百十五.殺し合いの頃合い
「さあって、そろそろかなあ?」
夫婦の仲良しタイムを経て。
きっとそろそろ頃合い。
僕は視線を中庭へと向ける。
「そろそろって? どうしたの?」
僕を抱きしめ、お尻の辺りをトントンしながら、キンヒメが僕に問いかけてくる。
お尻トントン上達してない?
「ほら、そこだよ? 欄人が逃げたあたりの空間を見ててごらん」
鼻先でそちらを示すと、キンヒメの視線もそちらへと向いた。
そこは何もない空間。
破壊され尽くした王城の中庭。
周辺は残骸で散らかってはいるが、ぽかんとそこだけ何もない空間がそこにある。
しばらく見つめていると。
兆候が現れる。
それは一筋の違和感。
黒いシミのようなそれは、何もない空間に次第に広がり、縦に人一人くらいの高さまで広がる。それは見覚えのある違和感。さっき欄人が逃げた亀裂とまったく同じ場所にまったく同じ亀裂が走っているのだった。亀裂は今度は横に広がり、そこから足がニョッキリと生えて、もう片足、続いて腰、胴体、手、頭と全身となった。
まだ僕とキンヒメに気づいていない欄人である。
「はあ、宝を奪った後は、とりあえず嫌がらせで国と森と地面を荒らしてから帰るとする……」
クソみたいな独り言を言ってるなあ。
誰もいないと思ってるんだろうねえ。きっと僕に気づいたらびっくりするかなあ。うふふ、早く気づいてえ。なんて僕の期待に応えるように欄人は顔を上げた。
「……か?」
その先にいるのは僕。
「やあ、僕だよ」
期待通りに間抜けな顔をしている欄人に対して僕はキンヒメに抱かれながら前脚をシュピっとあげてご挨拶だ。
「哲、人……?」
「リントだよう!」
いい加減覚えろよう。
「はあ、何でお前がここにいる? ここはどこだ?」
名前に関してはわざとでもなく。欄人はただただ戸惑っているように見える。まあ、そうだろうね。自分が転移した先に、いるはずのない僕がいる。いや違う。転移した先が僕のいる場所だった。なんでだ? ってね。
ゆっくりと、でも忙しなく動く視線は、きっとそんな思考のあらわれだろう。表情には出してないけど、目は口ほどに物を言う。だけどね、忍者がそれをやっちゃあダメだよう。これだから現場に出ない忍者はダメなんだよなあ。
「逃げられると思った? 僕がいて、簡単にお前を逃すと思った? ねえ? ほんとに思ったの? 僕は狸忍者だよう? とっくにこの空間は僕の狸隠神流忍術 空間断絶陣の中なんだあ? どこの空間を切り取って移動しようとこの中庭からは出られないさ」
鼻から息がむふんと漏れる。
「お前も使えたのか?」
空間魔法のことかあああああ。
ま、そうだろうね。自分たちの専売特許だとでも思ってた?
「そりゃ使えるよう。あんたがガッチさんの中に入り込んで人間の王家固有魔法であり、最高難度の空間魔法を使うように、僕はその娘のヤンデの生体情報を全取得したんだよう? そりゃあ使えるさ」
「はあ、俺がここから逃げられないって事は、俺よりも上手だって事か……はあ、相変わらずのバケモンだな」
「うふふう、年季が違うからねえ。あんたらにこっちの世界に送り込まれてから何年も経ってるし」
「はあ、そうか、我らの世界とこの世界では時間が違うのだな。時間のズレまでは想定外だ」
「大人しく観念したら?」
「……そうだな。観念するとしようか」
ついに観念したかあ。
「では、この世界から大人しく立ち去りなさい」
あ、キンヒメ、観念をそう捉えたの。かわいい。
「はあ、じゃあ、そこの狸にここの空間を解放するように頼んでくれるかな、お嬢さん」
お前もお前で乗っかるなよ。
うまく騙せてるからってそんな楽しそうな表情に出しちゃあダメだよう。まあ、上手くキンヒメを誘導できれば自分に有利に行くもんねえ。でもね、僕にそれは通らないよう。わかってるだろうに。
「ねえ、リント? できる?」
優しげに僕を見つめてくるキンヒメ。
出来るけどね、それをやったらダメなんだあ。
「違うよう、キンヒメ」
「え? 何が違うの? この人が帰るならいいんじゃないの?」
「うん、僕が言った観念も、あいつが言ってる観念も、キンヒメの思ってる観念じゃないんだ」
「ええ!?」
僕と欄人を交互に見つめる。
「はあ、バラすなよ、て「リント!」……はあ、リント……だな、わかったわかった。せっかく純朴なお嬢さんを使って有利にしようと思ったのに。二対一なんだ、ハンデくらいくれてもいいだろう」
「ヤダよう。忍者が敵に有利になる事なんてビタイチやるもんか」
「ねえ、リント、どういうこと?」
僕らの会話の内容がわからないキンヒメ。確かに忍者同士の常識で話を進めてるからねえ。わからないのも当然だな。それにしても戸惑い顔のキンヒメかわいいなあ。
「忍者の観念ってのはねえ、直接戦闘をする覚悟って事なんだよう。なあ、欄人?」
「はあ、忍者が直接やり合うなんて愚の骨頂だからな。そんな事をするのはお前くらいだよ」
「やらされてたんだよう!」
「はあ、……同じ事だろうよ」
言いたい事はわかる。
やりたくないなら、なすりつけるなり、人を使うなり、色々やり方はあったけどね。コミュ障の僕にはそれができなかったんだよう。わかって押し付けてきたクセにさ。しかもそれであわよくば殺そうと思ってたクセにさ。
さて、そろそろ能書きはいいかな。
「と、言うわけだからさ、戦いになるよう。キンヒメはどうする?」
「もちろん! 私も戦います!」
そう強く言いながら。
ムンっと立ち上がる。
僕もその腕の中からするりと抜け出して。
狸の姿で二本足で隣に並び立った。
さあ、最終決戦だ。
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