五十七.平凡な葉月に映えるメゾンタヌキ
「ギリギリセーフ!」
ギリギリとセーフの定義はまあ置いておくとするよう。
とにかくそんな言葉と共に、数分の喧騒を経て服を来た店員が奥からやってきた。
服を着たと言っても中に白いシャツを着ただけだから豊かな肉塊がオーバーオールから溢れ出しているのは何も変わらないんだけど。
大丈夫かなあ? この人。
とりあえずギリギリセーフの言葉通りにキンヒメの判定もギリギリセーフだったらしく、僕の目隠しは解除されている。良かったあ。あのままだとキンヒメの匂いに酔っぱらいそうだったよう。
「改めまして、いらっしゃーい! ぼくが店主のドーンです! 本日はどんな御用でしょうか?」
どうやら目の前にいる女性、ドーンさんがこの店の店主らしい。加工の話をしていたって事は技術者も兼任してるって事だろうなあ。
「初めましてえ、僕はリント、冒険者をやってます。隣にいるのは妻のキンヒメです。こちらも僕と一緒に冒険者をやっています」
「よろしくお願いします」
二人で揃ってぺこりと頭を下げる。
「おお! 何だかお似合いのお二人だけど、冒険者らしくないねえ! 奴らは金は持ってるけど横柄だったり野蛮だったりするからなあ! 服装も貴族っぽいよね!? キンヒメさんの着ている服なんて、王都のメゾンタヌキの最新じゃない? 貴族でも中々手に入らないらしいよ? まあ、ぼくは貴族は貴族で偉そうだから、苦手なんだけどね! へへへ!」
ドーンさんは早口で一気に言い切ってからスッキリしたようにふー、と息を吐いた。
うん、そうやって思うのは自由だけどね、冒険者でも貴族でも、目の前で横柄だの野蛮だの苦手だのって言われたら怒るのではないかなあ? 商売っけがない人だなあ。僕的にはむしろ好ましいけど、お客さんはこなさそうだよねえ。
え、待って? メゾンタヌキって何? そんなピッタリな服屋さんを紹介してきたの? ユーリさんすげえ。
と、少し混乱しながら、僕は若干薄暗くて、埃を被った商品の並ぶ店内を眺めた。
「リント、私もここに来た目的を知らないわ、教えてほしい」
ドーンさんの言葉を無視する形で店内を見回していた僕をキンヒメが呼んだ。
おお、そだった、そだったあ。混乱して説明を忘れてた。
「そうだったあ! ごめんね、店内が物珍しくてつい見ちゃった」
「ははは、汚くて商売っけがないって思ったでしょ? 正直に言ってくれていいよ!」
うえ、まさか、ユーリさんに続く精神感応系のスキル持ちか!?
と思ったけど、単純に僕の顔に書いてあったんだろうなあ。
「すみません、夫が失礼をしました」
キンヒメが代わりに謝ってくれた。
「ごめんなさい」
僕も素直に謝る。ちゃんとごめんさいができる良い狸であります。
「いやいや、良いんだよ! 店はついでにやってるだけだから、お客さんらが思った通りなのさ、ちゃんとお店やってお客さんがいっぱい来られても困るしさー」
なんだついでって?
「ん? それだと生活できなくない?」
「いや、ぼくの本職はさ、魔道具士なんだよ。自分で好きな道具を発明したり、客からのオーダーメイドで一点ものの武器や防具アクセサリーを作ったりする。これのお金で生活しているから店で物が売れなくても全く問題ないのさ」
そっか、それなら店に力を入れていないのも納得だし、キンヒメへのプレゼントをお願いする店として、ユーリさんが紹介してくれたのも納得だ。
「なるほど、それなら納得です。この有様はわざとなのですね」
キンヒメも僕と同じ見解だったようだが、わざと、ってのはどうかな?
「……う、ん! そ、そうだよ!」
あ、やっぱり。わざとってのは嘘だなあ。
ユーリさんじゃなくてもわかるやつだ。絶対にこの人ズボラで片付けられない人だ。他人がくる場所でこうなのだから、きっと奥の工房などひどい有様なんだろうなあ。
でもこの手のタイプは仕事はできる人が多い。前世でも技術開発室の人間にはこういった類の人間が多かった。脳の機能を得意に振り切ったヤツら。
じゃなかったらユーリさんもおすすめしてこないだろうしね。
よしそれならいっちょお願いしてみよう。
僕は本題を切り出した。
「今日はね、僕と妻用に、お揃いのアクセサリー魔道具を作ってほしいと思って来たんだ」
言いながら僕は横にいるキンヒメを見つめている。
目を逸らしたくない。
僕の可愛い妻の顔が驚きから喜びへと変わるその過程が見たくて。
そしてそれは僕の期待する通りになった。
「リント……良いの?」
喜びが溢れて、頬には朱が差し、目は潤んでいる。
「もちろんだよう。結婚の記念品が欲しかったんだ。そのための王都まで来たんだし!」
その顔が見たかったのです。
「え、でも、ここに来る時に言ってた理由と違う」
バレたか。さすがキンヒメ。
「ふふ、あれ、実は言い訳なんだよう。もちろん強くなりたいってのはあったけどさ、本当はこっちがメイン」
本当は一人で来て、帰った時にサプライズにしようと思ったんだけどね。
二人で選ぶのも良いよね。新婚旅行にもなるし。
「もう、リントの嘘つき!」
そう言って僕の胸にぽふんと幸せな頭をぶつけてきた。
「いやだった?」
僕はその金色の髪をなでて聞く。
「ううん、うれしい」
満面の笑みでキンヒメは顔をあげた。
「喜んでくれて良かった」
僕ら二人で微笑みあった。
「でも、大丈夫なの? お金とか?」
笑顔から反転して、キンヒメが心配げな顔に変わった。
「うん、大丈夫、この間ね、女王に羽をあげたから、その代金代わりにある程度自由にお金使って良いって言われたから大丈夫だよう。後でダメだって言われたらまたダンジョンに潜って稼げば良いしねえ」
正直お金なんて稼ごうと思えばいくらでも稼げるからあんまり気にしてなかったなあ。
キンヒメは狸なのに偉いなあ。
「お似合いのお二人さん、話はまとまったかな?」
おっと。
ここは二人の世界じゃなかったよう。ドーンさんの事をすっかり忘れてた。
「あ、ごめんね。話はまとまったよう。だからお願いできるかな?」
「あいよう! どうする? 宝石は指定があるかい? うちにもストックはあるが、珍しいヤツとかは専門の店に行くか自分で取って来てもらう必要があるけど?」
ドーンさんがニコニコとしながら僕とキンヒメの顔を交互に見てくる。
聞いてくれるのはとても嬉しいけれど。僕には宝石の良し悪しはわからない。
なぜなら狸だから。
という事で聞いてみる。
「キンヒメ、何か好みある?」
「私? 私には宝石とかよくわからないわ」
そう言ってキンヒメは小さく顔を横に振った。
可愛らしい桜色の頬がふるふると揺れる。
「だよねえ」
僕ら狸だしねえ。
「じゃあ、うちのストックサンプル見てみるかい?」
そんな宝石わからん二人組を見て、足元から木箱を取り出して、ドンっとカウンターの上に置いた。
「うん!」
「ありがとうございます!」
カウンターの上に開かれた木箱の中にある数々の宝石に僕らは目を光らせるのだった。
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