六十二.魔王代理のおっとり狸
「ユーリ!!」
魔族の世界に着いた僕らはまずユーリさんの地元へ行く事にした。
当然、鳳の姿で近くに降りたから、夢魔族と呼ばれる、インキュバス、サキュバスの皆さんで構成された討伐隊に出迎えられる事になったのだが、まあそれはいいとしようじゃないかあ。どうせいつもの事だしさあ。
いい加減学習しろって?
だってえ、目的地から離れたところで変化を解いて、そこから目的地まで歩くの大変でしょう?
だったら皆さんに多少びっくりしてもらえばいいかなあって、ね?
狸はそう思わけですよう。
したらね、討伐隊の中にはユーリさんのお父さんとお母さんもいたしさ、結果オーライじゃなあい?
ほうら、みてごらん?
感動の再会だよう?
◇
「ユーリ、生きてたの!?」
相変わらず美しい母が驚いた表情であたしの肩を叩く。
なにも変わらない。
サキュバスだから当然なんだけど。
なんだか子供の頃に戻ったような気がする。
人間界ではみんな歳をとる。老いて死ぬ。それが当たり前の世界で三十年を過ごしたいまは逆に故郷の変わらなさに違和感を感じるようになってしまった。
「うん、生きてた」
美しい見た目に反してガサツな所がある母が叩いた肩が若干熱くて。
言葉が出ない。
生きていた。それだけ告げて母の顔を見る。
母の美しい瞳が潤んでいるのは、決して他者を魅了するためじゃないのはわかる。
「てっきり、あたしもお父さんも、あんたが死んだと思って……だって三十年……三十年よ?」
「うん……ごめん」
声が詰まっている。
あたしも母も。
「ほら! お父さんも! 黙ってないで! なんか言いなさいよ!」
母は湿っぽい雰囲気を嫌がるように後ろを振り返り、背後に立っているインキュバスの父の手を引っ張った。父はトトッとつまづくようにあたしの前に出てきた。
父も変わらない。
長髪の黒髪も、鋭い雰囲気も、寡黙な口も。
「俺は、ユーリに負けて人間の世界へ行く事を許した身だ……言う事はない」
ふふ、懐かしい。
ここを出ていく時の話だ。あれよ。ここを出たくば俺を倒してから行けえ! ってやつで。ボコボコにしてやったんだっけ。懐かしいわあ。
サキュバスの中でも特別な精神感応スキルを持ってるあたしに勝てるわけがないのよね。
「もう! お父さんは、ほんっとにばか親父だね! ユーリ、お父さんもあんたが無事で嬉しいんだからね!」
「うん、わかってる」
大丈夫、わかってるよ。
二人を見ればわかる。
「ところであんた! 今回戻ってきたのは……もしかしなくても……アレ、かい?」
そう。
お母さんの思ってる通り。
「ええ、あたしは今回の魔王になるわ」
そのために帰ってきた。
覚悟は決まっている。魔王になって役目を果たすのはあたしじゃなきゃいけない。
「魔王に、なるの? あなたが? でも、今回の魔王は……」
いい。お母さん、その先は言わなくてもいい。
覚悟はしているから。
「いいの。なるって決めたの」
確固とした覚悟と言葉で母の言葉を遮る。
「そう、あなたが決めたら、しょうがないわね。人間の世界に行くのも止めたけれど聞かなかったもの。今日、生きてあなたに会えただけでお母さんは嬉しいわ」
「だが、お前。力にとぼしい夢魔族じゃ魔王決定戦に勝てないだろう? 代理は見つかったのか?」
あたしを認めている母の言葉、あたしを案じている父の言葉。
両方嬉しい。
大丈夫、準備は万端よう。
この魔王決定戦は魔王候補の代理が優勝しても魔王になれる。それだけ強い部下を従えているのであれば魔王たる器だろうというのがその論拠だ。
実際、魔族の世界は力が全てだから強い奴が自分より弱い奴に従う事はない。だから本人が弱かろうが強い奴を従える事ができる段階で本人も強いという判断になる。
そして今回、あたしは最強の代理を見つけた。
「ええ、ちゃんと代理を用意したわ。あたしの代わりに、後ろにいる狸さんが戦ってくれる」
当の狸さんには言ってないけどね。
ふふ、後ろで驚いている狸さんの心、面白い。
でもね、狸さんが欲しいスキルを得るには魔族たちと戦って勝つしかない。
だったら魔王決定戦で戦っても問題ないでしょう?
きっと彼は断らないわ。
「たぬき? 後ろには鳳しかいないぞ。あの鳳がお前の代理で戦ってくれるのか?」
え? 言われて後ろを振り返ると本当にまだ鳳の姿だった。
あの狸さん、他者を驚かすのが好きなのよね。ここに降りる時だってあたしがもっと手前で降りるようにお願いしたのに、まあまあいいじゃんいいじゃん、とか言って集落のギリギリで降りるんだから。
そりゃあ夢魔族の防衛部隊が総出で出てくるわよう。
「そうね、まだ鳳だったわね。うん……あれは彼が変化した姿で、正体は狸だから安心して。ねえ、狸さん、サキュバスのみんなは十分にびっくりしたから、そろそろ元の姿に戻ってくれない?」
あたしの呼びかけに、彼の心が応える。
(えー、まだびっくりしてない人いると思ってたんだけどなあ。もう戻らなきゃダメなのかあ?)
だって。
「そうよー戻ってー」
(はあい)
そんな渋々な心の声と一緒に。
巨大な鳳の姿は煙に消えて。そこから一匹の狸が現れた。
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