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百十二.名前は呪い、黙って頬に

 そんな僕らの幸せを破り捨てるように。


 嫌な気配は現れる。


 それを元に戻った僕の耳と鼻が敏感にとらえた。


「……キンヒメ」


「ええ」


 僕が気づいたようにキンヒメも気づいている。


 敵だ。


 知ってる気配の主人は、ガッチさんの姿をしたまったくの別人。

 それは破壊の限りを尽くされた中庭の、何もない空間の亀裂から現れた。そして中庭にいる僕とキンヒメを見つけて眉をしかめてめんどくさそうに口を開く。


「はあ、なんだ、哲人の体の気配が消えたと思って様子を見にきてみれば、狸に戻っているじゃないか。しかも美しい女性の胸の中とは、まるでヒロインだな」


 侵略者、土戸欄人の再来だった。


 どうやら僕の破壊と侵略が進まない上に、暴走させたはずの肉の気配が消えたのを感じ取って戻ってきたらしい。

 キンヒメは一瞬だけ、急に現れたガッチさんの姿に戸惑ったようだけれど、僕のヤツに対する様子と、ヤツの濃厚な敵意から、あれがガッチさんでない事を察したらしく、身を少しこわばらせながら口を開いた。


「すみませんが!」


 僕を抱いたまま、立ち上がり、イキリたって欄人にくってかかりそうなほどに勢いがある。


「はあ、何だいお嬢さん?」


 欄人はそれに対して相変わらずの態度で、いつもながらのため息まじりに言葉をはいた。


「ここにいるのは、哲人さんとやらではなく、私の夫で! リント、です! そして私は妻のキンヒメです」


「はあ、なまえ? 名前の問題なのか?」


「ええ、名前の問題です!」


 珍しく意表をつかれたような欄人の目が軽く見開かれている。


「はあ、そうか、名前ね。はあ、リントかあ。哲人はお父さんのつけた名前が嫌いなのか、それは悲しいな」


 悲しいなんてまったく思ってもいない。どうせ適当な事を言って、煙に巻くいつもの手法だ。

 あーもームカつくなあ。そうだよ、哲人なんて僕じゃないんだ。キンヒメの言う通り僕はリントなんだ。どうもさっきまでは哲人という名前に縛られすぎていたのかもしれない。

 いっぱいの忍者たちを殺して、灰司を焼いて、欄人にコテンパンにやられて、複数の前世の人間と相対しているうちに、僕はリントではなく、哲人として存在していた気がする。


 でもそれは違うよね。


「当たり前だよう! 哲人なんて名前は嫌いだ。思い出したくもないよう。僕はリントとしてこの世界で生きていくんだ」


 そうだ。

 僕は哲人じゃない。異世界からの侵略者なんかじゃない。

 僕はリントだ。この世界を愛して、キンヒメに愛されて、キンヒメを愛している、普通の狸になったんだ。


「はあ、そうか……仕方ないな……もうめんどくさいが、もう一度だ、 神農(じんの)流忍法! 肉人解放(ぬっぺっぽう)!」


 僕の決意を嘲笑うかのように響く。


 欄人の忍法。


 僕を暴走させる言葉だ。


 僕は荒れ狂う肉の予感を抑え込むために自分の胸を押さえ、キンヒメの胸から逃げ出そうと身を捩る。だけれど、それに勘づいたキンヒメはとても強い力で僕を抱きしめる。絶対に離さないという強い意志を感じる。


 でも、ダメだ!


 キンヒメ、逃げて!


 君まで巻き込んでしまうから。


 ああ!


 また、まただ。肉が裂け、中にいる存在が僕の肉を食い合って、僕を破壊し……い……


「ない?」


 あれえ?

 何も起こらない。

 僕、狸のままだあ。肉が暴走しないよう? なんで? 主人公補正?


 変わらない僕を見て、欄人の表情に苛立ちが浮かぶ。

 普段の陰鬱な表情とは明らかに違う。めったに見れないその表情。

 ぷぷう、なんか知らんけど、ざまあ。


「はあ、なるほど。さすがは救世主だ」


 ぎゃあ、バカにしてたらすぐにそうやって! 救世主(笑)とか言って! 僕の厨二病的なトラウマを抉ってこようとするんだもんなあ。やな性格してるよう!


