百二十.一生やろうね共同作業
キンヒメも元に戻って。
僕のキンタも元に戻して。
さて何もなかった。
めでたしめでたし。
とは行かないのが世の常で。
僕らは目の前の惨状をどうにかしないといけないわけである。
「さてこの次元の裂け目はどうしようか?」
目の前に広がりますのは大きな黒穴、次元の裂け目でございます。
くそう。
欄人は僕に焼き尽くされる直前に、さらなる悪あがきを仕込んでいたようで、自分のナノマシンでこの世界に次元の傷跡を深々と残していた。その命を賭したいやがらせは僕の空間断絶陣を破壊して、きっちりとこの次元自体に風穴を開けていた。となると、下手をすればこの裂け目から別の異世界に繋がったり、僕の前世からさらなる進軍があったりする可能性だってあるわけだ。
ほんとに性格が悪いよねえ。
そんな性格最悪な欄人の悪あがきで開いた、真っ黒に裂けた空間を前に、僕とキンヒメは呆けている。
「はあ、大きい穴ですねえ」
としか形容しようのない穴の中で闇がノイズのようにざわめいている。
明らかに放置しておくのは危険だなあ。
「キンヒメ、救世主的にはこっからどうやるか知ってる?」
過去のケースでもきっと異世界からの攻撃で、次元の裂け目ができたりした事もあったのではないかと考えて、僕はキンヒメに聞いてみた。
「ええ、もちろんありますよ。そのための人魔の王笏です。過去では救世主の特殊でふんだんな魔力を、人魔の王笏に注ぎ込んで、人の力で空間を元に正し、魔の力で時間を戻す事で、つながった世界を閉じ、壊れた世界と失った人々を甦らせるのですが……」
と言って、キンヒメは後の言葉を言い淀む。
「今はその王笏がない、と」
「ええ。ガッチさんもユーちゃんの行方も不明です」
ガッチさんに関しては欄人に乗っ取られた挙句にどこかにやられてしまった。多分、性格の悪い欄人の事だから生かしておいてあるなんて事はないだろうなあ。
ユーリさんに至っては王笏のまま攫われちゃったからなあ。こっちも無抵抗で破壊されている可能性が高いよねえ。
あー万策尽きたあ。
狸は頭を抱えてみます。
なんてねえ。ちょっとやってみたかっただけえ。
ほんとはまだ僕には考えがある。頭を抱えたふりはもうやめて顔を上げてキンヒメにニコリと笑う。
うふふう、キンヒメは僕のおかしな情緒に戸惑いの顔をしている。
そんなキンヒメに僕はちょっと確認したい事があるんだよう。
「ねえ、人の力と魔の力って言ったけどさ。それって王笏じゃないとダメなのかな?」
人の空間魔法と、魔の時間魔法。
それが王笏に入っていて、救世主の魔力でそれを利用すると、キンヒメは言った。
「え? それはちょっとわかりませんが……どういう意味です?」
「いやさ、僕の体の中には人の空間魔法も、魔の時間魔法も入ってるわけじゃん? それって王笏の代わりにならないのかなあ……って」
僕は人の魔法も、魔の魔法も、両方とも持っているし、それを行使できる。
だったら僕が王笏の代わりになるんじゃないかな。と、そう思うんだよねえ。
「それは……過去の救世主の記憶にはありませんが……もしかしてできるかもしれませんね」
「でしょう? 原理としては一緒じゃん? キンヒメの救世主の力を僕に流し込んで、僕の空間魔法で裂け目を閉じて、僕の時間魔法で世界の時間を戻せば治るでしょ?」
「一理あります」
キンヒメの瞳に希望の光が蘇って、さらに可愛さが増す。
「じゃあさ、とりあえず他に手もない事だしさ。いっちょやってみようよ」
それをみると。僕のやる気も増しちゃうよう。
「ふふ、そういうのって、とっても狸らしいですね」
「でしょう? やってみてダメだったら諦めて寝ればいいしさあ」
ダメだったら狸寝入りだよねえ。
逃げるか、寝るか、それが狸の本分さあ。
「寝るの? ウソよ、リントは絶対にそんな事しないわ。でも、とりあえずやってみるのは賛成! やってみましょうか?」
