五十九.ええ気分を壊したエンカウント
魔道具を注文した後、僕らは酒と大皿というこれもまたユーリさんのおすすめの酒場に寄って夕飯を食べた。
さすがのユーリさんおすすめ店で、どの料理を食べても、どの酒を頼んでも、ぜんぶぜんぶ美味しかった。
僕もキンヒメも非常に満足したのだけれども、やはり酒場で深酒をして化けの皮がはがれるワケにはいかないって事で、店で飲むのはほどほどにして、料理と酒を持ち帰りにしてもらい、今や常宿とかした貴族牢に戻って、二次会を開いているのである。
ふかふかした床の上に二人で座り込み。
買ってきた酒や肴を広げている。
「いやあ、楽しかったねえ、キンヒメ」
木のジョッキを手に持って、濃いむらさき色をしたワインを口内へとかたむける。
ジョッキを戻すと、元々のワインの入った位置でしめっていて、僕が飲んだ量を丁寧に教えてくれる。
「ええ、ほんとに新鮮でした。人間の文化っていうのはやはり優れているのですね。この新婚旅行でいっぱい知れました。ありがとう、リント」
僕に感謝を伝えるキンヒメの言葉は、思いきり自分たちが人外のモノであると語る。まさに語るに落ちるな物言いだが、多分前王のガッチさんは僕らが人外であると気づいていると思う。
なんせ、僕は二日目位に起きたら狸になってたし、その時にはガッチさんもう起きてたし、それでも何も言わないのはきっと何か考えがあるんだろう。まあ何も言ってこないし平気かなあ?って思ってる。
正直向こう側が行動を起こした時に考えればいいかなあ? そこからでも十分対応可能だろうし。
って事をキンヒメと二人で話してそう決めた。
「うん、キンヒメを連れて来られてよかったよお」
「本当にありがとうございます。もしかしたらリントは一人で来たくて迷惑だったかも知れませんが……」
ぎゃあ。
なんか酔ったキンヒメの瞳が昏く光ったよう。
「そんな事ないよう! プレゼントを内緒で贈ろうと思ってただけだよ!」
「……それはうれしいです! でも人間界には万年発情期なメスがいっぱいいますからね、気をつけないと」
僕がサプライズをしようと考えていたと説明して、さっきよりは嬉しそうにしてくれたけどまだこわい。
油断をしないキンヒメだなあ。
「う、うん……そうだねえ」
こわいよう。
と、とりあえず、話題を変えないと。
「ま、まあとにかく、これで目的も果たせたしねえ。魔道具を受け取ったら、あとはみんなにお土産でも買って帰ろうかね」
「そうですね。お義父様にはこのお酒なんかが良さそうですね」
ふう、危ない。
狸世界の話になって、なんとかかんとかキンヒメの機嫌が戻った。
たまにこうなるから怖いよねえ。可愛いところでもあり、怖いところでもあり、メスっていうのは難しいねえ。でもね。深い関わりがあるからこそ悩むし、これは幸せな悩みなんだよねえ。
可愛い妻がいて。
妻のヤキモチにヤキモキして。
幸せだなあ。
と、噛みしめながら、ふたりでお酒をのんでいる所へ。
面倒というモノはやってくる。
◇
デデデデー。
ユーリさんが牢獄に現れた。
エネミーエンカウントである。
「あら、狸さん? お元気? こんな所で奇遇よね?」
嘘をつくな。
わかってて来たんだろうよう。
「嘘だよう。そう言って、か弱い狸をイジメに来たんだろう?」
そして僕ら夫婦の時間をかき混ぜに来たんだろう?
「失礼ね。本当に偶然よ? あたしの今日の用事はこっちのおじさんよぅ」
そう言ってアゴで向かいの牢獄を示した。
そこにいるのは前王ガッチさんでは?
「え? ガッチさん?」
僕は間抜けな狸顔で問う。
「そう、あたし、魔族の世界に帰る事にしたから別れの挨拶をしに来たのよー。久しぶり、ガッちゃん」
「ガッちゃん!?」
相変わらず魅了を放ちっぱなしの笑顔のユーリさん。
えーっと。僕らのガッチさん呼びもアレだけれど、ガッちゃん呼びはさらに凄いよねえ。もしかしてガッチさんってばサキュバスの魅力にどっぷりやられてちゃってんのかな?
そんな疑いの視線を向かいの牢に向けると。
「おう、サターニア、久しぶりだな。ちゃんとヤンデに仕えてるか?」
牢の中、椅子に座って銀の酒盃を手に持ったガッチさんは、その手の酒盃を軽く掲げてユーリさんの挨拶に応えた。うーん、クールダディ。やられてる感はないなあ。
「ええもちろんよー。おひいさまはとても可愛いわあ、今回この狸さんがしっかりと仕上げきってくれたし。もうブレる事はないと思うわよう。だから、そろそろあたしは用済みだわ、ガッちゃんと同じね」
「おう、そうだな」
ガッチさんは軽く笑って、そう一言だけ答えた。
それだけ。
あとはただ。
髭面のイケおじが月明かりに照らされ、少しだけはにかんだ様に笑い、そしてその笑顔が向いた先には陰に半分身を隠した魅力的な女が、普段の蠱惑的な笑顔から一転素朴に笑っている。
うーん。
なんというか。
この二人の雰囲気。
旧知の仲、というか、旧来のスタティックフレンドというか、なんというか表現がひどく難しいんだけど……なんか……なんか……やらしいんだよう!