「ちちち、違うわ、僕は救世主なんかじゃ……」


 そんな僕の言い訳は、イラだった欄人の声にかぶされて消える。


「はあ、それは知っている。お前は侵略者だ。はあ、俺が言っているのは、そのお前を抱いている女の事だ」


 とても嫌そうにあごでキンヒメを示した。


 ほへえ? キンヒメえ?

 疑問にキンヒメの顔を見ると、僕を抱いているキンヒメの手に力が籠る。

 僕の顔を見る事もなく、また欄人の言葉にも答えない。


「はあ、お前はこの世界に呼ばれてきた転生者、救世主だな? さっきの名前のくだりで哲人を俺の呪縛から解放したか?」


 明確にキンヒメを睨み、キンヒメを救世主だと断定する言葉。

 キンヒメはそれにひとつ、小さく息を吐いてから答える。


「……ええ、さっきリントを元に戻している時にわかりました。貴方の呪縛は存在としての呪縛、リントを哲人として縛って、魂を弱らせる事で、肉体と魂の均衡を崩し、リントの暴走を発生させていた。だから私は哲人ではなく、リントという存在に固定したんです。リントなら絶対に取得した存在に喰われる事はありませんから」


 なんかすっごいムツカシイこと言ってる。

 どいうこと? え? キンヒメが救世主? ほんとに? いつの間に?


「はあ、そうか……やはり先に救世主から始末しておくべきだったか。灰司をそう仕向けたかったんだがな、アレは異常に哲人に固執していたからなあ。はあ、これだからフロントに立つのは好きじゃないんだよな。俺が立つとどうにもうまくいかん。灰司がもう少しちゃんとやれてればな」


 なんか欄人が悔しがってるけど。それは嬉しいけど。でもさ、それどころじゃなくない?


「ね、ねえ!? キンヒメが救世主ってほんと?」


 身を乗り出した勢いで、僕の鼻先がキンヒメのほっぺたに軽く刺さる。

 ふにょん。やらかい。

 そんな僕の顔を優しく撫でながらキンヒメは微笑んで首肯した。


「ええ、そうみたいなんです。リントが落とした天の王冠を手に持った瞬間に、全部わかりました」


 あ、天の王冠、確かに拾ってもらった時のキンヒメの様子がおかしかったのを覚えてる。

 でもあの時の僕はそれどころじゃなくてキンヒメの異変を流しちゃったけど、そうか、あの時にキンヒメは覚醒していたんだ。えーやっぱりあの天の王冠手に入れたら、覚醒ぴきーんってなるんじゃあん。いいなあ。


 ってそんな場合じゃなあい!


「ていうか、僕らって侵略者と救世主の夫婦だったの?」


 何だその二律背反みたいなやつ! 止揚しちゃうぞう。


「ふふ、反発しながら惹かれ合うなんて、ユーちゃんが聞いたら喜びそうな話ですね」


「確かにい……ユーリさん元気かな? 杖だから元気ってのも、ナンだけどさあ」


「そうですね、心配です」


「それにしてもさあ、キンヒメ、救世主だったの? すごいねえ、さすがキンヒメだよう」


「ええ、黙っていてごめんなさい。言うタイミングがなかったの。リントを元に戻したのも救世主の世界を元に戻す力なの」


「ほええ、僕の妻、すごうい。好き」


「ふふ、私もリントが大好きですよ。チュウ」


「ふわぁ僕溶けちゃう」


 ほんわかあ。


「はあ、うるさいぞ哲人」


 僕らのほんわか仲良し空気が気に入らないらしい欄人はイラだった声をあげる。


「リントだよう!」


 ふしゃあ!

 隙あらば僕を哲人にして縛ろうとしおる。

 おかげで小島だよう! みたいな事言う羽目になってるじゃないかあ。


「わかったわかった、リントだな。少しだまっていてくれ、俺はそのお嬢さんと話がある」


 ふう、やっと諦めやがった。



お読み頂き、誠に有難う御座います。

少しでも楽しかった! 続きが楽しみだ! などと思って頂けましたら。

何卒、ブクマとページ下部にあります★の評価をお願いいたします。

それがモチベになり、執筆の糧となります。

皆さんの反応が欲しくて書いているので、感想、レビューなども頂けると爆上がりします。

お手数お掛けしますが、是非とも応援の程、宜しくお願いいたします。

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