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現幻.天の邪子は地の瓜子に成り代わる

『つながった』


 そんな声で。


 朝、目覚めると。


 違和感があった。


 俺が俺ではないような。


「……マーティン・サバラ」


 ベッドの上でぽつりと自分の名前を口に出してみても、脇に置かれた他人の名前を読んでいるようで。


 自分事ではない。

 他人事のようで。


 なんだか、不思議に全部が希薄だ。


 訳がわからなく首を捻ると。


『そりゃそうだ』

 かしげた耳の中で何かが転がった様に音がした。

 音、というか、声、だった。


「なんだ?」

 疲れているのだろうか。

 特に変わった行動はしていないんだけどな。昨日もいつもと同じように、全部を憎んで、全部を恨んで、それを言葉にして、それを態度にして、湧き上がってくる感情のままに生きていた。

 俺は貴族なんだから、俺は侯爵子息なんだから、当然のことだ。

 俺を不快にさせる世界が悪い。

 俺を愉快にさせない世界が悪い。


『正解だ』

 全部を憎んで振った頭の中で音がした。

 音、というか、声だった。


「お前もそう思うか?」

 たわむれに頭の中の声と会話をしてみる。

 俺から聞こえる声なんだ。

 これも俺だろう?


『ああ、当たり前だろう。全部が気に入らねえ。世界も人間も気に入らねえ。特に兄貴が気に入らねえ』

 やっぱりこれは俺だ。

 俺はハニガン(兄貴)が気に入らない。

 そうだ。全部あいつのせいだ。俺より早く生まれた事も、俺より先に次期侯爵とされていた事も、女王に取り入ってサバラ侯爵家に不利益を与えた事も、生き汚く生きて俺に恥をかかせた事も、全部全部だ。


「絶対にいつか殺す」

 心の声に触発されて。

 決意が声になる。


『俺も力を貸すぜ』

 心の声が触発されて。

 自発的に俺を鼓舞する。


「何をしてくれんだ?」

『法を授ける』

「法とは?」

『忍びの法だ。わかるように言えば力だ』

「力か」

『ああ、力が欲しいか?』

「欲しい」

『ならくれてやる』


 そうだ。

 俺に足りないのは力だけだ。


 力さえあれば。


 ハニガンを殺せるし。

 侯爵にだってなれるし。

 王配にだってなれる。


 頭の中の声を聞いて。

 その声に従っていると。


 やっと自分が自分なんだという実感が戻ってきた。


 そうだ。


 俺はーーーーーーだ。


 ◇


「つながった」


 俺の分け御霊を異世界パスに流して何日経っただろうか。

 やっと入り込める魂を見つけた。

 やっとやっと、入り込んで混ぜあえる魂を見つけた。


 遠く異世界からこっちの世界にまで感知できるほどの怨嗟。

 世界を憎み、人間を憎み。

 何よりも誰よりも兄を憎む。

 そんな悲鳴の様な声をあげる魂。


 異世界にあって俺の写し鏡の様な魂。


 その声を追って分け御霊を走らせる。


「いた」


 この男だ。

 豪華なベッドの上で息絶えるように横たわっている。

 部屋の中は荒れ放題荒れている。


 感情を行動で発散して。

 そのまま疲れ果てて眠ったのだろう。


 自分にも覚えがある。


 哲人だけが夜の訓練を受けている。

 俺も受けたいと願った。


 親に言った事もある。


「お前は大丈夫だ。お前は神農(じんの)の当主にはならないし、何よりも才能がない。当主にはなれない、が正解だ。お前があれを受ければ即座に死ぬだろう。無駄な事は考えるな。命は家の為だけに使え」


 それが返ってきた言葉。

 叱るでもなく。怒るでもなく。心配するでもなく。

 ただ、淡々と、事実を告げる両親の言葉。


 幼いながらに絶望した。


 俺は望まれていない。


 兄のスペアにすらなれない。


 家のためになる為だけの命。


 でもなぜか両親は恨めなかった。

 その、歪んだ感情は、全部哲人に向いた。


 憎いに食いにくい憎い憎いニクい。


「死ね」


 何度哲人に向けたかわからない言葉。

 言うたびに、少しだけニヤッと笑う哲人に俺はイラッとする。

 憎しみは募る。


「おい、哲人の研究結果を持って俺のラボに来い。給料は倍だす」


 長じてからは忍法研究ラボを立ち上げてひたすら忍法を研究した。

 哲人も俺が目指す同じ道の先を歩いていた。

 なんでだよ!

 だから嫌がらせをしてやった。研究員を買収して成果だけを奪ってやった。


 欲張りな哲人が悪いんだぜ。

 頭目になるんだからよ、研究職なんてやってんじゃねえよ! 昼は公務員、帰ってから自分のラボで忍法研究、深夜は暗殺家業や敵対勢力との抗争。


 いつ寝てんだよ!

 これだから化け物は嫌いなんだよ!


 成果を奪ってやったってのに怒りもしねえのも気に入らねえ。

 少しだけニヤッとする、あの薄ら笑いだ。


 極めつけは今回のやつだ。


 俺の研究の実験として、奴の魂だけ異世界に飛ばしてやった。

 研究上、魂を抜かれた肉体は朽ちていくはずだった。

 そうすれば哲人は死んで、俺が神農の頭目に慣れて、異世界転生忍法の実験にもなる。

 ウィーンウィーンウィーンな作戦だったのに!


 死にやしねえ!

 ムカついて心臓を刺してやったらその隣から心臓が生えてきた。


 心底ゾッとした。


 こいつは本物の化け物だったんだ。


 肉体が死なないのは魂が生きているからだと俺は仮定した。


 きっとこれで殺せる。


 この肉体と俺の魂を持ってすれば哲人なんて敵じゃない。

 魔力を使った忍法はすでに研究済みだ。魔法と忍法の融合、魔忍法。俺だけのスペシャル。

 忍法しか使えない哲人に負ける道理がない。


 さあ、マーティンと言ったか。


「力が欲しいか?」

『欲しい』

「ならくれてやる」


 この了承を以て。

 魂は一つに混ざった。


 そうだ。


 俺は、土戸灰司(つちどはいじ)だ!



ここまでお読みいただきありがとうございました。

弟と弟が混ざった所でやっと次回から魔族の世界へ旅立てます。

魔族世界ではリントが魔族とバトルしますのでお楽しみいただけると嬉しいです。


皆さんの評価が糧になっております!

ページ下部にある評価、ブクマ、いいね、感想なんでも構いません。

厚かましいお願いですが、応援のほどよろしくお願い致します。

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