「で、サターニア、お前は帰るんだろ? 帰り道は平気なのか? こっちに来た時みたいにボロボロになるんじゃねえか?」
ねっとりとしながらさっぱりとした。
そんな視線の絡み合いを終えて、今度はガッチさんからユーリさんに話しかけた。
「ええ、一人で帰ったらもちろんそうなるわね」
よよ、と泣きまねをするユーリさん、ともすれば他人をイラつかせそうなその行動すらも魅力的に映る。
「そうか、なら帰り道に騎士団貸そうか?」
酒盃を持ったまま、逆の手で口元の髭をざらりと撫でる。
それは心底心配しているような表情で、ユーリさんはそれを見て小さく笑った。
「ふふ、馬鹿ねえ、ガッちゃん。たかが女にそういう事するからおひいさまにクーデターされるのよぅ?」
揶揄うように笑うユーリさんの表情は優しい。
「は、あれは禅譲だよ。でもそうだな。俺はもう王じゃねえからな。すまねえな、騎士団は出せなさそうだ」
「いいのよう。今回はアテがあるから」
そう言ってユーリさんは僕を見る。
え? 僕?
やめてやめて。こっち見ないで。
そして自然に視線に秋波をのせないで。キンヒメがふうふう威嚇モードになっちゃうからあ。
あ、キンヒメさん、へそですか? へそはやめてえ!
「ね、狸さん、と言うわけで、あたしを魔族の国まで連れて行ってくれない?」
どんなわけだよう。
僕のへそを返せ。
「えー、僕にそんな事できないよう?」
もう、やだよう。めんどくさいよう。しょうがないから、嘘をつくよう。
「ふふ、あたしが心を読めるようにして、それで嘘をつくんだから、ほんっと可愛い狸さん」
だってえ、めんどくさいじゃあん。
僕は怠惰な狸だよう?
帰ったらしばらくはまたキンヒメとゆっくりダラダラしようと思ってたんだよう?
行っても僕にメリットないじゃないかあ。
「メリットなら、多分あるわよ?」
「ええー? なあにい?」
ないと思うんだけどなあ。
「魔族ってね、スキルの宝庫よ? 狸さん、スキル好きでしょ?」
ふえ? スキルですと? しかも宝庫、ですと?
そ、それは、み、みりょくてき。
うーん、いいかも……ってえ! あかーん!
あぶな。
説得されそうだったあ。
「いやいや、で、でもねえ、どうせみんな強くて暴れん坊でスキルなんてくれないでしょう?」
でもお高いんでしょう?
「ふふ、そこは勝てばいいのよ?」
「勝てばいい、とは?」
なにそれ?
勝つとか負けるとか、やだよう。
「あたしが魔族の世界に帰るのはね、おひいさまが立派に育ったってのもあるんだけど、そろそろね、あっちで百年に一度の魔王決定戦があるからなのよ」
「魔王決定戦?」
初耳です。
「でしょうね。まあ、簡単に言うと、魔王になりたい魔族のバトルロイヤルよ」
なにそれえ。
「こわあ」
「そんなに怖くないわあ、それに狸さんなら間違いなく優勝できるわよ」
「ユーリさんが僕のなにを知っていると言うのか!」
あ、やめてキンヒメ、ほんとに、ユーリさんとは何でもないから、へそへそされると集中できないからあ。
「あたしの能力知ってるでしょ?」
「うん」
「貴方の心に落とされた時に少しだけ見えちゃった」
「ナナナ、なにを!?」
え、なにを見たの?
僕の心の闇を見たの?
やめて、ベッド下のエッチな本より恥ずかしい!
「ふふ、なにを見たかは秘密ぅ、にしておくわあ。でもね、とりあえず、あたしは狸さんの強さを知ってる。牢獄に繋がれても、女王に脅されても、前王様に正体がバレても、慌てない理由は全部、そこにあるってのも知ってるのよお?」
あらま、全部バレてるわ。
「うーん、そっかあ。ユーリさんがお見通しなのはわかったよう。でもね、流石にこれは僕だけじゃあ決められないなあ」
妻の意見も聞かないとね。
そう思い、へそへそし終わって、僕のあぐらの中で丸まっているキンヒメの柔らかい髪を撫でながら、その顔をのぞき込んで確認しようとすると、キンヒメもどうやら僕を見ようとしていた様ですっと視線があった。
潤んだ瞳が美しい。
「どう思う、キンヒメ?」
言葉が瞳に吸い込まれる。
「いいですよ」
瞳からこくりと肯定が返ってくる。
あら、あっさり。
「いいの?」
てっきりダメって言われるかと思ってた。
意外な言葉に僕の目はぱちくりと瞬く。
「ええ、心配ではありますけど、その顔を見てしまったら、ダメなんて言えませんよ」
真っ直ぐな美しい瞳が微笑む。
「え? 顔? 僕、どんな顔してる?」
「ふふ、気づいてなかったんですか? スキルの話をされてから、ずっとワクワクした顔をしてますよ?」
あ、まじか。
僕は自分の顔をむにむにと揉んで確認する。
ほんとだ、僕、笑ってるや。
「……気づかなかった」
びっくりした。
「ええ、だからね、一緒に行きましょう?」
こうやって新婚旅行は延長された。
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