僕の狸論理を笑い飛ばしたキンヒメは、僕を横抱きで抱えて立ち上がり、背筋をピンと伸ばしてから、僕の脇に手を差し入れるようにして持ち替えた。
そして。
そのまま腕を伸ばして、僕を次元の割れ目に掲げる。
どこかの劇団やどこかの映画だったら、ヤーニャニャンニャーみたいなBGMが鳴りそうだけど、残念ながら僕はライオンじゃなく狸ですよう。
狸のびーん。
「今からリントに魔力を流しますね。痛かったりしたらすぐに言ってください。止めますから」
「はーい」
では、と一声。
キンヒメの集中が一気に高まったのを感じる。
そしてそれと同時にゆっくりとだけど、力強く、キンヒメの魔力が僕の体に流れ込む。暖かくて優しくてでも強くて芯のある、まるでキンヒメそのものみたいだ。
しあわせえ。
「大丈夫ですか? 痛かったりしませんか? 体破裂したりしませんか?」
無言の僕を案じている。ふふう、体破裂って面白い発想だなあ。
「うん、大丈夫だよう。むしろ心地いいよ。まるでキンヒメが僕の中に入ってくるみたい」
「そ、そう……ですか。それはうらやま……いえ、嬉しい、です」
なんかしどろもどろになっちゃった。
なんか変な事言ったかな?
まあ、いいかあ。今から僕らは夫婦二人で手を取り合ってこの世界の全てを正しい姿に戻すんだから。大体の事は些事だよねえ。
僕はキンヒメの力を体内で感じながら、次元の割れ目と、それを含む、壊れた世界に意識を向ける。
うん、直せる気がする。根拠のない自信がある。
だって僕とキンヒメだ。侵略者と救世主の夫婦なんだ。壊した側と直す側の両名が揃っていてできない事なんてないさ。僕ら二人で成し遂げるんだ。
そんな決意をしたら、ふと前世の風習を思い出した。
「ねえ、キンヒメ。これって夫婦初めての共同作業だねえ」
知ってるかなあ?
「ふふ、確かに。リントはまるで結婚式みたいな事を言いますね」
あら知ってたあ。式自体は僕には全く縁のない行為でしたけどねえ。神農流忍軍の付き合いで何度か出席した事はあるけれど、無縁すぎてこの異世界転生よりも異世界だったなあ。みんなが祝ってて、みんなに祝われてて、幸せそうで、楽しそうで。僕には全部理解が及ばなかったし、ずっとどこか冷めた目で見ちゃってた。
でも今ならわかるなあ。
妻も友もいて。自分の幸せも他人の幸せも全部が喜べるっていう感情。
キンヒメの世界でもそれがあって、キンヒメは前世からそれを理解していたのだろうなあ。
「キンヒメの前世にも結婚式ってあったの?」
「ありましたよ? ウェディングドレスを着て、ケーキ入刀で、初めての共同作業ですみたいな風習でした」
「おお、僕の前世と一緒だあ。もしかしたら近しい並行世界だったのかもね」
「ふふ、下手したら同じ世界だったかもしれませんよ? どこかですれ違っていたりして」
そっか。そこで縁が生まれていたって考えるのは幸せな考えだなあ。そうだなあ、もしかしたらこうなるのが運命だったのかもしれないなあ。僕を苦しめた前世も。僕を殺そうとした前世も。僕を排除した前世も。
全部、僕がここに至るための布石だったのかもしれない。
「そうだね。そこらへんの話、全然してないもんね。全部終わらせて、いっぱい話をしよう」
「ええ、そうですね」
うん。いっぱい話をしよう。
家族と、友達と、キンヒメと。僕に幸せを教えてくれたみんなと。
「じゃあ早速行くよう」
「はい」
そのために。
僕らは全部を取り戻す。侵略者に壊された世界を。侵略者に殺された人々を。侵略者に冒された時間を。
元に戻すために。
僕らは声を揃える。
「「狸隠神流忍術! 世界創生」」
キンヒメの力を得て、僕の体内から忍術が放たれる。
二人の意思。
それは優しい光に変わり。
まるでそれそのものが救世主のように全てを包んでいく。
その光は一瞬で千里を走り。
あっという間もなく。
世界は光に包まれた。
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