そ、そんなあだ名は幼い頃のモノだし! 勝った事がないわけじゃあない! 戦うタイミングがなかっただけだ!」
なあんだ、やっぱり勝った事なさそうだねえ。
もっと煽ったろ。
「そうかなあ? もうすでに涙目じゃない? 流石の泣き虫サイロスでも、狸ごときに泣かされるのはどうかと思うよう?」
うふふう。煽りスキル発動!
そんなスキルないんですけどね。気分ですよ気分。
「ふざけるな! ただのケダモノだと思って優しくしてやれば調子にのっているな! 私の真の力を見て震え上がれ!」
そう叫んで。
サイロスは体に魔力を弾けさせた。
咆哮と同時に魔力は全身を駆け巡り、一瞬で細身だったその体が逞しく筋肉質に変化した。
すごう!
「へえ! 身体強化魔法だ! すごいねえ!」
素直に賞賛だ。
これは忍術に応用できるよなあ。
忍術でもさ、脳のリミッターを意図的に解除して爆発的な力を出すようなのがあるんだけど、何気に体にも脳にも負担がかかるから常用には向かなかったんだよね。
でもこれなら大丈夫そう。
ふへへ、楽しみい。
「ふん、今さら怯えても遅いぞ!」
いや、すごいとは思ってるけど、怯えてないよ?
僕のどこをみて怯えてると思った? ワクワクしかしてないけど?
もーダメな泣き虫サイロス。
早速だけど、その身体強化どこまで使えるか試してみるよ。
「じゃ! 僕も小手調べ! 行くね! 『狸隠神流忍術! 風遁カマイタチ!』」
レベルアップした風魔法で獣を形作れるようになったからお試し!
疾れ! カマイタチ!
僕の手から放たれた風のケダモノ(命名:タロウ)が一直線にサイロスへと駆けていく。
狸が一番可愛いけど、イタチも結構可愛いよねえ。
ほら、駆け寄ったタロウが、サイロスさんの足元でじゃれてる。一生懸命足元にマーキングしてるよ。ほらほら風で作ったおしっこまでかけてる。可愛いねえ。
ほらほらあ、サイロスさんもその可愛さにメロメロだろう?
確認するために視線を上げると。
「くだらん!」
ぶしゃあ!
怒りの形相でサイロスさんが身体強化した脚力で足元でじゃれるタロウを踏み潰した。
ああ! 僕のタロウが!
こうして風は自然へと返った。
「あー、タロウ……」
生まれたばかりのペットよ、さようならあ。
「なんですか、さっきの獣モドキは? こんな脆弱な魔法では身体強化なしでも蹴散らせますよ? しかもいっさい攻撃をしてこない! ふざけてるんですか?」
タロウを踏んだ足を汚らわしいと言わんばかりにふりながらサイロスが眉を顰める。
「ふざけてないよう! 僕は一生懸命戦ってるんだよう? ああ、さよならタロウ」
僕は風に消えたタロウに祈りを捧げる。
「その態度でふざけていない、と? ならばなおさら困りましたね。さっさと降参してユーリを私に譲る事をお勧めしますよ?」
冷静そうな言葉とは裏腹に揶揄われているユーリさんの顔は真っ赤っかだよう。
煽り耐性がなさすぎなんだよなあ。
「うーん、譲るも何も、ユーリさんと僕はそういう関係じゃないよう。見たらわかるでしょう? 僕、狸だよ? 僕には可愛いキンヒメという妻がいるからねえ」
いまは離れてユーリさんと一緒に僕の戦いを見つめている僕のかわいい妻。
あれ? ユーリさんにもふもふ撫でられてご機嫌そうなんだけど? どういう事?
「ふーん。そうなのですね。それは朗報です。が、とはいえ、貴方を倒せばユーリと結婚できるという事実は変わりませんから。ここからは手加減なしでいかせてもらいます」
そう言った刹那。
サイロスからアイスランスが僕めがけて放たれていた。
お、氷魔法だあ! 持ってないやつう! テンション上がるう!
射出速度もそこそこある。
もちろん僕には止まって見えるレベルだけどねえ。いつも通りにギリギリでスッと避けてやるよう。
ドヤア、狸ドヤア。
そんな感じに余裕で避けたったドヤ顔をサイロスさんに向けると、今度はその逃げた先に、サイロスの鋭い爪撃が上から走った。
どうやらサイロスさんはアイスランスと一緒に距離を詰めてきていたらしい。これから察するに、魔法からの遠距離攻撃と身体強化による近距離攻撃で戦う魔法戦士タイプらしい。
かっこいいなあ。
この見た目で魔法戦士とか、出てくる場所間違えてないかな?
