百十四.ずっと憧れている貴方は救世主
「はあ、侵略も失敗、交易も失敗。父親に国のひとつやふたつよこせんもんかな? はあ、憂鬱だ」
自前の空間に逃げ込んだ俺はため息をつきながらひとりごちた。
やれやれ、後始末の事を考えると気が滅入る。帰りたくない。ここからの後の展開が目に見えるようだ。
経費の精算は通らず、自腹の領収書を抱え、妻に烈火の如く怒られ、おばちゃんに交渉するもけんもほろろに突き返され、じゃあどうするのと怒られた俺は、もう黙るしかないんだろうな。
はあ、無理だ。齢五十を越えてなぜそこまで言われなければならない。いいじゃないか。プロジェクトに失敗はつきものだ。挑戦なくして成功なしっていうじゃないか。
「はあ、せめて貴重な品や素材を根こそぎ奪い尽くしてから帰らんと割に合わん。灰司とは別ラインで進めていた物質の異世界転送ルートも確保してある事だし、あとやる事は、いつものように、奪い、殺し、売って、儲ける、ただそれだけだ。はあ、やっぱりこういうシンプルなのがいいな」
そう決めれば、さっきまでの憂鬱な気分が少しだけやわらぐ。
「よし、じゃあ早速空間魔法で転移して、この国の宝物庫を漁るとするか。破壊の限りを尽くすと宣言したからな、哲人と救世主も流石に逃げた後にまだ城にいるとは思うまい」
手のひらを何もない空間に差し出し、行き先を思い浮かべる。
それだけで空間に亀裂が入り、行きたい場所への道が開く。
ん? 今一瞬何かが引っかかったような? いや、気のせいか。亀裂はいつも通りすぐに開いている。
この魔法だけでも結構な成果物だな。こちらへ来るのにあれだけ経費をかけて空間を歪ませ、それでなお魂だけを送るのがやっとだったというのに、こちらに来て魔法を得てからは物質の転送までノーコストで叶ってしまう。
「失敗はしたが、これで我が神農流忍軍はさらなる発展を遂げるだろう」
ははあ。
ため息のような笑い声のような独特な喜びを表現しながら、俺は己が開けた空間の亀裂へと身を滑りこませた。
◇
「ねえ、リント、追わなくていいの?」
キンヒメの不安げに潤んだ視線が欄人の逃げた先の空間を見つめる。
もちろん今はそこには何もない。
「うん、大丈夫だよう。待ってれば平気い。それよりもさ! キンヒメすごいね! 救世主だって!」
「え、ええ」
表情がすぐれない。僕が救世主ではなく、なおかつ自分が救世主で。それを申し訳ないとでも思っているのだろう。僕は全く気にしていないのに。むしろ僕の勘違いで余計な手間をとらせてしまった。申し訳ないなあと思っている。むしろキンヒメの表情を曇らせている方が情けない気持ちでいっぱいと言いたいとこだけど、そんな事を全部差し置いて、悲しげな表情でもかわいい僕の妻、すごくなあい? という感情が一番だよねえ。
むふうと鼻から息を吐き出してから浮かない表情のキンヒメに言葉をかける。なんだかんだやっぱりのんびりニコニコしているキンヒメが一番かわいいしねえ。
「キンヒメ、どうしたの?」
僕の問いかけに少し言葉を詰まらせてから口を開く。
「……私、なんかが救世主って……リントは嫌じゃないですか?」
やっぱりそんな事を考えていたかあ。
予想通り。僕はキンヒメ専門の探偵になれるかもしれないなあ。
「まったくやじゃないよう。むしろ誇らしいよう!」
僕は高らかに宣言をしよう。
「ええ?」
どうやら僕の返答がまったくの予想外だったらしく。キンヒメは戸惑いの表情を浮かべる。かわいい。可愛すぎて鼻先を伸ばしてキンヒメのやらかい首のあたりへやってからスンスンと匂いを嗅いじゃう。
「たぶんキンヒメは自分よりも僕が救世主にふさわしいとか、僕を差し置いて自分が救世主だなんて、とか色々考えてるんだろうけどさ、僕はキンヒメが救世主で誇らしいよ?」
僕の言葉にキンヒメの手に少し力がこもる。
嘘だ、と。そう思っているのだろうか。嘘じゃないのに。この気持ちをキンヒメに信じてもらうのに僕は言葉を尽くそう。これは心からの言葉なんだから。
「逆に考えてよう。キンヒメは僕が救世主だったとしたらどう思う?」
「もちろん誇らしいですよ!」
ふふ、即答。
これはこれで嬉しいなあ。喜ばせようと思ってるのに逆に喜ばされちゃった。
「僕もそれと同じさ。僕は救世主じゃないけれど。愛する大事な妻がこの世界の救世主だったんだ。嬉しいし誇らしいよう」
僕の言葉に。
キンヒメのあごが僕の頭頂部にコツンと当たった。
ふー、と。
鼻から吐き出されたキンヒメの息が僕の頭のてっぺんからゆっくりと暖める。
「ん……ありがとう。リント。大好き」
「僕もだよう」
「でもね、リント……一つだけあなたは間違っているわ」
「え? なあに?」
なんか間違ったかな?
「リントは自分が救世主じゃないと言ったけれど、リントは私の命を救ってくれたのよ? 私にとっては出会った時からずっと救世主なの、愛してるわ、リント」
ギュッと。
胸に僕を抱きしめて僕に向かったその言葉に。
体だけじゃなくて心までキンヒメにぎゅうっとされた。
ほんとに僕の妻は僕を喜ばせてくれるんだからなあ。
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