百十九.みんな大好ききんた風呂敷
「キンヒメ!」
僕は燃え尽きた欄人の姿を視界の端に残す間もなく振り返り、いまだに黒雲に縛られ、口から侵入され、喘いでいるキンヒメの元へと駆ける。
多分大丈夫だとわかっていても。
心配すぎるよう。大事なキンヒメが苦しんでいるそれだけは絶対に嫌だ。
「あぶ、ああ、リ、んド、だべ、にべ」
キンヒメは慌てる僕を見て、逃げろと言う。
ああ、優しいキンヒメ。大好きだ。こんなにも可愛い僕の妻がこんな所で死ぬわけがない。
大丈夫だ。
僕が作った時のナノマシンをベースにしているのなら。絶対大丈夫なはずだ。
「ああ」
キンヒメはもう立っていられず、地面に倒れ込む。
あぶな!
僕は即座にキンタを大きく広げてクッションにした。ふにゃんとキンヒメはその上に倒れ込む。
倒れ込んだキンヒメの脇に駆け寄って僕はキンヒメに声をかける。
今は何より落ち着かせる事が大事だ。
「キンヒメ! 大丈夫! 大丈夫だからゆっくり息をして!」
真っ直ぐに目を見る。
倒れ込んだキンヒメもまた真っ直ぐに僕の目を見る。
安心したように。
こくり、と。
ひとつうなずいて。
ゆっくりと鼻から息を吸った。
そう、落ち着けば呼吸はできるはず。そしたら大丈夫。パニックになりさえしなければ絶対に大丈夫なんだ。なぜならこのナノマシンは人間の細胞よりももっと小さく作ってある。だから呼吸を邪魔して即座に窒息させたりはできない。そもそもあれ単体では増殖する事はできない。それをするには、人間のDNAと細胞を利用して自己増殖する必要がある。
そう、人間だ。
僕はこのナノマシンを開発する時にそういう制限をつけた。もしこれの制御が効かなくなった時に、人間だけが対象であれば、最悪人間が滅びればいいだけでいいんじゃない? と、考えたからだ。
そう、だから、このナノマシンは人間のDNAと細胞でないと自己増殖できない。
そしてキンヒメは狸だ。今の姿は人間だけれど。
でもそれはフェイク。
生体情報まで再現していない。キンヒメの根本は狸のまま。
だからこのナノマシンが僕の開発したナノマシンをベースにしているならばこれ以上は絶対に増えない。
そして有機ベースで作られているこのナノマシンは胃に入れば消化されるし、肺に入ればそのまま吐き出される。爆発的な増殖さえなければ、基本的には全く無害なものになる。
欄人もそれを知っていただろうけれど。
目の前にいるキンヒメの姿が人間だったから騙されたのだろう。
まさに狸に化かされたんだ。
ふふ、だっせえ。
僕はキンヒメのそばに寄り添いながら、キンヒメの体を傷つけない程度に体外に排出されてナノマシンを火遁で焼いたりする。そうやっていれば、僕の予想通りにキンヒメの体内のナノマシンは増殖する事なく、命令を実行できない上に、魂を失ったナノマシンはエラーを起こしてただの有機体に変わり、呼気で吐き出されるもの、胃の中で消化されるもの、様々な理由から順調に数を減らして、段々とキンヒメの呼吸も落ち着いてきた。
そうやってゆっくりとそばに寄り寄り添い、待っているる内に、やがて黒モヤは完全に消滅した。
僕は安堵のため息を吐き出した。
「ふう、よかったあ。キンヒメ、もう大丈夫だよう」
僕は鼻先でキンヒメの頬をぷにぷにと押す。
ナノマシンから解放されたキンヒメは体を起こして、僕の頭を優しく撫でてくれる。少しその手が震えているのはきっと怖かったからだろう。救世主とは言っても実地の戦闘は初めてだったんだから無理もない。
そんな手でも僕を撫でる温もりは変わらない。
「ありがとう、リント。落ち着いたわ。倒れる時も支えてくれてありがとう」
あ。
しまった。忘れてた。倒れるキンヒメを支えるのに狸の姿では手の長さが足りなかったから、咄嗟にキンタを広げてクッションにしちゃったんだった。
そしてそれは今もそのままである。
うへえ。
「はずかしい。元に戻すから、キンヒメちょっと降りられる?」
乗っかってるキンヒメが転ばないようにゆっくりと元の大きさまで戻した。
キンヒメは、何も恥ずかしくないのに、リントに包まれているみたいで幸せだったわ。と言ってくれるけれど、僕は断固としてオヤジのようなでっかいキンタにはなりたくないので、この技はもう封印すると、心に誓った。
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