僕なんて狸だよう? ただただ可愛い狸に転生したけど、ここまで頑張って生きてるんだよう? ほんとだったら坩堝の森でただただ可愛らしく一生を終えるはずの生き物だよう?
なんたる格差社会!
と嘆いているフリはすれども、可愛さでも強さでも負ける気はないけどねえ。
可愛いは正義なのだあ。
可愛いはパワアなのだあ。
などと馬鹿な事を考えている間も、もちろん爪撃を避けている。
サイロスの爪撃は激しさを増す。
それは連撃となって間髪入れずに色々な方向から繰り出された。
上上左下左上左下左上左下左上。
爪撃ラーッシュ!
でもそれは僕の毛並みを掠る事すらあたわない。
僕はそれを全部華麗に避けてみせる。しかもコロンコロンと転がったり。もふんもふんと跳ね回ったり。全力で狸のかわいさをアピールしながら、余裕をもって、全てを避けていく。
「なんでだっ! なんで当たらない!」
本人的には超速度で放っている攻撃。
それが当たらない事へ募るサイロスの苛立ち。
焦っている表情を見せながらも、その表情の後ろに余裕が透けて見えている。それはきっと頑なに使用しない右手の爪にこもっていく魔力のせいだと思われる。
きっとサイロスのこの攻撃は、ラッシュでゲージを溜めながら、右のフィニッシュブローを放つ感じのヤツですね。左手と両足を使ったラッシュが右手のフィニッシュブローが放たれる位置へと僕を誘導していくのがわかる。
元来は左と両足である程度敵のダメージを稼ぎながら、右でトドメをさす感じのコンボなんだろうねえ。
もしかしたら苛立って見せているのも半分くらいはブラフかもしれないねえ。それだけ右のフィニッシュに自信があるって事かなあ。
でもそれだったらそれこそ本気で焦ってみせなきゃダメだと思うけどなあ。
どうしよっかなあ。
右のフィニッシュブローを出させる前にボコすって方法もあるけれど、自信満々のフィニッシュブローも見てみたいよなあ。でもそれって舐めプになるよなあ。
うーん。
ヨシ、のってみよう!
舐めプとか狸、知らない! 好奇心には勝てないよう。どんな攻撃にせよ、スッと避ければいいしねえ。当たらなければどうという事はなかろうなのだあ。
そうと決まれば、後は相手の準備ができるまで避け続けるだけえ。
たまに毛の先っぽだけきらせてあげて少しだけ喜ばせるサービスを織り交ぜながら、ぜーんぶの攻撃をころころと可愛らしく避け続けて、ふむ、だんだんとサイロスさんの息が切れてきたなあ、なんて考えていると。
どうやら右手の準備が整ったらしく、最終誘導なのか、大ぶりの左の爪撃が飛んできた。
これで逃げ道をフィニッシュブローが放たれる予定の位置へと限定するワケだ。
ならそこへ行ってから、来る事がわかっているフィニッシュブローを避けてやろうじゃないかあ。
そんな軽い気持ちで僕はコロンと、その場所へと転がって逃げた。
サイロスがニヤリと笑う。
「かかったな! 馬鹿狸め! マッドクラブ!」
サイロスさんの声と同時に、逃げた足元が瞬時に泥となり、それに気づいた瞬間に固まって僕の足を捕らえた。
ん?
あ、足元が固まって動けない。
そうか。この人、土魔法まで使えたんだ。僕がコロンコロンと避けるのが上手いって理解したから、フィニッシュブローだけは避けられないように考えてたんだねえ。
ほふーん、えらいなあ。
「喰らえ! 夢爪魔連撃! ドリームスラスト!」
技名とともにサイロスさんの右手の魔力が爆発した。
うん、これは僕もパッとは避けられないかなあ。
足固めを脱出してる間にぐさあって爪が刺さるよねえ。
目の前に迫ってきている、このサイロスさんの爪ね。
すっごいのよ、これ、爆発的な推進力をもって、的確に僕の脳天を貫かんと放たれてんの。
殺す気かあ!?
なんて考えている間に。
魔力が爆発したサイロスさんの爪は僕の眉間に届き、そのまま僕を貫かんとするのだった。
ぎゃああああああ! 狸の串刺しいいいいい!
お読み頂き、誠に有難う御座います。
少しでも楽しかった! 続きが楽しみだ! などと思って頂けましたら。
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