五十八.異世界で買う宝石に赤みがさす頬っぺに
目の前に広げられた宝石の数に僕らは圧倒された。
すっごう。なにこの種類。
百以上の宝石が木箱の中にずらっと並んでいる。
どうやら色ごとに並べられているようで、端から端へと綺麗なグラデーションを描いているのもまたその迫力に拍車をかけていた。色、形、大きさ、様々な宝石をこうも綺麗にディスプレイできるのだったら、この部屋を整理したり掃除したりするのも簡単だろうと思うんだけどなあ。
僕とキンヒメはそれぞれ無言でその宝石の中からお互いに似合う石を探す。
あ、キンヒメはどうかわかんない。少なくとも僕はキンヒメに似合う石を探している。きっとキンヒメもそうだと思う。なんとなくそう思う。
「なにか気に入ったやつはあったかい?」
僕らの視線の動きがある程度おさまったのを見てとったのか、良いタイミングでドーンさんが僕らに声をかけてきた。この部屋の汚さからは考えられないこの接客の快適さ。技術だけの人かと思っててごめんなさい。
「僕は、これかな? キンヒメに一番似合うと思う」
そう言って透明な石の中に、金色のインクルージョンが数えきれない程に煌めいている石を指差した。
「お、いいね。これはスターリージャイトって言ってさ、透明な石の中に魔力が閉じ込められて、中が金色にキラキラと光るのさ、光の屈折率が高くてね、中の魔力がその光を受けてさらに乱反射させてきらめいて見える、良い石だよ。魔力の伝導率も保有率も高いから魔道具にするにはうってつけだよ。お客さん、目が高いねえ、それに隣の奥さんの透明感にも雰囲気にもぴったりだよ。愛してるんだねー、奥さん、しあわせだねー!」
ふふん。
ドヤア。狸。ドヤア。
あー気持ちいい、すげえ褒めてくれるじゃん。
隣にいるキンヒメも僕同様にすごく嬉しそうだし。
お世辞かもしれないけど嬉しいなあ。ユーリさん、いいお店紹介してくれたなあ。
「キンヒメ、これはどう?」
「いいです。綺麗です。私がこんなに綺麗と言われると、照れくさいですけど、何よりリントが選んでくれたのがうれしい」
「良かった。キンヒメはどれがいいと思った? 僕もキンヒメが選んだ石がいいな」
「ふふ」
「どしたの?」
「考えてる事が一緒だったなって思って」
「あ、やっぱり?」
「ええ、私もリントに似合う石を、リントをイメージした石を探してました」
「うふふ、何だかうれしいねえ」
お互いがお互いを思いあって品を選んでいた。
自分の好きなものを選ぶっていうのもいいけど、大事な相手に自分に合うものを選んでもらえるって幸せだなあ。僕はこれが好きだと思う。
「私はこれを選びました」
そう言って指差した石は半透明な緑色の石の中に濃い緑色が旋風のように渦を巻いている石だった。
風みたい。
「いやー、お客さんら、夫婦揃って目利きだね。この石はね、ストーミーランドルっていう石でね。中に風の魔力が封じ込められた宝石だよ。人工的にグリンランドルって石に圧縮風魔法を閉じ込める人工石もあるんだけど、これは別大陸の大虎嵐地域っていう一年中人間が踏み入れられない位の大竜巻が発生しまくっている所で自然に嵐が魔力となって石に閉じ込められた天然物だよ。含有魔力量は宝石の中でも一二を争う石だから、夫さんの選んだ石と一緒で魔道具にするにはとても向いてるね」
なんか僕が選んだやつより凄そう! さすがキンヒメ!
「じゃあお互いにこの石で魔道具を作ってもらおうか」
「そうですね」
僕らは満足して頷きあった。
お互いの品を選ぶのはやっぱり楽しいなあ。
初めてのデートだし、初めての経験だけど。はー転生してきて良かったあ。
「んで、お客さん、ぼくから二点いいかい?」
「うん、いいよう」
「まずはさ、どんな魔道具にするんだい?」
「あ、それは決まってる! 念話の機能がつけたいんですよう! どこにいても、どれほど離れても、僕とキンヒメの二人で話ができる機能が欲しい!」
僕は気まぐれ狸だからどこかに飛んでいってしまう事もあるけれど、どこへ行ってもキンヒメにだけは心配をかけないようにしたい。
「奥さんもそれでいいの?」
「ええ、満足です。それにその機能。リントは多分、私を想って言ってるのです。実は私、恥ずかしながらすっごく心配屋さんなので……」
「知ってるう。僕もキンヒメに心配かけたくないからさ」
「ありがとう、リント」
カウンターの上で手が重なってきた。
幸せな熱が伝わってくる。
はあ、鼻チュウしたい。
「熱い! お客さんらのせいで店内が暑くてたまんないよ、またインナー脱いでやろうかな?」
オーバーオールをパタパタとして僕らをからかってくるドーンさん。
「ちょ、やめて! またキンヒメに目潰しされちゃう!」
ダメだよう。絶対見ちゃうしさ。
「もう! リント! 目潰しじゃないです! 目隠しです!」
ポカポカとキンヒメが僕を叩いてくる。
ウヘヘ、かわいい。
そんな風にじゃれる僕らに、さて、と一言発して、ドーンさんは真面目な顔で向き直った。
あら? 真面目な話?
「もう一点、こっちが本命なんだけどさ」
「うん、なあに?」
シリアース。
「この石を魔道具加工するのってさ、すっごく! すっごく! 高いよ!?」
「おう」
マネターイズ。
金の話だった。
「お金、大丈夫?」
直接的に聞いてきた。
「大丈夫なの、リント?」
キンヒメも心配そうに僕を見てくる。
そうだよねえ、狸はお金なんて持ってるわけないしねえ。
でもね。
「ん? 多分、大丈夫」
「ほんと? 二つ合わせて、王都に家が立つくらい高いよ?」
僕の軽い返事に信じられない様子のドーンさん。
そらそうか。
ちゃんと説明しよう。
「うん、ほんとだよ。僕ね、前に女王にすっごい羽を渡した時に謝礼をもらってないし、その位のお金なら使っていいって言われたから」
「へ? 羽? 女王? お客さん、女王に羽を渡して、その謝礼に金をじゃぶじゃぶ使っていいって言われたの? いや、アレかな? でもアレならそんな額じゃないはずだけど……いや、でも羽ってアレしかないよな? あ、ごめん、一人でブツブツ言っちゃって……ほんとごめんだけど、その羽の名前教えてくれる?」
戸惑ってるなあ。
てか、ドーンさん、もしかして鳳王の霊羽の事知ってる?
「名前は鳳王の霊羽だよ」
僕の言葉にドーンさんは目をひん剥いた。
薄汚れたゴーグルごしの目でもそれがわかるくらいにでっかくなった。
「お客さん、まじか!? ぼくが昨日までやってた大きな仕事ってその羽の加工だよ。あれって伝説クラスの素材なんだよ? ほんとの話なら、むしろこの宝石とじゃ釣り合わないけど!?」
「あー、多分そうなんだろうねえ」
「いいの!?」
「いいの。僕そんなに欲しいものとかないし」
「へ、へえ、ぼくも大概金に頓着ないけど、お客さんも相当だねー」
「ウヘヘ、褒められた」
「さすがリントですね」
キンヒメにも褒められた。
うれしい。
「ところでさ、あの羽ってどんな加工されたの?」
僕的にはお金なんかより僕のお尻からプチっと抜かれた羽の去就が気になります。
痛かったんよ、あれ。
「言っちゃいけないらしいんだけど、王冠になったよ」
「へー王冠」
言っちゃいけないのに言っちゃダメだよう。
周りに聞いてるヤツがいないのは確認済みだからいいけどねえ。
「うん、あんま詳しい事は言えないんだけどね、アークテート王国秘蔵のレシピを渡されてさ、王冠を作れって言われたのさ。なんか天の王冠とかって名前だったかな。世界の未来の為に必要だから絶対に失敗するなって言われてさ、いやいや、技術者に失敗すんなってのは酷だよねえ。誰しも失敗はするのよ。わかってないなあ」
はあ、とため息をつくドーンさん。
「て、ことは失敗したの?」
「しないよう! したら今頃夜逃げしてるよね。どっかで王宮の影がみてたらしくてさ、完成したら符牒魔道具を持った奴がここに来たから、即座に引き渡したよー」
良かった。失敗しなかったのか。
それにしても、そっか僕の羽は王冠になったのか。ま、渡した以上はどう使おうと女王の自由だからいいんだけどね。変な物にならなかったのは良かったかな。
きっとかっこいい王冠になってるだろう。
一人納得した風の僕。
そんな僕にドーンさんが言う。
「まあまあ、じゃあ、とりあえず依頼は承ったよ」
「うん、お願いします」
「とりあえず着手は王宮に支払いの確認をとってからだから、三日後あたりにはできてるかな?」
「三日!? 早いね!」
僕の驚きに。
「おう、こう見えても王都一番の天才魔道具士だからね!」
ドーンさんは胸を張って答えた。
同時にドンっと叩かれたドーンさんの自慢げな胸は、いまにも溢れんばかりに揺れて波打ち。
それに目を奪われた僕の目は潰された。
ぎゃあ、やっぱり目潰しじゃないか!
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